落語「いかけ屋」の舞台を行く
   

 

 二代目桂小南の噺、「いかけ屋」(いかけや)


 

 子供さんは可愛いものです。裏長屋にいかけ屋さんと言う商売人が来たもので、四角いフイゴを担いでやって来て、空き地などに店を広げます。そこに悪ガキが集まってきます。

 ここら辺の子はタチが悪い。こないだも弁当箱に砂をイッパイ掛けていった。その悪童達がやって来た。どいつの顔を見ても汚らしく、山家育ちだ。「あっちへ行け。しゃがんで見てはダメだ、火の粉が飛んでアブナイ。着物の前から首出して、立って見な。女の子はしゃがんだらダメだ」、「おっさん、ご勢が出ますな」、「余計なお世話だ」、「働いた上にも働かなければ大変だものな」、「お前達に心配されたくない」。 
 「君、盛んに火を起こしているが、どーいう目的で火を起こしている」、「目的?いかけ屋が火を起こしてミサイルが作れるか?金物を溶かして湯にしているんだ」、「造幣局か」、「造幣局以外で溶かしたらいけないか」、「そんな事無いよ。造船所や鉄工所でもやってるよ」、ちっちゃな女の子が聞いた、「おじさ~ん、造船所?」、「造船所が往来で火を起こすか。あっちへ行け」。
 「青い火が出るな」、「綺麗だろ」、「幽霊が出る?」、「こんな所からは出ない」、「でも、釜の中から出たら、五右衛門だな」、「お前は面白いことを言う」、「俺は大人になったら弁護士になる」、「お前はなれないよ」。「あたいは、お嫁さんになるの」、「お前は嫁に行くつもりか。その顔で。ご苦労さん。嫁に行く所見てやりたいよ」、「私の選んだ人を見て下さい」。
 「君は細君あるか」、「誰だ、今言ったのは。わしだって細君ぐらい居るわ」、「それなりの女だって居るよな~。いかけ屋同士でくっつく」、「いかけ屋でくっつくか」。「子供は居るかい」、「男の子でございますよ」、「女の子は嫁に行ったらそれっきりだが、男の子は出世して親孝行するから。いかけ屋でも」。「そこに立ってる子は大人しい子だな。何処の子だ」、「そこの紙屋の子」、「良いとこの子は品があるな」、「僕、病気」、「何処が悪いの」、「高血圧」。
 「お前だな。弁当箱に砂入れていったのは」、「へん。カナズチ貸せ。そこの壁に穴開ける」、「お前がガキ大将の親分だな。そんなモンに貸せるか。でも、親分、貸してあげるから、家に帰って鍋釜のお尻を叩いて穴開けてこい。わしも子供の頃はよくやった」、「穴開けて回ったので、大人になっていかけ屋になったのか」。
 いかけ屋の嘆きをあとに悪童たちは次の標的、うなぎ屋をめざして駆けて行った。

 「鰻屋のオッちゃん、こんにちは」、「そ~ら来たな。ここらの子はタチが悪い。向こうに行け。店に入るな。行かないなら、目を開けていろ、灰が入っても知らないぞ。そーら、そらそら・・・。ん、お前だな、こないだ300円と500円の値札を張り替えた奴は。知らないから皆300円で売ってしまった。チョット、お前もだ、この間、看板を『ヘビ屋』に書き換えたんは・・・。売れないのでおかしいと思ったら、鰻屋にヘビ屋と書いてあったら売れないよ。何処の子だ」、「向の鰻屋の子だ」。
 子供が店中をかき回すので注意に忙しい。「おい、ダメだ、甕(かめ)に指突っ込んだら。タレは鰻に付けるから美味いので、舐めたって旨くない。しゃもじでかき回すな。見ろ、しゃもじが土間に落ッコッタ。誰だ踏んづけるのは。ダメだ、それを甕に入れちゃ。あ、ホントに入れやがった。焼いている鰻が真っ黒になってしまったじゃないか」。

 

上記写真:いかけ屋を演じる桂小南


ことば

いかけ屋(鋳掛け屋);道端で店を出し、壊れた鍋、釜などの鋳物製品を溶接によって修理する業者。
なべ・かまなど銅・鉄器の漏れを止めるため「しろめ」などをとかし込んで穴をふさぐこと。それを商いとする職人。

