古い川柳に、『もう一度十七、八で這い習い』
これは、十七、八にもなってなんだって這うんだろうと思ったら、これは男性が女性のところへひそかに這って行く・・・、これをその、夜這いと申します。これはまァ、前々に交渉をしておかなければいけないわけで、「今夜、行くが、いいかい」、「じゃぁ、いらっしゃいよ」、という、ちゃんと約束の上で行くんなら何事もないわけです。ところが、中には乱暴な奴は無警告でいきなり敵地にのりこむのがいる。で、そこで政治交渉をするんですが、まァたまにはまとまる事もあるんでしょうが、十中八九・・・、だし抜けじゃァこりゃァ「うん」、とは言わない。いろいろ、政治交渉をしてみたが遂に不調というわけで談判破裂、国交断絶というやつでね。へへ・・・、しかしせっかく、敵地までのり込んでいるんだから武力をもって相手を征服しようとする、これに応じて向こうもまた、武力をもって反抗するというわけで・・・。「我が方に多大なる損害をこうむり、遂に退却のやむなきに至る」、という。
『無名圓つける夜這いは不首尾なり』
”無名圓”という傷の薬が昔、あったんでしょう。これを着けるようでは、首尾はよくなかったわけです。
『よっぽどの傷を夜這いは秘し隠し』
「どうなすったんです? あァた・・・、大変な怪我ですね。どうしたの」、「え?・・・つまらないことで」、「と言ったって、ひどい怪我ですよ」、「いえなに、こんなものァ、いいんです・・・」。これはあんまり説明が出来ないことです。
昔はこの大店(おおだな)といいまして、大きいところは若い人が大勢いました。
こう言う所に勤める女中は大変です。ツンツンしていれば「イヤな女だね」と後で悪さをされても困るので、チョットは優しいことも言います。男は「俺に気があるんじゃ無いか」と変に思い、後で間違いを起こす。
大店の女中は大変で、まぁ、一人や二人ならなんとか需要に叶えられるでしょうが、何十人という団体で申し込まれた日にゃァこれァもう、応じられない。この時は「お暇をいただきます」ッてんで、みんな帰っちゃう。
そのうちに、海に千年、山に千年、里に千年、三千年の劫(コウ)をつんで今度夕立が降ったら天上しようかなんという、なかなかどうも腹のしっかりした女で・・・。上辺だけは柔和ですから、店の者たちはとにかく、我れ先陣というわけで、台所へ忍び込んで談判とくる。
「(小声で)お清どん、お清どん」、「あッ。あら、ビックリした。何ですの」、「(あわてて制し)大きな声をしちゃいけない」、「なんかご用ですの」、「(正面から切り込まれて言葉につまり)うん・・・ゥゥ、ご用はご用なんだけどもね。お前さんに実はね、相談があって来たんだ。来年の三月になると年期(ネン)があけるんだ。お父ッつァんの方からお金を出してくれて、旦那から暖簾をわけていただき店の一軒も持って、それから小僧の一人くらいおいて、女中もおきますよ。で、お前と夫婦になって、暮らしたいとおもう。ダメだと言われたら、出刃包丁もありゃ、菜ッ切包丁もあるから・・・どうする」、「まあ、いやですわ、そんな恐いことを言って。いやッてことはありませんよ。家には兄さんがいるから、どっかへお嫁にいかなきゃァならないんですから、まァそうして、あなたがあたしを女房に持ってくださるというんなら本当に願ったり叶ったりよ」、「
願ったり叶ったり?ヘヘヘ、俺は滑ったり転んだりてな事になるんだがね。じゃ、いいてェのかい?手付けという事があるがね。今夜、お前さんのところにこっそり行くが、いいかい?」、「じゃ、くるの? 本当に?」、「本当だよ。大行きですよ、うん。大行き(大雪)だるまは、目は炭団(タドン)で堅炭てェくらいだ。きっと行くよ」、「(色っぽく)いやね、そんな洒落なんぞを言って、じゃ待ってるわよ」、なんてんで、背中をひとつ、ぽーんと叩かれる。まず、この女は俺の方へ札がおちたというわけで、店へ来て何食わぬ顔をして、ヘヘヘ。しめた、なんてんでね、喜んで煙草を吹かしてあごを撫ぜている。で、ほかの若い者が行って引っ張ると、これも請け合う。店の者三十八人残らず請け合う。煙草を出してヘヘヘ「ありがて~」。
そんなに皆を請け合ってどうするかと言えば、そこはもうちゃんと心得たもので・・・。台所の上に中二階のようなものがあってここへ女中が寝るわけなんですが、昔は猿梯子といいまして、軽い梯子でずうッと上へ引き上げられる。これがなきゃ、上がってくる事は出来ないからというんで、もう女中さんの方は安心してぐっすり寝込んでしまう。ところが、若い者はもう今夜、すきを見て行こうというんですから蒲団へ入るやいなや、総がかりでイビキをかきましてね・・・、空鼾(ソライビキ)という。これがどうも騒々しいのなんの。
