落語「呑める」の舞台を行く
   

 

 古今亭志ん朝の噺、「呑める」(のめる)より


 

 無くて七癖、誰にもクセは有るものです。俺は無いよと言っても有るものです。

 昔の寄席の客席は畳ですから、下足札を貰って下足を預けます。これをガリガリかじっているお客さまがいたそうです。帰りに下足と交換するとき、「まの三番だよ」、「まの三番は履き物がありません。ほの三番なら有ります」、「それだ。左側食っちゃった」。
 畳の毛羽をむしる、のも同じです、「いらっしゃいませ。どうぞお上がり下さい」、「ご無沙汰しておりました。資金繰りが良くなったのでお返しに伺いました」、「お婆さん、この人だよ。畳のヘリが早く傷むのは・・・。ダメだよ、むしっちゃ~」、「こちらにも事情があって・・・」、「そうじゃないんだよ。畳の毛羽をむしっちゃ~ダメだよ。新しくしたばっかりなんだ」、「道理で今日は骨が折れる」。

 同じクセでも、中には口癖もあります。「隠居さん、知恵を拝借したいんですが」、「貸すほどの知恵も無いがなぁ~」、「友達の半公が何か有る度に『つまらね~、つまらね~』と言うんです。みっともないから止めろと言ったら、お前にも口癖があって酒が『呑める、呑める』と言われたんですよ。お互いに止めようと言ったが、クセを言ってしまったら50銭の罰金を払うことになったんです。言わせたら『一杯呑める』んです。なにか方法はありませんか」、「考えさせて下さい。・・・それでは、『田舎からダイコン100本送ってきた。たくあん漬けを作るのに4斗(しと)樽しか無いが、これに詰まるか』と聞いたら『つまらない』と言うだろう。だけど、トントントンと言わないと感づかれて仕舞うから気を付けな」、「『詰まろうか』、『つまらない』、これは誰だって言うよ」。

 「居るかい」、「八公じゃないか。どうしたんだその格好は・・・、ヌカを被って、何か有ったのか」、「お前に聞きたいことがあって来たのだ」、「何だか嬉しそうだな」、「そうなんだ。親戚から醤油樽100本貰っちゃったんだ」、「変なもの貰ったな」、「違うよ。ダイコン100本貰ったんだ。家には4斗樽が無いんだ」、「そうか、4斗樽を貸してやるよ」、「違うんだ」、「醤油樽の中にダイコン100本詰まるだろうか」、「子供だって分かるよ。その樽の中に、つ、つ・・・。この野郎、考えて来やがったな。フゥ~、危なかった」、「詰まろうか」、「それはダメだ」、「100本のダイコン詰まるかな」、「それは余るよ」、「100本のダイコン詰まるかな」、「たがが弾けるよ」、「100本の・・・」。
 「ダメだよ。気が付いちゃったんだ。帰りな。お光、羽織を出しな」、「何処行くんだ」、「今度出来た鰻屋に番頭さんと行くんだ」、「鰻屋にッ。一杯呑めるな」、「出しな50銭」、「うわぁ~」、「今頃口を押さえたってダメだ。出しな」、「お光、50銭は小遣いだ。羽織もしまいな」、「行かないのか」、「今のは嘘だ」、「ひどいな~」、「もう言わないから、帰りな」。

 「隠居さん、ダメだった。ハナは上手くいったんだが・・・。『つ・・・』と言ったきり後が出ない。羽織着て出掛けるというので、一杯呑めると言って50銭取られた」、「『つまらない』ところで出たな」、「隠居さんが言ってもダメなんだ。関わりだから半分お出し」、「それはダメだ。相手は役者が一枚上だな。では、将棋は出来るか」、「駒の動かし方ぐらいは・・・」、「それなら良い。今度は出掛けないで家で待っている。詰め将棋だ。考えていると、『貸してみろ』と言うだろうから、任せれば良い。この将棋は詰まらないのだ。声を掛けられても黙っている。考えが進んだら初めて聞く、『詰まろうか?』集中しているし口癖だから『詰まらない』と言うよ」、「道具一式貸して下さい。さぁ~、来るのを待つぞ」。

 「お~ぃ、湯に行こう。50銭取られてボーッとしているな」、「呼ばれても黙っている」、「何しているんだ、珍しいな、詰め将棋か。・・・アッ、その手はだめだ、貸してみな」、「詰まろうかね」、「まだやってねぇじゃないか」、「こーやって、チョイチョイと・・・、」、「つまろうかね」、「うるさいね」、「もうこの時分なら良いだろう。『詰まろうかね』」、「ん~、俺には『つまらね~』」、「やっと言った。交番に来い」、「イタタタ、離せ。そうか、これは俺から50銭取る芝居だったんだな。よく考えたな。お前の考えが良かったんで50銭やるよ」、「ありがてぇ~、一杯吞めらぁ~」、「オッと、差し引いておこう」。

 



ことば

無くて七癖;無くて七癖有って四十八癖。人には多かれ少なかれ癖があるの意。

下足札(げそくふだ);客などが座敷へあがるために脱いだ履物を下足という。江戸時代から芝居小屋、料亭、寄席、遊郭、集会所、催物場などが、下足番を置いて客の履物をあずかって下足札を渡した。旅館も客の履物をあずかるが、昔の旅客はわらじ履きだったので下足札はわたさなかった。

沢庵(たくあん);沢庵(1573~1645)は人名で江戸初期の臨済宗の僧。諱(イミナ)は宗彭(ソウホウ)。但馬の人。諸大名の招請を断り、大徳寺や堺の南宗寺等に歴住。寛永6年(1629)紫衣事件で幕府と抗争して出羽に配流され、32年赦されてのち帰洛。徳川家光の帰依を受けて品川に東海寺を開く。書画・俳諧・茶に通じ、その書は茶道で珍重。著「不動智神妙録」など。

