落語「碁泥」の舞台を行く
   

 

 五代目柳家小さんの噺、「碁泥」(ごどろ)より


 

 碁将棋に凝ると親の死に目にも遇わないと言いますが、それほど夢中になると止められないものです。夏場は縁台将棋で指しますが、あまり上手い人はやりません。「やろうか」、「止めるよ。ここで始めると隠居が出て来て、ゴチャゴチャ言うので、腹が立ってきてつまらなくなる」、「『横から口出してはいけない』と言えば言い」、「ダメなんだ」、「それでは『金が掛かっているから・・・』と言えば、大丈夫だろう。では、始めよう」。「ほら来たよ。今日は口出さないようにね」、「良いじゃないか」、「今日は金が掛かっているんだから・・・」、「分かった。お前達の将棋は面白いよな~」、「黙っていてください」。
 「弱ったな~」、「銀が上がれば良いんだ」、「黙っていてください。大金が掛かっているんですから・・・。今度口出したらヒッパダクからね」、「分かった、わかった、口出さない。その手はつまらないよ。そこに・・・」、「(ピシャリと派手な音が)痛いね」、「約束ですから」、「もう出さない。ん~・・・、じれったいね・・・、そこのね~、角を・・・」、「(パンパンと派手な音が)痛いねッ」、「約束だから」。 「じゃ~また来る」、「行っちゃったよ」。
 「そこで将棋を指すんじゃない。横町の隠居をひっぱたいたな」、「約束なんですから」、「約束だって叩いては駄目だ。あの隠居は、元士族なんだぞ。もう、ここで将棋を指してはいかん。鎗(やり)を小脇に抱えてやって来るぞ」、「アッ、小走りにやって来た。兜(かぶと)被って来たぞ。謝っちゃえ」、「サアサア、やりなさい」、「さっきはすいません」、「大丈夫。兜を被って来たから、殴ってもいい。その替わり口は出すよ」。そこまで夢中になることもない。

 奥様から苦情が出て、当分碁は出来なくなってしまった。畳に焼け焦げをたくさん作って、火の用心にならない。碁をするならする、煙草を吸うなら吸うと分けてやって欲しい。夢中になると、火種が煙草盆の中に入らず、そこらに飛んで火事になったら・・・大変、と言われてしまった。「お互いに、それは知らなかった。苦情が出るのは当たり前です。それで、碁が打てなくなったら・・・、我が家でも良いんですが、孫がウルサく、落ち着いて出来ない」、「何か妙案は無いですかね」、池の中でやるとか、畳にトタンを張るとか、出たが・・・。では、煙草を止めたらと言われたが、「仕事で忙しいときは碁は止められるが、煙草は止められない」、「どうせ15分もやれば、1局終わるから、ガマンして、終わったら煙草を吸う。碁の部屋と、煙草を吸う部屋を分ければ良い」、「あなたは上手いことを考えるな~」。奥様の許可も下りて、早速始めた。

 「貴方は今回イヤに考えるね」、煙草たばこと打ち合っていたが、局面が詰まってきた。「チョッと考えさせて下さいよ。『オーイ、火種が来ていないよ。煙草の火種だよ』」、「あ~ら、夢中になって煙草の約束忘れてしまったようですよ」、「今日は大丈夫と、良い敷物出したのに」、「では、煙草盆を持っていきますか」、「それはダメですよ。火種が見えないと。そうだ、縁側に干してある真っ赤なカラスウリを持って来て、灰の中に埋めれば、碁に夢中だから分かりませんよ」。
 「可笑しいな。煙草が湿ったかな。火が着かないよ」、カラスウリの頭をなぜ回しています。奥様と女中さんはこれなら安心と、碁をしている部屋から離れた湯殿で湯を使っています。

 悪い事に、その時泥棒が入ってしまった。荷物を背負った泥棒が、パチリ、パチリと碁を打つ音を聞いた。夜には響くものです。泥棒は二人に負けず碁が大好きと来ています。「アッ、やってるな。あの音を聞くと胸がスーッとするな。良い碁盤と石を使っているんだろうな。何処でやっているんだろうな・・・、アッ、ここでやってるよ。碁盤も石も良いな。ひとつ、拝見するかな」。碁の戦況を眺め横から口出し始めた。「貴方、何か言っちゃ~いけない。黙って見ていて欲しいね。口出しはいけないよ。岡目八目、情は無用ですから(パチリ)」、「そうそう、私も岡目八目、情は無用です(パチリ)」、「そこに石を置いてはいけないな~」、「困るな~。口を出しちゃいけないよ。ん?、あまり見掛けない人だな~。大きな包みを抱えて、いったい、お前さんは誰だい?(パチリ)」、「じゃ~私も、お前さんは誰だい?と打ちましょう(パチリ)」、「泥棒です」、「泥棒ッ?、泥棒とは考えものだな。泥棒さんといきましょう?(パチリ)」、「じゃ~私も泥棒さんと打とう(パチリ)」、「良くおいでだね(パチリ)」。

