落語「初音の鼓」の舞台を行く
   

 

 春風亭正朝の噺、「初音の鼓」(はつねのつづみ)別題「ぽんこん」より


 

 殿様にも色々な趣味がありまして、骨董好きな殿様には道具屋が儲けてやろうと訪ねて来ます。

  出入りの道具屋・金兵衛は怪しげな鼓を売り込みに来ました。重役の三太夫に会った金兵衛さん、品物を取り出して殿様に会わせてくれとお願い。「今日は珍しき品を持参しました」、「その方が持ってくる物は下らないガラクタばかりで、蔵の虫干しの時拝見したが、ガラクタ物ばかりだった。汚い古びたワラジがあったが、『武蔵坊弁慶の履いたワラジ』であるという。それから『小野小町が使った尿瓶(しびん)』、『春日局の腰巻き』も出て来た。また汚い細長いキレが出て来た。聞くと『被ってみよ』と言われるので被ったら、妙な匂いがした、『久米の仙人の越中褌』だった。みんなお前が持ってきた物ばかりだ。ところで今日は何を持参したのか」。

 「今日は『初音の鼓』です」、「『初音の鼓』と言えば、義経公が静御前に賜ったという、あの鼓か?」、「左様で御座います」、「本物か?」、「正真正銘のニセ物で御座います」。
 「それをいくらで売るのだ」、「100金で」、「偽物を100両とは・・・」、「1両と言えば、偽物であろうと思われますが、100両と言えば本物であろう思われる。どうせお買い求めになっても蔵の中におしまいになる。一生、本物の初音の鼓が、手中に有ると幸せな気持ちで暮らされる」、「その証拠は有るのか。箱書きは有るのか」、「箱書きは古いので有りませんが、証拠は有ります。鼓を打つと狐が乗り移り、鳴き声を発します。殿様が鼓を打つと、私ではいけませんから、三太夫さんが鳴きます。殿様がポンポンポンと打ちましたら、三太夫さんが『コンコンコン』と鳴きます」、「なに~、武士に向かって獣類の真似をせよというのか」、「怒ってはいけません。『コン』と一回鳴いていただければ1両差し上ます」、「ひと鳴き1両で、三回で3両だな。(ジロッ!)金兵衛、そんな事は・・・、大好きじゃ」、「脅かさないで下さいよ」、「では、殿に取り次いでくる」。

  殿様にお会いできたので、まずはご挨拶から、「本日は珍しき品で『初音の鼓』を持参しました」、「ほぉ、それは珍品。義経公が静御前に賜らたというあれか?で、本物か?」、「箱書きは古すぎて御座いません。が、本物の証拠が有ります。鼓を打つと狐が乗り移って、鳴き声を発します」、「苦しゅうない。ここに持ってまいれ。早く持ってまいれ。時代が付いておるのぉ~。調べて良いか」、「ご存分にお調べを・‥」。
 「では・・・。よ~ぉ、『ポン』」、「コン」、「どうした三太夫」、「前後忘却して、何も覚えておりません」。
 「さようか。よ~ぉ、『ボンポンポン』」、「コンコンコン」、「どうした?三太夫」、「前後忘却して、何も覚
ておりません」。
 「よ~ぉ、『ボンポンポン、スコポンポン』」、「コンコンコン、スココンコン」、「どうした?三太夫」、「前後忘却して、何も覚えておりません」。
 「いよ~ぉ、『ポンポンポン、スコポンポン・スコポンスコポンポン』」、「コンコンコン、スココンコン、スココンスココンコン」、「どうした?三太夫」、「前後忘却して、何も覚えておりません」。
 その後何回も連打されて、三太夫さん「(咳き込んで)ゴホゴホゴホ。どうやら喘息の狐が乗り移ったようで御座います」、「そうか。次の間に下がって良いぞ」。

 「三太夫さん、アリガトウございます。殿様、本物と思ってますよ」、「喘息の発作が出るとは思わなんだ。幾つ鳴いたか分からなくなった」、「大丈夫です。細かいことは言いません。真っ二つに割って50両ずつ分けましょう」、「それはかたじけない」、「三太夫さん、横になって下さい。お身体が楽になりますから。殿様の鈴が鳴っていますので、私が行って来ます」。

