落語「特効薬」の舞台を行く
   

 

 五代目春風亭柳昇の噺、「特効薬」(とっこうやく)より


 

 わたくしは、春風亭柳昇と申しまして、大きなことを言うようですが、今や春風亭柳昇と言えば、我が国では・・・、わたし一人でございます。(柳昇の決まり文句)

 病気になると困るのは当たり前、先日も歯医者に行って神経を抜かれて帰って来たら、やはり痛い。隣の神経を取られてしまった。結局2本の神経を抜かれ、これで無神経になってしまった。
 困って隣の歯医者に行ったら、レントゲンを撮ればイイと言われ、治療して貰いセメントを詰めて貰って帰ってきた。痛くないので嬉しくて、煎餅を3~4口食べたら脳天に響く痛さ。歯医者に飛んで行ったら、歯が縦に割れていた。やむを得ず、歯を抜いたら、その結果、『歯無し家(噺家)』になってしまった。

 神経科の受診をした。「佐々木さんどうぞ。どうしました?」、「夢を見るのですが、乗り物の夢ばかりなんです」、「誰でも夢は見るよ」、「毎回違う自動車に乗っているんです」、「タダだろ。良いじゃないか、私は車大好きだから」、「その自動車が崖から落ちるとか、ひっくり返るとか、正面衝突する様な場面で、恐くて寝てられないのです。それを治して欲しいのです」、「それは脳に欠陥があるんだ。この病気は治せば良くなるが、治さなければ良くならないな。どうする?」、「治して欲しいです」、「治療には上と並があるな。上は手術だな。薪割りで頭を二つに割って、新しい脳みそに交換するんだ。交換は30分で出来るが、その後くっつける方法が無いんで、そのまま帰って貰った」、「頭が二つになるんですか?」、「便利で、踏切渡る時は、パカッと二つにして右と左がいっぺんに見られるんだ」、「二つにされたら困るんです。帽子が一つしか無いんです」。
 「では、頭のてっぺんに穴を開けてスポイトで悪いところを吸い出すんだ。15分で出来るんだ。ただ、穴をふさぐ方法が無いんだ。コルクの栓をしたが直ぐ取れてしまうんだ。そのまま帰って貰ったら、『寒いッ』と言うんだ。夏場、雨が降ってきて雨が溜まってしまった。ボウフラが発生したんで金魚を入れた。どうする?」、「いま、家には金魚が居ませんので・・・」。
 「並はなんですか?」、「薬だな。『ゾルベ ベルゲ ワーゲン』というドイツの薬だ。高いが良く効くよ」、「高くても良く効く方がイイです」、「一粒10万円だよ」、「そんなに高いんですか?」、「手術は?」、「500円だ。薬は高いか?」、「ハイッ」、「では、10円で良い」、「今1粒しか無い。寝る時に飲むんだ。残りは明日取りに来なさい、作っておくから」、「これはドイツの薬では・・・」、「私はなんだって作ってしまう。薬は効くと思って飲むんだよ。効かない時は寝ないで起きているんだ。夢は見ないから」、「有り難うございました」。

 「昨日来た佐々木です」、「誰に診てもらった?」、「カルタ先生」、「カルタは私しか居ないんだが・・・」、「鼻の頭にほくろがあって、太った先生です」、「ん・・・、それは入院患者だ。時々自分で作った薬を飲ませて困っているんだ」、「それでは患者の私が患者に診てもらったんですか?」、「どの様な治療でした?」、「手術で頭を割る方法と、薬で治す方法です」、「良かったね。殺されるとこだった」。
 「薬を飲んだんです」、「飲んだァ~」、「夢は見ましたが、自動車は徐行するようになりました」、「効いたんだッ。頭の悪い人は患者に診てもらう方がイイのかなァ~」、「あの薬はなんですか?」、「ノミを潰して水に溶かしてんだ、『飲み(ノミ)薬』だって」、「昨日貰ったのは丸薬だったんです」、「それは、かかとの皮をむいて、ツバで丸めて作っているんだ」、「かかとの皮ッ・・・。他に良い薬は無いんですか?」、「睡眠薬はどうだ。飲み過ぎると死ぬがな~」、「息が止まっては~~」。

 「もしもし、佐々木さん。この人とあまり喋らないようにして下さい」、「???なんで・・・。この人と話してはいけないんですか?」、「その方も患者さんですから」。

 



ことば

五代目春風亭柳昇(しゅんぷうてい りゅうしょう);春風亭 柳昇(1920年〈大正9年〉10月18日 - 2003年〈平成15年〉6月16日)は、東京府北多摩郡武蔵野村(現: 東京都武蔵野市)出身の東京の落語家。本名、秋本 安雄(あきもと やすお)。ペンネーム、林 鳴平(はやし なるへい)。出囃子は『お前とならば』。数々の新作落語を創作した。右、柳昇似顔絵。
 太平洋戦争中は陸軍に召集され、歩兵として中国大陸に渡ったが、敵機の機銃掃射で手の指を数本失っている。利き手をやられたため、元の職場に復職することもできず途方に暮れていたところ、戦友に六代目春風亭柳橋の息子がおり、その縁で生活のために柳橋に入門して落語界入り。 手を使った表現が多い古典落語では成功はおぼつかないと考え、新作落語一本に絞って活動して成功を収めた。数は少ないが古典落語のネタも持っており、『雑俳』や『お茶漬け』(茶漬間男)等を演じた。 年齢を重ねるごとに老人然とした風貌になり、しなびた声・口調に変わっていったが、これがとぼけた味となり、新作派の大御所として、地位を確固たるものとしていく。1982年には落語好きの女子大生を中心に人気が集まり、彼女たちを中心に親衛隊ともいえる「柳昇ギャルズ」が結成された。書記長は素人時代の木村万里。さん生改め川柳川柳の弟子となる川柳つくしも一員だった。80歳を過ぎても高座やテレビへの出演を積極的に続け、まさに生涯現役の噺家であったが、2003年6月16日、胃癌のため逝去。82歳没。
 創作落語のネタには、「結婚式風景」 「カラオケ病院」 「課長の犬」 「里帰り」 「南極探検」 「日照権」 「乙女饅頭」 「与太郎戦記」 「扇風機」 「免許証」 「小切手」 「税関風景」 「すきやき兄妹」 などがある。