 



ことば

五代目柳家 小さん(やなぎや こさん);(1915年〈大正4年〉1月2日 - 2002年〈平成14年〉5月16日)は、長野県長野市出身の落語家、剣道家。本名、小林 盛夫(こばやし もりお、四代目桂三木助の本名と同姓同名)。出囃子は『序の舞』。1995年、落語家として初の人間国宝に認定された。剣道の段位は範士七段。 息子は落語家の六代目柳家小さん。娘は元タレントの小林喜美子。孫は元バレエダンサーで俳優の小林十市と、その弟で落語家の柳家花緑(二人の母が喜美子)。
 滑稽噺を専ら得意とし、巧みな話芸と豊富な表情で、1979年に六代目三遊亭圓生が死去してからは落語界の第一人者となる。特に蕎麦をすする芸は有名であり、日本一であるとの声も多い。本人も蕎麦を実際に食する際には、職業柄周囲の目を意識して落語の登場人物さながら汁を蕎麦の端にのみ付けていたらしく、最晩年になってから、「汁を最後まで付けてみたかった」とこれまた登場人物さながらの後悔を語った。 性格は非常に穏やかなもので、真打昇進の制度を作ったのも「落語家の生活がよくなるように」 と言う願いからであった。そのため真打制度への見解の相違から六代目三遊亭圓生らが落語協会を脱退した時は「話し合いにも来ないで」と感じていた。
 また、弟子が居ない時は一人で掃除や洗濯をするなど苦労を拒まない性格でもあった。また、大御所でありながらも、情にもろく、周囲の意見をよく聞く等落語家らしからぬ一面もあったが、一方でそのことが災いし、前述の協会分裂騒動や真打昇進試験の是非を巡る混乱に繋がってしまったという指摘もある。

碁将棋(ごしょうぎ);「碁将棋に凝ると親の死に目にも遇わない」という戒めの言葉があります。落語にも碁将棋を描いた噺が有りますが、失敗への序章です。「宮戸川」、「文七元結」、「笠碁」、「柳田格之進」、「将棋の殿様」、ヘボ将棋なら「浮世床」など有ります。

・「宮戸川」=将棋で帰りが遅くなって締め出しを食った、小網町の半七と、お花もカルタで遅くなり同じように閉め出されてしまった。二人は霊岸島の叔父さんのところに泊めて貰おうと思って・・・。
・「文七元結」=お久が父親・長兵衛の博打で負けた分を吉原に身を売った帰り道、吾妻橋から身投げしようとした若者を長兵衛はその金で助けた。若者・文七は碁好きでそこに忘れて返ってしまっていた。スラレたと思ったが大間違いで、事の重大さを知って・・・。
・「笠碁」=この噺「碁泥」の前半のような噺。「待った」「待てない」と小さな事で喧嘩になり、大人なのに付き合いは止めたと宣言したが・・・。
・「柳田格之進」=武士の柳田格之進と馬道一丁目に住んでいる質屋、万屋源兵衛と気が合って碁仲間であった。有るとき、50両という大金が紛失した。番頭は柳田が持ち帰ったと思い追求するが・・・。
・「将棋の殿様」=殿様が家来を集めて将棋を差す。殿様は難癖を付けて家来を勝たさない。負けた家来は額を鉄扇で打たれ、コブだらけになった。そこに殿様も一目置く家老が出て来て・・・。
・ヘボ将棋なら「浮世床
=街の床屋は客を待たせるのも商売。待ちくたびれた二人は将棋を始めるのだが・・・。

囲碁(いご);単に(ご)とも呼ばれる。2人のプレイヤーが、碁石と呼ばれる白黒の石を、通常19×19の格子が描かれた碁盤と呼ばれる板へ交互に配置する。一度置かれた石は、相手の石に全周を取り囲まれない限り、取り除いたり移動することはできない。ゲームの目的は、自分の色の石によって盤面のより広い領域(地)を確保する(囲う)ことである。勝敗は、より大きな地を確保することで決定される。ゲームの終了は、将棋やチェスと同じように、一方が負けを認めること(投了という)もしくは双方の「もう打つべきところがない」という合意によって行われる。他のボードゲームと比較した場合の特異な特徴は、ルール上の制約が極めて少ないこと、パスが認められていることが挙げられる。

