落語「にらみ返し」の舞台を行く
   

 

 柳家小三治の噺、「にらみ返し」(にらみがえし)より


 

 「大晦日箱提灯は恐くなし」 という川柳があります。掛けが溜まっている貧乏人は、普段武士が持つ箱提灯より、暮れの時期、掛け取りの弓張り提灯が恐わかった。「大晦日猫はとうとう蹴飛ばされ」、「元日や今年もあるぞ大晦日」。

 「何処ほっつき歩いているんだい。算段が付いたのかぃ」、「ダメなんだ。腹が空いてきたんで帰って来た」、「掛け取りが何人も来るが、うちの人が帰りましたら夜必ずお届けしますと、言い訳して帰したのに、どうするんだぃ」。
 「こんばんは」、「ほら来たよ。どうするんだい」、薪屋が掛け取りにやって来た。「奥様が届けると言ったが、まだなので伺いました」、「借りたものを返す、貸したものを返して貰う、そして正月を迎えたい。だが、一銭も無いんだ。無いところから持っていくほど図々しくないだろう」、「図々しい?物の言い様があるだろう。頭を下げて春には何とか・・・」、「それでいいや」、「なんだいその言い方。町で会っても挨拶もしないで、そっぽ向いてしまうのはなんだい。掛を踏み倒そうと思っているのかぃ。だったら、払ってくれるまでここを動かない」、「動くなよ。払うまで・・・半年、そこで待っててもらうが、 飯は食わせねえから、腹減って死んだら、しかたがねえから死骸だけは送り届けてやる。普段の行いがいけねぇ、町で会ったときだ・・・」、「そんな事は無い。それは親方じゃないですか」、「動いたな」、「しょうが無い。薪だっぽうを仕舞いなよ。ま、貰ったつもりで帰るから」、「ヤダ。つもりなんかダメだ。『金を貰うまで動かない』と言っただろ。帰りたくなるように『貰った』と言って帰りな」、「貰いました。ここで・・・。では帰ります」、「ダメだよ、受け取り貰っていない」、「ちぇ、何て事だ。(懐から受け取りを出して畳に投げ出す)ほら、受け取りだ」、「商人なら、愛想良く渡せ」、「一、金弐円八十五銭也 右正に受け取り候。チョット待て、判が押していない」、「本気で言ってるの?」、「本気だ」、「やんなッちゃうな。判をこれだけ押せばいいんだろう」、「真っ赤になっちゃった。今、10円渡したよね。お釣りをくれ。帰っちゃったよ」。

 「エー、借金の言い訳しましょう、借金の言い訳しましょう」、「オッカア、表を『借金の言い訳しましょう』というのが通るよ。呼んで来い」。
 「言い訳屋さん、どうなっているんだい」、「時間で、何人来ても同じです。1時間2円です」、「今、オッカアに作らせますから」、「風呂敷に着物包んでたいへんですなぁ~」。
 「出来ました。細かいので改めてください」、「私が掛け取りと応対しているとき、音を出されると困るので隣の部屋(見回して)押し入れに入ってください。掛け取りが来たらで良いです。正面に座らせて貰います。(懐中時計を帯から見せて)今、この時間です。煙草盆を置いて掛け取りを待ちますから」。
 「こんばんは」、「来ましたよ」、「今晩は、米屋です。奥さんいらっしゃいませんか?」。言い訳屋は無言で、キセルを吹かし、小僧を睨み付けている。恐くなった小僧はそそくさと退散。続いて掛け取りがやって来た。
 「今晩は、エ~魚屋です。(顔を観た瞬間逃げるように帰って行った)」。
 「(大きな声で)ゴメン」、浪士風のステッキを持った強面の男がやって来た。「八五郎君の家だね。奥さんが夜にと言っていたので、また来たんだ。誰も居ないが分かるようにしておくと言ってた。オホン、留守番の者か?君で解るのかと聞いているんだ」、言い訳屋は黙ってキセルをくわえたまま、にらみ返しているだけ。「なんだこいつ、にらみ返してくるだけで。わしを敵に回すのか。ヘン、ドスの下をくぐってきた男だ。(大声で)コリャ!」、相変わらず、凄い形相になって、にらみ返すだけ。「と言ったら、身も蓋もないが・・・。お主も頼まれたなら、二人で何とかしよう。何にも言わないが、口を利けないのか。エエッ!わしだけに喋らせて。バカにすると承知せんぞ。オイ。コラ。何か言えッ」、言い訳屋は黙って、凄い形相になり、煙草を深く吸い込み、煙を相手に吹きかけた。狼狽する相手。「乱暴はいけないよ。誰も居ないようだから、また来る。失敬」。
 「帰りました」、「今のは凄かったですね」、「私に任せれば大丈夫です」、帯に挟んだ懐中時計を見ながら、「もう5分も過ぎてしまった。帰ります」、「チョット待ってください。これからまだ来るんです。お金だったら都合します。これからが本番なんです」、「帰ります」、「どうして?」、「これから帰って、家のをにらみ返します」。

 



