落語「鼓ヶ滝」の舞台を行く
   

 

 三遊亭円窓の噺、「鼓ヶ滝」(つづみがだき)、別名「西行鼓が滝」より


 

 有馬温泉の近くに摂津の鼓ヶ滝がありました。そこに歌詠みの西行がやって来て、後世に残るような歌を詠みたいと思案していた。

 筆が進まないところに木こりが来て、「何人も歌詠みは来ましたが、誰も良い歌は残していません。帰りに通りますからそれまでに、良い歌を作っておいてください」。
 「『伝え聞く鼓ヶ滝へ来て見れば沢辺に咲きしたんぽぽの花』。 うん~、出来た。それにしても疲れた。この松の根方で一服するか」。余程疲れていたと見えて、眠り込んでしまった。
 気が付くと、暗くなってしまった。歩き始めたがどこをどう道に迷ったのか、山の奥に迷い込んでしまった。オオカミの遠吠えが聞こえるし、人家も見当たらない。と、遠くに灯りが見えた。人家らしいので一夜の宿をお願いしてみたら、快く招き入れてくれた。

 「旅の人、フラフラしているのは空腹だからであろう。今、粥(かゆ)を炊いているから、囲炉裏の側に来なさい」、「旨いもんじゃないが、五穀が入っているから身体には良いし、大事なものだ。婆さんこちらの方にもついてあげなさい」、「頂戴仕ります」。
 「何でこんな山奥に・・・」、「私は歌詠みで、鼓ヶ滝で一首詠みました。その後、道に迷いまして・・・」、「歌詠みならば、私らも暇に飽かせて作っています。どうぞ、その歌をお聴かせください」、「お礼方々披露させていただきます」、「どのような・・・」、「はい、『伝え聞く鼓ヶ滝へ来て見れば沢辺に咲きしたんぽぽの花』」、「出来ましたな。一つだけ手を加えれば天下無二の名歌になります」、「ご老体、歌心がおありとお見受けした。どこの所ですか」、「出だしの『伝え聞く・・・』は誰でも言えることで・・・」、「『誰でも言えることで』とは・・・」、「大きな声は出されないように。鼓の事なれば”音に聞く”と直されると、鼓の音が冴え渡るようじゃ。どうじゃな」、「確かに、その様で御座います。恐れ入ります。ありがたく頂戴仕ります」、「手直しを受けてくれますか。こんな嬉しいことは御座いません。お婆さん、この方は手直しを受けてくださった」。

 「お爺さん、良い歌になりましたね。だけど、旅の人、あと一つ直されると、益々良い歌になります」、「お婆さんまで言い出したよ。どこが気に入りません」、「『鼓ヶ滝へ来て見れば』は子供にも言えること」、「なにッ、『子供にも・・・』」、「まあまあ、大きな声を出さんと。鼓ヶ滝ですから、来てより”打ち見れば”の方が、滝が冴え渡り、大きく見え、目の辺りに現れるでしょう」、「なるほど、『鼓ヶ滝を打ち見れば』、かたじけない。頂戴仕ります」、「あれあれ、この婆の戯れを聞いてくださいましたか。こんな嬉しいことは御座いません。お花ぼう~、お花ぼう、手直しを受けてくれましたよ」。

 「はい、婆様、大変良い歌になりましたが・・・、旅の御方、あと一つ手直しをすると・・・」、「私の歌がなくなってしまう。お花さん、どこをどの様に・・・」、「はい、『沢辺に咲したんぽぽの花』は、沢辺に咲しは、赤子でも言えること・・・」、「なにッ」、「まあまあ、大きな声を出さないで・・・」、「鼓の事なれば、沢辺とせず、川(皮)辺とした方が、音が一段と高く広がりましょう」、「なるほど、沢辺ではなく、川辺。はぁ~、なるほど、恐れ入りました」、「『音に聞く鼓ヶ滝をうち見れば川辺に咲きしたんぽぽの花』。私のは滝とたんぽぽだけだ。しかし、見違えるほどの名句になった。お三方、恐れ入ります。手直し頂戴仕ります」。
 「素直な方だ。歌の道は素直な心じゃ。良い歌詠みになるであろう」、「申し遅れましたが、私は、北面の武士、名を佐藤兵衛尉義清、二十三の折り飾りを下ろしまして、歌行脚に出た者です」、「歌行脚?今の名は」、「西行と申します」、「えぇッ、西行さんか。婆さん、お花、いつもウワサをしていた西行さんだ。貴方は出家されるとき、女房、子供を足蹴にされたという。それも行脚に出る為であろう。良い歌詠みになればそれも許されることであろう」、「有り難うございます。有り難うございます」。