囲碁と数学:囲碁は、そのルールの単純性と複雑なゲーム性から、コンピュータの研究者たちの格好の研究材料となってきた。
 他のゲームと比較した囲碁の特徴としては、盤面が広く、また着手可能な手が非常に多いため、盤面状態の種類およびゲーム木がきわめて複雑になることが挙げられる。盤面状態の種類は、チェスで1050(10のけた数が50桁有ると言うこと)、シャンチー(象棋)で1048、将棋で1071と見積もられるのに対し、囲碁では10160と見積もられる。また、ゲーム木の複雑性は、チェスで10123、シャンチーで10150、将棋で10226と見積もられるのに対し、囲碁では10400と見積もられており、チェス、シャンチー、将棋と比較して囲碁の方がゲームとして複雑であるとみなされる。これが、チェスではコンピュータが世界チャンピオンを破り、将棋でもプロの実力と拮抗しつつあるのに対して、コンピュータ囲碁ソフトの進歩がはかどらない理由とされている。しかし、ソフトに囲碁の定石を覚えさせる方針から、確率を重視する方法(モンテカルロ法)を採用したことにより、数十年にわたってアマチュア級位者のレベルを脱しなかったコンピュータ囲碁が、2000年代後半になってアマチュア段位者のレベルになるなど、発展を遂げている。

囲碁に由来する慣用表現日本では古くから親しまれ、駄目、布石、捨て石、定石など、数多くの囲碁用語は、そのまま日本語の慣用句としても定着している。
 傍目八目・岡目八目(おかめ はちもく)、そばで見ていると冷静だから対局者の見落としている手も見え、八目ぐらい強く見える意から、当事者よりも第三者の方がかえって物事の真実や得失がよく分かる例え。
 一目置く(いちもく おく)、棋力に明らかに差のある者どうしが対局する場合、弱い方が先に石を置いてから始めることから、相手を自分より優れていると見なして敬意を表すること。その強調形の『一目も二目も置く』が使われることもある。なお、ハンデ付で対局する「置き碁」については、2目以上を置く場合をそのように呼ぶことが多く、1目を置く(黒で先手し、コミを出さずに対局する)場合については、一般に「先(せん)」という呼び方が用いられる。
 駄目(だめ)、自分の地にも相手の地にもならない目の意から、転じて、役に立たないこと、また、そのさま。
 駄目押し(だめおし)、終局後、計算しやすいように駄目に石を置いてふさぐこと。転じて、念を入れて確かめること。また、既に勝利を得るだけの点を取っていながら、更に追加点を入れることにもいう。
 八百長(やおちょう)、江戸時代末期、八百屋の長兵衛、通称八百長なる人物が、よく相撲の親方と碁を打ち、相手に勝てる腕前がありながら、常に一勝一敗になるように細工してご機嫌を取ったところから、相撲その他の競技において、あらかじめ対戦者と示し合わせておき、表面上真剣に勝負しているかのように見せかけることをいう。
 布石(ふせき)、序盤、戦いが起こるまでの石の配置。転じて、将来のためにあらかじめ用意しておくこと。また、その用意。
 定石(じょうせき)、布石の段階で双方が最善手を打つことでできる決まった石の配置。転じて、物事に対するお決まりのやり方。
 捨て石、捨石(すていし)、対局の中で、不要になった石や助けることの難しい石をあえて相手に取らせること。転じて、一部分をあえて犠牲にすることで全体としての利益を得ること。
 死活(しかつ)、死活問題(しかつもんだい)、石の生き死にのこと。また、それを詰碁の問題にしたもの。転じて、商売などで、生きるか死ぬかという問題ごとにも用いられる。
 大局観(たいきょくかん)、的確な形勢判断を行う能力・感覚のこと。転じて、物事の全体像(俯瞰像)をつかむ能力のこと。
 目算(もくさん)、自分と相手の地を数えて形勢判断すること。転じて、目論見や見込み、計画(を立てること)を指す。 