 「殿様、金兵衛にて御座います」、「金兵衛、もそっとこちらにまいれ。初音の鼓は本物か?今度はそちが調べてみよ」。
 さあ困ったが、 今さらどうしようもない。 どうなるものかと金兵衛さんが 「ポン」と打つと、「コン」、と鳴き声が帰って来た。「殿様如何なされました」、「何事である。前後忘却のあまり、何事も覚えておらん」、「左様で御座いますか。よ~ぉ、『ボンポンポン』」、「コンコンコン」、「いかがなさいました?」、「前後忘却のあまり、何事も覚えておらん」。
 「よ~ぉ、『ボンポンポン、スコポンポン』」、「コンコンコン、スココンコン」、「殿様如何なされました」、「一向に存じおらん」。
 「いよ~ぉ、『ポンポンポン、スコポンポン・スコポンスコポンポン』」、「コンコンコン、スココンコン、スココンスココンコン。もう良い。金兵衛、これは初音の鼓である。買い求めるので金子を取らせるぞ。価はいかほどか?」、「100金で御座います」、「金兵衛に金子を取らせる」。
 「殿様、100両で御座いますよ。3両しか御座いません」、「それで良いのじゃ。予と三太夫の鳴き賃が引いてある」。

 



ことば

マクラより、大名の小話三話

「三太夫、今宵は十五夜であるの」、「御意に御座います」、「お月様は出たか?」、「恐れながら申し上げます。『お月様』は女子供の使う言葉。御大身の殿ならば、月は月と呼び捨てになさいまし」、「左様か。月は出たか?」、「一天くまなく、中空に煌々と冴え渡っております」、「左様か。して、星めらは・・・」。そこまで威張らなくても良いのですが・・・。

殿様の食事は意外と質素で有った。「三太夫、今宵の菜であるが、最前食した菜より味わいが劣ると思うが・・・」、「ははぁ~、最前食したる菜は本場三河島より取り寄せた三河島菜、百姓が下肥をかけて作りましたる菜。今お召し上がりの菜は、当下屋敷で清らかな水肥で作られた菜で御座います。味は一段下がるかと思います」、「菜という物は下肥を掛けると味わいが増というか。それでは、苦しゅう無い。これに掛けてまいれ」。

・食事で贅沢なのは、毎晩鯛の尾頭付きが出た。毎晩なので、大名食いと言って、背中の部分だけ一箸付けておしまい。もっと食べたいときには「替わりを持て」ですから・・・。毎晩のことですから、箸も付かなくなります。ところが有る日、鯛に箸が付いた、「鯛は美味で有る」。重ねて「替わりを持て」。さ~ぁ、困ったのが料理方、毎晩飾りだけの鯛ですから替わりの鯛は無い。今から早馬を仕立てても間に合わない。そこは機転の利く重役、「殿、庭の築山をご覧下さい。桜の枝振りがよろしく、春には美しい花がご覧になれるでしょう」、「築山の桜か。良く手が入った。春には立派な花が咲くだろうな~」、と見とれていた。そのスキに三太夫さん、頭と尻尾を持って、くるりとひっくり返した。「おぉ~、持参したか。早かったな~」。また一箸付けて「これも美味で有った。替わりを持て」。今度ひっくり返したら、先程の穴ぼこが出てしまう。みんなオロオロしていると、「三太夫、どうした。予がもう一度築山を観ようか」。

この噺は「義経千本桜」のパロディです。
 義太夫、人形浄瑠璃や歌舞伎で時代物の三大名狂言の一つで、この「義経千本桜」、「仮名手本忠臣蔵」、「菅原伝授手習鑑」の名作を指します。落語「猫忠」は「義経千本桜」を下敷きにしています。

左図;「義経千本桜」二枚組 豊国画

 『義経千本桜』の場合、源義経が平家を滅ぼすという大きな戦功を立てながら兄頼朝と不和になり、奥州藤原氏を頼って落ちのびる、というのが歴史の史実であり、基本的な筋です。「義経千本桜」の筋書き内容は、それによって引き起こされる周りの人々の悲劇を描き出しました。

