落語「くず湯」の舞台を行く
   

 

 有崎勉(柳家金語楼)作
 五代目古今亭今輔 の噺、「くず湯」(くずゆ)より


 

 お婆ちゃんは、孫の幸次が引越しをし、室内はごった返しているが、早く会いたい一心。1週間もすれば整理整頓が出来るでしょうから、お婆ちゃんをその時行かせることになった。前の晩は、うれしくて子供が遠足に行く晩のように、ソワソワして落ち着かなかった。

 ところが、お婆さんが家に帰って来たが疲れた様子。玄関で座り込んでため息付いて、這って部屋に入った。足袋も脱がず、帯も解かず、布団に入った。心配する息子夫婦。
 幸次には言っておいたんだ、「家のお婆ちゃんは、無口で、世話好きで、親切で、『イヤ』と言ったことが無いんだ。七十を過ぎているから、消化のイイ物、中華、洋食はダメで、肉料理もダメだ。
 間食も大福や練り羊羹は重すぎるので、『くず湯』位が適当だと思う。お風呂も好きだが毎日では嫁さんが大変だから、腰湯で結構。『塩湯』か『芥子(からし)湯』にしてくれれば、身体が温まるから良いだろう。と伝えたんだが・・・」。それではお婆ちゃんの部屋に行ってきます。

 「気分は如何ですか? 起こしましょうか」、「触らないでください」、「疲れた様子ですが、引越しの手伝いしたんですか」、「いいえ。孫嫁の花子さんが親切で・・・。何も私に聞かないでくださいよ」。「では、幸次に聞きます」、「孫嫁が幸次さんに小言を言われますから、聞かないで・・・。約束しましたよ」。

 「朝、貴方に送ってもらって、家に入ると二人が出て来て歓待してくれました。幸次が出勤すると、花子さんが両手を着いて『私は学校を出たばかりで、世間の常識が分かりません。気が付かないことがあったらお教え下さい』。何んて優しい嫁なんだろうと感心しました。『お父様にお聞きしましたら、大変くず湯がお好きなようで、準備しましたので、こちらにどうぞ』。お茶をいただく茶室は知っておりますが、くず湯を食べるための部屋があるのかと付いて行くと、そこはお風呂場」、「タイル張りの良い風呂場でしょ。道中の疲れを流してさっぱりしてから、くず湯を出すんですかね」、「私もそう思いましたよ。花子さんが湯船の蓋を取って、『本場のくずを取り寄せましたので、どうぞごゆっくりと・・・』。私は丼や湯飲みでいただいたことはありますが、その中に浸かるなんて・・・。お前だってありますか?」、「僕だってありません。どうしました」、「花子さんが親切で点ててくれたのを、嫌がったら花子さんに恥を掻かせますので、入りました」、「どんな気持ちでした?」、「布海苔の樽に落ちたようなもんです。ヌルヌルして、ナメクジとナメクジの間に裸で座ったような心もちでした。直ぐ出ようと思いましたら『お婆さんのために点てたくず湯ですから、どうぞ、ごゆっくり・・・』と、2時間入っていました」、「真水のお湯だって1時間入っていたら湯のぼせしますよ」、「出たらクラクラして、上がり湯がないのでタオルで拭いたら、糊がヌルヌルして拭ききれません。仕方が無いので浴衣を着たら肌にべっとり張り付いて、歩くことも出来なくなって、花子さんに連れられやっと座敷に行きましたら、『茹で蛸のようだ』と言って大きな扇風機を掛けてくれました。糊が乾いたらギブスに入ったようになって、話をしてもバリバリと糊が剥がれ、手を動かしてもバリバリ、まるで新聞紙の布団に寝ているようでした」。

