落語「ちりとてちん」の舞台を行く
   

 

 五代目柳家小さんの噺、「ちりとてちん」より


 

 碁の会を開くことになっていたが、都合で中止になって、その為に誂えた料理が全て余ってしまった。向かいの金さんは世辞が上手いので、呼んで食べて貰うことにした。

 「片づけてくれないか」、「丁度食事前で、何か食べたいな~、と思っていたとこです」、「灘の生一本も有るので・・・」、「ガラスのコップで・・・。そうですか、お酌までして貰って、旨い酒ですね」、「ここに鯛のお刺身があります。どうぞ」、「へぇ~、これが鯛の刺身、目がないですね」、「刺身だから」、「旨いですね。ウッ、ワサビが利きました。(鼻を摘まみ、頭叩いて、目をしょぼつかせる)。エッ、これが鰻の蒲焼きですか。有るとは聞いていましたが、旨いものですね(美味そうに食べる)。口の中で溶けますね。うま・・・モグモグ」、「食べるか、喋るか、どちらかにしなさい」。
 「私も食べたくなった、お清やお膳をこちらに持って来ておくれ。酒は燗をしておくれ。豆腐が食べたいな・・・。何ぃ?10日以上前のものが有る。この温気(うんき)だ、見せてごらん。ダメだ、毛が生えている。捨ててしまいな・・・。アッ、チョと待ちな。唐辛子と一緒に持って来な。(唐辛子をまぶして、むせながらかき混ぜて、ビンに収めた)。六さんを呼んで来ておくれ。貴方の前だが・・・、この男は、屁理屈は言うし、何でも知ったかぶりをするし、旨いと言ったことが無いのだ。一度ギャフンと言わせ、その悪いクセを直してあげようと思うんだ。貴方は隣の部屋から観ていても結構だが、声を出さないように。料理、お酒を持っていって、充分にやって下さい。お酒もダメなら御前もありますから」、「お米のおまんまが有るとは聞いていましたが・・・」、「まぁ、まあ、お隣に・・・」。

 「こんばんわ」、「よく来てくれた。碁の会の料理が余ったので食べてくれないか。お清と二人で食べきれないんだ。六さん腹の具合は・・・」、「食べたばかりだから・・・。どうしてもと言うんなら、詰められますが・・・」、「そうかい。膳を運ばせるよ。酒も灘の生一本だから旨いよ」、「灘と言ったって、水で薄められて、水っぽい酒になって、我々が飲む時は酒っぽい水になってるんだ。チョットで良いですよ。まずいと困るから」、「どうだい」、「これなら貰うよ」、「鯛の刺身があるんだ」、「腐っても鯛だ。刺身はマグロに限りますな。・・・良いですよ、食べますから」、「蒲焼きもあるよ」、「鰻と言ったって、養殖じゃ~な~、天然物でないと旨くない」。
 「食通の貴方に合わなくて申し訳なかったな。アッ、そうだ、貰い物で台湾の『ちりとてちん』が有るんだ。あんた知っている?」、「・・・、あ~、あれね、知っていますよ。台湾にいた時は良くやっていました」、「好き好きがあって、大変高価な物だそうだね」、「そうですよ」、「食べられるんだったら、食べ方を教えて欲しい。私はこの匂いが駄目なんだ」。「そうそう、これなんですよ。赤くてドロッとしたこれ、良く手に入りましたね」、「私は匂いがやだな」、「これは匂いで食べるんですから」、「クサヤもあるが、匂いがたまらないな、食べればオイシイと言うんだが・・・」、「これの粉末もあるんですよ」、「どうやって食べるんだい」、「パラパラとかけても良いですし、芥子のように研いでも良いですよ」。
 「(むせながら、皿に小分けしてビンから出す)。どうぞ」、「これさえ有れば、もう何も・・・(むせて)ウグッ、(目をしばたたかせ、皿を下に置いて)これは勿体ないから、むやみに食べちゃ~」、「良いんだよ、我が家では誰も食べないんだ。食べ終わったら持って帰っても良いんだよ」、「でも・・・、こんな贅沢なもの、家に帰って肴にして食べます」、「誰も食べないから、ここで食べて下さいよ」、「これが食べられたら、向では一人前、食通と言われます」、「その食べ方を教えて欲しいな」、「食べたら勿体ない」、「アッ、貴方は食べたことないんでしょう」、「バカ言っちゃいけない。私は台湾で朝に夕に・・・。ジャ~ぁ、食べ方をご覧に入れます」。

