落語「ハナコ」の舞台を行く
   

 

 立川志の輔の噺、「ハナコ」(はなこ)より


 

 本日の噺は私の作った落語ですから、全員が面白いと言うことは分からないと思います。あらかじめ申し上げておきます。

 加藤様ご一行が宿に着いた。女将が直々に接客に当たった。「あらかじめ申し上げておきますけれど、本日、前田澄子がお休みしておりまして・・・」、「なに、前田澄子が我々とどーゆう関係があるんだぃ」、「仲居ですから、手が届かないこともある、と言うことを、あらかじめ申し上げておきます」、「お部屋のご案内をさせていただきます。木更津の間ですが、非常口のご案内をあらかじめ申し上げておきます。左右2方向に御座いますが、本当に『イザというと言う時』はこちらからお逃げください」、「非常口が・・・」、「いえ、ボヤがあった時、こちらから逃げたお客さんだけが助かったんです」、「非常口から逃げた人は・・・」。
 「どうぞ、お部屋の中に・・・」、あらかじめ部屋の説明があったが、細かすぎて気疲れした。「アッ、これは雪舟じゃないの」、「お分かりになります? 先代が好きで集めていましたが、先月テレビの『テレビ鑑定団』に出したら・・・。三千円という値段が付きました」、「そんな事言わなくても・・・」、「水に濡れても、クシャクシャになっても大丈夫だと、あらかじめ申し上げておきます。それではごゆっくりと・・・」。「チョッと女将、待ちなよ。これは心付け」、「それはいけません」、「サラリーマンが出しているんだ。恥欠かせるなよ」、「そのような物は受け取れませんと、あらかじめ申し上げておきませんので、結果的には受け取ると思います。アリガトウございます」、「よろしくね」。
 「はぁ~、なんか、『あらかじめ・・・』と言われると、疲れるな~」、「ここは源泉掛け流しで、黒毛和牛の食べ放題だ。その上、すき焼きだろうが、しゃぶしゃぶだろうが、各自別々でも対応してくれるんだ」、「腹空かすために、温泉に入ろう。場所を聞こう」、女将が先程の心付けの、仲居全員の判をついた領収書を持って来た。

 仲居の教子さんが案内をした。下駄の歯が磨り減ったのを履いて坂道を上がって行った。「見てみて、湯気を上げた温泉饅頭。お土産に買おうか」、「お客さま、セイロから湯気が出ていますが、あれはドライアイスの煙です。それにおまんじゅうは他から持ってきています」、「それでは帰りに駅で買うか」。
 「それより温泉だ。10m以上は吹き上げているよ。熱そうだね」、「85~6度はあります」、「火傷しちゃうよ」、「あれは源泉です」、「では、温泉は?」、「お客さまのお部屋の隣です」、「なぜ来たの」、「源泉掛け流しだぞと、あらかじめ申し上げたんです」。

 「温泉入ったが、疲れが取れないな。疲れた後の黒毛和牛が旨いんだ」、「おい、お前も湯船に入りなよ」、「外を見ていたら、竹藪の中から長靴を履いてスコップを持った汗だくの女将が出て来たんだ。どうしたんだろう?」、「ゴミを捨てに行ったんだろう」、「いや、国税庁に見られたくない書類を埋めに行ったんだろう。雨宮お前はどう思う?」、「若い板さんが入って、会いたくなった時は竹藪に行くんだ」、「スコップ持って行ったら、その方が目立つだろう」。

 「加藤様ご一行様夕食のご用意が出来ました」、「この部屋だな」、「その前に、チョッとご挨拶がしたいと来ています。皆さんどうぞ」、「沢山の人が入って来たが大丈夫?」、「大丈夫です。まず田中さん」、ピーマン、ほうれん草、長ネギの生産者達の挨拶が続く。「分かった解った。地元の生産者なんだろう。全員の挨拶はもう良い」、「あらかじめのご挨拶はこれで良いです。さぁ帰りましょう。えッ、橘さんが今着いた?ではご挨拶を・・・」、「暴れるな。黒毛和牛の橘です。今晩これを召し上がっていただきます。ははは、名前をハナコと言います。今晩、この人達に食べて貰うんだ、喜べッ」、「チョット待てぃ。女将、これから食べる牛を連れてくる奴が何処に有る」、「でも、あらかじめ・・・」。
 「我々3人は食欲ゼロだ。ここに牛連れてくるかぁ? 名前がハナコだなんて紹介するかッ・・・」、「偽装の多い世の中なので、あらかじめ・・・」、「もう何にも食べたくないよ!」、「それでは困ります。冷蔵庫にオーストラリア産の牛肉ならあります」、「・・・、良いかい」、「オーストラリア産でも良いよ」、「名前はメリーと言います」、「名前は言うなッ!聞いてもいないことをベラベラ喋るんじゃない。雨宮、逆にあれを聞けよ」、「あー、そうそう。露天風呂に入っていたら女将がスコップ持って竹藪から出て来ただろう。何やってたんだろうなと言ったら、ゴミ捨てだとか、国税庁の査察逃れだとか、イイ若い板さんが入って、あすこで逢い引きしているんじゃないかと、意見が出て、本当は何してたんだい」、「それは・・・、チョッと言えないのです」。
 「チョッと女将、それはおかしいだろう。俺たちはこの宿に着いて初めて聞いた質問だぞ。ベラベラ喋っておいて・・・、それでは2度と来ないぞッ」。
 「それは困ります。では、申し上げます。仲居の前田澄子は休んだのではなく、普段通りに出勤していました。事務所で打合せをしていました時、些細なことばの行き違いで口論になり、カッとなった私が手に持っていた手提げ金庫の角で、前田澄子の後頭部を・・・」、「チョッと待ってくれよ女将。今何言っているか分かっているのか。前田澄子の後頭部を殴って、あの竹林に埋めてきたのか?」、
「と、言うような事では無いと言うことを、あらかじめ申し上げておきます」。