 「翌朝、花子さんに、くず湯は贅沢ですから1日で結構。真水のお湯に入れてもらえると思ったら、『本日はお婆さんの大好物、芥子湯に致しました』」、「腰湯だって温まるのに、入らなかったでしょね」、「だって、花子さんが作ってくれた芥子湯、入りましたよ」、「どんな感じでしたか?」、「足の裏からチクチクして、身体中に木綿針を刺されたようで、その時ばかりは直ぐ出ましたが、花子さんが『昨日はうっかりしまして、お背中をお流ししませんで・・・』と、身体中に芥子が付いているところに新しいヘチマでゴシゴシ、ワサビ下ろしで擦られているような思いでした。命ばかりはお助けと、逃げ出しました。外に出ると風に当たって身体中ヒリヒリ、電車に乗って吊革につかまってもヒリヒリ。出て来るのは芥子でなく、涙ばかり」、「ガマンすることないでしょう。孫の所に行ったんですから。芥子湯はそんなに長く入っていなかったでしょうね」、「このお風呂ばかりは、長く入っていられませんよ。昔の人の例え通り、これが本当のトホホホ、カラス(芥子)の行水でしょう」。

 



ことば

五代目 古今亭 今輔(ここんてい いますけ);(1898年(明治31年)6月12日 - 1976年(昭和51年)12月10日)は、群馬県佐波郡境町(現:伊勢崎市)出身の落語家。本名は、鈴木 五郎(すずき ごろう)(旧姓:斎藤)。生前は日本芸術協会(現:落語芸術協会)所属。出囃子は『野毛山』。俗にいう「お婆さん落語」で売り出し、「お婆さんの今輔」と呼ばれた。
 1973年 - 3月、昭和47年度第24回NHK放送文化賞受賞。4月29日、勲四等瑞宝章受章。
 1974年3月1日 - 六代目春風亭柳橋の後任で日本芸術協会二代目会長に就任。

有崎勉(ありさきつとむ);(1901―1972) 落語家・柳家金語楼、喜劇俳優、発明家。本名山下敬太郎。東京に生まれる。父の金勝(きんしょう)とともに二代目三遊亭金馬門下。金登喜(きんとき)から小金馬(こきんば)となり、師没後に三代目柳家小さん門下となり、金三(きんざ)で真打。大正末から昭和初期にかけて兵隊の体験を生かした「兵隊落語」で売り、金語楼襲名後も自作自演の新作をペンネーム有崎勉で活躍、今輔や柳昇にも落語を提供していました。千以上の新作落語を書く。昭和5年(1930)春風亭柳橋と「日本芸術協会」設立。1938年に喜劇俳優に転向し、40年に「金語楼劇団」を結成した。舞台、映画、テレビに大活躍し、「喜劇人協会」の会長も務めた。昭和47年10月22日死去。71歳。

葛湯(くずゆ);葛粉から作ったとろみのある飲み物。通常、葛粉を水で溶いて砂糖を加え、鍋等で緩やかに加熱しながら透明になるまで練って作る。とろみがあるために冷めにくく、体が温まり、消化にも良いため、昔から離乳食・流動食・介護食・病み上がりの食べ物として食べられてきた。、また、体が温まるので冬に用いる。
 栄養成分は、葛粉による炭水化物と砂糖の糖分がほとんどである。若干のミネラル成分を含むが、ビタミンは含まれない。葛の根(葛根)そのものには、イソフラボン誘導体であるダイゼイン・ダイズイン・プェラリンなどが微量含まれており、発汗・解熱・鎮痙作用などがある。初期の風邪の寒気をやわらげ、熱を取り、喉の渇きを癒したり下痢などにも効果があるといわれ、民間療法として伝統的に用いられている。また、近年では、イソフラボン誘導体が更年期障害、骨粗鬆症、糖尿病、乳癌、子宮癌、および前立腺癌の治療もしくは改善に効果があるといわれる。



葛粉(くずこ、くず粉)は、マメ科のつる性多年草、秋の七草の一つクズの根から得られるデンプンを精製して作られる食用の粉。本場物は石川県の宝達葛、宮城県の白石葛、奈良県の吉野葛、静岡県の掛川葛、三重県の伊勢葛、福井県の若狭葛、福岡県の秋月葛などが有名です。しかし、本葛も低価格競争に入りサツマイモのデンプン(甘藷デンプン)、ジャガイモのデンプン、とうもろこしのデンプン(コーンスターチ)などと混合した製品がある。

