落語「ふぐ鍋」の舞台を行く
   

 

 桂小南の噺、「ふぐ鍋」(ふぐなべ)


 

 川柳に「オツですと言うがフグには手を出さず」と言いますが、寒い季節にはピッタリの食べ物です。フグは旨いことは分かっているのですが、当たるという事があります。「フグは食べたし命は惜しし」と言われます。当たる方にはなりたくありません。

 幇間の繁(しげ)が久しぶりに顔を見せた。「来れなかったのはお客さんと熱海に行きまして、良い湯だなと言ったら、それでは行こうと北海道は登別温泉に行きました。冷えますな~と言ったら九州別府温泉に行きました。せっかくここまで来たから秋田に行きまして、それから鹿児島の指宿に行きました。あれから鬼怒川に出まして鳥取に・・・」、「お前、話が滅茶苦茶だよ」、それで、お土産を持ってきた。それでは、一緒に食事をしようと、ご主人は鍋を出した。
 「これは何の鍋ですか」、「食べたら分かる」、「でも何ですか」、「魚だ」、「魚は何ですか」、「食べれば分かる」、「食べる前に教えてください」、「テツだ」、「これは鉄では無く土鍋ですな」、「テツと言えば ”フグ”だ」、ご主人に勧められたが、箸が出ない「フグを食ったらフグ死にます」、「大丈夫だ。しっかりした所の料理屋から取り寄せたものだ。お前に食べさせてあげたいのだ・・・」、繁もご主人もお互いに恐くて箸が出ない。何と言われても、相手が食べるまでは安心して食べられない。繁は塩辛があれば充分だと箸を付けようとはしない。

 そこに乞食がお余りをもらいに勝手口に来ていた。ウルサいから帰えしてしまえというご主人が、何かひらめいて乞食を引き留めた。鍋の中の当たりそうな部分を沢山入れて持たせた。その後を付いて行ったが、乞食は気持ちよさそうに寝ていた。固まっているのでは無いので、2人は安心して食べ始めた。ネギも豆腐もフグも、旨い旨いと全部平らげ、残りは雑炊にして綺麗に平らげてしまった。2人とも満足して次に又食べに行こうと話をしていると、裏で騒がしい。聞くと先程の乞食が来ている。お余りをくれと言っていて動かないというので、主人が自ら出て行った。
 「お余りがあったら下さい。先程もらったのでもイイのです」、「先程の鍋は全部食べてしまって、もうない」、「身体の方は何ともありませんか」、「バカを言え。一流料理屋から取り寄せたものだ。何でも無いわ」、「そうですか、それでは私も安心して、ユックリ頂戴を致します」。

 



ことば

河豚(ふぐ);フグ科とその近縁の硬骨魚の総称。多くは体は肥り、背びれは小さく、歯は板状で鋭い。攻撃されると、腹部を膨らますものが多い。肉は淡泊で美味、冬が旬であるが、内臓などには毒を持つものが多い。マフグ・トラフグ・キタマクラ・ハコフグなど。
河豚食う無分別、河豚食わぬ無分別;河豚の毒のあるのをかまわずに食うのは無分別であるが、中毒を恐れてそのおいしさを味わわないのも無分別である。
河豚は食いたし命は惜しし;おいしい河豚料理は食いたいが、中毒の危険があるので食うことをためらう。転じて、やりたいことがあるのに、危険が伴うので決行をためらう。
広辞苑。

右図;ふぐ鍋。

清水桂一著の「たべもの語源辞典」には次のように解説されている。
 東京では、9月から3月頃までが食べ頃である。九州では夏でも食べる。夏の河豚も旨いが、雪がちらつくと我慢が出来ないほど旨くなり、魚市場の値段も跳ね上がる。河豚は海底にいるとき、とがった口で砂地を吹き付け穴を開けそこから舞い上がるゴカイ等を食べる。その吹くからフクであり、腹を膨(フク)らませるからフクだともいわれる。その膨らんだ形がフクベ(酒を入れる容器)に似ているからフクだとも言われる。フグと濁った言い方は江戸の間違った呼び方であったが全国的に広まり定着してしまった。
 水中で敵に会うと「ブーブー」と鳴いて威嚇するのが豚に似ている。中国では揚子江や黄河にいたので、河豚と書かれた。海豚はイルカのことです。大和時代に「フグの鮨」が文献に現れるし、遺跡からは大量の骨が出土する。一般的に食べられるようになったのは江戸時代になってからである。町民は盛んに食べたが、武士は禁じられていた。それでも食べて死んだら、お家断絶でした。
 「ふく汁や鯛もあるのに無分別」 とは言っても
 「ふく汁やあほうになりと ならばなれ」 そして
 「あら何ともなや きのふは過ぎてふくと汁」
芭蕉も蕪村も一茶も大のフグ礼賛者であった。
 河豚は他の魚と違ってまばたきをする。河豚は船板の上に置くと跳ね終わると南北に向く。死者を北枕にするのはここから来ている(?)。河豚は腹が空くと共食いを始める。河豚の口に安全ピンを縦に刺すか、歯を抜いてしまう。大きな歯が上下四つ(テトロ)あるので、河豚毒をテトロドトキシンという。河豚の白子は無毒で実に旨い。河豚を俗にテツとかテッポーと呼ばれるのは、当たれば死ぬからである。トミと言う名も、富くじに当たるからで、時には当たると言うシャレである。または滅多に当たらない。
 河豚肉の特色は、一般の鮮魚は、新しい方が良いが、獣肉との中間と考えられる。下関で水洗いした河豚が東京に送られて料理店に出されたころ、つまり殺してから冷蔵され24時間ぐらい経った位が一番旨い。

