落語「だくだく」の舞台を行く
   

 

 十代目桂文治の噺、「だくだく」(だくだく)より


 

 八つあんが近所の絵描きの家にやって来た。家賃の滞納で追い立てを食っていたが、幸いにも近所に空き店(だな)があった。
 家財道具一式は売り払ってしまい、身体一つで越して来た。殺風景であったので壁紙を貼ったので、先生に家財道具一式を描いてもらいたいとお願いに来た。先生も閑だから描いてあげようと、絵の道具一式を持って、新しい家にやって来た。

 八つあんは先生にいろいろと注文を出し始めた。「あすこに床の間を描いて下さい。そこに南画の山水の掛け軸を・・・、その角に座敷用の金庫を描いて貰って、扉は半開きで中に一万円札で八千万円描いて下さい。隣に総桐のタンスを描いて貰って、その上にラジオを・・・、天気予報が聞けるからね」、「描いたラジオから聞けるかね?」、「気は心です。外を歩いていて、イイ女が来たら、俺の女だが、今隣の男に貸してあげてるだけだと、気持ちを持つんです」、「図々しいな」、「その隣に茶箪笥。前には長火鉢を・・・、南部の鉄瓶が架かっていて『チンチン』沸いているところを・・・」、「音は出ないよ」、「湯気を描いて下さいよ。猫板の上に猫が欠伸(あくび)をしています。茶箪笥の上には大理石の置き時計。茶箪笥は上が違い棚、下は引き出しで横には茶道具で、菓子皿には羊羹が乗っていて象牙の箸が置いてある。本物みたいで、いいな~。それから長押に鎗が一本置いてある」、「高いところで描けないな~」、「踏み台を描いてそれを使えば」、「描いた絵には乗れない」、「私が踏み台になります」、「立派な鎗が描けましたね。あ、そうだ、隅に衣桁(いこう)掛けを描いて、結城の着物が引っかけてある、帯と細ヒモもね、手ぬぐいとその下には脱いだばかりだという仙台平の袴。これで充分だな。先生も疲れたでしょう、早く家に帰ってお茶でもお上がりなさい」、「お茶ぐらい出しなさい」、「では、茶箪笥の羊羹をお上んなさい。気を付けてお帰りなさい」。

 「俺も腹減ってきたから、何処かで食べてこよう」、とプイと外に飛び出したのですが、そこに近眼で老眼で眼底出血の泥棒が中を見て目を付けた。「夜になったら来よう」、八つあん帰ってきたがやることもないので、ごろっと寝てしまった。
 節穴から覗く泥棒、「電気が付いてるな。こんなに家具が揃っていると思わなかった。今晩は良い仕事が出来るゾ。新所帯かな。でもあすこに寝ている汚い男は何だろう」。八つあん目を覚ましてみると、泥棒が入っている。寝たふりして様子を見ていよう。
 泥棒さん、良いなイイなで箪笥に触れると、「総桐のタンスだゾ。ん?取っ手が開かない。先ずは金庫だ、開いているナ、なんだ??・・・平じゃないか。はは~ん、描いたのか。先程から猫は欠伸しっぱなしだし、鉄瓶の湯気は固まっているよ。こ奴は何も無いので絵を描いたんだな。『有るつもりなんだな』、俺も入った所で取らずに帰ることは出来ない。先祖の石川五右衛門に申し訳ない。こいつが『有るつもりなら』、俺は『盗ったつもり』でいこう」、泥棒さん、その気になって、「桐の箪笥の一番下を開けたつもり、風呂敷をパッと広げたつもり、中に結城の着物が沢山入っていたつもり、風呂敷に入れたつもり、上の引き出しを開けてお召しを風呂敷に入れたつもり、その上を開けたつもり、博多帯や西陣の帯が入っていたつもり、それを風呂敷に入れたつもり、置き時計を風呂敷に入れたつもり、金庫の一億二千万円ほどを風呂敷に入れたつもり、風呂敷を縛って背負ったつもり、重くて持ち上がらないつもり」。
 「つもりで、やってやがら。でも金庫の金は八千万円、泥棒は一億二千万円も持って行ったぞ。俺も黙っちゃいられない。俺もつもりでやってやるか。絹布の布団をはね除けたつもり、起き上がって仙台平の袴を履いたつもり、細紐を取ってタスキ十時にあやなしたつもり、手拭いを後ろ鉢巻きをして長押に掛けてある鎗を取って鞘を払って隆々としごいたつもり、泥棒の脇腹をプツッと突いたつもり」、「痛ててっと突かれたつもり」、「えぐったつもり」、「血がだくだくっと出たつもり」。 

