落語によ~この、長屋といぅのが出てまいりますが、まぁ長屋にも色々ございまして、とにかくこ~棟が繋がってるヤツが長屋ですなぁ。二階の長屋もあれば、平屋もございますが、おんなじよ~な家が並んでても、切り離されてるやつはもちろん長屋やございません。この裏長屋も家賃払っていない者ばかり。やっぱり皆、陰気なことはございませんなぁ、そらも~クヨクヨしてたんでは生きていかれへんさかい、なんとなく陽気でございまして、春先雨上がりの天気がええとなったら、皆ぞろぞろ出てまいります。
「えぇ天気になったやないかい」、「さぁ、こんなえぇ日和(ひより)になるんやったら仕事に行たらよかった思てんねや」、「雨が上がったら人通りが一時に多くなったやないか」、「皆、ぞろぞろと出てきたわい」、「これ皆、どこ行くねん?」、「どこ行くて、見たら分かるやないか。酒ダルぶら下げたり、毛氈抱えたり、重箱持ったりしてんねや、花見に行くねやがな」、「花が見たかったら行たらえぇねがな、木戸銭いれへんがな」、「木戸銭いれへんか知らんけど、こんな格好(かっこ)して行けるかいな」、「花はえぇベベ着てよ~が、ボロ下げてよ~が咲きよ~に変わりないがな。花見に行ったらえぇねんその格好(かっこ~)
で」。
「けど、お前、ご馳走がないがな」、「家におったかて何なと食ぅやろがな、それを向こ~へ持って行って、桜の下で花を見ながら食べたらえぇねがな」、「肝心の酒が無いがな」、「酒がなかったら、お茶を持って行かんかい。向こ~が酒盛りならこっちは茶か盛りやなぁ」、「『酒なくて何のおのれが桜かな』ちゅうがな、酒呑んでるさかい桜でも綺麗に見えんねやないかい」、「『気で気を養う』ちゅうことを知らないかんで、心まで貧乏すなよ。そや、今日は長屋だいぶ仕事に出そびれてるやつが多いさかいなぁ、いっぺん誘そてみよか・・・」。
「花見に行こかちゅう話が煮えかかってねんけどな、どや、付き合えへんか? 皆、長屋揃ろて花見に行くちゅうねや」、「賛成だ」、「行くと決まったもんは土瓶に一杯から上、二杯でもかまへん、茶ぁ出してくれ。それ酒の代わりに持って行くねやさかい。それから、皆、ご馳走持って来い」、「花見に持って行くちゅな、そんなもんないで」、「家におっても食べるやないかいな。晩采(ばんざい)の残りでも、今朝のオカズの残りでも何でもかめへん」。
「こんなもんどや?『長いなり』」、「何や?これ、オカラと違うか?」、「せや、オカラのことを『切らず』ちゅうがな、切らなんだら『長いなり』や」、「なぞなぞやなぁ。次は何や?」。
「『カマゾコ』が二枚あるねんけど、いかんかいな?」、「この長屋で『カマボコ』てな贅沢な、そんなうまいもん食ぅてるもんあるかいな。遠慮せんとズッと出せ。ん?これ飯の焦げたんと違うかい?」、「せや、何もないときに、これに塩振りかけて食てんねんけど、香ばしぃてちょっと旨いもんやで」、「お前『カマボコ』言ぅたんと違うんか?」、「『釜底』が二枚やがな」。
「気兼ねで出せん。『そ~めん』いかんやろか?」、「素麺てな結構なもんやないか。これ醤油とちゃうか?」、「そや。何にもないとき、それ飯にまぶして食ぅねんけどな、箸で挟(はそ)もと思てもなかなか『はそめん』」。