  

 上図;トラフグとフグサシ

河豚毒の症状;摂食直後から3時間程度で症状が現れる。麻痺は驚異的な速度で進行し、24時間以内に死亡する場合が多い。毒の排出は約8時間で終わる。症状としては口や唇にしびれが生じ、それが周りへ広がる。最終的には呼吸筋が麻痺し、呼吸困難から呼吸麻痺が起こり死に至る。意識がなくなることはまずない。毒を含んだフグを食べてから症状が出るまでの時間は早ければ数分で、麻痺は急速に進行する。有効な応急措置はまずは毒を吐かせ、呼吸麻痺に陥った場合は気道確保と人工呼吸を行うことである。いまだ特効薬は見付かっていない。

 このテトロドトキシンに負けて死んでしまった落語の主人公、”らくだ”さんがいます。さん付けで呼ぶことは無いのですが、落語「らくだ」に有ります。

温泉地
熱海(あたみ)=静岡県東部、伊豆半島北東岸にある市。相模湾に臨む。全国有数の温泉地・観光地。  
登別温泉(のぼりべつおんせん)=北海道南西部、登別市にある温泉。泉質は、単純泉・ミョウバン泉・硫化水素泉など。支笏洞爺国立公園の中心。
九州・別府温泉(べっぷおんせん);湧出量はアメリカのイエローストーン国立公園に次ぐ世界第2位で、人が入浴できる温泉地としては世界最大。別府・鉄輪・観海寺・明礬・亀川・柴石・堀田・浜脇の八つの温泉地からなる「別府八湯」はそれぞれ泉質が異なり、湯めぐりが楽しめます。別府名物地獄めぐりなど観光も楽しめます。
白浜(しらはま)=和歌山県紀伊半島南西部、太平洋に面する町。気候と風景に恵まれた温泉郷。数10年前は新婚旅行のメッカであった。
秋田(あきた)=大館・鹿角・八幡平の温泉 、能代・白神山地の温泉、秋田市の温泉、男鹿半島の温泉、由利本荘・仁賀保の温泉、大曲・仙北の温泉、田沢湖・乳頭・玉川の温泉、横手市周辺の温泉、湯沢市・小安・秋の宮の温泉等があります。
指宿(いぶすき)=鹿児島県薩摩半島南東部の市。指宿温泉の砂蒸し風呂は有名。市域が霧島屋久国立公園になります。
鬼怒川(きぬがわ)=北関東有数の温泉地。栃木県日光市に有り鬼怒川沿いにある温泉地。
鳥取に・・・。 皆生温泉 三朝温泉 はわい温泉 東郷温泉 岩井温泉が有ります。
 それぞれの温泉地を道順では無く、南北、北南と飛んでいます。旦那が言うように、話がメチャクチャです。

テツ;河豚。鉄砲のてつ。弾(タマ)に当たれば死ぬからフグ。当たりたくないとみんな願って食べるが、選ばれた人がテッポウに当たって死ぬ。今は死ぬことは無いが、当時は命と美味をテンビンに掛けて、食べた。

幇間(ほうかん);太鼓持ち。座敷の場を盛り上げる男芸者。

塩辛(しおから); イカ・ウニや魚などの肉・卵または内臓などを塩漬にして発酵させたもの。酒の肴とする。カツオの内臓を用いたものを酒盗という。代表的な物はイカの身とワタとを混ぜて発酵させたイカの塩辛。

乞食(こじき);食物や金銭を恵んでもらって生活する者。ものもらい。
○乞食も三日すれば忘れられぬ:乞食のくらしは気楽で、その味を覚えたらやめられない。また、乞食のようなとりえのないことでも、習慣になるとやめる気になれない。習慣とは恐ろしいということのたとえ。

雑炊(ぞうすい);大根・ねぎなどの具を刻みこみ味付けをして炊いたかゆ。おじや。ここでは、ふぐ鍋の残りスープで作るかゆ。全ての出汁が出たスープで作るから絶品です。



                                                            2015年1月記

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