ことば

■演技の重点を無言での顔の表情の変化に置くため、CDなどのような、音声のみのソフト化は非常に少ない。
蒟蒻問答」と同じく、噺のヤマを仕種で見せる典型的な「ヴィジュアル落語」です。私も有名な話なので早く書きたかったが、顔の表情がメインになるので、文章だけでは力が無く伝わらないので、後回しにしていましたが、ここで覚悟を決めて書き始めたのですが・・・。

箱提灯(はこぢょうちん);上と下とに円く平たい蓋があって、たためば全部蓋の中に納まる構造の大形提灯。蓋には蝋燭を出し入れする孔がある。吉原で、道中や茶屋の送り迎えに使う提灯も箱提灯です。

弓張り提灯(ゆみはりぢょうちん);鯨のひげや竹を弓のように曲げ、火袋をその上下にひっかけて張り開くように造った提灯。弓のところを持つ。

 

 「東海道五十三次 関」 広重画 本陣から旅立ちで陽が出る前の朝の風景。

 上図左の煙草を吸う小者の前に置かれたのが、弓張り提灯。幔幕や提灯の柄は広重の実家「田中家」を図案化したもので、回りを御所車で囲ってあります。

 上図正面奥で持っているのが、箱提灯。箱提灯に描かれている図柄は、四角の中にカタカナのヒが描かれ斜めにしたもので、広重の意匠で、遊び心です。
 落語「尻餅」より転載。

 長屋住まいの江戸っ子は、宵越しの金は持たないので、暮れになると掛け取りと見栄が重なって、右往左往の状況になってしまいます。

大晦日(おおみそか); 1年の最終の日。おおつごもり。
 街中の商店は、町内の者には掛け売りを認めていた。これは、現代と違い商人と顧客が信頼関係で結ばれていて、取引はおおむね盆暮れ勘定、つまり支払いがお盆と年末の年2回だった。その2回は待ってくれないので集金する方も、支払う側も必死だった。落語の中でもそのドタバタを描いた噺は多い。

薪屋(まきや);燃料にする木。雑木を適宜の大きさに切り割って乾燥させたもの。たきぎ。わりき。それを売る店。石炭や石油の化石燃料が無い時代に、燃料と言えば炭やたきぎの薪しかなかった。現代で言えば燃料屋さんで、生活に欠かせない商売であった。江戸の周辺地から農閑期の冬に炭を焼いて都市部に出荷されていました。エネルギーの最重要品目でした。
 その薪も買えない貧乏人が住む長屋を戸無し長屋と落語では言っています。戸も下水の板まで燃やしてしまったのです。大家さんから注意されると「大丈夫です。寒いけれど、泥棒は入りません。出ることは有っても・・・」。

懐中時計(かいちゅどけい);丈夫さとかさばらない手頃な大きさの懐中時計は腕時計が登場するまでは携帯時計の代表として長い間、世界中で使用されてきた。多くの場合文字盤はアナログ式で鎖や組紐などで竜頭のフック部と衣服を結着して落下を防止し時計本体は衣服のポケットに収納して携帯するようになっているものが基本形であった。
写真:懐中時計。

煙草盆(たばこぼん);日本独特の喫煙具。喫煙が普及し始めた寛永(かんえい)年間(1624~44)初期、それまできせる、火入れ(香炉などを転用)、たばこ入れ、灰落としなど個々に使用していたものを、ありあわせの盆にまとめてのせたことから始まった。また、香道で使用する香盆をそのまま転用したとも伝えられ、やがて必需品となって専用品がつくられるようになった。長方形、丸形などがあり、正式には盆の正面に向かって左に火入れ、中央にたばこ入れ、右に灰落とし、それにきせる2本を添えて客前に供した。その後、盆に手提げがつき、刀掛けに倣って手提げにきせる掛けを設けたり、屋外で使用する火入れの灰が飛ぶので、これを防ぐための風覆いを三方に施したりした。また、盆の上部からたばこ入れを省略して小形にしたり、箱の下部に引き出しをつけて刻みたばこを納めるくふうも行われ、平面の盆形から立体の箱形へと変化した。さらに上流家庭では什器(じゅうき)類に範を得て、びん台(頭髪を調える用具を置く台)、茶席の棚、小箪笥(たんす)などの形を取り入れ、筆墨、硯(すずり)、用紙などの日用品入れと兼用させて、嫁入り道具の一つにもされていた。一方庶民の間でも、「客あればお茶より先にたばこ盆」といわれ、どこの家庭でも必要なものとなった。現代でも茶道では寄付(よりつき)、腰掛待合、薄茶席の三か所に、その席にふさわしいたばこ盆が置かれ、薄茶席では主客の座る位置を示し、それぞれの家元好みのものが珍重されている。また芝居の時代劇では、主役の前に置かれて演出上の小道具にもなっている。
日本大百科全書(ニッポニカ)より

睨む(にらむ);鋭い目をしてみつめる。目を怒らして見る。広辞苑
 落語家さん三人の「睨み返し」です。左から八代目三笑亭可楽。三代目小さん。五代目小さん。

  

 市川海老蔵の勧進帳での睨み。凄いですね。



                                                            2016年12月記

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