落語「鮑のし」の舞台を行く
   

 

 古今亭志ん生の噺、「鮑のし」(あわびのし)


 

 「仕事に行ったら、身体の調子が悪くなって、帰って来た。考えたら腹が減ってるんだな。飯食わせろ」、「ご飯なんて無いよ」、「無ければ炊けよ」、「お米が無いんだよ」、「米びつから出せ」、「米びつは空っぽだよ」、「じゃ~、買ってこようか」、「買っておいで」、「オアシをおくれ」、「オアシが無いよ」、「何にも無いんだな。明日っから仕事に行くから、今日は食べさせてくれ」。「それだったら、山田さんとこ行って50銭借りて来な」、「貸さないよ。こないだ2銭貸してくれと言ったら貸してくれなかった」、「私が・・・、と言えば貸してくれるよ」。

 「こんちは~」、「今日は休みかい。お上がりよ」、「お願いがあるんですが・・・。実はね、オアシが」、「無いよ」、「早いね。50銭」、「50銭なんて見たことも無いよ。家には無いね。何、お光さんが貸してくれと言うのかい。50銭出してあげなよ。1円か2円持っていくかい」、「面白くないな」、「お前さんに貸すと返ってこないからなぁ~。出しっ放しになって公園の水道みたいになっちゃうから、ダメだ」。

 「お前だと言ったら貸してくれた」、「信用が違うんだ」、「米買ってくる」、「魚屋に行って魚を買って来な」、「猫じゃ無いんだから、魚はイヤだよ」、「ご飯食べさせるから行ってきな。チョッと都合があるから、尾頭付きを買って来な」、「尾頭付きって何だ」、「頭が付いた魚だよ」、「英語だな」、「英語じゃ無いけれど、魚屋に行けば分かるよ」。

 「魚屋さ~ん、頭のある魚有るか?」、「尾頭付きか」、「お前も知っているのか。何か有るかぃ」、「先程まで有ったが、今は、この鯛だけだ」、「赤くて立派だな。金魚の取り締まりか」、「お前さん、幾つになるんだ。子供だって知っている鯛だよ」、「これいくら」、「5円だ」、「50銭に負けろよ」、「5円を50銭には負けられない」、「50銭しか無いから、何か無いかい」、「ここにアワビが3杯有る。ひとつ20銭で60銭だが、50銭に負けとくよ」。

 「アワビ買ってきたよ」、「あれだけ尾頭付きと言ったじゃないか」、「鯛があったけれど5円もして買えない、アワビしか買えなかった」、「それじゃ~、これでイイよ」、「食べるのかい」、「ダメだよ。今日、大家さんの息子さんが嫁を迎えるんだよ。そのお祝いだと言ってこれを持って行けば、あの大家さんの事だから、祝儀に1円もくれるだろうから、50銭を山田さんに返して、残りの金で米を買って飯を食わせてやる。祝儀の口上は難しいから口移しで教えてあげる」、「昼間っから口移しは恥ずかしい」、「バカ言っているんじゃ無いよ。こんちはイイお天気でございます。承りますれば、お宅さまの若だんなさまにお嫁御さまがおいでになるそうで、おめでとうございます。いずれ長屋からつなぎ(長屋全体の祝儀)が参りますけれど、これはそのつなぎの他(個人としての祝い)でございます」、「誰が言うの」、「お前さんだよ」、「幾日かかって?」、「いっぺんに言うの」、「言えないよ~」。今言ったことを細かく分けてお光さんは教えた。「早く行っておいでよ。行かないと飯食べさせないから」、「こっちは、腹が減って口もきけないよ」。

 「こんちわ~」、「こっちに入りなさい」、「こんちはいいお天気でございます。明日も良い天気でしょう。来月は分からない」、「それは分からない。何か用かい」、「う~~、ウッ」、「番犬だな」、「承りますれば、お宅様のバカいえ、若旦那様がウガウガ」、「分からないね。嫁が来るんだ」、「おめでとう御座います」、「アリガトウ」、「いずれ長屋から津波が」、「何だッ」、「いえ地震が・・・。何か来ますが、これはその他でして」、「そうかい、祝ってくれたのかい」、「そうです。1円下さい」。「これはアワビじゃないか。これを伜の婚礼に持って来たのか。お前さん一人の料簡かい」、「カカアは知っているんです。山田さんから50銭借りて、ここで1円貰って、50銭返して残りの50銭で米を買うんです」、「お前さんは長生きしますな」、「胃が丈夫ですから」。「これはお前さんの一存なら貰っておくが、お光さんが知っているんだったら受け取れないね。これは磯の鮑の片思いと言うんだ。持ってお帰り」、「では、1円だけ下さい」。

