落語「八五郎坊主」の舞台を行く
   

 

 二代目桂枝雀の噺、「八五郎坊主」(はちごろうぼうず)より


 

 「こんにちは」、「こっち入んな。坊さんになりたいとは良いことだ。下寺町のずく念寺さん。わしゃ、心易くしてもらってるさかい」、「手紙一本書いてくれませんか。『この男明日から一味に加えてくれ』と」、「盗賊の仲間入りするのでは無い。では、一本書いてやろう。封筒に糊付けしなくてはならないが糊を切らしているので、ご飯粒を持って来て・・・」、「おひつの有るとこ分かります。・・・ぬくぬく~っと湯気が出ている、お腹空いたな、呼ばれたろう。熱ッ~、旨~、ふはふは」、「何をしてなはんねん?」、「おひつが見当たらないので・・・」、「こちらから良く見えるでェ」。「はい、どうぞ」、「変わった人だな~。一粒持ってくれば良いのに、手に山盛り持ってきた」、「おひつに返してきましょうか」、「おまはん、手は綺麗か?」、「今までチンチン触っていた」、「これこれ、そんなもん、おひつに返されたらたまるかい。食べておしまい。一粒残したか?」、「あっ、みな食てしもた」。「一粒持って来ましょう」、「半粒有れば良い。半粒は食べてしまおう」、「猫のご飯ですけれど・・・」、「何じゃ、生臭いと思ったがな。・・・出来上がったから持って行きなはれ」、「どこでしたかいな~?」、「下寺町のずく念寺さんじゃ、 大~きな銀杏の木があるのでな、それを目印に行きなはれ」。

 面白い男があったもんで、紹介状を一本懐へ入れましてやってまいりましたのが、下寺町でございます。大きな銀杏の木がございます。尊いお寺は御門からと申しまして、立派な山門を入りますと、片方(かたえ) には釣鐘堂、板石が敷き詰めてございまして石畳、左右には鶏頭の花が真っ赤に咲いております。クルッと裏手へ回りますと台所。寺方ではこれを庫裏(くり)と申しまして、一間半一つ折という大きなガラガラ格子。ガラガラ、ガラガラ、ガラガラ、ガラガラ・・・・、と開けまして、「こんちはァ・・・、ごめ~ん・・・」、「なまんだぶ、なまんだぶ・・・、あァ~、お前さんは?」、「人間じゃ」、「どちらから?」、「あちらから」、「ど~して?」、「歩いて」、「面白いお人じゃなぁ。ワシは当寺の伴僧じゃ」、「伴(晩)僧が昼出てくるとはこれいかに?」、「面白い人じゃな~」、「おじゅっすぁんは?」、「お住持は在宿じゃ」、「はぁ、どこの在所へ?」、「在所ではない在宿、宿にござる」、「どこの宿屋へ?」、「宿屋ではない、奥で書面をしたためてござる」、「ほぉ~、おっすぁん淋病でんな」、「何でじゃ?」、「奥でションベンを調べてる」、「アホなことを・・・」。

 奥へ通りますとお寺のおじゅっすぁん、上等の置物みたいに座布団の上へ丸うにチンと座ってなはる。「甚兵衛さんところからのお使いとは、お前さんかな?」、「当寺の上坊主とはお前さんかな?」。「手紙を拝見いたしましたぞ。文末に『この男少々愚かしい』とありますが?」、「少々愚かしんです。え~、みながそ~言うてくれますんです。なんなら近所で聞いてごらん」、「私も嘘じゃとは思わんが・・・。出家得度をしたいとありますが、心発願(こころほつごん)とかな?」、「アホらしもない、当座の融通坊主でんがな」、「何にしても結構じゃ『一人(いちにん) 出家をとぐれば九族天に招ず』とありますでな、気の変わらんうちに頭を丸めましょ。あぁ~、智円や。あ~智円や」、「自転車の?」、「智円という小坊主を呼んでおるぞ。小ダライに水をな、お前さんはこちらへ来てあちらを向いてお座りを。その水で頭を湿しますのじゃ。顔を洗うのではない。飲んではいかん、頭を湿すのじゃ。なまんだぶ、なまんだぶ、頭を丸めるぞ」、「何のかんのとヤマコ坊主が」、「ヤマコ坊主と言う人があるかッ。なまんだぶ、なまんだぶ。さ、でけましたぞ」、「頭丸めると相が変わるてなこと言いまんな~。鏡、貸してもらえまへんか?」、「寺方に鏡はない、前の水鏡で・・・」。

