落語「狸の札」の舞台を行く
   

 

 五代目柳家小さんの噺、「狸の札」(たぬきのさつ)より


 

 子供が犬をいじめている。「おじさん、犬じゃ無いんだよ。狸の子供なんだ。皆で殺して食べちゃおうと思っているんだ」、「子供同士でいじめちゃ駄目だ。こっちによこせ。買い取って逃がしてやるんだ」、「おじさん仲間だな」。すっ飛んで逃げていった。墓参りの帰りに良いことをして、スッ~としたが、懐までスッ~となってしまった。独り者の気散じ、我が家に帰ってきて、布団に丸まって寝てしまった。

 夜中過ぎ、昼間助けた狸がやって来た。「助けてくれてアリガトウございました。穴に帰って親狸に話したら、『人間にしておくのは惜しい』と、恩返しに来ました。是非細々したところから働かせて下さい」、「イイから帰れ」、「そんな事言わないで下さい。親父に『人間にも劣る奴だ』と叱られます。その上勘当されてしまいます」、「勘当は可哀相だな。じゃ~、昼間は口の悪い連中がいるから、夜だけ来てくれ。今晩はここにいてもイイよ」、「ではおやすみなさい」、「早いなもうイビキかいて寝てしまった。・・・なんだ目を開けて寝ている」、「狸寝入りです」。

 翌朝、狸は早く起きて親方を起こした。小僧になって朝食まで用意していた。どうぞ顔を洗って食事をと言われたが、うどんがミミズで、饅頭が馬糞だと警戒している。「大丈夫です。火鉢の引き出しを開けたら葉書があるので、それをお札に替えて買ってきました」、「え!便利だな。貧乏人はカカア貰うより、狸飼っておく方が良いな。じゃぁ~いただくよ」、「親方は飲めると思いましたので、お酒も5合用意してあります」。
 「ところで、たのみがあるんだがなぁ~。俺は貧乏しているから部屋に何にも無い。借金だらけなんだ。その引き出しを開けるとまだ葉書があるから、それを金に換えて欲しいんだ」、「それはダメです。相手に渡ると葉書に戻ってしまいます。今朝も、店によって、小僧になったり、おかみさんやお婆さんになって買ってきました。ここから出たお金が葉書になったら捕まってしまいます」、「これから、越後から来る縮屋があるんだが、着物の代金、それが済めば綺麗になるんだが・・・。5円有れば良いので『親方のお金が入れば国に帰れるのですが』と、うるさいんだ」。
 「それでは、私がオサツになるからお使いなさい。では化けますから、目をつぶって手拍子を・・・」、足元に5円札が転がっていた。「目方まで軽くなったな。ダメだよ、裏に毛が生えているよ。毛を取れ。毛が取れたら、ノミが這い出してきた。俺は札のノミを取ったのは初めてだ。これなら大丈夫だ。『回しちゃ駄目です』、目が回るか」、「畳んじゃダメです。腹を押されて小便が出ちゃう。逆さに持ったら、血が下がります」、「じゃ~、このまま静かに置くよ」。

 「親方、おはようございます」、縮屋がやって来た。「待ってたんだ。ここに5円札がある。受け取りをくれないか。4円30銭だな。この札は回したら目を回すからな」、「手の切れるようなオサツですね」、「出来立てだ。手なんか切れない、引っ掻くぞ。お釣りもいらないから持って行きな」、「ではまた・・・」、「ダメだ、折っちゃ。そのまま持って行きな。はい、ご苦労様」。
 「狸はのんきだから、そのまま温かい懐で寝ちゃうんじゃないか・・・」、「親方ァ~、ただいま。あんまりおかしな事を言うもんで、家を出ると天日に透かしたり、引っ張ったり、小さく畳んでがま口にパチンと入れられてしまったんです。あたしねぇ、苦しくなって小便やっちゃった」、「しちゃったのか」、「えぇ、もういられませんから、バリバリ、横っ腹食い破って逃げてきまして、ひょいと脇を見ましたらね、1円札が3枚ばかりありましたんで、お小遣いに咥えてきました」、「おーい、札が札持ってきちゃいけねぇ」。