 ガッカリして歩いていると兄貴分に会った。「飯が食えなくなっちゃった」、「身体でも悪いのか」、「丈夫すぎて」、「どうしたんだ。大家さんの所で婚礼なんだ。山田さんから50銭借りて・・・」、皆喋ったら知恵を授けてくれた。
 「もう一度大家の所に行って、格子戸を足でサーッと開けて、威勢良く入って行け。アワビを投げ出して『ヤイ、祝い物には『のし』が付いていら~。あれの原料はアワビなんだゾ。伊勢の日焼けした海女が深い海に潜り、命からがら取ってきたアワビをムシロに並べて、それを仲のいい夫婦の布団の下に一晩敷いて、のしに仕上げるんだ。そんなめでたいアワビを、なんで受け取らないのだッ。1円じゃ安い5円よこせ』と、そう言って怒鳴り込んでやれ」、「値が上がるんだな」、「土足で座敷に駆け上がって、クルッと尻をまくってやれッ」、「ダメなんだ。フンドシ閉めていないんだ」。

 



ことば

この後にまだ噺が続きます。
 兄貴のアドバイスにはさらに続きがある。「あの大家の事だから、ついでにこんな質問をしてくるだろう。『アワビの代用に、仮名で、のし、とつながった形で書いたやつ(わらびのしなど)があるが、あれは何だ?』って聞いてくるだろうから、こう言ってやるんだぁ。『あれはアワビのむきかけです』ってな」 知恵をつけられて、やる気になった甚兵衛は激しい勢いで大家宅へ突入。土足で座敷に上がり込み、「クルッと尻をまくってやりたいところだが、事情があって今日はできねぇ。よく聞けェ」 所々つっかえながらも、何とかのしの由来を言いきった甚兵衛さん。感心した大家は、「もう一円上げるから、ついでに・・・」と、兄貴の予想通りの質問をし、甚兵衛はひるまず首尾よく答えた。「なるほど。じゃあ今度は二円あげるから、もう一つ。一本杖をついたような『乃し』と書かれたのがあるが、あれは一体何だ」 「えっ、あの、それは・・・。ああ、アワビのお爺さんでしょう」。
  『乃し』のサゲが時代とともに少々わかりにくくなったため、五代目志ん生は「クルッと尻をまくってやりたいところだが、事情があって今日はできねぇ」の箇所で終わらせた。

 この落ちの意味ですが、続けて書かれたのし、とは、のし紙に縦にひらがなで、のしと続けて書かれたもので、リンゴの皮をむいたようにクルクルとまるまっているものです。杖をついている乃し、とは、のしを「乃し」と書くもので、乃の字が杖をついている様に見えるためです。

甚兵衛さんと与太郎さん;江戸落語では、甚兵衛さんの人物設定は人が良くて人にも好かれ好人物ですが、生活力が無いため、いつも女房の尻に引かれています。人が良いんですね。そこいくと、人は良くても与太郎さんは頭のネジが一本緩んでいます。甚兵衛さんは決して与太郎さんのようにネジは緩んでいません。落語家さんは甚兵衛さんと与太郎さんの使い分けがシッカリできていないと、噺はズレてしまい、難しい人物設定の二人です。

熨斗って:「熨斗」 なんて読むかご存じでしょうか? 答えは「のし」です。 のし紙とか、のし袋の「のし」です。右写真。 のし紙とかのし袋のどこに熨斗があるかというと右肩の長六角形の 真ん中に包まれた黄色い物が熨斗なのです。今はセルロイドや樹脂で出来たものに置き換えられていますが、元の姿は あわびをのした”熨斗あわび”なのです。その熨斗あわびとはどんなものでしょうか。あわびを薄く剥いて乾かし、竹筒など円筒形のもので伸ばしたものを言います。遠い昔から、不老不死の妙薬・寿命を延ばす・商売を伸ばすとして贈る方も贈られる方もこの世に存在する贈り物の中でいちばんの最高級品でした。
 思い浮かべてみて下さい。開店祝いの生花の名札や大漁旗に、赤や黄色のかんぴょうを 束ねたような模様を見たことありませんか?婚礼衣装にも花や御所車をあしらった熨斗模様がたくさん取り入れられています。 あれが束ね熨斗(たばねのし=下写真)と言われる模様です。 もう忘れ去られてしまいそうですけど、しっかりと今に日本文化を伝えています。

  

 決して、「海女が深い海に潜り、命からがら取ってきたアワビをムシロに並べて、それを仲のいい夫婦の布団の下に一晩敷いて、のしに仕上げる」。などと言うことはありません。噺を面白くするための言葉の遊びです。

