落語「もぐら泥」の舞台を行く
   

 

 柳家小三治の噺、「もぐら泥」(もぐらどろ)


 

 店のご主人が、月末の支払いの算段をしている。いくらソロバンをはじいても、いくら支払先の順番を変えても足りない。頭の中では足りていたはずであったが、実際の現金と合わない。奥様に聞くと、店のそこにある品物を買ってしまったという。その分が不足として合わなかったのだ。どうやり繰りをしたら良いか頭を抱えている。

 もぐら泥という泥棒がいた。昼間、目星を付けた家の、戸のカギ位置を測って置いて、夜敷居の下を掘って、カギを外して侵入するという。そのもぐら泥がこの店の敷居を掘って腕を差し込んできた。
 寸法を間違えて掘ってしまった。今更堀直すのは手間だが、どうにかならないかと思案して、腕を左右に振っていた。「もう少しのところで届くんだがな」。
 店の主人はソロバンを入れながら、ため息交じりに「もう少しなんだがな。残念だ」。泥棒は「もう少しで届くんだがな。残念だ」、「おい、人真似しないで早く寝な」、「私は何も言っては居ませんよ」、「ソロバンを入れても、どうしても2円足りないな」、「どうしてもカギまで2寸足りないな」、「お金に2寸と言うことは無いだろう」。土間の隅を見ると、腕が敷居のところから戸のカギを狙って動いている。奥様驚いて「だれ?あんな所に種まいたの。腕が生えている」、「泥棒だから静かにしろ」、細引きを持って来させた。捕まえて警察に突き出せば2円位の褒美が出るだろうから、その金で埋め合わせをするんだ。
 「こらァ、捕まえた」、「わぁ!しまった。痛い!・・・悪気があってやったのでは無いので」、「悪気があってやったんでは無い? じゃぁ、良いと思ってやってるのか」、「貴方、よしなさいよ。この人だって悪気があってやっているのじゃ無いわ。まだ何も盗られていない」、「奥さんですか。(泣き落としに掛かる)家に帰れば八十五のお袋が長の患いで養いがたいので、つい出来心です」、「泥棒は手が長いと言うからもっと出せ」と、強く細引きを引く。「痛い、引っ張っちゃダメ、ダメ。イタイ」、「可哀相だよ。後で火を着けられたら恐いわョ」、「(高飛車に)そうですよ。私には85人の子分が居るんだ」、「黙ってろ、泥棒がつけ上がっている。1人の親が養えなくて、85人の子分が養えるか」、「ごもっともです。だが、仲間が居て火を着けますよ」、「付けるなら付けろ。このうちは借家だ」、「親方、勘弁して下さいよ。イタタタ、痛いな。この野郎もう頼まない、ぶっ殺してやるからな。イタタタ、ちぎれちゃう、今のはウソです」。店の中が静かになった。縛られたまま、地面に張り付いていた。犬が来て片足上げて・・・砂まで掛けて行った。

 二人組の男が歩いて来た。「顔が利くというので遊びに行ったが、それどころか5円の出銭。明日の朝までに渡さなくてはならない大事な金なので、耳をそろえて持って来い」と、兄貴分に怒鳴られていた。金の思案が付かないまま、路地に入ってきた。「オイ」と声が掛かって、ビックリして足元を見ると、もぐら泥が居る。逃げだそうとしたが、懇願されたので近くに寄って話を聞くと、背中に財布があってその中に刃物が入っているので、それを取ってくれと頼まれた。その刃物で、切って、逃げるという。
 財布を取り出してみると、金が随分入っていた。「おいおい、金はイイんだ。その中の刃物を取ってくれ」、「お前、本当に縛られているんだな」、「その刃物で切って逃げるから速くよこせ」、泥棒にせかされながら、財布と縛られたもぐら泥を見比べながら、意を決してその場から走り出した。
思わず泥棒が「泥棒~」。

 



ことば

泥棒(どろぼう);江戸落語評論家の榎本滋民氏は次のように言っています。
 「泥棒(泥坊)」は江戸中心の呼称で、上方では主に「盗人(ぬすっと)」という。この噺の『もぐら泥』は『おごろもち盗人』、おごろもちは上方でもぐらのこと。『釜泥』は『釜盗人』、『碁泥』は『碁打ち盗人』です。上方でいう「どろぼう」は怠け者・放蕩者・道楽者を指すことが多い。泥棒も盗人も優劣は無いのであろうが、犯行をとがめるときに叫ぶのは、「ぬすっと」より「どろぼう」の方が声の通りがイイ。窃盗のシノビコミに対して強盗をオドリコミという。隙を狙って奪うのがカッパライ・ヒッタクリ、通行人を襲撃するのはトンビと呼ばれる。店内の商品を盗むのはマンビキでオタナシともいう。待合室で置かれたカバンなどを盗むのをオキビキで、ベンチに置かれた物は隣に座り、自分の物のような顔をして持ち去る事も有る。底を抜いたカバンを獲物上にかぶし、持ち去る手口もある。」
「落語ことば辞典」岩波書店 より。