 



ことば

(たぬき);体長約50~60cm。体重3~10kg。冬場に向けてのタヌキは長短の密生した体毛でずんぐりとした体つきに見えるが、足も尾も長いが尾は地面に着かない。体色はふつう灰褐色で、目の周りや足は黒っぽくなっているが、稀に全身真っ白な白変種の個体も存在する。 幼獣は、肩から前足に掛けて焦げ茶の体毛で覆われており、有効な保護色となっている。成熟すると目立たなくなる。 食肉目(ネコ目)の共通の先祖は、森林で樹上生活を送っていたが、その中から、獲物を求めて森林から草原へと活動の場を移し、追跡型の形態と生態を身につけていったのがイヌ科のグループである。タヌキは湿地・森林での生活に適応したイヌの仲間であり、追跡形の肉食獣に較べて、水辺の生活にも適した体型である。胴長短足の体形等、原始的なイヌ科動物の特徴をよく残している。

 タヌキは人家近くの里山でもたびたび見かけられ、日本では古くから親しまれてきた野生動物。昔話やことわざにも登場するが、そのわりに、他の動物との識別は、必ずしも明確にはされてこなかった。 タヌキと最も混同されやすい動物はアナグマであり、「タヌキ」「ムジナ(貉)」「マミ(猯)」といった異称のうちのいずれが、タヌキやアナグマ、あるいはアナグマと同じイタチ科のテンやジャコウネコ科のハクビシンのような動物のうちのいずれを指すのかは、地方によっても細かく異なり、注意を要する。 たとえば、関東周辺の農村部には、今もタヌキを「ムジナ」と呼ぶ地域が多い。山形県の一部には「ホンムジナ」とよぶ地域もあった。栃木県の一部では、「ムジナ」といえばタヌキを指し、逆に「タヌキ」の名がアナグマを指す。タヌキとアナグマを区別せず、一括して「ムジナ」と呼ぶ地域もある。タヌキの背には不明瞭な十字模様があるため、タヌキを「十字ムジナ」ということもある。

 

 たぬきぷろじぇくとさんのホームページより 間違ったたぬき。小型犬みたいな狸より右の方がらしい。

  

 これも、可愛いが陶器製の狸の方がらしい。

狸寝入り(たぬきねいり);眠っているふりをすること。そらね。たぬきね。たぬきねむり。
 狸は臆病な動物なので、驚いたりするとショックで倒れて一時的に気を失う。 人をだますとされている狸が気を失っている姿は、人々をだますための空寝に見えることから。
 私も経験があります。山梨の国道を夜走っていたら、前方に光る物体が路上に動いています。ホーンを鳴らして近づくと狸です。路上に横たわっていますがまだ轢いたわけでは無いので、車を降りて近づくと、死んだ狸がいます。・・・と思ったら、脱兎のごとく逃げ出して山の中に消えました。私が脅かしたのでひっくり返ってしまったようです。狸の交通事故は野生動物の中では一番多いと言います。気絶している内に轢かれて死んでしまいます。

色紙;小さんはよく狸の色紙を書いていました。「他を抜く」ということで、小さんと言えばタヌキです。

  

五円紙幣(ごえんしへい);日本銀行券(日本銀行兌換銀券、日本銀行兌換券を含む)の1つ。旧五円券、改造五円券、甲号券、乙号券、丙号券、丁号券、い号券、ろ号券、A号券の九種類が存在する。

旧五円券  日本銀行兌換銀券 額面5円(五圓) 表面 彩紋 裏面 大黒像 寸法 縦87mm、横152mm 発行開始日 明治19年(1886)1月4日 通用停止日 昭和14年(1939)3月31日
 裏に大黒天が描かれていることから「大黒札」と呼ばれている。旧券中唯一大黒が裏面に描かれている。そのことから、「裏大黒」とも呼ばれる。図案製作者はイタリア人のエドアルド・キヨッソーネである。記番号は漢数字となっており、通し番号は5桁で、通し番号の前後には「第」、「番」の文字がある。

