落語「ふたなり」の舞台を行く
   

 

 古今亭志ん生の噺、「ふたなり」より


 

 昔は何処にも親方とか親分だとかがいて、随分他人(ひと)の面倒を見たもんです。

 夜逃げしたいと暇乞いに若い者が2人やって来た。聞くと「借金してその金が返せない。先方では『もう、返してくれなくてもいいから、マゲを切って坊主になれ』と言われた。それでは漁師仲間に恥ずかしいから夜逃げをする」、と言う。「何でそれを早く言わない。漁師仲間では『ワニザメの亀右衛門』と言われているんだぞ」、「何でワニザメなんです」、「何でも飲み込むからだ。200両とか300両いると言えばいいんだ。なに『5両』位で・・・。今は無いが、俺が都合してやるから少し待ってろ」、「何処まで行くんですか」、「小松原のオカンコ婆ぁの所まで行ってくる」、「夜遅くに大変だ。それに天神ノ森を通らなくてはならない。あすこは悪いタヌキや狐が出るぞ」、「そんなの恐くない。一杯飲んで待ってろ」。

 「でも、あの婆さん貸すかな。貸してくれなかったら、俺が帰れない。5両ぐらいで・・・」。
 天神ノ森は薄気味悪かった。突然そこで声が掛かった。「もしもし」、「いくら亀右衛門でも、もしもしは無いだろう」。
 若い娘の話を聞くと、「私は小間物屋池田屋の娘で、『亀』と申します。男と道ならぬ仲になり、五ヶ月のお腹になります。継母に見付かり、男と一緒に逃げることにしたんですが、先に男が逃げてしまった。死ぬより仕方が無いと思ってここに来ましたが、書き置きを置いてくるのを、忘れて持ってきてしまったので、届けて欲しいのです」、「そんな書き置き持って行くことは出来ない」、「持って行ってくれれば、死ぬ身ですから、この10両は必要ありません。差し上げますからお願いします」、「10両・・・。オカンコ婆ぁの所で、貸さないかも知れない。家に帰れば2人待っている。・・・引き受けた」、書き置きと、10両渡されたが、「河や海があれば死ねるのですが、ここでは私は死に方が判りません。教えてください」、「俺も死んだことはないから言えないが・・・」、と言いながら、松の枝に娘から貰ったしごきの紐を通し、肥樽を逆さにして上り、輪っかにした紐に首を通して、下の桶を蹴った瞬間に亀右衛門さんがぶる下がってしまった。
 「もし貴方・・・。怖い顔をして・・・。私、死ぬのがやになっちゃった」、亀右衛門の懐から10両を出して、どこかに行ってしまった。

 待たせている二人は、あまり帰りが遅いので、迎えに行くことにした。恐々と天神ノ森に足を踏み入れると、道をふさいでいる者が居る。足が地面に付いていない。顔を確かめてみると亀右衛門であった。「さては亀右衛門、金策に失敗したのをはかなんで・・・」。
 これから役人の所に行って話をすると、早速来てくれた。調べてみると、懐から手紙が出て来た。それを読むと、「『書き置きのこと。亀より。一つ書き残し候、ご両親様に先立つ不孝も顧みず・・・』、この者は何歳だ」、「七十八で御座います」、「両親も長命であるな。『かの人と互いに深く言い交わし、人目を忍ぶ仲になり』、イヤなジジイだな。『一夜、二夜三夜になり、度重なれば情けなや、ついにお腹に児を宿し』、何だこれは、ついにお腹に・・・、と言っておるぞ。この者は男子か女子か?」、
「漁師(両子)で御座います」。

 



ことば

ふたなり(二成、双成、二形);一つのものが二つの形状を持つことをいい、特に一人で男性と女性の性器を兼ね備えた、いわゆる両性具有を指す。
 古来の日本では、半陰陽という二極に分類できない第三の性という概念で使用されてきた。ただし、平安時代後期に書かれた病草紙には「二形」という題で男性の占い師が半陰陽だったという話が描かれている。半陰陽の形態としてのそれは両方の性器を持った存在を表すものであり、狭義には卵巣を持ち、外性器が男性形である女性半陰陽を指すことが多い。 「ふたなり」と「在原業平」を合わせた「ふたなりひら」という言葉もあり、半陰陽の意味のほかに女性のように美しい男性のことを指す場合がある。
 右図:『病草紙』(やまいのそうし/平安時代)「二形」図 国宝 京都国立博物館蔵。

 生殖器以外に雌雄の差をはっきり区別できるものを性的二形と呼び、その現れ方にはさまざまなものがある。体格や体全体の構造が異なる場合もあれば、どちらかに特殊な構造が出現する場合もある。また、両者の運動能力に分化が見られる場合もある。
 雌雄で形質はさほど変わらないが、体格がはっきりと異なる例は多い。また、それ以外の形質の差を伴う場合もある。 哺乳類では、大きさに差がある場合、雄の体格がより大きい例が多い。ヒトの場合は雌が雄より約一割小さい。これはサル類においては性差の小さい方ではないが、マントヒヒなどでは雄と雌で親子ほどの差がある。そのほか、アザラシなども雄の方がはるかに大きい。哺乳類においては、一夫一妻制のものは性的二形がはっきりせず、一夫多妻制のものでは雄が雌よりずっと大きくなると言われる。 昆虫では、俗にノミの夫婦というように、雄の方が小さい例が多い。これは、卵を産む必要がある雌がより大きくなる点では理にかなっている。形質の異なる場合も含めて、無脊椎動物では雄のほうが小さい例が非常に多い。しかし、クワガタムシやヤドカリなどのように雄の方が大きい例もある。

 ここに出て来る亀右衛門さんはごく普通の人で、ふたなりではありません。ま、取り調べでこんがらがってしまったのです。

両子(りょうし);通常は「ふたご」と読むが、ここではふたなり(両性)の事。

夜逃げ(よにげ);夜の間にこっそり逃げ去ること。事情があってそこに住んでいられず、夜の間にこっそり引き払って他に移ること。

ワニザメ(鰐鮫);猛悪な鮫の俗称。

オカンコ婆;御神子・御巫と書き、ミカンコとも読み、神に奉仕する童女。神に仕えて、神楽を奏して神様をなだめたり、神意を伺い、神おろしなどする人の事(恐山のイタコ等)で、この村のお婆さんは、若い頃から、巫女(みこ)として金を稼ぎ、老後になって、金貸業も営んでいたのでしょう。

漁師(りょうし);漁をして生活をたてている人。漁夫

坊主(ぼうず);江戸時代はマゲを切って坊主になると言うことは、人間を失うと同等の意味を持っていました。また、猟師や、趣味で釣りをする人は、大漁を願いますが、雑魚の子一匹捕れないことがあります。それを俗に「ぼうず」と言います。漁師はぼうずを嫌いますし、恥ずかしいことです。

しごき(扱き帯);女の腰帯のひとつ。一幅(ヒトハバ)の布を適当な長さに切り、しごいて用いる帯。抱え帯。



                                                            2016年5月記

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