落語「仕立て下ろし」の舞台を行く
   

 

 八代目雷門助六の噺、「仕立て下ろし」(したておろし)より


 

 酒は百薬の長と言いますが、度が過ぎますといけません。酔っ払いがハッパライになって、これが十六払いになって、1飜(いいはん)付いて三十二払いになると始末にいけません。
 飲み方にも色々な上戸がありまして・・・。ご婦人に多いのが<踊り上戸>、酔ってくるとジットしていられなくて、身体をくねらせます。(助六、身体をくねらせ踊っているようなご婦人の形態模写を・・・)。
 <薬上戸>、苦(にが)い顔をして飲んでいる。皆から勧められたので、「軽く一杯だけだよ。こぼさないで・・・(さも苦そうに顔をしかめて飲んで)・・・旨い」。

 昔から言います、三上戸があります。怒り上戸、泣き上戸、笑い上戸があります。この中では笑い上戸がイイです。「ワハハハ、可笑しいね。君だから言うがネ、ワハハハ・・・、家の女房はネ、女なんだ」。
 怒り上戸、これは酔ってくると赤くならず青くなってきます。額が重たくなって前のめりになって、上目遣いになり唇を舐めるようになったら、要注意。怒らなくても良いことを怒っています。「(怒り上戸になりきり)オイ、チョットこっちィ来い。来れないのか。いいから聞いてくれ。今朝こうもり傘を持って出た。未だに雨が降らない」。

 泣き上戸も場所によっては困るものです。「オイ、聞いてくれよ。こんな情けないことは無いヨ。家の女房なんだが、60年の不作と言うが一生の不作だネ。エライ者を生け捕りました。あれは亭主の命を削るカンナだネ。色気なんか何処にも無い。夕べ起きたらヘソを出して寝ていた。まるで木村屋のアンパンみたいのを亭主に見せるなんて・・・。風邪引くといけないから起こすと、『風邪にはコルゲンコーワ』だって・・・。まだあるよ、おかずの煮方が分からない。牛肉を煮るのにカツ節が要るかってんだ。バナナを買ってくれば、糠(ぬか)に漬けちゃう。今年の夏は冷蔵庫を買えと言うから、氷の冷蔵庫を買ったヨ。何でも冷蔵庫に入れれば良いと思って・・・、(泣きが入って)煙草なんてしめっちゃって飲めやしない。帽子なんて形がくずれちゃって被れやしない。靴まで冷蔵庫にしまっちゃうんだ。俺は8月暑いというのに足ィ、シモヤケが出来ちゃう。
 その上針仕事が出来ない。見たことが無いので聞いたら『出来ますよ。でも、世間には仕立て屋さんと言う職業がある。営業妨害してはいけないので我慢している』。そんな生意気言うんなら俺の目の前で縫ってみろと言ったら、『反物買ってこい』と言いやがった。買えないから悔しかったね。そしたら、お店(たな)から中元に反物もらったね。お前ももらったやつだ。嬉しくて、俺の目の前で縫ってもらおうじゃねーかと言うと、チッラッと横目で見て『木綿物は縫いにくい』。グズグズ言わないで早く縫ってくれと言うと、台所に行って出刃包丁と鍋の蓋を持ってきた。反物を伸ばして、四つに折って出刃包丁で四つに切ってしまった。不思議な裁ち方が有るもんだと見ていたら、隣から糸と針を借りてきた。その縫い方たるや、上から通して下に抜き、下から通して上へ抜き、まるで畳屋だ。大きな風呂敷をこしらえた。鍋の蓋を真ん中に置いて、出刃包丁でクルクルと穴を開けて『お前さん、縫えたから着てごらん』。
どーやって着るんだと言ったら『着物の着方も分からないんだから。穴に首を通すんだ』。あまりにもクヤシイから首を通したが、手も足も出ねー。ホオズキのお化けだ。バカバカしいので、フフフンと笑ったら『この人は子供だね。仕立て下ろしを着てご機嫌だよ』。と言いやがった」。

 



ことば

八代目雷門 助六(かみなりもんすけろく);(1907年4月22日 - 1991年10月11日)は、東京都本郷出身の落語家、喜劇役者。本名は岩田 喜多二(いわた きたじ)旧姓は青木。出囃子は『助六ばやし』。愛称は「六さん」。 父は六代目雷門助六。5歳だった1912年から父の門下で小助六の名で人形町末広で初舞台、以降小噺やかっぽれで舞台に立った。1917年には五代目柳亭左楽の門人となり、小学校の頃は一時中断していた時期もあったが1921年10月には16歳の若さながら睦の五郎の名で真打に昇進(この頃同じ実父が芸人だった睦ノ太郎(後の八代目春風亭柳枝)、睦の三郎とで若手三羽烏として売り出される)。1928年には父六代目が睦会を脱退し独立した際に自身睦の五郎を返上し雷門五郎に改名する。このころから三遊亭歌奴(後の二代目三遊亭圓歌)、柳亭芝楽(後の八代目春風亭柳枝)、橘家圓蔵(後の六代目三遊亭圓生)ら若手真打5人を集めて「五大力の会」を結成。
 1934年に父の死去に伴い落語を離れ軽演劇に傾倒。 1956年7月には八代目桂文楽の斡旋で落語に復帰、落語芸術協会(当時・日本芸術協会)に加入し、寄席に復帰。1962年10月に父の名八代目雷門助六を襲名し、落語に専念。東京・名古屋・岡山にまたがる雷門一門の惣領として活躍した。
 「あやつり踊り」は絶品、「かっぽれ」「人形ばなし(二人羽織)」「住吉踊り」「松づくし」など踊りを中心とした寄席芸を確立した。 得意ネタは『長短』『虱茶屋』『片棒』『仕立ておろし』『宮戸川』など。1981年に勲五等双光旭日章受賞。1986年に文化庁芸術祭賞受賞。晩年は膝を悪くして正座が出来なくなったため、前に釈台を置き、胡坐で演じていた。1991年に死去。満84歳没。