 皿を持って口元に近づけたが、目はピリピリ、匂いで咳き込むは・・・、「これが旨さの素なんです。頭のてっぺんまでツーンと来るのが良いんです。先ず、鼻を摘まんで、目をつむって、ワキの方から・・・」、本当に口に流し込んだが、口に入った『ちりとてちん』を飲み込めず、目を白黒。(小さん、顔が真っ赤になって)やっとの事で飲み込むが、直ぐに口に戻ってきてしまう。粋がって無理に飲み込むが、やはり喉から戻ってきてしまう。口の中の『ちりとてちん』を飲み下すのに、手真似で酒を要求。「酒かい。分かったよ。でも難しいんだな。喉を行ったり来たり」、酒をもらうと、すぐさま口に入れて『ちりとてちん』を飲み下す。「ウヘッ」、と唸ってもう一口酒を流し込んで、口をムグムグやってやっと落ち着いたが、泣きそうな声で、「オェ~ッ、ウウワァ~。旨かった」。「それは良かった。六チャン、それはどんな味がするんだい」、「丁度、豆腐が腐ったような味です」。 

 



ことば

原話は、江戸時代中期の1763年(宝暦13年)に発行された『軽口太平楽』の一編の「酢豆腐」。これを、明治時代になって初代柳家小せんが落語として完成させた。八代目桂文楽が十八番にした。さらに、三代目柳家小さんの門下生だった初代柳家小はんが改作した物が、「ちりとてちん」で、これは後に大阪へ旅立ち、初代桂春団治が得意とした。この「ちりとてちん」は後にもう一度東京へ帰って来て、桂文朝等が使っていたのをはじめ、現在では、柳家さん喬や柳家花緑らも演じており、東京の寄席でもなじみのある噺となっている。

 この噺に出てくるのは腐敗した豆腐で、人体の健康に問題ないようにコウジカビなどで発酵させた中国の”腐乳”、沖縄の”豆腐よう(とうふよう)”、などの豆腐加工食品とは別物。また、中国や台湾には、豆腐自体はほとんど発酵していないが、くさやなどに類した独特の臭気がする植物性の醗酵液にひと晩ほど漬けて加工した臭豆腐というものもある。近年の台湾名物という演出は臭豆腐からの連想かもしれないが、台湾では多くは厚揚げのように油で揚げ、たれをかけて食べる料理として出され、風味は全く異なる。また、同じ「臭豆腐」という名で、北京などでそのまま食べられている腐乳の一種は、塩水中でケカビを発酵させており、匂いが強く、別名「青方」というように見かけも青いカビが生えたような状態に見えるが、腐敗した豆腐ではない。

 題名の「ちりとてちん」とは、旦那の娘が弾いていた三味線の音色、または裏の稽古屋から聞こえる三味線の音色を表す擬音語(口三味線)です。

 私は『ちりとてちん』を食べたことはありませんが、若い頃には、知ったかぶりをして大恥をかいたことがあります。この様に、恥ずかしいことを経験して、人間大きくなるのでしょう。私は大きくはなりませんでしたが・・・。その恥は一つや二つではありませんが、恥を忍んでその一つを披露すると・・・。
 銀座にデートで女の子を連れ出すのに成功。洒落たレストランに入ると、当時まだ見たことが無い”タバスコ”が置いてありました。ご存じのように小さなビンに赤い液体が入っています。私はトマトケチャップと思って、たっぷりと料理にかけて食べようとしたら、『ちりとてちん』のように、目にピリピリ、喉は辛くて料理は喉を通らず、料金は出すからともう一皿頼みましたが、厨房から「こんなにかけたのは誰だ」と、こっちを見ています。恥ずかしかったですね。ホントに。

■「酢豆腐」と江戸では言って、八代目桂文楽の噺で既にアップしています。そちらもどうぞご覧になって、比べてみて下さい。落語「酢豆腐」→http://rakugonobutai.web.fc2.com/26sudoufu/sudoufu.html 