 



ことば

志の輔の新作落語;古典は当然やるのですが、この新作落語が抜群に良いのです。2004年に「志の輔らくご in パルコ VOL.9」で初演した新作落語『歓喜の歌』は映画化され、2008年2月に公開(右、映画ポスター)、志の輔自身も落語家役で短く出演した。毎年、新作落語の会「志の輔らくご」を開催し、好事家だけのものではない新感覚の落語を提案している。各種メディアに取り上げられることも多く、新たな落語ファンをも発掘。独演会や落語会など「チケットの取りにくい落語家」の代表格になっています。
 新作ではこの「ハナコ」、「ガラガラ」、「タイムトラブル」、「忠臣グラァ」、「買い物ブギ」、「バス・ストップ」、「みどりの窓口」、「メルシーひな祭り」、「親の顔」、「踊るファックス」、「はんどたおる」、などを聞いています。まだまだ有るんですが・・・。
 すごいですね、この数とその内容の良さ。分かって貰った方は「ガッテン」して下さい。

女将(おかみ);料亭・旅館などの女主人。

雪舟(せっしゅう);(1420~1506?)雪舟等楊(とうよう)。室町後期の画僧。諱(イミナ)は等楊。備中の人。早く相国寺に入り、春林周藤について参禅し、画を周文に学んだ。1467年(応仁元年)明に渡り、本場中国の自然と水墨画技法を学び、69年(文明元年)帰国。周防山口に住み、その庵を雲谷(ウンコク)庵と称。宋・元・明の北画系の水墨画様式を個性化し、山水画・人物画のほか装飾的な花鳥画をもよくした。作品に国宝「山水長巻」(山口県・毛利博物館蔵)、国宝「破墨山水図」(東京国立博物館蔵)、国宝「天橋立図」(京都国立博物館蔵)など。

  

 国宝 掛け軸「秋冬山水図」 雪舟等楊筆 東京国立博物館蔵。  左側が秋景、右側が冬景です。  

テレビ鑑定団;古今東西の名品(?)を鑑定するTV番組、「なんでも鑑定団」のもじり。

心付け(こころづけ);チップ。祝儀として金銭などを与えること。また、その金銭など。

源泉掛け流し(げんせん かけながし);湧き出た温泉をそのまま浴槽に入れて1度用いただけで捨ててしまうこと。元湯のつかいすて。

 

 間欠泉については、江戸後期に著された京山人百樹 編、岩瀬京水・渓斎英泉・歌川国安 画図の「熱海温泉図彙(ずい)」(1830年、上図)にも、その迫力ある噴出の様子が描写されている。
 「湯の湧くこと昼夜三度、長の時に湧き出る。六ツ四ツ八ツ、年中時違(たが)ふ事なし(略)。石竜熱湯を吐くごとく二間余もへだたる大石へ熱湯を吐きけるありさま響は雷のごとく湯気は雲のごとく天に上昇(たちのぼり)見るに身の毛もよだつばかり也、此の湯を四方の客舎に引き湯船にたくはへ冷(さ)して浴せしむ」

黒毛和牛(くろげわぎゅう);和牛と名乗ることのできるのは、「黒毛和牛」「褐毛和牛」「無角和牛」「日本短角種」の4品種の純血個体のみ。その黒毛和牛は、和牛の代表格と言い、和牛品種の中で肥育頭数が最も多く、生産されている和牛の90%を占めます。霜の降り具合、肉の色味、締まりなど肉質が大変良く、キメの細かく光沢があり、よく締まった赤身で歯ざわりも滑らか。右:黒毛和牛の切り身。
 有名な、神戸牛、飛騨牛、宮崎牛、但馬牛(たじまぎゅう)などの銘柄牛も、それぞれの地域独自の方法によって肥育がなされている黒毛和牛です。同じ黒部和牛でも、生産地によって水、飼料、気候風土、生産者の育て方の違いが有って実に様々です。実は和牛には人間と同じような戸籍があって、一頭ずつ名前がつけられ、両親・祖父母その前の代からどういう血統であるか、いつどこで生まれたかなどの情報がすべて登録、記録されています。その中にあるんでしょうね、ハナコ。

国税庁(こくぜいちょう);内国税の賦課・徴収を主たる任務とする大蔵省の外局。税務署の親玉。

オーストラリア産の牛肉;オージービーフ。日本で消費される国産牛肉は40%にすぎず、半分以上の60%が輸入牛肉です。その輸入牛肉の内訳を見ると、オーストラリアが35%、米国が20%、ニュージーランドが2%、その他2%(平成27年度農林水産省調べ)となっています。黒毛和牛から比べると半値以下で、外食産業では大手牛丼屋や、ハンバーガー店等の大部分が輸入牛肉です。
 オーストラリア産の牛の特徴として牧草飼育(グラスフェッド)が挙げられます。オーストラリアの牛は豊かな自然の中で、栄養たっぷりの草を食べて大きくなる、そのため、肉は赤身が多く、少し硬いので焼肉とかしゃぶしゃぶにするよりもミンチ用やカレー、シチューなどの煮込み料理に適しています。
右上写真:オーストラリア産の牛、名前をメリーといいます。

 


                                                            2017年4月記

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