「次は?」、「『タマゴの巻き焼き』や」、「これ、香々(こ~こ)やないか」、「色がよ~似たぁるやろ」、「味が違うがな」、「そこは『気で気を養え』」、「まぁ、結構なこっちゃ」。
「『尾頭付き』が二本やで」、「大き出やがったなぁ、まさか鯛やないやろなぁ?」、「せや、ほら・・・」、「ダシジャコ、二匹出しやがったな」、「尾頭付きには違いないやろ。これポリポリっとかじってグ~ッと二合ぐらい呑めるで」、「茶ぁやで」、「茶ぁ~はあかんわなぁ」。
「それから毛氈があるやろ毛氈持って行こ」、「この長屋のどこに毛氈てなもんあるねん」、「あるやないか、梅干干すときに敷くもん。赤こ~色がついてちょ~どえぇがな」、「なるほど、ムシロの毛氈か」、「ムシロだけいらんこっちゃ。緋毛氈持っといで」。
「おッ、ゴジャゴジャ言ぅてるあいだに気の利ぃた連中、身なり変えて出て来よったがな」、「八卦見の先生、やっぱり商売柄、黒の五つ紋てな上品でよろしぃなぁ。絹もんではないよ~なけども」、「何だんねん?」、「草紙や」、「そ~し?『そ~し』ちゅうキレあったかいなぁ?」、「長屋の子供が手習いをして真っ黒になった草紙をな、糊で貼り合わしたんや」、「ほ~、紙の着物着てきはったんや。ど~りでガサガサ音がすると思た」、「羽織の紐は?」、「紙縒り(こより)や」、「雨に合~たらワヤやで」。
「芳っさん、小紋の気の利ぃた羽織着て」、「羽織に見えるやろ?」、「羽織と違うのんかい?」、「半襦袢の襟はずしたんや」、「ほな羽織の紐は?」、「下駄の鼻緒や」。
「まっさん、あんた洋服がぴったり身に付いてるなぁ」、「見えるやろ?」、「服と違うのんか?」、「裸に墨塗ったんやがな」、「なんや身に付き過ぎてると思たで。ボタンは?」、「胡粉(ごふん)で書いたぁる」、「汗かいたらないよ~なるっちゅう」。
「女ご連中もしゃれたぁる、髪をちょっと梳(と)きつけて白粉(おしろい)のひとつもはいたら見違えるよ~やないかいな。お梅はん、しかしあんたの着物変わってるなぁ?裾模様ちゅうのはよ~あるけど、おまはん上に模様があって下が無地やがな。そんなんこしらえたんか?」、「わてとこ夫婦(みょ~と)
のあいだに着物が一枚しかあれへんのん。うちの人いつも仕事行く時な、法被、腹掛けやさかい着物わてが着てるやろ。今日はあの人に着せたから、わて何もあらしまへんねん。しゃ~ないさかい、上のほ~はお襦袢を着て、下のほ~は何にもないのん頼んないさかい風呂敷を巻いて、あいだへ帯締めたんや」、「えぇ度胸やなぁ~、その風呂敷落さんよ~にしてや、落ちたらワヤやがな」。
「皆、用意できたか?用意ができたらそろそろ行こか。今月の月番と来月の月番、悪いけどこんな時に当たったんも災難やと諦めて、二斗ダル担いで行ってんか。あんた、すまんけどな、ハギレ屋の荷ぃとラオシカ屋の荷ぃとにご馳走が入ったぁんねん、それかたげて持ってってんかいな。途中で手代わりするよってな。ほな、そろそろ出かけよか」。
