落語「居酒屋」の舞台を行く
   

 

 三代目三遊亭金馬の噺、「居酒屋」(いざかや。ずっこけの前半)


 

 縄のれんが掛かっていて酒樽をイス代わりにして、小僧さんと番頭さんが仕切っている居酒屋が有ります。居眠りをしている小僧さんに客足のない店です。

 盲縞の長半纏、湯屋帰りか濡れ手ぬぐいを肩に引っかけ、頭で暖簾をかき分けて入ってきます。「へ~ぃ。宮下にお掛けなさぁ~ぃ」、「立派な大神宮様の下で宮下、駅の名前のようだな」。
 「小僧さん、お酒を持ってきてくれ」、「お酒は清(す)んだんですか、濁ったんですか」、「お前は俺のナリを見るな。酒は清んだんだよ」、「上一升ぉ~」、「チョット待ちなよ。一合でイイんだよ」、「へへへ、これは景気付けです」、「驚いたよ、酒の一升には驚かないが、懐の一升には驚くよ」、「おまちどうさま~」、「チョト待ってくれ。湯のみを貸してくれ。それでイイ。おいおい直ぐ行くなよ。1回ぐらいお酌をして行けよ」、「誠に申し訳ありません。混み合いますので、お手酌でお願いします」、「混み合いますと言うけれど、客は俺一人だよ」、無理矢理小僧さんにお酌をさせて指を見ると、「汚い手だな、ベースボールのグローブみたいだ。でも本革で継ぎ目無しだ。お前の指は親指だけだな、まるでバナナの房みたいだ。でも、ぎっちりと実が詰まっているんだろう。月夜に捕れたんじゃないな」、「カニじゃないですよ」、「こんなに注いじゃって。口からお迎えだ。この酒は酸っぱいな。甘口辛口は知っているが、スッパ口は知らないな。他に酒は無いのか。仕方が無い、もう一杯」。
 「ご酒代わり~」、「お肴は如何ですか」、「誰がいると言った」、「要らないんですか」、「要らないんではないよ。もう少しユックリさせろよ。肴は何が出来るんだ」、早口で「へ~ぃ できますものは、 汁(つゆ)、柱、鱈昆布、アンコウのようなもの、 鰤(ぶり)にお芋に酢蛸でございます。へ~ぃ」、「早くてチットモ分からない。もう少しユックリやってくれ」、小僧さんユックリともう一度言った。「最後の『ぴ~』と言うのがあって前がよく分からない。何でも出来るんだな。では、『ようなもの』を一人前持って来い」、「そんな事言いませんよ」、もう一度言うと、中で言っていた。小僧さん笑ってごまかし、これは口癖です。
 「酒の代わりだよ」、「ご酒代わり~イチ~」、「もう一度『ぴ~』と言うのをやれよ」、「お品書きは小壁に張ってあります。どれでも出来ますからご覧になってください」、「では、口上を一人前持って来い」、「それは出来ません。その次からで来ます」、「『とせうけ』は食ったことがないが何だ」、 「あれは『どぜう汁』と読むので、濁点が打ってあります。イロハには、濁点を打つとみな音が違います」、「イの字に濁点が付けば何と読む」、歯をむき出しにしたが読めない。「ロはどうだ、ではマは?」、「点が打てない字ばかりを選ってますよ」、「読めないから、バナの頭に汗かいてるな。鼻の横にテンテンがあるだろ」、「ホクロです」、「『元請け現金に付き貸し売りお断り申し上げ候』を一人前持って来い」、「そんなもの出来ませんよ」。
 「お酒の代わりだよ」、「ご酒代わり~イチ~。突き当たりの棚に並んでいる物をご覧なさい」、「行くのは面倒くさい。あの棚こっちに持って来い。だめか。赤くなって下がっているのは何だ」、「タコです。 ゆでた物は何でも赤くなるんです。海老でもシャコでも蟹でもなんでも」、「猿のケツもゆでたのか。タコの足は何本あるんだ」、「8本です」、「偉いな。ではイボは幾つある。分からなければ今度数えておけ」、「大きな口を開いて吊り下がっているのは何だ」、「アンコウです。鍋にしますとあんこう鍋」、「それじゃ、その隣に印半纏に鉢巻をして出刃包丁を持っているのは?」、「うちの番頭です」、「あれを一人前持ってこい。番公(=アンコウ)鍋てえのができるだろう」。