もぐら泥;この噺では未遂であったが、どの様な罪状になるのでしょうか。
 江戸時代だったら、未遂であっても深夜に店先を掘って、刃物を持って侵入したのですから、出来心では無く、故意の犯罪ですから打ち首になるところです。しかし、警察と言っていますので、明治以降の噺ですから、旧刑法が適用されます。被害者(?)にそれなりの保証をして、減刑の嘆願書が出て、本人が反省の情を示したら、判決の内容が変わってきます。貴方が裁判官だったら・・・。

ご来場のお客さんから質問がありました。
Q.戸の下に穴を掘って内側に手をつっこんで、具体的に何をどうやって戸を明けるんでしょうか。

A.「雨戸」はご存じですか。
 マンションには無くなった戸ですが、一戸建てには今も残っています。ガラス戸の屋外部分に、雨・風、台風、また、泥棒を避けるための戸です。夜寝るときは、閉めるものですが、雨戸の下に、最後に閉めた戸の下にカギが付いています。カギと言っても南京錠ではありません。凹んだレールの部分に穴が空いていて、雨戸の下部に付いている落とし錠、棒のようなものをレールの穴に落とし込んで左右に動かないようにしたカギです。
簡単な構造ですが、安価で確実な方法です。

 これと同じような物が、店の大戸の下に付いていました。これでは、緊急時や若旦那が夜遅く、帰って来たときには潜り戸と言って、小さな引き戸が付いていました。外からは開けることができませんので、内側からその下に付いているカギを上に押し上げて、潜り戸を開けるのです。

 前日に泥棒は下見をして、その鍵穴の位置を確かめておくのです。

 この泥棒さん、ここまでは良かったのですが、穴を掘って、カギに手が届く・・・、と思ったら、
穴を掘る位置がずれていて、カギに手が届きません。カギを探している内に、旦那に見付かって、細引きで腕を捕らえられてしまった。ま、ドジな泥棒君ですが、その後日談もあってマヌケの上塗りです。

 その絵を添付しますから、ご覧下さい。右上図:「古典落語事典」永田義直編著 緑樹出版からの挿絵。
 大戸については、落語「六尺棒」を参照してください。

2寸(2すん);長さの単位で、1寸=3cm 2寸は6cmです。ほんの少しです。

細引き(ほそびき);麻などを縒(よ)って作った細い縄。細引き縄。「荷物に細引きをかける」等と使う。梱包用には平テープの梱包用帯や、ビニール紐などが使われています。細い物は手首に食い込んで、イタイ、イタイ。

敷居(しきい);部屋の境の戸・障子・襖の下にあって、それをあけたてするための溝のついた横木。明治・大正の頃は地面に直接敷居を置いていた。その為、道路側の地面を掘って穴を開け、そこからカギの掛かった戸のカギを外して開けようとした。店と外界の仕切にもなった。

土間(どま);家の中で、床を張らず地面のまま、または、たたきになった所。長屋でも、入口は土間になっていて、そこで履き物を脱いで上にあがった。商店でも敷居の中はならした土の床、たたきになっていた。

たたき;上図(江戸東京たてもの園)三和土と書いて「たたき」と読ませる。赤土・砂利などに消石灰とにがりを混ぜて練り、塗って敲き固めた素材。3種類の材料を混ぜ合わせることから「三和土」と書く。土間の床に使われる。長崎の天川土、愛知県三河の三州土、京都深草の深草土などの叩き土に石灰や水を加えて練ったものを塗り叩き固め、一日二日おいた後に表面を水で洗い出して仕上げとする。 もともとはセメントがなかった時代に、地面を固めるために使われたとされる。日本では明治期において、既存の三和土を改良した人造石工法(考案者の名を取り「長七たたき」とも呼ばれる)が、湾港建築や用水路開削などの大規模工事にも用いられた。 現在では、コンクリート製やタイルを貼った土間なども三和土と呼ばれることがある。



                                                            2015年1月記

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