たくあん漬け:漬物の一種。干した大根を糠(ヌカ)と食塩とで漬けて重石でおしたもの。沢庵和尚が初めて作ったとも、また「貯え漬」の転ともいう。たくあん。たくわん。
 江戸時代に臨済宗の僧・沢庵宗彭(1573-1645)が考案したという言い伝えがある。沢庵宗彭が創建した品川・東海寺では、「初めは名も無い漬物だったが、ある時徳川家光がここを訪れた際に供したところ、たいそう気に入り、『名前がないのであれば、沢庵漬けと呼ぶべし』と言った」と伝えられている。異説として沢庵和尚の墓の形状が漬物石の形状に似ていたことに由来するという説もある。
 また別の説によると、元々は「混じり気のないもの」という意味の「じゃくあん漬け」、あるいは、「貯え漬け(たくわえづけ)」が転じたとも言われている。 この大根の漬物は、18世紀に江戸だけではなく京都や九州にも広がり食べられていた。 また、比叡山には元三大師こと慈恵大師良源(912-985)が平安時代に考案したとされる「定心房(じょうしんぼう)」と呼ばれる漬物が伝えられており、これを沢庵漬けの始祖とする説もある。これは丸干しした大根を塩と藁で重ね漬けにしたものであったとされるが、現在「定心房たくあん」として販売されているものは一般的な糠漬けの沢庵である。
 伝統的な製法では、手で曲げられる程度に大根を数日間日干しして、このしなびた大根を、容器に入れて米糠と塩で1~数か月漬ける。風味付けの昆布や唐辛子、柿の皮などを加えることもある。大根を日干し、塩を加えて漬けて水分を減らす事によって大根本来の味が濃縮され、塩味が加わり、米糠の中に存在する麹がデンプンを分解して生ずる糖分によって甘味が増すとともに、徐々に黄褐色へ染まっていく。
 落語「擬宝珠」も参照。

 

四斗樽(しとだる);江戸っ子は、『ひ』と『し』が言い分けられない。最初、一樽(ひとだる)と聞こえていたが、前後が繋がらない、そこで一斗樽だと思ったが、これも醤油樽と変わらない大きさ。四斗入りの樽だと分かったのは少し時間が経ってのことだった。いけませんね、江戸っ子同士が・・・。
 酒を入れる標準的な大きさの樽です。

右写真:薦被りの四斗樽とコモを外した四斗樽。その右側の白い樽は陶磁器製酒用一斗樽。谷中・旧吉田屋酒店にて。

醤油樽(しょうゆだる);樽にもいろいろなヴァリエーションが生まれましたが、醤油樽として専ら用いられるようになったのは、杉板の結樽でした。この結樽は、元来、主に酒の輸送容器として用いられていましたが、やがて醤油にも用いられるようになったものです。醤油が工業的に生産される時代に入った江戸時代前期、醤油を各地に流通させるためには、従来の重くて壊れやすい甕(かめ)・壷(つぼ)では不都合でした。そこで、軽量であり、壊れる心配がより少ない樽が輸送に便利な容器として選択されたわけです。なお、醤油樽は、江戸の醤油問屋仲間では容積が1斗、実際に中身は8升の樽が標準とされていました。明治以降、1樽につき9升入れるようになりました。1斗=18リットル、1升=1.8リットル。お酒の大瓶が1升瓶で、それが内容量10本入るのが1斗樽です。

たが;【箍】竹を割ってたがねた輪。桶や樽その他の器具などにはめて、外側を堅く締め固めるのに用いる。また、銅・鉄をも用いる。わ。「―をかける」「―をはめる」。落語「たがや」に出てくるたがです。
 上記写真の樽に巻かれた竹製の『たが』が良く分かる。

ヌカ;【糠】穀物、主に玄米を精白する際に生ずる、果皮・種皮・外胚乳などの粉状の混合物。飼料・肥料などに用い、またビタミンB1の原料。
 イネ科植物の果実は穎果(えいか)と呼ばれる形態で、表面を一体化した果皮と種皮で硬く覆われている。これを除去する過程が精白で、この際得られる穎果の表層部分が糠である。日本では、一般に米から出るものがよく知られるため、「米糠」のことを単にこう呼ぶ場合が多い。他に、大麦の糠は「麦糠」、小麦の糠は「ふすま(麬)」という。多くの穀物では穎果の外層が胚乳よりももろいため、精白に際して表面に衝撃を与える(搗精)ことで糠が微細片となってはがれるのでこれをふるいわけて分離する。
 単品では使用されることが少なく、油分が多いことから油(米ぬか油)を絞る、あるいは栄養価が高いことから漬物の一種であるぬか漬けの「ぬか床(ぬかみそ)」として使用される。精白せずに玄米や全粒粉といったかたちで、糠ごと穀物を食べることもある。また、タケノコの調理をする際に行うアク抜きと鮮度保持のための下茹での際に、水溶性ビタミン(特にB群)の流出を抑える目的で使用する場合がある。ビタミンB群を多く含むため、米糠は明治期に脚気に効果あるとされた。この報告は正しかったが、当時の識者からは嘲笑で迎えられた。

詰め将棋(つめしょうぎ);将棋で、詰手を研究するため、与えられた譜面で、決められた駒を使って、王手をつづけて王将を詰めること。
 将棋のルールを用いたパズル。 駒が配置された将棋の局面から王手の連続で相手の玉将を詰めるパズルで、元は指し将棋(詰将棋と区別する上でこう呼称する)の終盤力を磨くための練習問題という位置づけであったと思われるが、現在ではパズルとして、指し将棋から独立した一つの分野となっている。



                                                            2016年11月記

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