お世辞(おせじ);他人に対して愛想のよいことば。人の気をそらさないうまい口ぶり。また、相手をよろこばせようとして、実際以上にほめることば。ついしょうぐち。
・世辞に賢い: 世辞が上手である。世渡りが巧みである。
・世辞で丸めて浮気で捏(コ)ねる: 清元「喜撰」の歌詞による。甘言でだまし、思わせぶりな様子で人の気を引く。

 やはり、お世辞は世渡りの妙薬のようで、これなくして大人としての世渡りは難しいでしょう。幇間の「ヨイショ」までいくとキザになりますが、ほどよいお世辞は、世渡りの潤滑油でしょう。

灘の生一本(なだのきいっぽん);灘で醸造して他所から持ち込まれた清酒が混ざっていない、まじりのない清酒。

温気(うんき);暑気。また、蒸し暑いこと。蒸し暑い季節の空気。

腐っても鯛;本来すぐれた価値を持つものは、おちぶれてもそれなりの値打ちがあることのたとえ。たとえば、「布子着せても美人には人が目を付くる。腐っても鯛とはよういうた物ぢやと」。

ウナギ(鰻);食用にされ、日本では蒲焼や鰻丼などの調理方法が考案されて、古くから食文化に深い関わりを持つ魚である。漁業・養殖共に広く行われてきたが、近年は国外からの輸入が増えている。
 泳ぎはさほど上手くなく、遊泳速度は遅い。他の魚と異なり、ヘビのように体を横にくねらせて波打たせることで推進力を得る。このような遊泳方法は蛇行型と呼ばれ、ウツボやハモ、アナゴなどウナギと似た体型の魚に見られる。 一般的に淡水魚として知られているが、海で産卵・孵化を行い、淡水にさかのぼってくる「降河回遊(こうかかいゆう)」という生活形態をとる。
 近畿地方の方言では「まむし」と呼ぶ。 鰻丼、鰻重として食べられる。
 落語「やかん」では、「鵜が飲み込むのに難儀したから鵜難儀、うなんぎ、うなぎ」といった地口が語られている。

・養殖の産地:浜名湖周辺を中心とした静岡県遠州地方のほか、愛知県三河地方、三重県中勢地方、鹿児島県、宮崎県などが主な生産地となり、太平洋戦争によって一時衰退するも、戦後は概ね復興する。2000年以降2013年までの間、都道府県別の養殖ウナギ収穫量は順位を替えながらも、鹿児島県、愛知県、宮崎県の3県が常にトップ3に位置しており、その下も、静岡県、高知県、徳島県などが比較的安定した収穫量を維持している。しかし日本全体で見れば、2011年まではほぼ毎年約2万トン前後養殖されていたものが、2012年以降減少に転じ、2013年では約1万4000トンにまで減少している。

腐乳(ふにゅう);(中国読み・フウルウ)。豆腐に麹をつけ、塩水中で発酵させた中国食品。腐乳には醗酵臭と塩味がある。炒め物、煮込み料理などに調味料として用いられる以外に、粥に入れて食べる食卓調味料として用いる。紅麹を用いた腐乳は塩辛くなく甘みがあり、そのまま爪楊枝で削って食べる方法も台湾では一般的である。一般的に腐乳は瓶詰めで流通しており、保存と調味を目的とした漬け汁に浸かっている。「腐乳」は強烈な塩辛さの中に旨味をもった豆腐の塩辛とでも言える食べ物で、よくお粥と一緒に食されます。

豆腐よう(とうふよう);豆腐餻、唐芙蓉。豆腐を使った沖縄の郷土料理。
 島豆腐を米麹、紅麹、泡盛によって発酵・熟成させた発酵食品。交易国家として栄えていた琉球王朝時代に明(みん)から伝えられた「腐乳」が元になったと言われている。 コウジカビ発酵の効果で泡盛とエダムチーズを合わせたような味わいが特徴。より熟成が進んだものほど、豆腐の味はしなくなる。泡盛と共に供するのが最高の組み合わせといわれているが、ビールや焼酎などともよく合う。長期間(半年くらい)発酵させ、これが、独自の味わいの元となる。箸や楊枝で少量そいで食べるのが良いとされる。 栄養価も高く、琉球王朝時代には、高貴な人々の間で病後の滋養食としても重宝されたという。タンパク質が多く、胃壁の保護やコレステロール合成阻害にも効果があるため、健康食品としての特色もある。
 落語に登場する腐敗した酢豆腐、チリトテチンとは別物です。



                                                            2017年1月記

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