落語「みかん売り」の舞台を行く
   

 

 二代目桂三木助の噺、「みかん売り」(みかんうり)より


 

 甚兵衛さんが遊んでいる男を呼んで、「遊んでいても仕方が無い。何か仕事をと思っていたら、みかんでも売ったら・・・。紀州の取引先から借金の形にみかんを送ってきたんだ。問屋でも3厘や4厘は取るけど、1厘で卸してあげる」、「安いな~。買わして貰います」、「違う。お前が売って、商売するんだ」、「ハイ」、「前に100、後ろに100コ積んで行ってきな。元は1厘、お前の甲斐性で上見といで・・・」。「行ってきます。有り難いな、みかん売れなんて・・・。アッ、売り声聞いてくるの忘れた。黙ってたって売れないよ。イワシ屋の真似したってしょうが無いし、どっかで稽古してこよう」。
 裏長屋に入ってきて、三つ並んだ外後架の前に荷を下ろし、大きな声で、「みかん~」、「じゃかましいや」、「ビックリした」、「こっちがビックリした」、「みかん屋ですが売り声が分からないので、ここで稽古しています」、「みかん売っているのか?いくらだ?」、「1厘です」、「安いな。皆買ってやる、持って来ナ。上がり框に皆置いて行け、後で長屋を回るから、銭は今出してあげる。20銭だな」、「チョット待って下さい。今、上を見ますから。蜘蛛の巣が張って汚いな」、「余計なこと言うな。また来いよ」、「おおきに」。

 「甚兵衛さん、行ってきました」、「馬鹿、直ぐ帰って来る奴があるか」、「皆売ってきたんです」、「本当だ。偉いな。時間が早いからもう一遍行ってきな。売り上げは?」、「ここに有ります」、「20銭やないか。・・・と、これは元やな」、「そうそう」、「利は何処に有るんだ」、「今のでっしゃろ」、「お前は元値で売ってきたんだな」、「上を見てこんかい」、「上は見てきました。えらい蜘蛛の巣やった」、「アホやな。掛け値をしろと言うことヤ」、「『いくら』と聞かれたら、500円ヤ」、「殺されるゾ、アホ」。
 「裏長屋に入っていったら、このみかん1銭という。『負けろ』と言われたって、鼻も動かさず、荷を担いで路地を出て行くとき、『戻りいな』と言われたら、井戸か水道がある、長屋の集会所に戻って荷を広げる。口うるさい婆がいろいろ言っても相手にせず、大きそうなみかんを上に乗せて見せるんだ。これを仲間内で荷造りというねん。余分に買う人が居たら、そこで負けるんだ。利が乗るから、そこで女房子供が養えるんだ。もう一度行ってこいッ」、「行くわい。ポンポン言うなッ。わてかて一生懸命売ってたんだ。そうだ、さっきの長屋で『もう一度来い』と言ってたから行ってみよう」。

 「みかん屋こっちに置きな。数は幾つだ。200かッ。そこから20銭出してあげな」、「20銭ではないのです」、「先程のみかんと違うのか」、「同じです」。先程甚兵衛さんから言われた内輪話を、そっくりそのまま客の前で喋ってしまった。「叱られてきたのだろう。先程と足しても安いから買ってやろう。ところでお前の歳は幾つだ」、「六十」、「六十歳?アホは年より若く見えると言うが、本当に六十か?」、「そこは半値で三十、少し引いて二十八です」、「歳を値切る奴があるかい」、「何で、そんなに上を言うんだ」、「残るところを持って、女房子供を養います」。

 



ことば

みかん売り;東京で別題は「かぼちゃ屋」「唐茄子屋」。原話は、安楽庵策伝が元和2年に出版した『醒睡笑』第五巻の「人はそだち」。 元々は「みかん屋」という上方落語の演目で、大正初年に四代目柳家小さんが東京に持ち込んだ。東京の主な演者として、五代目柳家小さんや七代目立川談志などがいる。 上方では「みかん売り」の題で二代目桂ざこば一門(桂塩鯛 桂出丸 桂わかば 桂ひろば 桂ちょうば 桂そうば 桂あおば 桂りょうば )が多く演じる。ざこばは六代目笑福亭松鶴から直接教わった。 かぼちゃ屋」が既にアップされていますので、何処がどう違うのか、またどう同じなのかを比較してみて下さい。

二代目桂三木助(2だいめ かつら みきすけ);(1884年11月27日 - 1943年12月1日)は、大阪の落語家。本名: 松尾 福松。享年59。 大阪生まれ。1894年1月、二代目桂南光(後の桂仁左衛門)に入門、子役として桂手遊(おもちゃ)を名乗り、同年2月、桂派の金沢亭で初高座。1904年に入営、日露戦争に従軍後、1906年に帰国し、「滑稽ホリョー踊り」なる演目で高座に復帰。同年11月27日に真打で二代目三木助を襲名。 1911年、賭博が過ぎて借金を作り桂派に居られなくなり互楽派に身売りし七五三蔵の名で出演し支度金で返済しようとしたが桂派から苦情が出て、仕方なく兄弟子の初代桂小南を頼り上京(支度金は初代桂ざこばが支払った)。四代目橘家圓喬門下で橘家三木助を名乗り、三遊派の各席に出席するが、1916年に帰阪し三友派に加わり、後に吉本興業の大看板として名を馳せた。 持ちネタは膨大で、神戸湊川の寄席で3年間真打を勤めた時、一度も同じ噺を掛けなかったという。東京時代に人情噺に傾倒したことから、帰阪後も笑いを取るネタより、むしろ『立ち切れ線香』『菊江仏壇』『ざこ八』『箒屋娘』『抜け雀』など、はめ物を極力抑えた東京風の演出による素噺を得意とした。時折り東京弁が混じったり、上方情緒を失ったりと、賛否両論はあったが、三代目三遊亭圓馬とともに東西落語に精通した名人として上方落語が衰微して行く中、その実力を謳われた。 晩年は軍務中、耳を悪くしている。 SPレコードは『丁稚芝居』『三年酒』『宿屋仇』『動物園』『鮑のし』『みかん売り』『お伊勢詣り』『無筆な犬』等がある。この噺、「みかん売り」もSPレコードからの音です。 弟子には、三代目桂三木助、桂小半(後の三代目立花家千橘)、九代目桂文治、桂三木丸、剣舞の源一馬らがいる。八代目林家正蔵(林家彦六)は、大阪を訪れた際に三木助から『ざこ八』や『莨の火』などを教わっている。 肖像の写真が数枚残されており一枚は日露戦争に従軍時の軍服姿の写真と晩年の着物姿の写真が残されています。