 



 マクラから紹介します。鯛の頭ではありませんが、身(本編)だけではなく、旨いところが多いのです。

 お酒は、≪百薬の長≫と言われますが、ほどほどに飲まれるからで、飲み過ぎれば≪百毒の長≫になります。お医者さんに言わせると、「酔わない程度に飲んでいるのがイイ」と言いますが、酔わないのであれば飲まない方がイイ。
 ≪一杯にして人 酒を飲み、二杯にして酒 酒を飲み、三杯にして酒 人を飲む≫。酒に飲まれている人が居て、フラフラ千鳥足で、こちらによったり、あちらによったり、合わせて、はったり歩きです。
 暑さ寒さに酒はいい。暮れの忙しいときには大変だからと忘年会をやり、新年はめでたいからと新年会をやる。冬の寒いときは、炬燵を入れて、熱燗でキュ~ッと、夏には暑いからと暑気払いだと飲む。
 下戸同士が一緒になり三三九度で固めの杯をしますが、これはお酒でないとなりません。お嫁さんが一杯飲んでお婿さんが飲んで、お嫁さんが飲む。お婿さんが一杯でお嫁さんが二杯飲んで支払いはお婿さんでは勘定が合わない。いくら下戸同士でも三三汁粉はありません。
 嬉しいときも悲しいときも、むしゃくしゃするときも、喧嘩をしても仲直りをしても別れたときも酒です。酒の上でという謝り方がありますが、一番都合の良い言訳になります。よそのおかみさんの手を握ってほっぺたを舐めたと聞かされ謝った「酔っていたので・・・、お酒の上です、ご勘弁ください」で済みますが、お汁粉の食い過ぎではこうはいきません。3杯も汁粉を食べて餅を食べておかみさんに抱きついた。「汁粉の上だから勘弁してください」では済まされない。
 上戸にもいろいろクセがあります。壁塗り上戸、酒を辞退するときに、「もう結構、ケッコウ、充分いただきましたから」と左官屋さんが壁を塗るような手つきで断ります。笑い上戸は端で聞いていても良いものです。ニワトリ上戸が居て、盃を注がれると「オットットと。(時の声を上げて)もうケッコウ」。
 酔ったという人は酔っていない、酔ってないと言う人は酔っています。「もう一杯どうだ」、「いえ、酔ってしまいましたから、やめます」と言う人は酔って無くて、店を出るとシャキッとして帰られます。反対に「この徳利みんなお前が開けたんだ。もういい加減に止めとけよ」、「誰が?冗談じゃないよ。俺は酔っては居ないよ」と言う人は一番危ない。
 ご家庭でもお飲みになりますが、小鍋仕立てを前にご婦人にお酌をさせて、自分の家だから遠慮は要らないのですが、「もう一本くれよ」、「いつものお決まりの量飲んだんですから」、「酔いが来ないんだ。じゃぁ、あと半分」、「ダメですよ。貴方は酔っ払うと先に寝てしまうんですもの。つまらない」。

 

ことば

金馬の「居酒屋」; 金馬(上記似顔絵。山藤章二画)の亭号は三遊亭ですが、初代、二代目は立川談志と同じ『立川』だったのです。立川焉馬(えんば)が200年以上前に名乗ったのが始まりで、三遊亭より立川の方が古くから有った亭号なのです。三代目は始め講釈師になろうとしましたが、途中で止めて初代三遊亭円歌に入門、その時から三遊亭になったのです。ま、亭号なんてそんな難しいことではなかったんです。

 昭和初期、居酒屋の金馬か金馬の居酒屋か、というぐらい三代目三遊亭金馬はこの噺で売れに売れました。金馬のレコード初吹き込みは昭和5年(1930)。そのお陰で、家が建ったほどです。
  もちろん、戦後も人気は衰えず、金馬生涯の大ヒットといっていいでしょう。特に、独特の名調子で、「出来ます物は・・・」と早口で言い、最後にかん高く「へ~ぃ」と付ける小僧の口調がウケにウケたわけです。こんなにも人気が出たのは、ひとえにこの「金馬節」とでも呼べる口調の賜物だったのでしょう。
  本来、続編の「ずっこけ」と共に、落語「両国八景」という長い噺の一部だったのが、三代目金馬が一席噺として独立させたのがこの噺。