 



ことば

原話上方落語では『書割盗人』と言い、この原話は、安永2年(1773)に出版された笑話本『芳野山』の一編「盗人」。「書割」とは、歌舞伎などの舞台背景に使われる風景画のこと。主な演者に二代目桂枝雀などがいる。
 東京落語では 『だくだく』と言い、『書割盗人』を東京落語に移入したもの。サゲの原話は安永7年(1778)に出版された笑話本『梅の笑顔』の一編「槍」。

こぼればなし;爆笑王として活躍した四代目柳亭痴楽が新宿末廣亭で同演目をかけて高座から降りかけると、ひとりの客が「アーア、面白かった。つもり」と言った。痴楽は客の方を向き、「いやな客、のつもり。ポカッと横っ面を殴り倒した、つもり」と返し、場が笑いの渦に包まれた。 ウイキペディアより

十代目桂 文治(かつら ぶんじ、1924年1月14日 - 2004年1月31日);東京都豊島区出身の落語家で南画家(雅号:籬風)。落語芸術協会会長。落語江戸(東京)桂派宗家。本名は関口達雄。
 1979年3月、前年亡くなった九代目桂文治の盟友である八代目林家正蔵(後の林家彦六)の推薦で十代目桂文治を襲名。桂派宗家となる。1996年、芸術選奨文部大臣賞受賞。1999年9月、四代目桂米丸の後任で落語芸術協会会長就任。正調の江戸弁を大切にしていた噺家であった。 五代目柳家小さんと並んで滑稽噺のスペシャリストであった。芸風は極めて自由闊達で、晩年に至るまで客席を爆笑の渦に誘ったが、その芸の根底には本人も認めるように戦前の爆笑王の一人であった初代柳家権太楼の影響があるといえる(「猫と金魚」「あわて者」は権太楼譲りのネタ)。 2002年11月勲四等旭日小綬章受章。 2004年1月急性白血病に倒れ、同月31日芸協会長の任期満了日に死去。80歳没。文治没後の会長職は、既に翌日の昇格が内定していた副会長の桂歌丸が就任した。

床の間(とこのま);床を一段高くし、正面の壁に書画の幅などを掛け、床板の上に置物・花瓶などを飾るところ。近世以降の日本建築で、座敷に設ける。

南画の山水(なんがのさんすい);南宗画(ナンシユウガ)の略。日本における南宗系の絵画に用いられることが多い。そのタッチで描かれた山水画。文治は落語以上(?)に南画のエキスパート。文治は南画の大家でもあり、「籬風」(りふう)の雅号で活躍しました。

  

 上左:十代目桂文治直筆揮毫色紙「豊年瑞雲」。 右:「丸髷」

茶箪笥(ちゃだんす);茶器などの収納具。江戸初期のものは小型で慳貪(ケンドン)蓋のものだったが、幕末以降は戸棚式になる。この噺では上部は違い棚で、その下は引き出しで横には茶道具を入れるスペースがあった。

 左:総桐のタンス。 右:お洒落すぎる違い棚がある茶箪笥(飾り箪笥)。

長火鉢(ながひばち);長方形の箱火鉢。ひきだし・猫板・銅壺(ドウコ)などが付属し、茶の間・居間などに置く。
 右写真:深川江戸資料館にて

猫板(ねこいた);(よく猫がうずくまるのでいう) 長火鉢の端にわたす引板。げすいた。
 長火鉢の右側にある平らな部分

南部の鉄瓶(なんぶのてつびん);南部氏の旧領地の通称。特に、盛岡をいう。
江戸時代以来盛岡地方から産出する鉄瓶。古来優良のものとして賞用。南部鉄器も有名。
 長火鉢に架かる鉄瓶。

