落語「羽衣の松」の舞台を行く
   

 

 古今亭志ん生の噺、「羽衣の松」(はごろものまつ)より


 

 本当の美人は『顔の真ん中に鼻がある』と申します。 めったに真ん中にはないそうで、いくらかはどっちかへ寄っているそうですな。
 美人ってぇと、唐土(もろこし)では楊貴妃、我が朝(ちょう)では小野小町。 実に小町と言う女は美人だったそうですな、皆さんに見せたかった< 私も見なかったけれど・・・>三十二相揃っていたと言います。

  その美人の総取締役が天人と言う方で、この天人が一度下界へ降りた事がある。東海道の三保と言う所へ天人が降りて来た。 あんまり眺めが良いんで、 『私、少し休んでいこう』なんてな事を言って、着ていた羽衣を脇の松へ掛けて、その松が”羽衣の松”と言う。 羽衣を掛けておいて、海の浅い所へ入っている。 その足なんざ、透き通るような実に綺麗、足ですな。絶世の美人です。
 
 するとここを通ったのが漁師で、伯梁(はくじょう)と言う男。 こいつが呑む打つ買うの三道楽。へべれけに酔ってここを通ると、嗅いだ事のない良い匂いがするから、ひょいと見ると、松へ羽衣が掛かっている。 降ろしてみて、「何だい、こりゃあ。柔らかい良い品物だね、これなら一杯呑めらぁ」ってんで、これを持って行こうとする。 その後から追って来ました、 「のぅのぅ、それを持ち去られるは、天人の所持なす羽衣と申すものなり。みだりに下界の人の持つものにあらず。我に返したまえ」 と言って、金鈴を振るわすような声を出した。
 こっちは酔っているから、「何を言うやがる、こんちくしょうめ。下界の人が持つもんじゃ無い?洒落たことを言いやがる。俺はこいつを拾ったんだ、拾えば俺のもんだ。くずぐず言うない、まごまごしやがると、こんなモノひっちゃぶいちまうぞ」。傍若無人な振る舞いに、今はさながら天人も、衣を取られた羽抜け鳥。帰航の道も絶え果てて、登らんとすれど、翼無く、下界なる人の汚れを受けねばならぬ、これはどうしたら良かろうと、げに、天人の憂うる時は、花の冠もしのぶとやら。 錦のしごきにしどけなく、ただぼんやりと天人が、涙を浮かべて、下を向いている、その風情は、実に良い有様。時にピューっと吹いてきた一陣の風に、天人の裾が揺れるって、たいそうなところですなぁ。 天人の裾が揺れて、直に肌が見えたんですから、これを見た伯梁は、ハッと驚いて、ブルブルっと震えて、その震えが三年三月止まらなかった。
  「はぁ、これが世に言う天人と言うのか。綺麗だなぁ。俺も男と生まれたからには、こう言う女を女房にしたい。三日でも良いや、どうだい、俺と夫婦にならないかい。可愛がるよぉ」、「我にその衣を返したまえ」、「だめだい。これ返せば、お前はどっかへ飛んで行っちまうだろ。三日でも良い、一緒になったら、返そうじゃねぇか」、「その衣無き時は、片時も動けません。衣返せば、何事もその意に従います」、「大丈夫かよ、おい」、「八百万の神に誓っても嘘は申しません」、「それなら、俺はお前を押さえているよ、良いかい」。
 後ろから、衣を掛けてやるからと言って、天人の後ろへ回るってぇと、この襟足の良いなんてのはありません。 コンクールなら一等ですよ。 色の白いなんてのは、富士の雪を欺くばかり。 お乳の良いなんて、小さくって、ふくらみがあって、蕎麦饅頭に隠元豆が乗っかっているよう。
 お乳ったって、ずいぶん大きいのがありますな、巾着袋にどんぐりがくっついているようなのが・・・。背中で子供が泣いたりすると、『坊や、泣くんじゃないよ、おっぱい、お上がり』なんてんで、おっぱい担いだりして。

  ひょいと後ろへ回って、羽衣を掛けるってぇと、吹いてきた風と供に天人の姿は、空中高くヒラヒラヒラっと舞い上がったから、驚いた伯梁が、「おい、天人さん。今言った事は、どうしたんだい?」 と言ったら、天人が雲の間から顔を出して、「ありゃ~、みんな、空言(そらごと)だよ」。 

 



ことば

羽衣伝説;昔々、三保に伯良という漁師がいました。ある日のこと、伯良が松の枝に掛かっている美しい衣を見つけて持ち帰ろうとすると、天女が現れて言いました。「それは天人の羽衣です。どうかお返しください」。ところが伯良は「天人の羽衣なら、お返しはできません」、と言いました。すると天人は「その羽衣が無いと天に帰ることが出来ません」、と言って懇願しました。伯良は天上の舞を舞うことを約束に羽衣を返しました。天女は喜んで三保の春景色の中、羽衣をまとって舞いながら、富士の山に沿って天に昇って行きました。(羽衣の松にある説明板より)