仕立て下ろし;仕立て上げたばかりの衣服を着ること。また、その衣服。右図:女性の仕立て屋。三谷一馬画「江戸職人図聚」より
決して、畳屋のような縫い方はしていません。

酒は百薬の長(さけはひゃくやくのちょう);酒は緊張をほぐしたり気分を良くしたりするので、適度に飲む酒は薬にも勝るということ。
漢を簒奪した王莽が、酒を称えて言った言葉で、『漢書・食貨志下』には「夫れ塩は食肴の将、酒は百薬の長、嘉会の好、鉄は田農の本」とある。
酒を良いとするには「適量ならば」という条件をつけた上で解釈するべきであるが、しばしば酒飲みが酒を賛美して自己弁護にも使われている。
『徒然草』には「百薬の長とはいへど、よろづの病はさけよりこそおれ」とあり、必ずしも飲酒を手放しで推奨するべきではない。
対義:酒は命を削る鉋/酒は諸悪の基/酒は百毒の長。

上戸(じょうご);1 酒の好きな人。また、酒が好きで、たくさん飲める人。酒飲み。対義:下戸(げこ)。
 日本人の約半数は遺伝的にアルコールを分解する力が弱いか無いこともあり、飲酒習慣の無い人が、体によいという理由でお酒を始める必要はまったくありません。
2 他の語の下に付いて複合語をつくり、酒に酔うとよく出る癖の状態を表す。日常の癖についていう場合もある。「笑い―」「泣き―」

1飜(いーはん);麻雀役(飜数「ハンスウ」)が増えるごとに得点は倍々になって増えていきますが、得点の倍々計算は5役(5飜)で打ち切りになります。

木村屋のアンパン;木村屋初代当主 安兵衛、二代目 英三郎 それにのちに三代目を継ぐ弟の儀四郎らは2週間程前から酒種の仕込みに余念がなかった。4月4日、あんぱんのへそに奈良の吉野山から取り寄せた八重桜の花びらの塩漬けが埋め込まれ、季節感をたっぷり盛って焼き上げられたあんぱんは水戸藩下屋敷に届けられた。
あんぱんは明治天皇のお気に召し、ことのほか皇后陛下(昭憲皇太后)のお口にあった。そして「引き続き納めるように」と両陛下のお言葉を頂いた。
献上の世話役、鉄舟こと山岡鉄太郎侍従の表情もゆるんだという。時、明治8年4月4日であった。
以後、ヘソ付きのアンパンは木村屋の名物になった。

風邪にはコルゲンコーワ;店頭の蛙でお馴染みの風邪薬。以下写真:新聞広告から

氷の冷蔵庫(こうりのれいぞうこ);国産の冷蔵庫が発売されたのは明治41年ですが、そこからなかなか一般の家庭には普及していきませんでした。冷蔵庫そのものの価格が高かったこともありましたが、いつも新鮮(しんせん)な食材が簡単に手に入るため、保存するということに対して、さして必要性を感じるようなことはなかったようです。電気冷蔵庫が普及する昭和30年頃までは、冷蔵庫というと、氷を入れて氷で中を冷やすものでした。木製の箱の内側にブリキの板を張り、上段と下段をわける仕切りをつけ、上の段に氷を入れ、下の段に食べ物を入れて冷やす仕組みで、解けた氷は外に排出されるように工夫されています。右写真。氷は夏になると毎朝リヤカーを引いた氷屋が家々を回って、角切りにして届けてくれました。冷蔵庫で解け残った氷を割って食べるのも、夏の楽しみでした。
一般家庭からはほぼ姿を消したが、冷えすぎず食材が乾燥しないことから、飲食店などで使用されることがある。

しもやけ(霜焼け); 強い寒気にあたって局所的に生ずる軽い凍傷。赤くはれて痛がゆくなることが多い。

畳屋(たたみや);藁を糸でさしかためた床(トコ)にい草で編んだ表をつけ、家の床(ユカ)の上に敷くもの。しきだたみ。
それを作る職人。三谷一馬画「江戸職人図聚」より。
畳のヘリは針を上から下に通し、下から上に通して作る。厚味が有る物は当たり前ですが、着物はねェ~。

ホオズキ (Physalis alkekengi var. franchetii) ;「酸漿」、「鬼灯」。多年草で、草丈は60cmから80cm位になる。淡い黄色の花を6~7月ころ咲かせる。この開花時期にあわせて日本各地で「ほおずき市」が開催されている。中でも、7月初旬に開かれる東京浅草寺のものは江戸時代から続いており、60万人にのぼる人出がある有名なイベント。花の咲いた後に六角状の萼(がく)の部分が発達して果実を包み袋状になり、熟すとオレンジ色になる。食用や薬用としても知られている。 観賞用としてのホオズキは、鉢植えやドライフラワーなどに用いられ、その愛好家も多い。果実は、以前はホオズキ人形や口で音を鳴らすなど子供の遊びにも使われていた。右写真:ホオズキ。
 ポンチョタイプの雨合羽はまさにホオズキのお化けタイプです。



                                                            2016年1月記

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