芥子湯(からしゆ);両足の火照りや痛みに対して、辛子の足湯を行って循環機能を活性化すると良い結果が出ます。熱い温湯に両足叉は両脚を浸けると、循環機能が活発になり、風邪や流感には両足をよくつけると効果が上がります。風邪気味の時これで足を温めると、布団に入っても身体中温々でいられます。

芥子油(からしゆ):芥子菜の種子を圧搾して得た半乾性の脂肪油。食用・薬用。かいしゆ。 こちらはお湯ではなく、油ですから、お風呂みたいには入れません。

京都にある老舗の七味唐辛子屋さんで聞いた話。清水寺門前にある七味屋さんは昔、修行僧が冬の冷え切った身体を温めるための、からし湯に入れるからしを商っていたという話しを聞きました。
それを聞いて・・・、お風呂にはちょっときつそうなので足湯で試してみたら。足がポカポカ暖まると、身体もぽうっと暖かくなって。しかも温かさが長続きします。決して全身で浸からない。

腰湯(こしゆ);すわったままで、腰から下だけを温湯に浸してゆあみすること。座浴。

足湯:最近流行っていて、ドライブインや道の駅、温泉街の駅頭にはこれがあって、膝をめくって足を浸けている光景をよく見掛けます。旅先で疲れたときには簡略な足湯が身体を温め、疲れを取ります。
写真:熱海の駅頭足湯。

塩湯(しおゆ);芥子湯と同じように塩を入れた湯に足湯します。

布海苔(ふのり);海産の紅藻類の一属。マフノリ・フクロフノリなどの総称。潮間帯の岩石に付着して繁殖。長さ10cm内外。管状で、生長すると中空となり、不規則に分岐し、枝の基部にくびれがある。紅紫色で、表面は粘滑光沢がある。
 フクロフノリを板状に干し固めたもの。それを煮て糊に用いる。

ヘチマ;インド原産のウリ科の一年草。また、その果実のこと。日本には室町時代に中国から渡来した。1595年羅葡日対訳辞書および604年の日葡辞書にヘチマ(Fechima葡語のローマ字)で出ている。 本来の名前は果実から繊維が得られることからついた糸瓜(いとうり)。 これが江戸時代の「物類称呼」に「とうり」と訛った。「と」は『いろは歌』で「へ」と「ち」の間にあることから「へち間」の意で「へちま」と呼ばれるようになった。と言われているが、ヘチマの語原が分からないから考えたもののようだ。この説の前から、1697年「本朝食鑑」等に糸瓜と書いて「へちま」と訓じるとある。沖縄ではナーベーラーと呼ばれるが、これは果実の繊維を鍋洗い(なべあらい)に用いたことに由来するという。

 ヘチマたわしは、とても硬く切るのも大変です。 ちなみに、私の祖母はのこぎりで切っていました。 そんな硬いヘチマたわしは水に漬けると柔らかくなり使いやすくなります。 そして、ヘチマたわしはあらゆる場面で重宝してくれます。 たとえば、お鍋の焦げ取りやシンクの汚れ落とし。そして、運動靴を洗うときにも使用していました。 たわしが硬いため良く汚れが落ちますよ。そして、足のかかとの角質取りやお風呂の体洗いにも使えます。 足のかかとは、ゴリゴリ落ちるような感覚でしたが、祖母は体をワシワシとたわしで洗っていました。 ヘチマたわしで洗うと、皮膚が強くなり健康になると昔からの知恵だそうです。 なので、痛くない程度にこするのでしたら体洗いにも使えるのではないでしょうか?
 「夢の実」さんのホームページから

 私も使ったことがありますが、使い始めは硬く、肌なんかこすったら痛くてたまりません。使い古して捨てたくなる頃が丁度使い頃です。こんな新しいヘチマで擦られたらお婆ちゃんも悲鳴を上げるでしょう。



                                                            2016年12月記

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