落語「馬のす」の舞台を行く
   

 

 八代目桂文楽の噺、「馬のす」(うまのす)


 

 釣りが盛んになってきました。釣り人の背後から大きな荷物を担いで釣り見物をしている。イイ道具を持っているが浮きが動いても動じない。「魚が食っていますよ。餌取られてしまいますよ。上げないと。私、急ぐんですが」。

 奥様に釣り道具を取ってくれと言うと「仕事を終わらせてから行けば」、「一日中行くのでは無いから、帰ったらやるよ」。奥様は黙って枝豆を茹でている。道具を調べると、本テグスが駄目になっていた。これでは釣りに行かれない。

 玄関先に馬子が白い馬をつないで、チョットの間だからと行ってしまった。馬の尻尾を見たらひらめいた。これがテグスにならないかと、思うが早く、抜いていた。3本抜いたところ、勝っちゃんに見付かった。

 「おまえ知らないから、そーゆう事が出来るんだ。馬の尻尾を抜くとどうなるか知らないだろう」、「教えてくれよ」、「親しき仲にも礼儀ありだ、紙一帖でも、酒でも出せば教えてやるよ」、「酒は無いんだ」、「ダメだよ奥さんが酒を2本下げて家の前を通った」、「大事な酒なんだが、ご馳走するよ」。
 家に上げて、奥様に銚子に2本つけさせた。「どうしてなんだ」、「急ぐなよ。奥様が支度を済ませ、飲み終わったらその訳を教えるよ。聞いていて良かったなと思うよ」。急ぐから燗はイイからコップ酒でもらった。その上、枝豆まで出てきた。「早く教えろよ」、「並河の家の前を通ったら、『飯食って行けよ』と言われたんだが、酒飲みは飯なんか食いたくない。お前の家の前を通りかかったら、馬の尻尾を抜いているだろう。ここで酒に有り付けると思った。俺もその訳知らなかったんだよ」、旨そうに飲みながら、枝豆を口に放り込みながら、「俺もある人に、『そんな事をしたらいけません。そんな事をすると祟りがありますよ』と言われたときはゾッとしたね」、相変わらず、酒と枝豆で講釈をたれながらやっている。「おかみさん、枝豆の塩加減とイイ、ゆで加減とイイ、良く出来てますよ」、「勝っちゃん、尻尾を抜くとなんで・・・」、「そんなに急ぐものじゃ無いよ。後で聞いて良かったと思うよ。最近電車込むね。悪いのが出てきて、女の子のお尻触ったり、モモ切ったりするね。あーゆう事は昔から有るんだよ。モモを切った奴が3年の刑になり、お尻を触ったのが8年の刑だ。モモ栗3年、カキ8年だ」、いい加減にしびれを切らしてきた勝っちゃん「俺は気が短いんだ。早くしろよ」つい大きな声になった。勝っちゃん、悪びれず最後の一滴を飲み干し、出された枝豆も残さず平らげた。「これでおしまい」。

「馬の尻尾を抜くとどうなる」、「馬の尻尾を抜くと、馬が痛がるんだよ」。

 



ことば

馬のす;題名の「馬のす」とはどういう意味なのでしょう。広辞苑によると、
馬尾毛(ばす)と書いて、馬の尻尾の毛。馬巣織(バスオリ=経に綿糸・麻糸を、緯に馬尾毛を用いた織物。多く洋服の襟心に用いる)・釣糸などに用いる。す(馬尾)。 で、馬の尾毛。