 「起きなされ。もし、起きなされ」、「あッ・・・、貴方は・・・」、「さっきの木こりだ」、「三人は?ここはどこですか」、「鼓ヶ滝だ。あんさん、夢見なさったな、歌詠みは大概寝てしまうものです。”うたた寝”と言って。あんさんも夢見たか。歌詠みは皆夢で、三人から手直しを受けて・・・。あんたはまともに受けなすったか。大概は『バカにするなッ』と怒って夢から覚めるが、何にもなりません。あんたは受けた、素直な人だ。立派な歌詠みになるだろう。あの三人はただの人では無いはずだ。住吉明神、人丸明神、玉津島明神、和歌三神では無いかと思っています」、「和歌三神、和歌三神が私の歌を手直ししてくれた。有り難いことで。それにしても夢の中で無礼な事を言い、バチが当たるのではないかと・・・」、
「いやぁ~、その心配は無用じゃ。鼓だけあってバチ(撥)は当たりまへん」。 

 



ことば

西行法師(さいぎょうほうし);(1118-1190)平安末期から鎌倉初期の歌僧。俗名、佐藤義清(のりきよ)。法号、円位・大宝房など。もと北面の武士。二十三歳で出家。陸奥から四国・九州までを旅し、河内の弘川寺で没す。生活体験のにじむ述懐歌にすぐれ「新古今集」では集中最高の九十四首が入集。家集「山家集」聞書「西公談抄」。
 花や月をこよなく愛した平安末期の大歌人。勅撰集では『詞花集』に初出(1首)。『千載集』に18首、『新古今集』に94首(入撰数第1位)をはじめとして二十一代集に計265首が入撰。家集に『山家集』(六家集の一)『山家心中集』(自撰)『聞書集』、その逸話や伝説を集めた説話集に『撰集抄』『西行物語』があり、『撰集抄』については作者と目される。
最晩年、以下の歌を生前に詠み、その歌のとおり、陰暦2月16日(新暦3月16日頃)、釈尊涅槃の日に入寂したといわれている。
 『ねかはくは 花のしたにて 春しなん そのきさらきの もちつきのころ』 (山家集)
 『ねかはくは はなのもとにて 春しなん そのきさらきの 望月の比』 (続古今和歌集)
 花の下を“した”と読むか“もと”と読むかは出典により異なる。なお、この場合の花とは桜のこと。
落語「西行」に詳しい。

 西行桜(さいぎょうざくら);京の春、西行は桜のために邪魔されることを嘆き
「花見んと 群れつつ人の 来るのみぞ あたら桜の とがにはありける」と詠む。
西行が桜の木陰で寝ていると桜の精が現れ「どうして桜にとががあるものか」と反論される。

北面の武士(ほくめんのぶし);義清の官位で、院御所の北面(北側の部屋)の下に詰め、上皇の身辺を警衛、あるいは御幸に供奉した武士のこと。11世紀末に白河法皇が創設した。院の直属軍として、主に寺社の強訴を防ぐために動員された。
 北面は上北面と下北面に分かれている。「上」(シャウ)は殿上の二間が詰所となって、四位・五位の諸大夫層が中心となる。その多くは文官で、最終的に公卿まで昇進する者もいた。これに対して、「下」(カ、またはケ)は殿上ではなく御所の北の築地に沿う五間屋であり、六位の侍身分の者が中心となる。近習や護持僧もいるが大部分は武士であり、一般的に北面武士といえば、下北面(北面下臈とも)を指す。
SP(security police)、要人の身辺警護を任務とする警官。
 