 「さ~、仕替えが置いてあるで仕替えるよ~に。寺方ではねずみの衣にねずみの着物、ねずみの前掛けを締めてな」、「わぁ~、ネズミずくしでチュウな風やなぁ、生涯猫のそばへ寄れんわ」、「要らんことを言うのではないぞ。名前を付けんければいけん」、「わたい『がらっ八』ちゅうんです」、「『がらっ八』はおかしいでな、八の字をとって仏法の法の字『八法』はど~じゃな」、「『八法』・・・、八方ふさがりてなこと言いまんな~、あんまりえ~名前やおまへんな~」、「では『六法』とはどぉじゃ?」、「『六法』・・・、う~ん、ろっぽー、辛いな~、せめて『ごけ』ならな~」、「では、仏法の法の字に春の字を付けて『法春』とはどうじゃ?」、「『法春』・・・、はしかも軽けりゃ『ほ~しゅん』も軽い。ハハハ・・・、はしかも軽けりゃほうそも軽い。ハハハ・・・、こら面白い」、「何のことじゃ?」、「麻疹(はしか)も軽けりゃ、疱瘡(ほぉそ)も軽い。シャレ言うてまんねん、ハハハ・・・、麻疹も軽けりゃ、疱瘡も軽い」。
 「わたい、何ちゅう名前でしたかいな~?」、「今言うたところじゃぞ『法春』じゃ」、「『法春』、はしかも軽けりゃ法春も軽い。ハハハ・・・、はしかも軽けりゃほ~そも軽い。両方軽けりゃ有難い、ハハハ・・・、わたい、何ちゅう名前でしたかいな~?」、「そ~尻から尻と忘れられてはどもならん。いやいや気遣うことはないぞ、昔インドの国、釈尊の弟子にハンドクというお方があったな~。このお方がお前さんと同じよ~に、おのが名前を覚えることがでけん。釈尊はお叱りにはならなんだぞ~、覚えることがでけなければ覚えられるようにして覚えるがよかろ。大きな板切れに自分の名前を書いて、これを担~て歩きなさった。このお方がついには立派なご出家となってご遷化(せんげ)をなさった。この方の墓の周りに見知らぬ草が生えだした。これが今でいう『茗荷』じゃ。そこで、草がんむりに名を荷うと書いて『みょーが』と読む。また、茗荷を食べると物忘れをするとも言いますな~。いわれを聞けばありがたや。なまんだぶ、なまんだぶ。これに書いてあげましたでこれで覚えなされ」。
 「おっきありがと~。 わたいちょっと甚兵衛はんとこ行きとまんねん。礼も言いとおますし」、「結構じゃ、わたくしからもよろしゅ~にな」、「分っかりました」。「一旦出家得度をしたからには、魚類はならんぞ」、「わて、どっちかいうと行水より風呂のほ~が好きですから・・・」、「行水ではない、魚類、魚気のものはいけんぞ。また、言葉遣いにも充分気をつけねばならん。今までのよ~なぞんざいな言葉遣いではいけん。何を言われても『はいはい、愚僧かな・・・』とな」、「へいへい」、「『へいへい』ではない、『はいはい、愚僧かな』じゃ」、「はい~い、はい ♪小諸ぉ~~」、「寺の門は暮れ六つに閉まりますで、それまでにお帰りを」、「分かりました、おっきありがと~。伴僧はん、今日から一味です、よろしく。ちょっと甚兵衛はんとこ行ってきますけど、帰りしなに鶏の首キュ~ッとひねってきますよってに、今晩、鶏のスキヤキで一 杯呑んでワァ~ッと大騒ぎしまひょか」と、アホが無茶言いまして表へポイッと飛び出しますといぅと、十月の乾いた風が、坊主頭にヒャ~ッ~~。