 三保半島は、安倍川から海へと流された土砂が太平洋の荒波に運ばれ、日本平を擁する有度山を削りながら出来た砂嘴である。何百年にわたり流された土砂(漂砂)が静岡海岸、さらには清水海岸に幅百mを超える砂浜を作り、現在の清水港を囲む三保半島、および三保の松原の砂浜を形成した。 羽衣伝説の舞台でもあり、浜には天女が舞い降りて羽衣をかけたとされる「羽衣の松」があり、付近の御穂神社(みほじんじゃ)には羽衣の切れ端といわれるものが保存されている。 (ウイキペディアより)

右図:「駿河と三保の松原」 広重画

 左:三代目羽衣の松。 右:清水港周辺の空中写真。画像右側(東側)の砂浜に見える松林が三保の松原。

千葉市にも羽衣伝説;現在県庁本館のある場所にかつて1本の松があった。その松に天人が羽衣をかけて休んでいたが、それを領主の千葉常将が隠してしまったので、仕方なく妻となり常長という子を生んだが、ある時、羽衣を見つけるや昇天したという。

 羽衣の松(由来)むかし、千葉の亥鼻(いのはな)城下に、千葉(せんよう)の蓮の花の咲きほこる池田の池という美しい池があり、その周辺は蓮の花盛りのころには、多くの見物人でにぎわっていた。いつのころからか静まりかえった夜半になると、ここに天女が舞いおり、かたわらの松の枝に羽衣を掛け、蓮の花の美しさに見入っていたという。
 この天女のうわさは、時の城主平常将(つねまさ)の知るところとなり、常将は、美しい天女をぜひ自分の妻にしたいと思い、家来に松に掛けられている羽衣を隠すように命じた。羽衣を失った天女は天に帰ることができず、常将の妻となり、やがてりっぱな男の子を生んだという。
 このはなしは、京の天皇のお耳にも達し、天皇の命により参内した常将がそれまでの事情をありのままに申し上げたところ、天皇は深く感銘され「これは前代未聞のことであるので、其方の地を千葉の蓮の花にあやかってこれから千葉と名乗れ」と仰せられた。常将はこの時から千葉氏を祢したという。
(「妙見実録千葉記」等の記載による)。伝説中の池田の池は、この付近にあったといわれ、天女が羽衣を掛けたという松は、この後、長い間、濃いみどりを失わず、人々は千葉八景の一つとして大切に愛護して来た。(十葉県の由来板より)

天女(てんにょ);天女は、天部に住むとされる女性のことで、天帝などに仕えているとされる女官の総称である。人間界においては容姿端麗であることを除けば人と大きく変わるところはなく、羽衣と呼ばれる衣服で空を飛ぶとされるが、この羽衣を奪われたばかりに天に帰れなくなり、地上の男性と婚姻する話(羽衣伝説)などが伝えられている。 羽衣伝説は日本(北海道から沖縄まで)や朝鮮半島などの各地に伝説が伝わっており、民俗学の上では渡来人説から異類婚姻譚の一つである白鳥処女説話の一種とする説がある一方で、果てはオーパーツ / オーバーテクノロジー信奉者らによる宇宙人と見なす説までみられる。