和歌三神(わかさんじん);住吉大明神、人丸明神、玉津島明神。そのほか、柿本人麻呂・山部赤人・衣通姫の三人や住吉神・玉津島神・天満天神の三神、住吉神の三神(底筒男命・中筒男命・表筒男命)の組み合わせもある。
 住吉大明神(すみよしだいみょうじん):底筒男命(そこつつのおのみこと)、中筒男命(なかつつのおのみこと)、表筒男命(うわつつのおのみこと)の総称である。住吉大神ともいうが、この場合は住吉大社にともに祀られている息長帯姫命(神功皇后)を含めることがある。海の神、航海の神、和歌の神、またオリオン座の三つ星とされる。
 人丸明神(ひとまるみょうじん):柿本人麻呂(かきのもと の ひとまろ、斉明天皇6年(660年)頃 - 神亀元年(724年)3月18日)は、飛鳥時代の歌人。名は「人麿」とも表記される。後世、山部赤人とともに歌聖と呼ばれ、称えられている。また三十六歌仙の一人で、平安時代からは「人丸」と表記されることが多い。
 玉津島明神(たまつしまみょうじん):和歌山市和歌浦にある玉津島神社。衣通姫(そとおりひめ)は紀伊の国で信仰されていた玉津島姫と同一視され、大変に美しい女性であり、その美しさが衣を通して輝くことからこの名の由来となっている。本朝三美人の一人とも称される。和歌に優れていたとされ、和歌三神の一柱としても数えられる。

川辺郡(かわべぐん);鼓滝が有った地。兵庫県(摂津国)の郡。古くは河辺郡とも書いた。 人口30,828人、面積90.33km²、人口密度341人/km²。(2016年6月1日、推計人口)

鼓ヶ滝は兵庫県神戸市や熊本県など各地に実在する滝だが、この落語作品の舞台となっている「鼓ヶ滝」は、古来名所として知られ、摂津名所図会の「巻之七・豊嶋郡 河邊郡 上」(下図)にも登場している「多田 鼓ヶ滝」とされる。多田村は現在の川西市で、鼓ヶ滝は同市鼓が滝町(次項鼓滝駅を参照)にかつて存在したとされるが、現存しない。現在の能勢電鉄猪名川橋梁付近にある岩がその名残だとされる。

  

 摂津名所図会の解説によると、多田川の下流多田院より八丁(870m)ばかり南にあり。左右岩石塁々としてその川幅三間(5.4m)ばかり、急流にして珠を飛ばすがごとく自浪立ったり。いにしへは飛泉十丈(30m)余落つる。多田院造営の時この岩石を斫りて用石とす。または洪水の難を除かん為なり。これより水音絶えて鼓ヶ滝は名のみにして、初夏の頃は鮎ここに聚る事数万に逮ぶ。近里の漁者手網をもってこれを汲み取る事大なり。いはゆる山州宇治川の鮎汲に比せん。

 下滝公園の西行歌碑には、 「音にきく 鼓が瀧をうちみれバ 川邊ニ きくや しら百合の 花」 とあり、花の名は噺では『たんぽぽ』となっていますが、碑には『白百合』となっています。
12世紀の歌人・西行が川辺郡と呼ばれたこの地を訪れ、鼓が滝の美しい風景を詠んだのが、夢枕に土地の古老に身を変えて三神が現れ、その教えを受けて、この歌を残したと伝えられる。
右写真:下滝公園の歌碑。

鼓滝駅(つづみがたきえき)は、兵庫県川西市鼓が滝町にある能勢電鉄妙見線の駅。
 かつて当地には30mの落差がある滝があり、その滝が鼓のような音を立てていたことから、当駅付近は「鼓滝」と呼ばれていた。
 江戸時代に出版された「摂津名所図会」には、多田川の一部に大きな滝が描かれています。銀橋から能勢電鉄の猪名川橋梁(りょう)にかけて岩が切り立ち、流れが早くなっています。ここが滝だったともいわれ、また、鴬台東端地内に滝があったとも伝えられています。どちらも現存しません。
右図:Googleより鼓滝駅前の岩だらけの急流。