 「頭、スカスカやな~。衣ちゅうたら袖の長いな~、こんなもんくくってしもたろ。 イヨットショッと、ちょっと尻からげして・・・、何や知らんけど嬉しなってきたな~、わいも今日から坊主や。えぇ~♪ 坊主山道破れた衣、行きし戻りが気にかかる、チョンコチョンコ。オモロなってきたな~。うぇ~♪ 坊主抱いて寝りゃかわゆてならぬ、どこが尻やら頭やら、うわぁ~いッ!」。
 「派手なボンサンが歩いて来よるで。尻からげしてチョンコ節歌いながら歩いて来よる」、「あら、八と違うのか?」、「ハチ?この頃、仁輪加の稽古しとるちゅうとったけど、稽古の戻りとちゃうか?」、「頭、地頭やで? おい、ハチぃ!」、「はいはい、愚僧かな」、「何ぬかしてけつかんねん、犬の糞みたいな顔しやがってから・・・」、「今日から甚兵衛はんのお世話で坊主になったんや」、「出家するてなこと結構なこっちゃ。名前付けてもろたやろ?」、「これに書いてもろてん、見てくれ」。
 「えぇ~、上の字がこれ『ほう』下の字が『はる』、お前の名前『ほ~ばる』か?」、「『ほ~ばる』てな名前やなかったよ~に思うぞ。読みよ~変えてみてくれ」、「下のほ~『春』やろ・・・、あっそ~か、春日神社と書いて『かすが』神社か、下は『かす』か。お前『ほかす』か?」、「きょう坊主になったとこやないか、そんな早いことほかさんといてくれ。おかしいな~、読みよ~変えてみてくれ」、「御法と書いて『みのり』か、上が『のり』 お前『のりかす』か?」、「『のりかす』? だんだん向こうへ行くよ~な気がするが・・・。読みよ~変えてみてくれて」、「何ぼ変えたかて・・・、上は『ほお』、下は『しゅん』。あッ、『ほ~しゅん』か?」、「『ほ~しゅん』、はしかも軽けりゃ法春も軽い。ハハハ、はしかも軽けりゃ法春も軽い。ハハハ、分かった、分かった」、「わかったか?」、「わいの名前はな、『はしか』ちゅうねん」。

 



ことば

■漢字の読み方が分からないと、このようにちぐはぐな読みになってしまいます。江戸落語でも「平林」と言う噺が有って、聞く人ごとに違う読み方をします。同類項の噺です。

下寺町(したでらまち);大阪市天王寺区西部を南北に走る松屋町筋と千日前通の交差点以南約1.3km一帯を指す。交差点も下寺町と名付けられバス停の名ともなっている。通りの東側には寺院が立ち並び、戦災の被害から免れ、古くからの大阪の佇まいを伝えている。上方落語では「天王寺詣り」で喜六と甚兵衛が四天王寺の彼岸会に参詣するとき、下寺町を通り「忙しい下寺町の坊主持ち」という川柳を紹介している。また落語「瘤弁慶」でも寺町を歩いています。

ずく念寺;下寺町にあるという架空の寺。

鶏頭の花(けいとうのはな);ヒユ科の一年草。熱帯アジア原産と推定され、古く日本に渡来した。茎は高さ 20~100cm、広披針形の葉を互生。夏から秋にかけ、しばしば帯化した茎の上方に鶏冠状または円錐状の赤・黄・桃色などの花穂を立てる。園芸品種が多い。韓藍(からあい)。右写真。
 「秋風の 吹きのこしてや 鶏頭花」  与謝蕪村