歯科(しか);歯または歯に関連した組織に関する疾患を扱う診療科である。歯科処置の大半は人体に侵襲を伴う外科行為である。一般歯科、矯正歯科、口腔外科、小児歯科を総称して歯科と呼ぶこともある。 診療科としての一般的な歯科は、虫歯や歯周病を中心とした口腔内の疾病を受け持っている。診療形態の大半は診療所であり、行われる処置もエプーリス(歯肉靱帯より生じた歯肉の腫瘤)除去やインプラント埋入術など、入院を伴わない小手術や、歯牙に限局した疾病であることが多い。 日本においては、医師と歯科医師で免許が分かれているため、法的には医師が歯科医業を行なうことが出来ない。
 歯科には歯科医師の他に、歯科予防処置、診断・治療の補助や患者指導などを行う歯科衛生士、歯冠修復物などの各種技工物を作製する歯科技工士、雑務を受け持つ歯科助手などが従事している。歯科大学付属病院や病院の口腔外科などでは看護師や放射線技師や、その他には言語聴覚士が従事している場合もある。

精神科(せいしんか);(英語: Department of Psychiatry)とは、医療機関における診療科目の一つである。精神障害・精神疾患・依存症・睡眠障害を主な診療対象とする。
 現在の日本の精神科病院は、精神障害及び精神障害者へのスティグマから、診察に訪れにくいイメージが強かったため、近年では医療機関名の呼称を「心療クリニック」「メンタルクリニック」などにしたり、診療科目として「神経科」「心療内科」「メンタルヘルス科」と標榜したりして、外来患者が訪れやすくする工夫がされるようになった。公の上では2006年、精神病院の用語整理法が成立し、精神病院を精神科病院と呼ぶことになっている。

■睡眠障害(すいみんしょうがい、英: Sleep disorder);人や動物における睡眠の規則における医学的な障害。一部の睡眠障害は、正常な身体、精神、社会や感情の機能を妨げるほど深刻となる。長期的に持続し、著しい苦痛や機能の障害を伴っているものが精神障害と診断される。長期的に持続し、著しい苦痛や機能の障害を伴っているものは、精神疾患と診断される場合もある。明らかな原因が判明せず、入眠や睡眠持続が難しい場合には、不眠症とみなされる。不眠症には、睡眠の維持の問題や、疲労感、注意力の減少、不快感といった症状が長期間にわたるという特徴がある。不眠症の診断のためには、これらの症状が4週間以上続いていると適用される。  

(ゆめ);睡眠中あたかも現実の経験であるかのように感じる一連の観念や心像。睡眠中にもつ幻覚のこと。
 視覚像として現れることが多いものの、聴覚・触覚・味覚・運動感覚などを伴うこともある。通常、睡眠中はそれが夢だとは意識しておらず、目覚めた後に自分が感じていたことが夢だったと意識されるようになる。
 落語「ねずみ穴」、「宮戸川・下」にも夢の話が出てきて、オチに使われる、「夢は五臓の疲れ」。夢を見るのは、五臓の疲労による。多く夢見の悪い時のなぐさめ、とりなしに言う。

手術(しゅじゅつ);頭に穴を開けると雨が溜まり、ボウフラがわき、金魚を入れる、なんてまるで、落語「あたま山」みたいです。

ボウフラ;カ(蚊)類の幼虫。多く汚水中にすみ、腹端に呼吸管を持つ。盛んに運動し、腐敗有機物を食う。蛹(サナギ)も運動性があり、2本の呼吸角があるところから「おにぼうふら」といわれる。水面で羽化して成虫となる。ぼうふり。ぼうふりむし。金魚などの魚の餌になる。

ゾルベ ベルゲ ワーゲン;煙草「ゲルベゾルベ」のもじり。25年前に輸入中止となった幻のたばこ、 ドイツの「ゲルベゾルテ」。毒入りワインで有名な不凍液「ジエチレン・グリコール」添加が原因とか? 。両切り煙草で、断面が楕円形をしていた濃厚な味の煙草。
ワーゲン;ご存じのドイツ製大衆車、フォークスワーゲンのことです。

 

左:ゲルベゾルベのパッケージ  右:フォルクス・ワーゲン・タイプⅠ愛称カブトムシ

飲み薬;内服薬=飲んで効果が出る薬。これには粉薬、シロップ剤、錠剤、カプセル剤等があります。

丸薬(がんやく);ねり合わせ、固く小さく丸めた薬。錠剤の内で、球形になった錠剤。歴史のある薬に多く、仁丹(右写真)、万金丹保壽仙勇丹、七ふく、小田原ういろう、落語「鰍沢」に出てくる妙法寺毒消しの妙薬、などの漢方薬に多い。



                                                            2017年5月記

 前の落語の舞台へ    落語のホームページへ戻る    次の落語の舞台へ

 

 

inserted by FC2 system