落語「日照権」の舞台を行く
   

 五代目春風亭柳昇の自作噺、「日照権」(にっしょうけん)より


 

 私は春風亭柳昇と言いまして、大きな事を言うようですが、今や春風亭柳昇と言えば我が国では・・・、私一人で御座いまして・・・。(柳昇の決まり文句。これが無いと始まらない)

 お正月の良いのは、お歳暮の時期が済んだと言うことです。お歳暮はお金が取れない人が、取れる人の所に持って行く制度です。誰が考えたかというと、キリストが生まれてからですね。(笑いが起こらない)。これは、聖母(歳暮)マリアだからです。(笑いが起こる)
 お歳暮品をもらったのに使わない人は、次の人に持って行きます。のし紙を新しいのにしたり、名前を書き直したり。良く見たら自分が最初に出した物だったりします。それでは、のし紙の下に名前を書き出し、見た人は判子を押す。これでは回覧板です。
 品物も安くてカサが多くて立派に見えて、先方で喜ばれて、しかも軽くてイイものは・・・、ちり紙ぐらいしか無いですね。
 鮭も高いですね、しかも死んだやつ。もらった鮭を身の部分だけ一回分切って、つなげて次に持って行った。もらった人も同じ考えで一切れ切り取って次に回した。もらった人も身だけ切って次に回したが、身が無くなって頭とシッポだけになってしまった。「鮭、なしゃけない」。それを強引に持って行ったが、「短い鮭だな」、「短いのが流行っています。『ミニシャケ』です」、「要らないよ」、「可哀相ですからもらって下さい。身無しごですから」。

 公害問題が騒がれます。昔は都会には無かった。郊外(公害)と言って・・・。

 「町会長、緊急に集まれ、とはなんですか」、「地主さんが、あそこを更地にしただろう。そこに14階建てのマンションが建つんだ。建つと町内に陽が差さなくなるんだ。何か名案がありませんか?」、「ヨタ山さん、寝ていないで起きて下さいよ」、「スイマセン。夜勤だったもので・・・」、「あすこに14階建てのマンションが建つんですよ」、「それは、おめでとう御座います」、「陽が当たらなくなるんですよ」、「どうせ夜勤ですから、明るいと寝られないんです」。
 「陽が当たらないと、洗濯物は乾かないし、植木は育たない。第一健康に良くない」、「それは、太陽の位置が問題でしょう。マンションの向こう側を太陽が通るんですよね。だったら、こちらを通るようにお願いしたら」、「どうやって」、「総評に頼んだら。全国の電車を止める力が有りますから」。
 「むこうが14階建てなら、こっちは38階を建てるんです。そうすれば陽が当たるでしょ」、「誰がそんな金出すんです?」、「山田さんが100万円貯めたと言っていました」、「100万円ぐらいでは建ちませんよ」、「鯛焼きが今でも70円ですから」、「鯛焼きでは建ちません」、「シッポまであんこ入っているんですよ。鯛焼きがダメなら、たこ焼きですか」。
 「魚屋さん。代表で行って下さい」、「分かりました」。

 「こんにちは」、「魚屋さんですね。今ウワサをしていたとこなんです。日本一の旨い魚を食べさせてくれるとね」、「町内の代表できたんです。こちらでは14階のマンションを建てられるそうですが・・・」、「そうなんですよ。銀行からお金借りて、人が入らなかったらどうしようか心配でしたが、もう、半分が塞がってしまったんですよ」、「町内では・・・」、「これからは、忙しくなりますよ。200人以上が入るんですよ。町内の魚屋はお宅だけですよ。一手販売で、私に感謝して下さいよ」、「そうですか。よろしくお願いします」、「お店を広げなくてはね」、「小さな家で広げると寝る所が無くなるんです」、「マンションが建つんですよ。店は今までのところで、寝泊まりはここにすれば良いのです。どうします? 入りますか?」、「ウ~、・・・、では、入らせてもらいます」、「パンフレットがありますから、それを見て・・・」、「どうも有り難うございました」。
 「行ってきました」、「交渉はどうなりました?」、「マンションに入ることになりました」。

 「それでは私が行って来ます。団体交渉の経験が無い人はダメです」、「団体交渉の経験があるんですか?」、「故郷にいるときに『本家の嫁を追い出す』交渉をしました。交渉は成功しまして、今の家内が、その嫁です。葉脈から攻めるのではなく、憲法問題から攻めませんと・・・」、「では、お願いします」。