 東京・浅草寺、本堂の天井に描かれた天女。堂本印象画

三十二相(32そう);仏がそなえているという32のすぐれた姿・形。
 また、婦人の容貌・風姿の一切の美相。

経典により多少の相違がある。仏像及び仏画はこれに倣って作成される。

1. 足下安平立相(そくげあんぴょうりゅうそう):足の裏が平らで、地を歩くとき足裏と地と密着して、その間に髪の毛ほどの隙もない(扁平足)。

2. 足下二輪相(そくげにりんそう):足裏に輪形の相(千輻輪)が現れている。仏足石はこれを表したもの(魚の目)。

3. 長指相(ちょうしそう):10本の手指(もしくは手足指)が長くて繊細なこと。

4. 足跟広平相(そくげんこうびょうそう):足のかかとが広く平らかである。

5. 手足指縵網相(しゅそくしまんもうそう):手足の各指の間に、鳥の水かきのような金色の膜がある。

6. 手足柔軟相(しゅそくにゅうなんそう):手足が柔らかで色が紅赤であること。

7. 足趺高満相(そくふこうまんそう):足趺すなわち足の甲が亀の背のように厚く盛り上がっている。

8. 伊泥延腨相(いでいえんせんそう):足のふくらはぎが鹿王のように円く微妙な形をしていること。伊泥延は鹿の一種。

9. 正立手摩膝相(しょうりゅうしゅましっそう):正立(直立)したとき両手が膝に届き、手先が膝をなでるくらい長い。

10. 陰蔵相(おんぞうそう):馬や象のように陰相が隠されている(男根が体内に密蔵される)。

11. 身広長等相(しんこうじょうとうそう):身体の縦広左右上下の量が等しい(身長と両手を広げた長さが等しい)。

12. 毛上向相(もうじょうこうそう):体の全ての毛の先端が全て上になびき、右に巻いて、しかも紺青色を呈し柔軟である。

13. 一一孔一毛相(いちいちくいちもうそう):身体の毛穴にはすべて一毛を生じ、その毛孔から微妙の香気を出し、毛の色は青瑠璃色である。

14. 金色相(こんじきそう):身体手足全て黄金色に輝いている。

15. 丈光相(じょうこうそう):身体から四方各一丈の光明を放っている(いわゆる後光(ごこう))。光背はこれを表す。

16. 細薄皮相(さいはくひそう):皮膚が軟滑で一切の塵垢不浄を留めない。

17. 七処隆満相(しちしょりゅうまんそう):両掌と両足の裏、両肩、うなじの七所の肉が円満で浄らかである。

18. 両腋下隆満相(りょうやくげりゅうまんそう):両腋の下にも肉が付いていて、凹みがない。

19. 上身如獅子相(じょうしんにょししそう):上半身に威厳があり、瑞厳なること獅子王のようである。

20. 大直身相(だいじきしんそう):身体が広大端正で比類がない。

21. 肩円満相(けんえんまんそう):両肩の相が丸く豊かである。円満。

22. 四十歯相(しじゅうしそう):40本の歯を有し、それらは雪のように白く清潔である(常人は32歯)。

23. 歯斉相(しさいそう):歯はみな大きさが等しく、硬く密であり一本のように並びが美しい。

24. 牙白相(げびゃくそう):40歯以外に四牙あり、とくに白く大きく鋭利堅固である。

25. 獅子頬相(ししきょうそう):両頬が隆満して獅子王のようである。

26. 味中得上味相(みちゅうとくじょうみそう):何を食べても食物のその最上の味を味わえる。

27. 大舌相(だいぜつそう):舌が軟薄で広く長く、口から出すと髪の生え際にまで届く。しかも、口に入っても一杯にはならない。

28. 梵声相(ぼんじょうそう):声は清浄で、聞く者をして得益無量ならしめ、しかも遠くまで聞える。

29. 真青眼相(しんしょうげんそう):眼は青い蓮華のように紺青である。

30. 牛眼瀟睫相(ぎゅうごんしょうそう):睫が長く整っていて乱れず牛王のようである。

31. 頂髻相(ちょうけいそう):頭の頂の肉が隆起して髻(もとどり)の形を成している。肉髻(にくけい)。

32. 白毫相(びゃくごうそう):眉間に右巻きの白毛があり、光明を放つ。伸びると一丈五尺ある。 

風俗三十二相 月岡芳年画 東京国立博物館蔵 (32相の内6枚)

  
「はずかしそう」             「いたそう」                「かゆそう」

  
「おもたそう」              「つめたそう」               「うるさそう」

八百万の神(やおよろずのかみ);数多くの神。すべての神のこと。類似の語に八十神(やそがみ),八十万神(やそよろずのかみ),千万神(ちよろずのかみ)がある。森羅万象に神の発現を認める古代日本の神観念を表す言葉。

小野小町(おののこまち);
歌人。小野小町の詳しい系譜は不明。彼女は絶世の美女として七小町など数々の逸話があり、後世に能や浄瑠璃などの題材としても使われている。だが、当時の小野小町像とされる絵や彫像は現存せず、後世に描かれた絵でも後姿が大半を占め、素顔が描かれていない事が多い。 出自系図集『尊卑分脈』によれば小野篁の息子である出羽郡司・小野良真の娘とされている。しかし、小野良真の名は『尊卑分脈』にしか記載が無く、他の史料には全く見当たらない。加えて、数々の資料や諸説から小町の生没年は天長2年(825年) - 昌泰3年(900年)の頃と想定されるが、小野篁の生没年(延暦21年(802年) - 仁寿2年(853年))を考えると篁の孫とするには年代が合わない。ほかに、小野篁自身の娘、あるいは小野滝雄の娘とする説もある。

 「うつつにはさもこそあらめ夢にさへ人めをもると見るがわびしさ」 『古今集』

 「ともすればあだなる風にさざ波のなびくてふごと我なびけとや」 『小町集』

 「花の色は移りにけりないたづらに我が身世にふるながめせし間に」 『古今集』



                                                            2016年5月記

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