 時代物の常として五段構成で作られている『義経千本桜』ですが、中心となるのは二~四段目の三つの段です。
 二段目は平家再興を図る落ち武者の悲劇。
 三段目は平家に心を寄せる一家の悲劇。
 四段目は桜満開の吉野山、パロディになった部分です。
 義経一行は吉野山第一の実力者である河連法眼の館に逗留していますが、横川の覚範(実は壇ノ浦で生き延びた平教経)をはじめとして義経を除こうとする動きもあります。そこに佐藤忠信がやってきます。忠信は平家追討の後、母を看病しに田舎に帰っていましたが、母が死に、自分も破傷風を患いこれまで遅くなったが、やっと治ったので戻ってきたと言います。
 ところが、大物浦に行く前に、忠信は義経たちの前に現われており、その時足手まといになる静御前を預けていたのです。しかし忠信には覚えがありません。
 そこへもう一人の忠信が静御前を伴いやってきます。どちらが本物の忠信か、確かめようと静が後白河法皇より下された『初音の鼓』を打つと後から来た忠信が現われます。実はこの鼓は千年の齢を経た夫婦の狐の革で作られたもの。静に供をしてきたのはその狐の子供が化けた忠信だったのです。
 親恋しさに、忠信に化けた狐は鼓とそれを持つ静を、日に夜に守ってきたわけです。その孝心に感じいった義経は狐に源九郎という名を授け、さらに鼓を与えます。源九郎狐は喜び、やがて押し寄せた吉野山の荒法師たちを不思議な力で蹴散らします。

 右図;「狐忠信」国芳画  寛永元年3月、市村座の「義経千本桜」で四世市川小団次が演じた狐忠信。身軽な小団次が宙乗りを行い、その仕掛けも描かれている。見上げる義経(八世団十郎)、静御前(しうか)を小さく描いている。

 佐藤忠信;平安時代末期の武将で、源義経の家臣。『源平盛衰記』では義経四天王の1人。父は奥州藤原氏に仕えた佐藤基治、もしくは藤原忠継。 奥州藤原氏から送られ、義経の郎党として随行。兄の佐藤継信は屋島の合戦で討死している。忠信享年は二十六。(菩提寺である医王寺の忠信の石塔には享年34とある)。どちらにしても若い。「義経千本桜」の「狐忠信」こと「源九郎狐」のモデルになった。

 源義経; 九郎判官。源平合戦で活躍するが、その後兄の源頼朝に追われる身となる。義経伝説を背景に、武勇に優れ一軍の将に相応しく情理をわきまえた人物として描かれる。

 武蔵坊弁慶; 豪腕無双の荒法師。義経一の家来。

 静御前; 義経の愛妾で白拍子。義経に千年の劫を経た雄狐・雌狐の皮を張った初音の鼓を託される。

 義経四天王; 駿河次郎、 亀井六郎、 片岡八郎、 伊勢三郎。

この項、落語「猫忠」(ねこただ。「猫の忠信」)より引用

「竹のひと節 義経千本桜/忠信狐之段」 「河連法眼館」の場面。楊洲周延画。

初音の鼓
 源義経が静御前にあたえたという。千年生きた狐の皮で作られ、太陽に向かって打てば雨を降らせる。 「初音」は元々は、ウグイスなどの鳥獣や虫類がその年はじめて鳴く声をいう。 この鼓の名は、雨が降った時に人々の歓声が起こったことに由来。
   

上写真:日本の歴史伝承上の楽器。鼓(つづみ)。左、鼓(=こづつみ)。右、小鼓と大鼓(右奥の中央に出っ張りがある)の胴(東京国立博物館蔵)。皮の部分が無いのを見ると子狐が持って行ったのでしょうか(笑)。

 歌舞伎『義経千本桜』では「桓武天皇の御宇。内裏に雨乞ありし時。此大和国に。千年劫経る牝狐牡狐。二疋の狐狩出し。其狐の生皮を以て拵経た其鼓。雨の神をいさめの神楽。日に向うて打てば。鼓は元来波の音。狐は陰の獣故。水を起して降る雨に。民百姓は悦の声を初めて上げしより。初音の鼓と称し給ふ」とある。
 