 「こんにちは。私は前の町内に住む田原俊彦と申します。町内の代表として・・・、あの~○X△・・・、その~○X△・・・、これはゴニョゴニョ○X△・・・、マンションが建つゴニョゴニョ・・・、で~」、「マンションが建ちますよ」、「そうですか、憲法で認められている国民の生きる権利・・・、民事訴訟法、刑事訴訟法において、先年みかんの豊作、NATO北大西洋条約における吉原の復活、今年の外国映画『ET』のが・・・」、「言っていることが分かるかい?」、「憲法で認められている、寄席の自由、行政改革が上手く行くか・・・、では、さようなら」。

 「行ってきました」、「結果はどうだった」、「そのような、抹消のことについては・・・、我が国における宇宙開発、イスラエルとパレスチナは、ビニール本が安く手に入るかとか、子供のお年玉はどうやって取り上げるか・・・」、「だめだ、この人も」。
 日照権で御座いました。

 



ことば

日照権(にっしょうけん);建築物の日当たりを確保する権利のこと。近隣に、マンションなど高層の建築物が立てられ、日当たりが阻害されることが予想される場合に、仮処分申請や損害賠償訴訟を起こす根拠となる。
 日影図と市町村の条例等(いわゆる日影規制)を照査し、基準を上回っている場合、下回っていたとしても周囲の環境などから受認レベルを超えている場合には、裁判等を通じて日照権の確保(高さ制限や建物の形状変更等)、損害賠償などが認められる可能性がある。なお、後者については、受忍の範囲が個別の具体的な事案毎に異なっており、建築主側の紛争回避に向けた努力や住民側の歩み寄りの姿勢如何で、判決内容に大きな差が出る。
 日影規制は、対象地域内に中高層建物を建築する場合に、その隣接地に及ぼす日影時間を一定時間以下に規制するものです。 条例で指定する一定時間以上の日影を、敷地境界線から一定の距離を超える範囲に生じさせないように、建築物の形態を規制します。
 日照権侵害の違法性が認められるためには、単に日照が阻害されるというだけでなく、その程度が受忍限度を超えるものであることが必要です。 これは、日本のような狭い土地において日照阻害がすべて違法であるとすると、建物を建築することがほとんど不可能になってしまうためです。

内容のギャグは、当時の世相をアラにして、出来ています。昭和58年(1983)1月録音のテープからです。
1970~80年代にさかんに言われだした環境権をテーマとしています。  

お歳暮(おせいぼ);『お歳暮はお金が取れない人が、取れる人の所に持って行く制度です』と、柳昇は言っています。
 
お世話になった方に感謝の気持ちを込めたり、またこれからもよろしくお願いしますという気持ちをこめて贈るのが普通です。お歳暮という言葉は、もともとは年の暮れ、年末(歳暮=さいぼ。せいぼ)という意味を表わす言葉でした。毎年、年の暮れになると、一年間にお世話になった人に贈り物を持参してまわる習慣ができ、これを歳暮回り(せいぼまわり)と言うようになり、やがて、贈答品そのものを「御歳暮」と呼ぶようになりました。お歳暮の時期と言えば12月上旬~12月20日頃です。
 鮭、昆布巻きなどのお正月用品は、年末ギリギリに届くようにしても良いでしょう。

回覧板(かいらんばん);文書などを板・厚紙に付けて回覧するもの。町内では、概ね数日から一週間程度で巡回するルートが予め定められている。地域によっては文書の表紙下部には印を押す枡が並んでおり、読み終わった家の者は、そこに押印または署名を行い、次の家に届けるシステムとなっている場合もある。

(しゃけ);新巻鮭の材料となるのはシロザケが多く、そのほかベニザケ、マスノスケ、マスなども用いられる。沖で捕られたものは銀色をしており、特に工船内で製造されたものが最も美味であるとされる。産卵を控え、沿岸の定置網に掛かったものは婚姻色を呈し、川を遡上してきたものは婚姻色がさらに強くなり(ぶちザケ)、味も次第に劣ってくる。生産地は工船や北海道が多く、生産量は年間6万トン弱。
 西日本では暖流に乗ったブリを塩漬けにした「塩ブリ」が年末年始の食卓を飾る。

ミニシャケ;もらった鮭を身の部分だけ一回分切って、つなげて次に持って行った。もらった人も同じ考えで一切れ切り取って次に回した。もらった人も身だけ切って次に回したが、身が無くなって頭とシッポだけになってしまった鮭。当時はミニスカートが流行っていて、短くなってしまった鮭を称して『ミニ鮭』と言った。

更地(さらち);地上に建築物などの存しない宅地。

総評(そうひょう);日本労働組合総評議会の略称。1950年、産別会議・全労連の左翼的方針に反発した民同系労組が結成した労働組合の全国組織。GHQの支持を受けて発足したが、やがて戦闘性を強め、労働運動の中核をなす。全日本民間労働組合連合会(略称:連合)が、1987年、総評・同盟などの労働四団体の枠を越え、大多数の主要民間単産により結成。それにより総評は解散。その後、87年、連合(日本労働組合総連合会の略称)に官公労組が加わり発足したナショナル‐センター。

