落語「たいこ腹」の舞台を行く
   

 

 春風亭小朝の噺、「たいこ腹」(たいこばら)


 

 大家(たいけ)の若旦那は金とヒマがありすぎて、考えることがひと味変わっています。

 親が鍼医の療治で良くなったと喜んでいたから、自分もやってみようと考えた。今までは自分が楽しむだけだったが、人を助けるなんて最高だと、安易な考えで道具一式を買ってきた。
 壁や畳、枕や布団に試したが面白くない。息をしている飼い猫に試したが引っかかれて逃げられた。二本足で歩くのに打ちたいと思い浮かんだのが、たいこ持ち(幇間)の一八(いっぱち)。普段から『若旦那のためなら命も要らない』と言っていたので、さっそく茶屋に出向いて女将にお願いした。「一八を呼んで欲しい」。
 「早く呼んでき来てちょうだい、自宅にいるだろうから、いなければ見番か角のアサスズメだから」、若い者が言うには「アサスズメは麻雀と言うんです」。

 一八がやって来て、ヨイショしながら二階の若旦那の部屋に入った。「居るね。スゴイ」、「お前の方がよっぽどスゴイ」、「お前を呼んだのは、折り入って頼みがあるんだ」、「若旦那、水くさいな。貴方は大将、私は家来何でも命令して下さい。『火に飛び込め』と言われたら、飛び込んでカッポレを踊りますよ。『一八首をくれ』と言われれば、スパッと差し上げますよ。ただ、帰りの方向が分からないので送って行って下さい。若旦那のためなら命なんて差し上げます」、「心地良い言葉の響きだな」。
 習いごとをしていると告げると、「若旦那は偉い。当てましょう。はなは三味線でしょ。端唄、小唄、清元、新内。驚いたのが日舞、普通の人だったら15年から20年掛かる名取りに、三月でなってしまった。金の力は恐ろしいですね」、「その様な古典的なもでは無いんだ。その中に今風なものなんだ」、「それって生花では無いでしょうね。イヤですよ、木馬を持ってきてそれに跨がり、手足を縛って褌を外され、尻の穴に百合の花を挿したでしょ。『草ゲツ流』だなんてダメですよ」、「そんなんじゃ無いんだ。部屋の中でやるものだ」、「こないだ風呂敷を持ってきて、魚のお面と手に海藻を持って部屋の中を泳げというので、何するんですかと言ったら、お前のお尻をモリで突く。ヤですよ『海辺の風景』」。
 「今回はそんなんじゃ無いんだ。ハリだ」、「ハリ?針ですか。芸者衆の三味線に乗って、若い子達がボロぎれ持って・・・スチャラカチャン・スチャラカチャンと雑巾を縫うんでしょ」、「雑巾作ってボランティアしようと言うんじゃ無いの。ハリはハリでも身体に刺す鍼のことだ」、「若い子に打つんですか」、「この部屋にいるお前だ。イヤだったらイイんだよ。羽織の一枚と一万円札を付けるんだから」、「針一本に羽織と一万円ですか。やりますけれど、何処に打ちます?」、「手始めに眼だな」、「眼はイケマセン」、「爪の間」、「それもイケマセン」、「だったら、お腹だな」、「大切なものが詰まっているんですよ。どうしてもだったら、皮つまみの横打ち。縦はイケマセンよ、建売住宅と言って」、「分かったから、腹を出しなさい」、「勉強したんでしょうね。その本見せなさい」、「『続・張のある暮らし』ダメですよ、こんな本」。
 「止めましょうよ。こんなつまらない遊び。・・・皮つまみの横打ちですよ。斜めはダメです。イタタタ」、「静かにしろ。動くんじゃ無い。針が折れた」、「えェ!どうするんですか」、「私が迎え針を打つから。大丈夫、任せなさい」、「迎えて下さいよ。送ってしまったら、シャレにならないですよ。また斜めに打ったでしょ。イタタタィ」、「動くな。動くからまた折れた」、「どうするんですか」、「私はもう帰る」。

 「どうしたの、十八さん。若旦那血相変えて飛び出していったわよ。あら、どうしたの真っ赤になった腹出して、まるでポストじゃない」、「若旦那が鍼に凝ったというのでやらせたら、針が2本お腹に刺さっているんですよ」、「まぁ。素人に鍼なんかやらせて。でも、この界隈ではチットは名の知れた、たいこだよ。いくらかにはなったかい」、「いえ。皮が破れて鳴りません」。

 



ことば

鍼医(はりい);鍼治療の医者。鍼(はり)=医療用のはり。「針灸・針術」。広辞苑

 鍼(はり)もしくは鍼治療とは、身体の特定の点を刺激するために専用の鍼を生体に刺入または接触する治療法である。中国医学等の古典的な理論に基づく。伝統中国医学によれば、経穴を刺激することで経絡として知られる道を通る「気」の流れの異常を正すとされる。

 鍼の材質と大きさは、
金鍼:金を含んだ鍼。柔軟性・弾力性に富み、刺入時の刺痛が少ない。腐食しにくい。しかしながら、高価であり耐久性に劣る。
銀鍼:銀を含んだ鍼。金鍼と同じく柔軟性・弾力性に富み、刺入時の刺痛が少ない。金鍼に比べると安価である。しかしながら、酸化しやすく、腐食しやすい。耐久性に劣る。
ステンレス鍼:鉄にクロムやニッケルを混ぜてさびにくくした鍼。刺入しやすく折れにくいが刺痛が発生しやすい。腐食しにくい。安価である。しかしながら、他と比べ、柔軟性・弾力性に劣る(固い)。 安全面と安価な面でステンレスのディスポーザブル(使い捨て)鍼が多く使われている。またディスポーザブルでない場合もステンレス鍼が多く使われている。オートクレーブによる消毒の徹底が必要である。
鍼体長は、10mm〜150mmの17種。
太さは、直径0.10mmから0.02mm刻みで21種類有るが、0.28mm~0.38mmがよく使われる。
 上写真:鍼治療用のハリ。