長押(なげし);日本建築で、柱と柱とを繋ぐ水平材。とりつける箇所によって内法長押・腰長押・切目長押・地長押などと称し、また縁板の上にあるものを縁長押という。
 右写真:神棚の下の水平に走る部材。深川江戸資料館にて

結城の着物(ゆうきのきもの);結城付近から産する絹織物。木藍で染めた細い紬糸で織り地質堅牢。絣(カスリ)または縞織。

仙台平の袴(せんだいひらのはかま);極上質の精好織袴地の一種。元禄(1688~1704)前後頃、仙台藩主が西陣から織師を招いて織り始めたという。仙台平の生地で作られた袴。
はかま:上衣の裾を着籠めて、腰から足までをおおう衣服。多く両脚の部分は二つに分れ、袋状。表袴(ウエノハカマ)・大口袴・小口袴・指貫・狩袴・長袴・小袴・半袴・馬乗袴(襠高袴マチダカバカマ)・平袴・行灯袴など種類が多い。今は羽織と共に礼服に用いる。

衣桁掛け(いこうかけ);衣桁。着物などをかけて置く家具。形は鳥居に似る。衝立式のものと、真中から蝶番で畳むしかけのもの(衣桁屏風)とがある。衣架(イカ)。みそかけ。かけさお。えもんかけ。右写真:小袖と帯が掛かった衣桁。

石川五右衛門(いしかわごえもん);(生年不詳 - 文禄3年8月24日(1594年10月8日))は、安土桃山時代の盗賊の首長。都市部を中心に荒らしまわり、時の為政者である豊臣秀吉の手勢に文禄3年に捕えられ、京都三条河原で一子と共に煎り殺された。 従来その実在が疑問視されていたが、イエズス会の宣教師の日記の中に、その人物の実在を思わせる記述がある。処刑記録も現存しておりその光景を当時の絵師が残してさえもいる。処刑の際に詠んだとされる辞世の句、「石川や 浜の真砂は 尽くるとも 世に盗人の 種は尽くまじ」は有名。

お召し(おめし);御召縮緬から、(もと貴人が着用したからいう) 先染め・先練りの着物地。緯(ヨコ)に強い撚りをかけた糸を織り込み、製織後微温湯に入れて「しぼ」を立てた絹織物。縞・無地・紋・錦紗などがある。
 他人の衣服の尊敬語。御着物。

博多帯(はかたおび);博多およびその周辺で生産される織物の総称。細い経糸(タテイト)がやや太い緯糸(ヨコイト)を包みこみ、表面には経糸ばかりが出ていて、横畝(ウネ)が際立って見える点が特徴。練糸を使った平織物で、地合が硬く、光沢がある。その素材でつくられた帯。
献上博多:(黒田藩主から江戸幕府に献上したからいう) 福岡県博多で織られてきた独鈷華皿(ドツコハナザラ)と呼ばれる幾何文様に縞文様を織り出した帯地。細い経糸で文様を織り出すのが特徴。献上。

西陣の帯(にしじんのおび);京都市西陣を本拠地として製造・販売に従事する個人または団体が製織する織物で、機業の各工業組合規定の証紙・検印の押されたもの。帯・着尺・ネクタイ・洋服地・緞帳など多品種にわたるが、長い伝統に基づく技術や意匠の蓄積、新しい技術・意匠の開発によって、手工芸性を加味した高級紋織物として著名。

絹布の布団(けんぷのふとん);絹糸で織った布で作られた寝具。

タスキ十時にあやなし(襷じゅうじに);衣服のそでをたくし上げるために肩から脇にかけて結ぶひも。普通、背中で斜め十文字にうち違いにする。

後ろ鉢巻き(うしろはちまき);鉢巻きを締めるとき、結び目を後ろでする事。



                                                            2016年1月記

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