庫裏(くり);寺の台所。庫院。転じて、住職や家族の居間。

一間半一つ折という大きなガラガラ格子;幅一間半(2700cm)の大きな1枚引き戸。
 
伴僧(ばんそう);法会・葬儀・修法などのとき、導師に付き従う僧。

住持(じゅうじ);一寺の長である僧。住職。上方ことばで敬意を込めて『おじゅっすぁん』という。

出家得度(しゅっけ とくど);仏門に入り度牒(ドチヨウ=僧尼であることの証明)を受けて僧・尼となること。現今は、寺に入って剃髪の式をあげること。僧籍に入ること。

心発願(こころほつごん);心から、発願(ほつがん)すること。発願=願を起こすこと。特に、悟りを得て衆生(しゅじょう)を救済しようと決意すること。

融通坊主(ゆうずう ぼうず);臨機応変に出退を決めるような坊主。

■『一人(いちにん) 出家をとぐれば九族天に招ず』;一人が僧籍に入れば、一族みんなに幸せが訪れること。
 九族とは高祖・曽祖・祖父・父・自分・子・孫・曾孫・玄孫の各九代にわたる親属のことである。「九族が天に生まれて」天人歓喜常楽の生活を営ましめるためには、九族の名前をいちいち呼び出して祀るということが必ずしも必要ではないのである。自分自身が出家することが必要である。“出家する”とは、必ずしも家を出て僧侶の修行をすることではないのである。真理を悟って、俗世間に生活しながらでも良いという。
 「一子出家すれば、七世の父母(ぶも)皆得脱(みなとくだつ)す」、とも言う。

ヤマコ(山子);投機心。山気。やまかん。虚勢。はったり。大ぼら吹き。ヤマコを張るとは大風呂敷を広げること。

水鏡(みずかがみ);静かな水面に物の影がうつって見えること。また、水面に自分の姿などをうつして見ること。鏡がない時代には、水辺に写る映像で認識した。落語「松山鏡」に鏡を知らない村人の噺が有ります。
 右図:太った婆が前の出来物を見るにも、見えないので、気に入りの八介に聞くと「タライに水を入れ座敷に置け」という。言われるままにタライにまたがり見ると、引き窓から見ていた八介が、「でも、八介の顔に良く似た・・・」。
(新版落噺 梅笑顔より「水鏡」)

ねずみ(鼠色); 鼠の毛のようなくすんだ黒色。灰色。ねずいろ。猫が見たら飛びつきたくなるような色。

ろっぽ、ごけ;オイチョカブ=(「おいちょ」は8、「かぶ」は9の数) カルタ賭博のひとつ。手札とめくり札とを合せて、末尾が9またはそれに最も近い数を勝とする。オイチョカブで、六(ろっぷぉ)、五(ごけ)。もう一枚引くべきか、やめるべきか、六は辛い。
 格言
・思案ロッポウ:2枚目の時点でロッポウの時、もう一枚要求するか、このまま勝負するか迷う事から名づけられた格言。
・ゴケ勝負:2枚目の時点でゴケの時、セオリーならもう1枚引くところだが、あえてここでストップして勝負すればたまに勝つ場合もあるので有効な作戦であるという格言。2枚勝負なので、親の2枚目でロッポウやナキ(7)のような微妙な数だった場合親は警戒する。親が勝負できずに3枚目を引くと裏目に出てゴケより弱くなり自滅負けすることがある。上記の格言と合わせて「思案ロッポウ、ゴケ勝負」とも言われる。

花札でやるときの1~10の札。トランプでも同じように出来ます。

■ハンドク(周梨槃特(しゅりはんどく));釈尊の弟子。十六羅漢の一。兄の摩迦槃特が聡明であったのに比し愚鈍であったが、後に大悟したという。悟りに賢・愚の別がないことのたとえとされる。槃特。「槃特が愚痴も文殊の知恵」槃特の愚かさも文殊の知恵も相対的な差異でしかなく、悟りの立場からみれば同等であること。また、どちらも悟りに至れば同一であること。『槃特が愚痴も文殊の知恵』愚鈍な者であっても正しく修行に励めば、智者と同じく立派に悟り得ることにいう。落語「茗荷宿」に詳しく記述しています。

 兄・摩訶槃特の資質聡明なるに対し、周利槃特は愚かであったといわれるが、その因縁は、過去世の昔、彼は迦葉仏(かしょうぶつ)という如来が出世された時、賢明な弟子であったが、一つの詩すら教えるのを惜しんだこと、豚飼に生まれた時に豚を屠殺した業報などにより、釈迦如来の出世の時には、愚鈍に生れついたといわれる。仏弟子となったのは兄・摩訶槃特の勧めであるが、四ヶ月を経ても一偈をも記憶できず、兄もそれを見かねて精舎から追い出し還俗せしめようとした。釈迦仏はこれを知って、彼に一枚の布を与え、「塵を除く、垢を除く」と唱えさせ、精舎(もしくは比丘衆の履物とも)を払浄せしめた。彼はそれにより、落とすべき汚れとは、貪(とん=欲深いこと)、瞋(じん=目をむいて怒る) 、痴(ち=理非の真理を知らないこと)、という心の汚れ(三毒)だと悟り、すべての煩悩を滅して、阿羅漢果(仏教の修行の最高段階、また、その段階に達した人。もとは仏の尊称にも用いたが、後世は主として小乗の聖者のみを指す)を得たとされる。そして神通力を得て形体を化かすなど種々示現できるようになったといわれる。