「この路地(ろ~じ)出るとき『♪ちょいとちょいと、こらこら、花見じゃ花見じゃ』ちゅうて踊って出よ」、「何で」、「この近所で花見にでも行こかてな気の利ぃた長屋一軒もあれへんがな、近所ひけらかしたんねん」、「しょ~もない。花見じゃ言ぅて踊って出るねんてぇ」、「折角やけど、それだけは堪忍してもらうわ。酒も呑まんとそんなアホらしぃことができるかいな」、「まぁまぁ、近所の付き合いやがな」、「『♪花見じゃ花見じゃ、ちょいとちょいと、こらこら・・・」皆、付いてこんかいな、わいだけひとりに言わしないな照れ臭いがな」、「ほな、行こかい『花見や花見や!花見だっせ!花見じゃ!』」、「怒りないな、も~ちょっと乗って言えんかい?」、「『♪ちょいとちょいと、こらこら、夜逃げじゃ夜逃げじゃ』」、「どついてまえ、あいつ」、「も~えぇ、黙って付いて来い」。わぁわぁ言ぃながら桜の宮へかかってまいります、この道中の陽~気なこと。
「遅れんよ~に来いよ」、「ちょっと待ったんかいな。女ご連中が遅れてるがな。風呂敷が足にまとい付いて難儀してんねやがな、落ちたら騒動やさかいちょっと待ったれちゅうねん」、「お~~い、遅れんと、早よ来いよ~~」。
「さぁさぁ、このへんでひとつ」、「いやいや、も~ちょっと高見行きまひょ」、「低見、低見がよろしぃて」、「花見るのに低見ちゅな聞ぃたことがない。高見の見物」、「いやいや、低いほ~がえぇ、低いほ~にしとき。どんな拍子に上からご馳走がコロコンデ来んとも限らんさかい」、「そのへんに毛氈を広げよかいな、それから真ん中にド~ンと二斗ダル置いて、さぁ、お手塩(てしょ~)やら茶碗やらズ~ッと並べてな。酒らしぃ呑めるやつおらんかい」。
「よし、わしがやる。ついでもらおぅ。とにかく酒らしぃ呑んだらえぇねやろ(クゥクゥ、クゥ~)酔~たぁでぇ~」、「早いこと酔いよったなぁ。も~酔~たんか?」、「と思もたら、じき醒めるわ」、「醒めたらいかんがな、も~ちょっと上手いのんおらんか?」、「ほな、私がいただきましょ。私、あんまり強いほ~やおませんさかいな、軽るぅにおねがいします、おっとっとッ、わぁ~、盛り上がったぁるがな。では、いただきます(クゥ~、クゥ~、クゥ~)五臓六腑に染み渡るなぁ」、「上手いなぁ~。よ~あんな風に呑めるなぁ。も一ついきまひょ」、「そない勧められると辛いけどな、ほな、も~一杯(クゥ~、クゥ~、クゥ~)そ~急かしなはんな、チビチビよばれてまんねん(クゥ~、クゥ~)結構でやす」、「どんな気分でやす?」、「そ~でんなぁ、おととしの夏、井戸へはまったときのよ~な気分」。
「軽るぅに、わ、わ、わぁ、お前何ぞ恨みでもあんのんか? ぎょ~さん注ぎやがって(クゥ~、クゥ~、クゥ~)さぁ仕返しに盃、盃、返杯」、「う、指さんといて」、「遠慮せんともらわんかいな」。
「さぁ、ご馳走にも手ぇ出しや」、「わたし『サワラの子』もらいまっさ」、「サワラの子?」、「オカラのサワラの子」、「ちょっと見たら似てまんなぁ」、「なかなかえぇ味や。食べ過ぎると、目が赤こなって耳が長ごなるさかい・・・」。「同じお茶気でも瓢箪から出ると旨いが・・・。こら渋口や」、「この人の家はえぇお茶気が手回りますねん、宇治に親類があるさかいなぁ」、「お~、ゲンがえぇで!、見てみぃな酒柱が立ったぁるがな」。
「ちょっとタマゴ焼き取ってんか。タマゴの巻き焼き」、「ど~ぞ、ど~ぞ」、「あぁ~ッと、そのシッポと違うとこ」、「おっきありがとさん(バリベリバリ、バリベリバリ)なかなか押しが効ぃてます(バリベリバリボリ・・・」、「音さしたらいかんがな」、「音さしなちゅうて、このタマゴ焼き音するがな」、「タマゴ焼きらしぃにやなぁ、オネオネやってグイ呑みにしぃな」、「音さしたらいかんのん?