■碁石(ごいし)、石の大きさは白石が直径21.9mm(7分2厘)、黒石が直径22.2mm(7分3厘)。黒石のほうが若干大きくなっているのは、白が膨張色でやや大きく見えるためで、このように若干の差をつけることにより、人間の目にはほぼ同じ大きさであるように見える。厚さは6mm~14mm程度まである。厚みは号数で表され、25号でおよそ7mm、40号でおよそ11mmで、一般に、厚いものほど打った時の音が響き、高級品とされるが、打ちづらくなってくる。60号近いものも存在するが、34号以上は十分高級である。9mm前後(32~34号)のものが持ちやすく、最も多く用いられている。 「石」と呼ばれるが素材は必ずしも石材のみが用いられてはいない。黒石は那智黒、白石は碁石蛤の半化石品が最高級とされる。蛤の白石には「縞」という生長線が見られ、細かいものほど耐久性が高く、「雪」と表現され、比較的目が粗いものを「月」と呼んで区別する。現在販売されているグレードは雪印、月印、実用とあり、最も縞模様の細かい最高級の雪印、それに次ぐ月印、縞模様があまり細かくない実用となっている。ほかに、生産段階でわずかな傷などがあったものを組み合わせた徳用というものもある。練習用には硬質ガラス製のものなどが使用される。石は使用によって破損し、小さなものをホツ、周辺の欠けたものをカケという。碁器の中の石をかき混ぜて音を立てる行為はマナー違反とされている。

碁笥(ごけ)とは、碁石を入れる容器。碁器(ごき)とも呼ばれる。白石黒石の2個で1組となっている。材質は最高級品は桑(特に御蔵島産の「島桑」が珍重される)、次いで柿、紫檀、黒檀。一般的に用いられているものは欅、花梨、桜、楠、ブビンガ、栗、棗、合成樹脂などがある。表面は木地を出すことが多いが、凝ったものには蒔絵や鎌倉彫を施したものも見受けられる。古くは合子(ごうす)と呼ばれ、正倉院には撥鏤棊子とセットで渡来した精緻な美術品である「銀平脱合子」が収蔵されている。江戸時代には筒型に近い本因坊型と、丸みのある安井型があった。現代で使われているのは安井型に近いものが多い。なお、碁笥には蓋があり、対局中にアゲハマを入れておくのに用いられる。  

■碁盤(ごばん)は、囲碁の用具の一つで碁石を打つ板のことである。盤の上面には縦横に直線が描かれ、それらは直角に交わっている。また、このような縦横の直線の交差により作られている格子状のものを、碁盤の目状と称する事もある(京都市内の通りなど)。
 碁盤を作る木材には榧(カヤ)、桂、イチョウ、ヒノキ(主に台湾産)、ヒバ(主に米ヒバ、en:Callitropsis nootkatensis)、南洋材のアガチス(アガヂスとも)、北米産のスプルース材などが使用される。碁盤を作るためには少なくとも樹齢数百年の大木が必要である。榧製、特に宮崎県産の榧の柾目盤が最も珍重され高価であるが、近年は榧の大木は国内では非常に稀少となり、中国・雲南産の榧を使った盤が多く販売されるようになった。桂・イチョウなどの盤が普及品としては上物とされ、また安価なものには大木が得やすいスプルース材が多い。

縁台将棋(えんだいしょうぎ);夕涼みがてら縁台で指す将棋。転じて、下手同士が指す将棋。

元士族(もとしぞく);明治に入って武士という階級はなくなったが、江戸時代まで士族と言われていた階級。

煙草盆(たばこぼん);キセル用に、喫煙用の火入れ・灰吹などを載せる小さいはこ。

 

 たばこと塩の博物館蔵

カラスウリ;(烏瓜、Trichosanthes cucumeroides)はウリ科の植物で、つる性の多年草。朱色の果実と、夜間だけ開く花で知られる。 地下には塊根を有する。
 雌花の咲く雌株にのみ果実をつける。果実は直径5~7
cmの卵型形状で、形状は楕円形や丸いものなど様々。熟する前は縦の線が通った緑色をしており光沢がある。10月から11月末に熟し、オレンジ色ないし朱色になり、冬に枯れたつるにぶらさがった姿がポツンと目立つ。鮮やかな色の薄い果皮を破ると、内部には胎座由来の黄色の果肉にくるまれた、カマキリの頭部に似た特異な形状をした黒褐色の種子がある。この果肉はヒトの舌には舐めると一瞬甘みを感じるものの非常に苦く、人間の食用には適さない。鳥がこの果肉を摂食し、同時に種子を飲み込んで運ぶ場合もある。しかし名前と異なり、特にカラスの好物という観察例はほとんどない。地下にはデンプンやタンパク質をふんだんに含んだ芋状の塊根が発達しており、これで越冬する。夏の間に延びた地上の蔓は、秋になると地面に向かって延び、先端が地表に触れるとそこから根を出し、ここにも新しい塊根を形成して栄養繁殖を行う。 名前については、カラスが好んで食べる、ないし熟した赤い実がカラスが食べのこしたように見えることから命名された等、諸説あります。



                                                            2016年11月記

 前の落語の舞台へ    落語のホームページへ戻る    次の落語の舞台へ

 

 

inserted by FC2 system