・しろめ(白鑞・白目):鑞接(ロウセツ)剤のひとつ。銅と亜鉛との合金で、鉄・アンチモン・砒素などを含む。銅合金・ニッケル合金・鋳鉄・鋼製の継手の鑞接に適する。黄銅鑞。

 江戸時代から昭和期にかけての家財道具である鍋や釜は主に鋳鉄製であったが、当時の鋳造技術では鬆(ス)が入りやすく、また、ひび割れ等により穴が開くことがあった。その一方、「月夜に釜を抜かれる」といったことわざにみられるように、鍋釜を含む金属類は近代工業以前まで泥棒が真っ先に狙うほどの貴重品であった。したがって、穴が開いたとしても容易に捨てたり買い換えたりするわけにいかず、完全に使い物にならなくなるまで補修を繰り返しながら使っていた。これを請け負う修理業者が鋳掛屋。
 明治、大正時代までは鍋・釜の品質が向上しなかったので鋳掛屋商売も成り立っていたが、昭和期に入ると近代工業で大量生産されたプレス成型のアルミ鍋等が流通するようになり、これらは流しの鋳掛屋が簡単に補修できるものではなく、また価格の下落により敢えて修理する必要も感じられなくなり、急速に廃れてゆくことになる。

 明治・大正期の鋳掛屋(日下部金兵衛撮影) 

いかけ屋同士でくっつく;大阪弁では「夫婦仲良く外出する」という意味になっていた。文化年間(1804年-1818年)に夫婦のいかけ屋が人気を集めていたからだという。「今日は徳さんとこ、芝居行くンかいな。いかけ屋やなあ」という言い方をしていた。 上方落語の演目「いかけ屋」でも、「鋳掛屋だけによくくっつくな」「鋳掛屋は鋳掛屋どうしくっつくな」などと子どもからからかわれている。

フイゴ(鞴・吹子);金属の熱処理や精錬に用いる送風器。日本では、把手を手で押し、または引いて、長方形の箱の内に気密にとりつけた板状ピストンを往復させて風を押し出すもの(箱ふいごの一種。吹差しふいごとも)、風琴に似た構造をもち、足で踏むもの(踏みふいご)などがある。大型の足踏みふいごは踏鞴(タタラ)と呼ばれる。ふきがわ。

右図:フイゴ 広辞苑から

山家育ち(やまがそだち);山家にそだつこと。また、その人。山家者。都会育ちの反対語。

ミサイル(missile);(飛び道具の意) ロケットなどの推進装置を備えた軍用の飛翔体で、弾頭を装着し、各種の誘導装置を持つもの。発射地点と目標とによって、地対空・空対空ミサイルなどに区別する。誘導弾。

造幣局(ぞうへいきょく);独立行政法人造幣局は、硬貨の製造、勲章・褒章及び金属工芸品等の製造、地金・鉱物の分析及び試験、貴金属地金の精製、貴金属製品の品位証明(ホールマーク)などの事業を行う日本の行政執行法人である独立行政法人です。大阪市 北区天満1丁目1−79にある。

青い火が出る;炎の色は温度によっても違う。赤い色より青い色の炎の方が温度が高い。温度を上げるため、フイゴで酸素を多く供給して完全燃焼させると高温の炎になる。
 
木などの有機物を燃やしたり、ガスを不完全燃焼させると、すすと呼ばれる白熱した固体粒子を生じ、赤からオレンジ色の火になる。ガスが完全燃焼すると、やや透明な青色の光になる。 

私の選んだ人を見て下さい;昭和天皇の5女清宮貴子(すがのみやたかこ/1939 - )が20歳の誕生日に記者会見で好みの男性を尋ねられ、「私の選んだ人を見ていただきます」と答え、流行語になった。
その後、選んだ人として、日向国日向佐土原藩 佐土原藩主であった島津久範伯爵の次男で、日本輸出入銀行員の島津久永と結婚し、島津貴子になった。そのパロディー。

タレの甕(タレのかめ);鰻も焼き鳥もタレを付けて焼く。その芳ばしい香りが食欲を誘う。蒲焼は、串を打った上で、素焼きしてから濃厚なたれ(濃口醤油、みりん、砂糖、酒などを混ぜ合わせたもの)をつけて焼く。店によって味が違い、使い込んでいくと旨味が増す。店によって鰻の頭を焼いたものを入れ、使い足していく。



                                                            2016年1月記

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