もうひとッきり寝たから大丈夫だろうッてんで、一人這い出すと、あとからぞろぞろッとくっついて出てくるんで、まるで牛の子をひっぱって出るよう。一晩のうちに十五、六度(タビ)出たり入ったり、出たり、入ったり。
こんな具合ですから、翌朝、店へずらッと並ぶてェとどうも、こっくりこっくり、居眠りの競争というわけで・・・。
今日は坊ちゃんのお祝いだというので、店の者にもお酒が出まして、旦那は一、二杯召し上がり、気を利かして奥の方に引っ込む。さァ、鬼がいなくなったというわけで飲むわ飲むわ。そのうち酔っ払ってくると、乱痴気騒ぎになる。そのうちにあっちへ倒れ、こっちへぶっ倒れ、魚河岸にまぐろがついたようで、ごろごろそこいらにみんな寝ちまったというわけで・・・。
酔っているうちはそうでもないが、あの酔い醒めぎわに、隙間から、すうーッと入ってくる風というものは冷たいもので・・・。
源さんが先ず目を覚ました。「あァいけねえ、うっかり寝込んじゃった。今夜は。いつの間に寝たんだかわからねえ。みんな寝てやがる。ありがたいね、へへへ、このみんな寝ているなかで、あたし一人だけ目がさめるてェのは出雲の神の引き合わせてェやつだね。約束だけして行かないのもなんだから怒ってやがったね。『どうしたの? 約束だけして来ないんじゃないの』、『来ないたって、駄目なんだよ。行こうと思ってもみんなが邪魔をするんだ』、『ううん、そんな嘘ばかりついて、お前さん、眠いんで寝込んじまってるんだろ? 本当にお前さんは実がないよ。今夜こないときかないよッ』 なんて言いやがって・・・俺の背中をどーんッと叩きやがったがね、叩き方が違うね。やっぱり惚れてるんだ。
(台所へ這って来て、困ったように舌打ちして)あっ、これァいけねえな、この台所の障子がガタガタ音がするんだからなァ。油でもひいときゃよかったが、下司の知恵と猫の睾丸(キンタマ)は後から出るなんてェことをいうが、どうにもしょうがねえな・・・。(両手で障子を開け)これァいけねえ。え~と、(両手で前をさぐりながら)何しろ真っ暗だからなァ・・・、なんだ、台所だって何かあったら困ンじゃないかなァ。明かりの一つくらいつけとくがいいんだな。え~と・・・、あ、ここだ。ここんところ、あれ?(不審そうに)はて、おかしいな。たしかここに梯子があるわけなんだがなァ・・・、あッ、そうだ、わかった。あの子守りの奴だよ、俺がなんか話をしてたら傍へきて 『イーだ』 なんて、そ言ってやがって・・・、ちぇッ、いまいましいな本当に・・・、梯子ォいたずらして引いちまいやがったんだ。残念ですねえ、どうも。今夜行かなきゃ、なかなか行かれないんだからなァ。宝の山へ入りながら手をむなしく帰るなんてェのはどうも、くやしいねえ。どうしてこう(額を押さえ)あッ、あ痛ッ、おう痛え。真っ暗だからやけに頭ァぶつけちゃったい、どうも。ねずみ入らずじゃねえか。この家も間抜けだよ、こんな半端なとこィねずみ入らずを吊っとくから頭をぶっつけ・・・と、不平(コゴト)はいうようなものの事によると、そうだ、このねずみ入らずをなんとかして、二階へあがれないことはないな。ねずみ入らずの吊ってあるこの・・・腕木へこう、手をかけて(上手高目へ左手をかけ)、手をこっちをのばすと蔵の折れ釘へ・・・、おッ、いい塩梅だ。つかまれらァ、え? それでぐゥーッと、体を宙にうかして、蔵の腰巻へ足が届く・・・、二階のそとから上がれるだろう。えへッ、やってみよう」。
よせばいいのに、久しい以前(アト)に吊ったねずみ入らずで木が腐って釘が少しゆるんでいた。
そこへもってきて、奴さんが重いときているからたまりませんで。両手をかけて、ぐゥッとぶら下がろうとする途端に、みりみりッ・・・。「おッと・・・(あわてて両手を左肩の上でねずみ入らずっを支えている態で) あァ、大変だ。落ッこってきやがったこらァ・・・、いい塩梅に担いじゃったけれども・・・、あらら、なにかころがってきやがった。
いやッ~、ああ~ゥゥ、衿元から何かこらァ、ポタポタポタポタ・・・、なんだいこらァ、(ねずみ入らずを支えたまま右手で首にさわり、それを舐めて)、あッ・・・、醤油注ぎがひっくり返(ケエ)った、こァら、いけねえ。だんだん醤油が流れてくるよ。あァいけねえ。へその脇の、おできへしみてたまらねえや」。
佐兵衛も目を覚まして大あくび、「いけねえ。おどり踊れッてェから、かっぽれ七、八つ踊ったのは覚えているけど、あとはわからなくなってぶっ倒れて寝ちゃった。こんなとこに寝ていて風邪ェ引いちゃつまらねえ。早く寝よう・・・。みんなよく寝てやがる。