熨斗(火熨斗):火熨斗(火で温めたもの)を使って伸ばしていた所もあり、 熨斗で伸ばした鮑を『熨斗鮑』と呼ぶようになりました。 室町の武家社会はせわしく「のしあわび」と呼ぶことを煩わしく簡略して 「ノシ」と呼ぶようになりました。 たとえば、出陣の『三献の儀』出陣前の慌ただしい中で厳かに行われますが 家臣一同揃ったところで大将か軍師が「ノシをもてぃ」と三献の肴 (打ち鮑、勝ち栗、昆布)を賠膳役が運んだのではないでしょうか? 本物のし袋伊勢熨斗は伊勢志摩で海女が素潜りで獲った鮑を薄く剥き乾燥させ熨斗あわびを作り、手漉き檀紙を折った本格派の祝儀袋に付けた。

三献の儀:室町時代より武士は出陣の時、”打ちあわび、勝ち栗、昆布”の三品を肴に酒を三度づつ飲みほす儀式がありました。 これを『三献の儀(さんこんのぎ)』 或いは『式三献(しきさんこん)』と言い、宮中の儀式であったこの三献が武士の出陣・婚礼・式典・接待宴席などで重要な儀式となりました。
右写真:三宝に乗った、打ちあわび、勝ち栗、昆布。
 とくに出陣に用いる三献は三つ目の杯を飲み乾した後、地面に打ち付けて割り、軍扇を広げ弓を持ち大将が鬨(とき)の声を『エイ!エイ!オーッ!』と挙げ陣営を鼓舞する意味合いがありました。打ち鮑は剥いて干した身を打ち伸ばしたもので敵を討ちのばすの意味が含まれています。当時から高タンパク質低カロリーの食品である事がすでに理解されていて重宝がられていました。現在では、正月の飾りや来客のお迎え、結婚式の三三九度、選挙の出陣式、端午の節句や七五三、 祭り、などに形をとどめています。
 相撲では縁起を担ぐ意味で勝栗や昆布・米・スルメ・塩・榧(かや)の実が神への供物として土俵祭りの際に土俵中央に埋められる。下記写真。

磯の鮑の片思い(いそのあわびのかたおもい);(鮑が片貝であることから) 自分が相手を思うだけで、相手が自分を思わないことにいう。「鮑の片思い」とも。磯の鮑の片思いとは、片思いをしゃれて言うことば。アワビはミミガイ科の巻き貝で、殻が二枚貝の片方だけのように見えることから、「片貝」の「片」と「片思い」の「片」をかけて言ったもの。 『万葉集』に『伊勢の白水郎の朝な夕なかづくてふ鮑の独念(かたおもひ)にして』(伊勢のアマが朝夕ごとに海に潜って取ってくるアワビのように私は片思いばかりしている)。という歌があるように、古くからあることわざ。
右写真:あわび。

尾頭付(おかしらつき);尾も頭もついたままのさかな。神事・祝事などに用いる。「鯛の尾頭付き」。尾頭付きと言えば鯛にトドメを刺します。イワシの尾頭付きではさまになりませんし、秋刀魚や目刺しでは頭も尾も付いていますが、尾頭付きとは言いません。

大家さん(おおやさん);大屋、家守(屋主)、家主とも呼ばれた。地主・家持ちの代理人として町屋敷を管理する差配人。一般に城下町においては、城下に居住する町人に土地が与えられた。しかし、このような本人の住居として土地の他に、拝領地・拝借地を与えられることもあった。この、所持地を貸したり、家作を貸したりし、土地の地代・店賃徴収する必要から管理人(差配人)として大屋を置くようになった。大家・家守は通称で、公式の書類には家主と記録されています。ですから大家さんは使用人であって、所有者ではありません。また大家さんになるには、大家の株を買わなければなれませんでした。

伊勢の海女さん;海女とは、海底に素潜りで入って、貝類や海藻を獲る漁を生業としている女性たちのことを言います。
日本国内にいる約2000人の海女(あま)さんのうち、その半数は三重県鳥羽・志摩地方で活躍しています。
男性もいますが、圧倒的に女性が多いんです。というのも、海中での長い潜水の大敵は、寒さ。この寒さに耐えられるのが皮下脂肪が厚い女性が適しているんです。昔は冬でも布きれ一枚まとうだけだったそうです。
海女さんが獲るものは地域によって異なりますが、サザエ、トコブシ、ウニ、伊勢エビ、海藻類。でも何といってもメインは高級食材の鮑!
 海女さんは、まず獲物がいるスポットまで泳いでいき、そして海底奥深くまで潜って獲物を探します。
その海に潜っている時間は1回1分ほど。それを海の中で何度も何度も繰り返します。
ベテランの海女さんだと、5分以上も潜り続けられるんだとか。親子三代で活躍している海女さんもいます。
右写真:伊勢の海女さん。
http://jp.tadaimajp.com/2014/12/ama/ より



                                                            2016年11月記

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