右写真;東京競馬場の白馬

釣り(つり); 釣糸を垂らし、その先に結びつけた釣針に魚をひっかけて捕えること。
「釣り」という名前の由来は対象を糸で釣るから釣りと呼ばれる。そのため網などを使う漁は釣りと呼ばれない、また釣り上げる対象を魚に限定する時は魚釣りの呼称も使われる。(魚以外ではザリガニ釣り、タコ釣りなどがある。)
 釣りをおこなう場所によってそれを細分化して、海釣り・川釣り・磯釣りなどの呼称もある。海、川、池や湖など場所ごと、そして狙う魚介類の種類などによって、様々な釣り方があるが、魚釣りにおける最も典型的な手順は、以下のようなものと言えるだろう。
 ・釣り針に餌やそれに類した疑似餌(ルアー、毛針など)をつけ、釣り針には釣り糸をつないでおく。釣り糸は釣り竿の先端に結びつけられる。
 ・魚の通りかかる場所に釣り針を垂らし、食いつくのを待つ。あるいは、集魚餌で魚を釣り針の付近におびき寄せる。
 ・魚が食いつくと針が口やえらに引っかかる。
 ・このとき、釣り糸の反対側につながれた釣り竿をうまく使って魚を手元に引き寄せ捕獲する。
 ただし、上記はあくまでひとつの典型例であって、実際の魚釣りの手法には、上記以外にも、対象とする魚類の種類や生態によって、実に豊富なバリエーションがある。例えば、釣り竿を使わない手釣り(イカ釣り、カッタクリ釣りなど)や、釣り針を使わない釣り(ザリガニ釣りなど)もある。そして、餌やそれにあたるものを使わず、直接に対象を引っ掛けて吊り上げる方法もある。
ウイキペディアより

本テグス(ほんてぐす);ナイロンなどの科学繊維が登場する以前、2種類の釣り糸が大きな柱となる時代が続いていました。
 ひとつは中国に起源を発し、日本でも早くから生産方法が確立されていた天然テグス(本テグス)。もうひとつは明治時代に量産化された人造絹糸、いわゆる人造テグスです。
 天然テグスはテグス蚕、山蚕といった蛾の幼虫の内臓(絹糸腺)を取り出して酢の中に浸し、引き伸ばして乾燥させた釣り糸。人造テグスは絹糸を撚り、樹脂と薬品で固めた釣り糸です。
 精度の高い仕上がりの天然テグスは水に入れたときの適度のコシと透明性に優れ、まさしく釣り糸としては理想に近い性質を備えています。しかし天然素材だけに長さは2.5mほどが限界で、高級品は値段も高かった。一方、人造テグスは強度が強く、安価で均一な品質と天然テグスの10倍以上近い長さを誇っていましたが、水に浮きやすく変質も早く、何よりも半透明であるという欠点がありました。
 ナイロン糸の登場以前は道糸に麻や木綿といった素材が多く使われていたため、ハリスとしての適正は天然テグスが勝る部分が多く、一方で人造テグスはその長さを生かして道糸にも使用されるようになりました。 釣り糸が”テグス”と呼ばれていたこの時代、2つの素材がうまく棲み分けていたともいえます。
YGKよつあみのホームページより

 “テグス”はまさに天があたえてくれた糸であり、それなればこそ放置しても土に還り無公害で環境汚染もないわけです。
  写真;上:本テグス。馬の尻尾とは違います。江東区・中川船番所資料館蔵。 下:モスラのようなテグスサンの成虫(中国広西省産)。この幼虫の内臓から作られた。

 戦後、ポリエチレン製やフルオロカーボン製もあり、ナイロン製が一般的な釣り糸になりました。
ナイロンはデュポン社(現在は分社化されたインビスタ社)が開発した世界初の合成繊維で、同社の商標です。一般名としてはポリアミドと呼ばれる高分子です。化学繊維の商品化に成功したのが1938年、太平洋戦争の直前で、東レ(東洋レーヨン)がナイロン6を開発したのが1941年(昭和16年)=太平洋戦争開始の年でした。

紙一帖(かみいちじょう);紙・海苔などの一定の枚数を一まとめにして数える語。美濃紙は48枚、半紙は20枚、海苔は10枚を1帖とする。

枝豆(えだまめ);未成熟な大豆を収穫したもの。現在は大豆も枝豆もその製品が最上のものになるように、品種も種も違います。
 最もオーソドックスな調理法は、しばしば枝つきのまま茹でたことから、枝豆という呼び名の由来ともなった。現在でも、「枝豆」と言えばこの塩ゆでを指すことが多い。

 文楽が食べる枝豆は、その仕草が絶品で観ているお客から、感嘆のため息が漏れるほどです。
 落語「明烏」で翌朝、時次郎の部屋を訪ねたときの”甘納豆”の食べ方も伝説になっています。

並河の家(なみかわのうち);八代目文楽は本名、並河益義で、自分のことを言っています。

モモを切った奴が3年の刑になり、お尻を触ったのが8年の刑だ;苦しいが、桃栗三年柿八年のもじり。



                                            2015年1月記

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