ありがたいねえ~、えへへへ、みんな寝てェる中で、一人だけ俺が目が覚めるというのは出雲の神の引き合わせてェやつだ。やっぱり縁があるんだな。(女の声で)『お前さん、約束だけしてこない。本当にひどい人よ。今夜こないときかなわないよゥ』 ッてやン、俺の頬っぺた、きゅうーッとつねりやがった。やっぱり惚れてるんだね、痛くないように加減をしてつねりやがった。ありがてえ、どうも。ほらッ、この台所障子が音がするってんで、ちゃァんと開けといてくれる、やつは利口だね。へへへ、こういう細かいところまで気がつくんだからな。なにしろ真っ暗で・・・(前をさぐる)(源さんがねずみ入らずを担いだまま、暗いのをすかして見ている)。おかしいね、ここに梯子があるはずだが・・・、あァ、だれかいたずらしやがったんだ。畜生。梯子がなきゃ、二階へ上がれないとおもってやんだなァ。ようし、そうなればまた、裏をかくてェやつだ。俺ァ昼間、見当をつけておいた。この辺にねずみ入らずが・・・(両手でさぐり)、あ、ありました。このねずみ入らずへ手をかけて、蔵の折れ釘ィ・・・」。
同じような事を考える。片っ方が落っこって担いでいる。そんなことは知らないから、向こう側へまわってねずみ入らずへ手をかけて、ぐッと引っ張る途端に、ミシミシぃ・・・。あわてて両手を、今度は右肩の上でねずみ入らずを支えた。
「ああッ、あァ、おどろいた。(大きな息をついて) なんだ、ちょいと引っ張ったのに落っこってきやがる・・・あァ、下へ落っことしたらえらい事ンなったんだけど、いい塩梅に担いじゃっていい事した。あぁ、おどろいた」、「と、と、とい。押しちゃいけねえ、押しちゃいけねえ」、「おい、だれかいるのかいそっちに、だれだい、おい。源兵衛どんかい」、「佐兵衛どんかい? へへへ、どうもお早う」、「ねずみ入らず、担いじゃったからさ、なんとかしておくれよ」、「あたしゃ、先ィ担いでンだよ。お前の方はなんにもころがってこないだろう?あたしの方は醤油注ぎがひっくり返っちゃって、衿元からずうーっと醤油が流れて、へその脇のおできへしみてビリビリ、たまらねえんだ。ちょいとこれ、舐めてくれ」、「冗談言っちゃいけない。ど、どうするんだよ。え?」、「どうするったって、いつまで担いじゃいられませんよ。だ、駄目だよ。今落っことしたらお前、大っきな音が出ちまってみんな起きてくる。しょうがないからこのままそうッと担いで、ね? あしたの朝、権助でも起きたらたのんで吊ってもらおうじゃないか」、「夜の明けるまでかついでんのかい、これを。ゥゥ~~おどろいた。なんだか知らねえが重たいもんだね、これッ」、「重いッったって俺ァ、さっきから担いでるんでもう肩ァめり込みそうになってるんだ。どうにも重いよ。(たまらず少し大きな声で)ああ、重い、重い」。
重い、重いってんで、だんだん声が大きくなる。これを聞いて、小僧が目をさましたんで、店の者でも起こしァよかったんですが・・・、旦那を起こした。
「旦那さん。大変でございます。泥棒が入ったんです」、「寝呆けるな」、「いえ、寝呆けたんじゃないんです。今、厠に行こうと思って台所のわきを通ろうとしたら・・・、二人組で『重たい、重たい』ッてそう言ってるんで、何かミシミシいって担ぎだしてんです。千代どんを起こしましょうか」、「千代どんを起こしてどうする」、「暖簾棒ふりまわして威(エ)張ってましたよ。剣術はたいへんこのごろうまくなったなんて言ってましたから、千代どんを起こしまして、泥棒ひっぱたいてふン縛っちゃいましょう」、「馬鹿なこといいなさい。台所へ入るくらいだ。そんなものは木っ端盗人だ。家から縄つきを出すこともいけませんから・・・あァ、あたしが行って見てやるからいい」。旦那のほうでは泥棒を逃そうという料簡で、むかしのぼんぼりへ、蝋燭をつけました、「お前は先へ出るんじゃないよ。怪我でもするといけない。あとの方からついてきな」。
「(担いだ状態で、遠くを見て)おいおい、灯りがくるよ。佐兵衛さん」、「(これも遠くを見て)いけねえッ。灯りが・・・、旦那だ。(すっかり狼狽して)旦那だよ、これァ弱ったねえ・・・、これは・・・」。
旦那はぼんぼりをかかげて見て、「なんだ、これは一人じゃないね。あッ、まァ~なんだ、源兵衛に佐兵衛、なんのザマだ、それは」、「うへェッ~、(仕方なく、鼾を)くゥーッ」、「(佐吉も同じく)ゴーッ」、「馬鹿野郎。そんなものを担いで鼾をかいてやがる。何やっているんだ」、「(ぐッと詰って)う~~ッ。へへへ、(泣き声で)引越しの夢を見たんでございます」。