改造五円券 日本銀行兌換銀券 額面5円(五圓) 表面 菅原道真 裏面 彩紋 寸法 縦95mm、横159mm 発行開始日 明治21年(1888)12月3日 通用停止日 昭和14年(1939)3月31日。
 大黒旧券には紙幣の強度を高めるためにコンニャク粉が混ぜられ、そのため虫やネズミに食害されることが多々あったために「改造券」が発行された。通称は表面中央の模様から「分銅5円」である。記番号は漢数字となっており、通し番号は当初は5桁、のちに6桁となっている。  

甲号券 表面 武内宿禰と宇倍神社 裏面 英語表記の兌換文言  発行開始日 明治32年(1899)4月1日 通用停止日 昭和14年(1939)3月31日
 銀本位制から金本位制への移行に伴い、金兌換券として発行された。通称は表面中央に武内宿禰が描かれていることから「中央武内5円」である。当初は記号がいろは順の変体仮名であったが、いろは47文字を全て使い切ったため、それ以降の発行分は記号がアラビア数字となった。通し番号は漢数字であるが、変体仮名記号とアラビア数字のもので書体が異なり、「2」に対応する漢数字は変体仮名記号のもので「貳」、アラビア数字記号のもので「弍」となっている。裏面に製造年が、和暦で記載されている。  

乙号券 表面 菅原道真 裏面 北野天満宮と英語表記の兌換文言  発行開始日 明治43年(1910)9月1日 通用停止日 昭和14年(1939)3月31日
 現在では一般的になっているが透かしの上には印刷がされていない。透かしが大黒天であることから、通称は「透かし大黒5円」である。緑色の菅原道真の肖像画の表情と大黒天の透かしが不気味に思われたことから、「幽霊札」と呼ばれ不評だった。

 5円札は全部で9種類。子狸がよくそれだけの紙幣を観察識別できたものだと感心しています。今の1000円札でも、皆さん詳しく識別できますか。肖像画は誰でどちら側にいますか、透かしは有りますか、どちら側でその図柄は。で、裏のデザインは? 意外と詳しくは分からないものです。正解は・・・、自分の札を出してご覧下さい。

葉書の料金
明治16年1月1日から         1銭
明治32年4月1日から       1銭5厘
大正12年4月1日から         2銭
昭和19年4月1日から         3銭
昭和20年4月1日から         5銭
 日本の郵便制度は、明治4年(1871)3月に創始されました。 が、当時は書状のみで、「郵便はがき」はありませんでした。はがきが正式に郵便制度の中で発行を認められたのは、明治6年(1873)12月1日、はじめて「郵便はがき」が発行されました。 この郵便はがきは、官製はがきとして発行されています。
 そして、明治33年(1900)9月1日に初めて私製はがきの発行が認められることとなりました。10月には絵葉書も認められます。

 子狸君、葉書をお札に化かして使っていますが、狸の手から離れると、間もなく力が失せて葉書に戻ってしまいます。戻ったら、宛先や氏名が入っていますから、犯人は直ぐに露見してしまいます。と、思うのですが・・・。
 そうですか、未使用の葉書ですか。

勘当(かんどう);主従・親子・師弟の縁を切って追放すること。江戸時代には、不良の子弟を除籍することも行われた。義絶。勘当をしないと、親子親類まで累が及ぶので縁切りをハッキリさせるために勘当帳があった。江戸時代、勘当(久離)の届出を町年寄または奉行所で記録しておく帳簿。久離帳。記録しないのは内証勘当という。

越後から来る縮屋;越後(新潟)の名産、縮(ちぢみ)織りがあった。そこから江戸に売りに来る行商人。
 小千谷縮は、小千谷における麻織物の歴史が古く、縄文時代後期と思われる土器に布目のあとが残されています。小千谷の気候にあった麻織物は評価が高く、将軍へ献上されていました。
  江戸時代前期には、夏の衣料向けの改良が考えられ、緯糸に強い撚(よ)りをかけることで、織り上げたものに仕上げの工程で涼感を出す独特のシボと呼ばれるしわを出すことに成功しました。昔ながらの技術・技法で作られる小千谷縮は昭和30年に国の重要無形文化財に指定されています。
 
 


                                                            2015年12月記

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