殿様、金兵衛、三太夫みんな仲良しで、誰もがうそを承知で遊び戯れているような、ほのぼのと捨てがたい味わいがある。 別話の「猫忠」(猫の忠信)も、別題が「初音の鼓」なので、 区別してこの噺は「ぽんこん」とも呼ばれています。
 

 上村松園 「鼓の音」 昭和15年 ニューヨーク万国博覧会 絹本彩色 軸装 77.0×95.7 ㎝

小野小町(おののこまち);(生没年不詳)は、平安時代前期9世紀頃の女流歌人。六歌仙、三十六歌仙、女房三十六歌仙の一人。生没地も分からないが、歌に関しては天才で有った。
 歌風はその情熱的な恋愛感情が反映され、繊麗・哀婉、柔軟艶麗である。『古今和歌集』序文において紀貫之は彼女の作風を、『万葉集』の頃の清純さを保ちながら、なよやかな王朝浪漫性を漂わせているとして絶賛した。仁明天皇の治世の人物である在原業平や文屋康秀、良岑宗貞と和歌の贈答をしているため、実在性が高い、とする説もある。実際、これらの歌人との贈答歌は多く伝わっている。
 「花の色は移りにけりないたづらに我が身世にふるながめせし間に」  『古今集』

春日局(かすがのつぼね);春日局=斎藤福(さいとう ふく、天正7年(1579) - 寛永20年9月14日(1643年10月26日)は、安土桃山時代から江戸時代前期の女性で、江戸幕府三代将軍・徳川家光の乳母。「春日局」とは朝廷から賜った称号。父は美濃国の名族斎藤氏(美濃守護代)の一族で明智光秀の重臣であった斎藤利三、母は稲葉良通(一鉄)の娘である安、又は稲葉一鉄の姉の娘於阿牟(おあむ)。 稲葉正成の妻で、正勝、正定、正利の母。養子に堀田正俊。 江戸城大奥の礎を築いた人物であり、松平信綱、柳生宗矩と共に家光を支えた一人に数えられた。 また、朝廷との交渉の前面に立つ等、近世初期における女性政治家として随一の存在であり、徳川政権の安定化に寄与した。
墓所は東京都文京区の麟祥院、神奈川県小田原市の紹太寺。麟祥院の前の通りを春日通りと言います。
写真: 春日局(斎藤福) 麟祥院所蔵の肖像画

久米の仙人(くめのせんにん);天平年間に大和国吉野郡竜門寺の堀に住まって、飛行の術をおこなっていたが、久米川の辺で洗濯する若い女性の白い脛(はぎ)に見惚れて、神通力を失い、墜落し、その女性を妻とした。高市郡に遷都されたとき、久米仙人もまた俗人として夫役につき材木を運搬していたが、仙人であることを知った行事官の揶揄に発憤し、七日七夜の修行ののち、ついに神通力を得て、巨材を空運させた。 時の天皇がこれを聞き、免田30町をたまわり、久米仙人はそこに寺を建立した。これが久米寺であるという。すなわち久米寺の縁起である(『今昔物語集』巻11)。 なお『七大寺巡礼私記』や『久米寺流記』などでは、遷都の工事ではなく、聖武天皇の東大寺造営のときの話とする。
写真:歌川国芳: 「木曾街道六十九次之内」「四十四」「落合 久米仙人 晒女」 東京都立図書館蔵

箱書き(はこがき);書付は、書画・陶磁器などの作者名や作品の伝来、銘、署名、押印などを、紙に書いて添えたり、箱に書き付けたもの。作品を収めた「共箱」(その作品のために用意された専用の木箱)に記されたものを「箱書」と称する。権威の高い人物によるものをとくに「御書附」といい、作品の価値を高める作用を果たす。作者自身による物もあれば、作品の価値を高めることを目的として、有力人物に依頼して付される場合もある。



                                                            2016年8月記

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