 治療法の管鍼法は杉山和一(落語「柳の馬場」に詳しい)が作り出した刺鍼法である。鍼管の刺激によって切皮痛を激減できるため日本では主流の刺鍼法となっている。鍼を鍼管と呼ばれる管の中に入れ鍼管からでた鍼柄を叩いて皮膚に刺入する。刺入後は鍼管を外し、各種手技を行う。杉山和一は当初、撚鍼法による刺鍼術を体得しようと山瀬琢一に師事していたが、どうしても上達せず山瀬琢一に破門を言い渡されている。その後実家に帰る途中、江の島で偶然石につまずいて転び、その際に竹筒に入った松葉が痛みもなく足に刺さるという経験をし、鍼を管に入れて操作するという手技を考案したとされている。
 鍼管はステンレスや硬質プラスチック(ディスポーザブル鍼)でできており、円筒形、六角形、八角形、穴あき鍼管など種々のものがある。基本的に円筒形以外は視力障害者用の用具であるが、実際には術者の好みによるところが大きい。長さは使用する鍼によって変える必要があり、使用鍼より1分5厘(約4mm)短いものを使う。
ウイキペディアより

 噺の中に出てくる、「皮つまみの横打ちですよ」と十八が懇願している方法もあった。直鍼刺といって、皮膚をつまみ上げ、皮膚に沿って刺し、肌肉にはあたらないようにする方法。ど素人にはこの方法なら・・・。それともカカトとか。
 また、迎え針について、筋肉が硬直し鍼が巻き付いて抜けなくなったら、抜けない針の周辺に 何本かの針をさす。少し置くと筋肉がゆるんで針は抜ける。これをむかえ針と言う。鍼の頭が出ていたら、強引に引き抜いてもイイが、痛みは相当出る。
 「鍼は滅多に折れるものでは無いので、折れて、迎え針を打つことは無い」、と鍼灸師の先生は言っていました。でも、これって、対外的なコメントではないかと思っているのですが・・・。

たいこ持ち(たいこもち);通常は幇間と書く。男芸者。客の宴席で、座を取り持つなどして遊興を助ける男。

茶屋(ちゃや);客に飲食・遊興させることを業とする家。芝居茶屋・相撲茶屋・料理茶屋・引手茶屋など。
客に酒色の遊興をさせることを業とする家。引手茶屋・遊郭の類。

女将(おかみ);料亭・旅館・茶屋などの女主人。 

見番(けんばん);芸者屋の取締りをする所。また、芸妓の取次ぎや玉代の精算などをする所。 

カッポレ;「カッポレ、カッポレ、甘茶でカッポレ」という囃子言葉からの名。江戸末期、住吉踊から出た大道芸のひとつ。「かっぽれ」 

伝統江戸芸かっぽれ寿々慶会 深川江戸資料館にて 

端唄(はうた);江戸で、文化・文政期に円熟し大成した小品の三味線歌曲。「春雨」「梅にも春」など。これから、歌沢と小唄が派生した。江戸端唄。

小唄(こうた);江戸末期に、江戸端唄から出た三味線唄。清元関係者が作曲したことも多く、粋でさらっとした短い歌曲で、バチを使わず爪弾する。江戸小唄。早間小唄。

清元(きよもと);清元節。浄瑠璃の流派のひとつ。広義の豊後節に属する。初世清元延寿太夫が創始。師流の富本節を凌いで急速に隆盛し、江戸歌舞伎の舞踊劇の音楽として盛行。

新内(しんない);浄瑠璃の流派のひとつ。遠祖は宮古路豊後掾(ジヨウ)門下の富士松薩摩掾(1686~1757)。鶴賀若狭掾が中興の祖で、この流儀(当時は鶴賀節)の基礎を固めた。二世鶴賀新内( ~1810)が美声で評判を高めて以来「新内節」の呼称が定着し、富士松・鶴賀をはじめとする同系統の諸派を包括した流名となる。心中道行物を主とし人情の機微を語る。新内流し=新内を語って町を流して歩くこと。特に吉原では心中奨励唄なので、流しを禁止した。
 右;新内流し。通常二人一組になって流し、かぶり物は「吉原被り」 深川江戸資料館にて

日舞(にちぶ);日本舞踊の略。日本で発達した舞踊の総称。特に、近世以降の歌舞伎舞踊や上方舞・新舞踊などを指す。

名取り(なとり);音曲・舞踊などを習う者が、師匠から芸名を許されること。また、その人。一定の技能に達した弟子に流儀名のうちの字を与え、家元制度の維持をはかるもの。 

生花(いけばな);草木の枝・葉・花などを切り取って、水を入れた花器に挿し、席上の飾りとすること。また、挿したもの。挿花。江戸中期に成立した華道の様式。天地人を象徴する3本の役枝を用いて花姿をととのえるのが特徴。どう間違っても、尻の穴に挿すことは無い。



                                                            2015年1月記

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