能「鼓滝」;能に有馬の桜とその名所「鼓の滝」を主題とした『鼓滝』という作品があり、世阿弥作とも言われるが作者は不詳で15世紀頃には完成していたと言われる。その中に、山中で帝の臣下に道を尋ねられた山賊の翁(実は滝祭神)が口にした古歌として「津の国の鼓の滝をうちみればただ山川のなるにぞありける」が登場し、「和歌にも詠まれた名所だから、教養ある都人のあなたのほうが山賊の私よりよく知っているだろう」とやり返す場面がある。この歌の元となった歌は、『拾遺集』などに収録されている平安時代の和歌「おとにきくつづみのたきをうち見ればただ山河のなるにぞ有りける」であり、ここで詠まれている「つづみのたき」は肥後国の鼓ヶ滝 (熊本市) と言われる。平安時代に肥後の名所だった鼓の滝が能『鼓滝』で津の国の名所に変更されたのは、中世に有馬が湯治場として人気となったからとされる。同時代の僧季瓊真蘂が日記に、有馬には鼓の滝が二つあり、西行法師が歌を詠んだ鼓の滝は「多田之鼓瀑」を指すと書いており、遅くとも室町時代には西行が有馬の鼓の滝で歌を詠んだという伝承は存在していたと推測される。

有馬温泉(ありまおんせん);兵庫県神戸市北区有馬町。有馬温泉の存在が知られるようになったのは、第三十四代舒明天皇(593-641年)、第三十六代孝徳天皇(596-654年)の頃からで両天皇の行幸がきっかけとなり有馬の名は一躍有名になりました。日本書紀の「舒明記」には、舒明3(631)年9月19日から12月13日までの86日間舒明天皇が摂津の国有馬(原文は有間)温湯宮に立ち寄り入浴を楽しんだという記述があり、それを裏付けています。戦国時代には秀吉がここに遊び、その後、江戸時代に入ってからの有馬は、さらに繁栄の一途をたどり、江戸時代の有馬は幕府の直轄領でありました。元湯に一ヶ所温泉場があっただけで、現在は各温泉に内湯が出来た。
 有馬は、日本最古の温泉で、すなわち人間がまだ土を掘る技術を持たない時代より大地の恵みを蓄え湧き出ていた自然の温泉であるということです。技術の発達した現在でも、浅い場所(300mまで)からの採湯とし自然の恵み(温泉の有効成分)を十分に蓄えたお湯です。
 有馬温泉と鼓ヶ滝とは直線で17km程の距離に有ります。

五穀(ごこく);人が常食とする5種の穀物。米・麦・粟(アワ)・豆・黍(キビ)または稗(ヒエ)など諸説がある。いつつのたなつもの。いつくさのたなつもの。円窓は米、麦、粟(あわ)、稗(ひえ)、豆を五穀と言っています。

いろり;(「囲炉裏」「居炉裏」は当て字) 地方の民家などで、床(ユカ)を四角に切り抜いてつくった炉(ロ)。地炉。

飾りを下ろす(かざりをおろす);髪を剃って僧尼となる。落飾する。

(ばち);琵琶・三味線などの弦を弾き鳴らす具。多くはいちょうの葉の形だが、楽器によって異なり、琵琶の撥は本モトの尾端が開いているのに対し、三味線のは尾端が正方形。琵琶では黄楊ツゲなどの木で作り、三味線では象牙製を標準として、水牛の角・木などでも作る。(右図)
ばち【罰】;神仏が、人の悪行を罪して、こらすこと。冥罰(ミヨウバツ)。「―があたる」。
 この噺のオチは上記二つの言葉を掛けて、話を落としています。



                                                            2017年8月記

 前の落語の舞台へ    落語のホームページへ戻る    次の落語の舞台へ

 

 

inserted by FC2 system