 

団体交渉(だんたいこうしょう);労働組合が使用者と労働条件に関して交渉すること。日本国憲法第28条でこの権利が保障され、使用者が正当な理由なくこの交渉に応じないと不当労働行為となる。団交。

田原 俊彦(たはら としひこ);(1961年2月28日午前11時57分 - )、日本のアイドル歌手、俳優、タレント。 神奈川県横須賀市出生、山梨県甲府市出身。フォーミュラミュージックエンタテインメント所属。 愛称はトシちゃん。妻は元モデルの向井田彩子。長女はタレントの田原可南子。
 1980年6月、たのきんトリオの先陣を切り、レイフ・ギャレットの『New York City Nights』をカバーした『哀愁でいと』で歌手デビュー、1980年代のトップアイドルとして活躍する。ダンスのうまさも手伝い、日本におけるダンスビートにのせて踊りながら歌うポップスの男性アイドルとしての存在を明確にした。第22回日本レコード大賞・最優秀新人賞、第11回日本歌謡大賞・放送音楽新人賞などを受賞。その後も『教師びんびん物語』など、多くのドラマに主演するなど、俳優としても活躍した。 1982年、ブロマイド年間売上実績の男性部門でトップ。  

憲法(けんぽう);憲法は各法律の根本原則を表しています。そのため、これに反した法律は無効となります。
日本国憲法には、三大原則として、「国民主権」 [第1条]、「平和主義(戦争放棄)」 [第9条]、「基本的人権の尊重」 [第11条]、を挙げています。また、三大義務として、「教育の義務」 [第26条]、「勤労の義務」 [第27条]、「納税の義務」 [第30条]。 三大権利として、「参政権」 [第15条]、「生存権」 [第25条]、「教育権」 [第26条] を挙げています。

民事訴訟法(みんじ そしょうほう);民事訴訟に関する手続法。最初の民事訴訟法典は1890年(明治23)制定、1926年大改正(29年施行)。79年には第6編強制執行の部分が削除され、別に民事執行法が制定されたのち、96年に大改正し、口語化(98年施行)。

刑事訴訟法(けいじ そしょうほう);刑法の具体的実現を目的として一定の手続を規定する法。狭義には刑事訴訟法典(1890年(明治23)制定、1922年、48年に全面改正)をいう。

NATO北大西洋条約(ナトー きたたいせいようじょうやく);(North Atlantic Treaty Organization) 北大西洋条約機構。北大西洋条約に基づき1949年結成された西欧諸国とアメリカ・カナダの加盟する集団安全保障機構。最高機関は全加盟国の代表から成る理事会。66年フランスが軍事協力面から離脱した後、総本部はパリからブリュッセルへ移転。

外国映画『ET』(がいこくえいが ET);『E.T.』(イーティー、E.T. The Extra-Terrestrial)は、1982年公開のアメリカのSF映画。ならびに、同作品に登場する、架空の地球外生命体(Extra=外の、Terrestrial=地球の)の名称。
 製作会社はユニヴァーサル映画で、監督・製作はスティーヴン・スピルバーグ。約1,000万ドルという予算で製作されたが、公開と同時に、アメリカ国内だけでおよそ3億ドルという当時の映画史上、最大の興行収入を記録する。全世界では『ジュラシック・パーク』(1993年公開)、日本では『もののけ姫』(1997年公開)に抜かれるまで、邦画と洋画の配給収入の歴代1位であった。日本での前売り券の販売数は、9大都市の劇場だけで37万7000枚、総数では約170万枚と当時としては記録的なものであった。映画パンフレットも日本で200万冊を売り上げた。
 第40回ゴールデングローブ賞 ドラマ部門作品賞受賞作品。第55回アカデミー賞では音響効果賞、視覚効果賞、音響賞、作曲賞を受賞した。また、作品賞、監督賞、脚本賞、撮影賞、編集賞にもノミネートされた。また、1994年に米国連邦議会図書館がアメリカ国立フィルム登録簿に新規登録した作品のひとつ。

行政改革(ぎょうせい かいかく);国・地方の行政機関または特殊法人の機構・制度・運営を改革すること。主として合理化・簡素化や定員削減を行い、行政の効率化と行政費用の抑制を図ることを目的とする。行革。
 1981年3月16日 第二次臨時行政調査会(第2次臨調)設置。会長土光敏夫。1983年3月解散。
  1983年7月1日 第1次臨時行政改革推進審議会(第1次行革審)設置。会長土光敏夫。1986年6月解散。
 この当時の、土光敏夫氏の行革は人気があって世論が後押しした。



                                                            2017年6月記

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