一番大きぃのん取ったんや、わしゃ。ウグッ、ゲホゲホッ!」、「喉へ詰めよったがな。背中叩いたれ」、「タマゴ焼き食ぅのん命懸けやでぇ。すんでのとこで心中するとこやった」。
わぁわぁ言ぅてますが、シャレも冗談もそ~続くもんやない。近所からはえぇ匂いが越えてくる、三味線太鼓の音が聞こえる、向こ~では踊ってるやつがある、反吐ついてるやつがある、喧嘩が始まってる。好きな連中、も~辛抱できんよ~になった。
「アホらしぃてあんな茶ぁばっかり飲んでられるかい。お前とわいとでホンマもん呑も」、「どないすんねん?」、「あそこで相対喧嘩(あいたいげんか)すんねや」、「相対喧嘩ちゅうと?」、「偽もんの喧嘩すんねや。『さぁ殺せぇ』てダァ~ッとあの中へ暴れ込むねや。皆ワァ~ッと逃げよるやろ、そのスキにシャ~ッと持って去(い)ぬねん」、「うまい具合にいくか?」、「そのかわり喧嘩は相当派手にやらなあかんぞ」。「打合せ通りいくで、いくで。ホンマにいってぇか?」、「何をゴチャゴチャ言ぅてんねん、ボ~ンとこんかい。(ボ~ン)」、「何さらすねん。こいつは、でんぼから血が出たやないか。本気出したらお前に負けないぞ」。喧嘩がホンマもんになってしまいましてね。ダダ~ッと暴れ込むと、「あッ、危ない。皆逃げぇ、坊(ぼん)や嬢(いと)見たっとくれ」。「コラ、いつまで掴んでんねん、離さんかい。誰もいてへんねん」、「えっ?
あホンに」、「ご馳走あるやろ。食ぅのはあとにしぃ」、「おい、皆こっち来て持って行け、持って行け、ワァ~ッ!」。
「皆、怪我はなかったかいな。あぁいぅ手合いは呑んだらじきに喧嘩をしよるでどもならんなぁ。怪我なかったら結構じゃ、戻りましょ? 確かここやったなぁ?」、「ここだっせ。せやけど、お重も何もあらしまへんや」、「わしの煙草入れがあるぞ」、「ちょっと、あっち・・・。あそこに並んでるのうちのお重と酒樽でっせ。あっち行ってまっしゃないか」、「あの二人、最前仲よ~しゃべってたのに急にダ~ッと暴れ込んで来ましたやろ。あのガキゃ相対喧嘩さらしやがったんに違いおまへんで。わしが一番、行ってきます」、「茂八、そんなことえぇがな」、「何が酔~てる、アホらしもない。太鼓持ちゅうもんはお酒の席でご祝儀もろてアホなことばっかり言ぅてるだけやおまへんねん」、「そんなことしたらあかん、向こ~は大勢や」、「一番わたしがやったりまっしゃないか」、「これ、一升徳利振り回して、そんな手荒いことしたらいかん。もしも騒動になったらいかんちゅうねん」、「何かしてけつかんねん、大丈夫ですて旦さん、一番言ぅてきたる」。
「やいコラ!おのれらどこの酒肴、飲み食いさらしてけつかんねん」、「おい、何やえらい怒って来はったで」、「おのれら、どこの酒肴・・・」、「あんた、
最前あそこで踊ってた太鼓持ちやがな。へぇ、お宅のお酒とお肴をいただいとります」、「何です?皆、どつき上げる?シバキ上げる?おい、皆来い皆来い、この人、一升徳利で頭割るちゅうたはるがな、サァ割ってもらお~。いかにもお宅のご馳走頂きましたで。こんなご馳走食くぅてえぇ酒でホロッと酔~てるときに、どつき殺されたら本望や。いっぺん死んだら二度と死なん、さぁ、順番にどついてもらお、さぁ、どつけ!」、「な、何もそんな・・・」、「鉢巻さらして、尻からげして片肌脱いでるんやないか。喧嘩しにきたんやろ」、「いや、あの、そ~いぅわけやないのんで」、「何ちゅう格好やねん?」、「こらちょっと踊らしてもらおと・・・」、「その右手の一升徳利、頭かち割ろちゅうのんと違うのか?」、「滅相~な、この徳利はお替りを持って来ましたんで」。