みかん;ミカン科の常緑低木。またはその果実のこと。様々な栽培品種があり、食用として利用される。
 日本の代表的な果物で、バナナのように、素手で容易に果皮をむいて食べることができるため、冬になれば炬燵の上にミカンという光景が一般家庭に多く見られる。「冬ミカン」または単に「ミカン」と言う場合も、普通はウンシュウミカンを指す。「ウンシュウ」は、柑橘の名産地であった中国浙江省の温州のことで、名は温州から由来する。つまり、名産地にあやかって付けられたもので種(しゅ)として関係はないとされる。
 中国の温州にちなんでウンシュウミカンと命名されたが、温州原産ではなく日本の不知火海沿岸が原産と推定される。農学博士の田中長三郎は文献調査および現地調査から鹿児島県長島(現鹿児島県出水郡長島町)がウンシュウミカンの原生地との説を唱えた。鹿児島県長島は小ミカンが伝来した八代にも近く、戦国期以前は八代と同じく肥後国であったこと、1936年に当地で推定樹齢300年の古木(太平洋戦争中に枯死)が発見されたことから、この説で疑いないとされるようになった。発見された木は接ぎ木されており、最初の原木は400~500年前に発生したと推察される。中国から伝わった柑橘の中から突然変異して生まれたとされ、親は明らかではないが、近年のゲノム解析の結果クネンボと構造が似ているとの研究がある。
 ウンシュウミカンは主に関東以南の暖地で栽培される。温暖な気候を好むが、柑橘類の中では比較的寒さに強い。

  

 収穫量(2009年度) 全国合計 100万3,000 トン(2007年比6万3,000 トンの減少)。(2013年度)約80万4,400トン
  1.和歌山県 18万9,000 トン(全国シェア約19%)
  2.愛媛県 15万9,400 トン(全国シェア約16%)
  3.静岡県 12万2,100 トン(全国シェア約12%)  
 昭和初期まで和歌山県(紀州)が首位を独走してきたが、1934年の風水害で大きく落ち込み、以降は静岡県が生産量1位の座についていた。 愛媛県は1970年より34年連続で収穫量1位を守ってきたが、2004年度から6年連続和歌山県が逆転。全国シェアの差も年々広がっている。

 落語には、真夏に季節外れのミカンを求める『千両蜜柑』という演目があります。

前に100、後ろに100コ積んで行ってきな;棒手振り。前の篭と後ろの篭に商品を入れて、天秤棒を前後に通しかついで街中を売り歩く商人。誰でも小資本で魚や野菜を簡単に仕入できるので、参入者は多いが、生活に直結した品が多かったので、高額で高級品は扱っていなかった。この噺のみかん屋も、素人であったが、品質に対しての価格が適正なら売り歩くことが出来た。
右図:熈代照覧より棒手振り。長ネギを売っていますが、この噺ではカゴにみかんが入っています。江戸東京博物館複製蔵。

1厘(りん):1円の1/100を1銭。1銭の1/10を厘と言いました。現在は生活の中では使われていませんが、金融関係の指標では未だ健在です。噺の中では1厘X200コ=20銭です。

     

上左から、1銭稲青銅貨、明治31年-大正4年発行。1銭桐青銅貨、大正5年-昭和13年発行。1銭カラス黄銅貨、昭和13年発行。1銭カラスアルミ貨、昭和13年-15年発行。 半銭銅貨、明治6年-21年発行。5厘青銅貨、大正5年-8年発行。
左、1厘銅貨、直径15.75mm 重さ0.91g  明治6年-17年発行。

 

外後架(そとこうか):禅寺で、僧堂の後ろにかけ渡して設けた洗面所。その側に便所があり、転じて便所の意になる。
 長屋では長屋の外に共同の便所を作り、それを外後架と呼んだ。そこで静かに一人でいるところを、大声で売り声を怒鳴られたら、誰でもビックリします。
右写真:中央が外後架。長屋は上部がカットされています。 江戸東京博物館蔵

上がり框(あがりがまち):家のあがり口のかまち。玄関の床などの端にわたす化粧横木。玄関の靴脱ぎ場と部屋に通じる廊下(玄関広間)との境目に置く石や横柱材(?)、銘木で仕切った部材。

掛け値(かけね):実際の売り値よりねだんを高くつけること。また、そのねだん。仕入れ値+掛け値(経費・利潤)=売値。



                                                            2016年11月記

 前の落語の舞台へ    落語のホームページへ戻る    次の落語の舞台へ

 

 

inserted by FC2 system