遷化(せんげ);(この世の教化を終えて他国土の教化に移る意) 高僧の死去をいう。

はい~い、はい ♪小諸ぉ~~;小諸馬子唄(こもろまごうた)からの引用。小諸馬子唄は長野県小諸市周辺を発祥とする民謡。小諸の古名から「小室節」とも呼ばれる。 碓氷峠を中心に往来する馬子衆によって詠われた馬子唄が、中山道追分宿(中山道と北国街道(北国脇往還)の分岐(信濃追分)に設けられた宿場。現在の長野県北佐久郡軽井沢町)の飯盛り女によって、三味線の伴奏や囃子詞の入った座敷唄「追分節」に発展し、北国街道や北前船を経由して北日本へ伝播した。また小諸馬子唄(小室節)も江戸での流行歌となった。
 『♪小諸出て見りゃ 浅間の山に今朝も三筋の 煙立つ・・・』

暮れ六つ(くれむつ);日の入りの時刻。明け六つが日の出の時刻、それぞれの間を六等分し、明け六つ・五つ・四つ・九つ・八つ・七つ・暮れ六つ・五つ・四つ・九つ・八つ・七つ・明け六つ、となる。0時、12時の九つはいつも同じだが、その他の時刻は毎日変化する。落語「時蕎麦」に時刻の見方があります。

ちょんこ節;江戸時代に流行した春歌。歌詞の内容がかなり卑猥できわどい内容なので、主に酒宴の席等で歌われる。 福岡県の民謡「炭坑節」はこの曲から派生したものとされている。
この中の歌詞が、枝雀も歌っている
「坊主山道破れた衣、行きし戻りが気にかかる、チョンコチョンコ」。「坊主抱いて寝りゃかわゆてならぬ、どこが尻やら頭やら」。坊主山道・・・、の意味は良く分かりません。また、坊主抱いて・・・の方は、頭もお尻もつるんとして分からない。と言う意味ですが・・・、状況とすると・・・。

仁輪加(にわか);俄(にわか)とは、江戸時代から明治時代にかけて、宴席や路上などで行われた即興の芝居。仁輪加、俄とも書く。
 俄狂言の略。素人が座敷・街頭で行なった即興の滑稽寸劇で、のちに寄席などで興行されたもの。素人が演じたことからこう呼ばれる。あるいは一説に、路上で突然始まり衆目を集めたため、「にわかに始まる」という意味から「俄」と呼ばれるようになったと伝えられる。
 大坂俄は新喜劇につながる系譜とされ松竹新喜劇の旗揚げメンバーであった曾我廼家十吾は子役の俄師として大門亭大蝶の一座にいた、また初代渋谷天外、田村楽太も俄出身でともに楽天会の主宰していた。 現在一般的な漫才などのお笑い文化の源流であると考えられていて、横山エンタツ・花菱アチャコのエンタツもかつて俄の流れをくむ時田一瓢の瓢々会にいた、またエンタツのかつての相方の杉浦エノスケも鶴家団九郎(のちの二代目鶴家団十郎)の門下であった、ほかにも林家染団治、林田五郎、林田十郎、浮世亭歌楽らが俄出身であった。また俳優として一時代を築いた鶴田浩二の叔父は二代目鶴家団十郎の門下の鶴家団福郎であった。
 太平洋戦争後以降二代目花咲の指導の下で二代目露の五郎兵衛が二代目大阪屋町人や三代目一輪亭花咲を名乗って活動し、以降弟子らで受継がれている。
 二代目露の五郎兵衛については、落語「宿屋かか」に詳しい。

 「流し仁輪加」の舞台風景。即席のコントがどれだけ出来るか。



                                                            2017年5月記

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