ずっこけ」;(概略) 居酒屋の小僧をからかって長っ尻をし、看板になってもなかなか帰らない酔っ払いを、探しに来た熊さんが見つけた。酔って歩けなくなっていたのを、金を払ってやっと連れ出した。店を出たはいいが、すっかり酔っ払って、薬屋の仁丹の看板の男に挨拶したり、あげくの果てには立小便も自分でできず、男に手伝ってもらう始末。よろよろして歩けないので、ドテラのエリをつかんでようやく家まで引きずって行き、カミさんに引き渡そうとするとドテラだけで当人が消えていた。あわてて元きた道を引き返し、捜すと往来に居た。担いで帰り、カミさんに引き渡した。カミさんが一言、「よく拾われなかったわねえ」。

 「居酒屋」江戸東京たてもの園。 この鍵屋さんは、下谷坂本町(現・台東区下谷二丁目)に有った居酒屋さん。安政3年(1856)創業したという。地域の人々に愛され、職人・芸人・勤め人や小説家の内田百閒も通った。縄のれんではありませんが、三和土(たたき)の上にイス代わりの樽が置いてあります。7~8人座れるカウンターと奥に小さな座敷が有ります。

■居酒屋(いざかや); 江戸市中に初めて居酒屋が現れたのは、宝暦13年(1763)とされています。
 それ以前にも、神田鎌倉河岸(現・千代田区内神田一、二丁目)の豊島屋という酒屋が、田楽を肴に出してコモ樽の酒を安売りしたために評判になったという話がありますが、これは、正式な店構えではなく、店頭でキュッと一杯やって帰る立ちのみ形式で、酒屋のサービス戦略だったようです。

 図版;長谷川雪旦が描いた江戸名所図絵「鎌倉町豊島屋酒店白酒を商ふ図」 白酒は3月3日の雛祭りに売り出され江戸中の人気になっていた。

 初期の居酒屋は、入口に縄のれんを掛け、店内には樽の腰掛と、板に脚をつけただけのような粗末な食卓を置いて、簡単な肴も出しました。落語『もう半分』や『ねぎまの殿様』にも出てくる居酒屋も同じです。

盲縞の長半纏(めくらじま・ながばんてん);盲縞は縞の無い無地で、その生地で作られた長めの半纏。

お酒は清(す)んだんですか、濁ったんですか;濁っていない清酒と白濁したどぶろく状のにごり酒があった。当然清酒の方が旨いのですが、中にはすっぱ口の酒もあったのでしょう。

月夜に捕れた蟹(かに);“見かけ倒しで中身が無いこと”の例え。蟹の多くは月夜に脱皮するので、脱皮直後の蟹は、身が痩せているうえに水っぽくてあまり美味しくないから。また月夜に産卵するからとも。

へ~ぃ できますものは、 汁(つゆ)、柱、鱈昆布、アンコウのようなもの、 鰤(ぶり)にお芋に酢蛸でございます。へ~ぃ;小僧さんの言い立て。=お吸い物、味噌汁などの汁物。=貝柱。小柱(青柳)の小鍋仕立てで鍋や、かき揚げ、ホタテ貝の大きな物は刺身でもいけます。鱈昆布(たらこんぶ)=干鱈を戻して昆布で巻いて煮たもの。または、鱈と昆布を離して、それぞれの料理(小僧さんが早口で切れているのか同一なのか分かりません)。アンコウ(鮟鱇)=深海魚。冬の食材で捨てるところがなく、上品な味わいで主に鍋で食べられる。あん肝はフォアグラより旨いと思う。(ぶり)=関東では正月鮭だが、関西は鰤です。体長80cm以上を鰤と呼び、それより小さい物(養殖物)をハマチと呼び習わせている。どんな料理にも出来、冬になくてはならない魚。お芋=お芋と言えばサツマイモやジャガイモがありますが、ここでは里芋。芋煮は冬の食べ物で、煮崩れせず旨味が高い。酢蛸(すだこ)=茹でタコの足を薄切りにして、甘酢で締めた物。

お品書き(おしながき);メニュー。

小壁(こかべ);小さな壁。特に天井と鴨居との間などにある壁。



                                                            2015年2月記

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