落語「阿弥陀池」の舞台を行く
   
 

 桂米朝の噺、「阿弥陀池」(あみだいけ)より


 

 「付け焼き刃は禿げやすい」と良く言います。

 「こんちは。あんた新聞の下にガサガサと饅頭か何か隠したやろ」、「新聞読んでいたから、しまっただけだ。何も無いだろう。新聞読むから世間のことが分かるんだ」、「わてかて読んでいます。毎日。トイレの粗壁が落ちたときに、新聞紙張って直した。その新聞記事覚えてしまった」、「新しい新聞読まなければダメだ」、「新聞読まなくても世間のこと知ってるわ」。
 「では聞くが、堀江の和光寺さん、皆は阿弥陀池と言うが、尼寺のそこに強盗が入ったの知ってるかい」、「知らん」、「知らんやろ。賊が入って、ピストル突きつけて、尼僧に『金を出せッ』と凄んだ。胆が座っているから驚かない。賊の方に向き直って、胸元をはだけた」、「賊は喜んだだろうな」、「落ち着き払って『過ぎし日露の戦いに、私の夫・山本大尉は乳の下、心臓を一発のもと撃ち抜かれて名誉の戦死を遂げられた。同じ死ぬなら夫と同じ所を撃たれて死にたい。さぁ、誤たずここを撃て』と言った。撃てと言われたら撃てるものでは無い。賊は土下座して『私はかつて山本大尉の部下で、山本大尉は命の恩人とも言うべき人。その恩人の奥さんのところへピストルを持って忍び込むとは、知らぬとは言え無礼の段、平に御免』と、ピストルを自分の喉元に突きつけるから、尼僧はそれを押しとどめ、『おまえは根っからの悪人ではない。誰かが行けとそそのかしたのであろう。誰が行けと言うた?』、『へぇ、阿弥陀が行け(=池)と言いました』。ようできた俄(にわか)だろう」、「俄!?一生懸命聞いていたのに」、「新聞読まないから、騙されるんだ」。

 「お前は、世間のことが知らないだけではなく、町内の事も分からないだろう」、「町内の事なら何でも知ってまっせ」、「西の辻の米屋に昨夜(ゆんべ)盗人が入ったん知ってるかぃ」、「えッ!今朝は町内まだ回っていない」、「今度はピストルやない、長い抜き身(刀)をぶら下げて『金を出せッ』っと脅された。ところがオッサン、ビックリせんわい。ちょっと腕が利いたねやな。若いときに柔道の修行をして、柔らの心得があった。これがいけなかった。『生兵法は大怪我の基』や。
 切り込んできたところをパッと体(たい)をかわした。相手がよろめいたところを肩にかついで、土間にドーンと叩きつけた。相手が刀を取り落し、仰向けになったところを、四つばい(四つんばい)になって、馬乗りで押さえつけた。ところが盗人も抜かりがないわい、懐に手ェ突っ込むと、かねて用意の匕首(あいくち)を取り出して、下からオッサンの心臓をブスーッと突いた。『アーッ』と言うたんがこの世の別れや・・・死んでもたがな。この盗人、米屋のオッサンの首をかき落とすと、ぬかの桶へ放(ほ)り込んで、逃げていまだに捕まらん。こんな話、お前聞いたか?」、「いや、聞かん」、「聞かん(利かん)はずや、『ぬかに首(釘)』やがな」。

 「東の辻の質屋に・・・」、「もうええ。もうええ。ここにいたらどんだけ騙されるか分からん」。

 「悔しいな。誰かに聞かせてやりたいな・・・。ここで、やってやろう」。
 「知ってるかい」、「何を・・・」、「この西の辻の米屋に盗人が入った」、「えッ?」、「知らんな。やってやろう。盗人が裸で入った。フンドシも外して抜き身で入った」、「アホか。抜き身は裸の刀の事だろう」、「そうだ、長い刀を下げて入った。オヤジさん驚かないぞ。手が辛いぞ」、「『手が辛いぞ』って、何だ」、「ワサビでもカラシでも利いたら辛いで・・・、腕に心覚えがあるんだ」、「それを言うなら『腕に覚えがある』だろう」、「何でも十三(じゅうそう)の方で修行した。柔らかい焼きもち・・・」、「それやったら、柔道の修行だろ」、「そうや。『生瓢箪は青瓢箪の元』と言うだろう」、「言うかいな」、「『生麩は焼き麩の元』じゃない『生麦生米なま・・・』」、「『生兵法は大怪我の基』だろう」、「そうや、『その元』や、それがいけなかった。盗人が切り込んでくるところ、パッと・・・、うッ・・・、あれをかわしたんや」、「『あれ』ってなんや」、「西宮をかわしよったんや」、「西宮なんて、どうかわせるかィ」、「西宮に有名なものがあるだろう?」、「戎さん(えべっさん)か」、「戎さんはかわしにくいだろう。手に持っている物が有るだろう」、「釣り竿か?」、「その先」、「テグスか?」、「その先や」、「ウキ?」、「まだ先や」、「針か?」、「見えてきた針に付いている物」、「エサか?」、「ドツクでェ。大きな赤い魚が有るだろう」、「鯛か?」、「タイをかわしたんだな」、「鯛を言うのに西宮まで連れて行きやがって・・・」。
 「体をかわしよったんや。ほんで、盗人を土間へダーンと叩き付けて、仰向けにひっくり返ったとこ、オッサン、盗人のとこへ夜這いに行ったんや」、「落ち着いてしゃべれよ」、「四つばいになったところに馬乗りになっているオッサンに、盗人、懐へ手ェ突っ込むと、かねて用意のガマ口で・・・」、「ガマ口出して・・・、どうした?」、「ガマ口やあらへん。鯉口でもあらへんし、鮒口でもあらへんし、モロコでもなく、ドジョウでもなく、ナマズでもあらへん、鮎口、匕首(合口)や」、「匕首言うのにぎょうさん魚並べたな」、「匕首で心猫をブスリと・・・」。
 「心猫って何じゃ」、「心猫でなく、新虎でもなく、心豚でなく、心犬でもない、鼻の長いの・・・」、「天狗か?」、「動物園にいるだろ~、鼻の長い動物」、「それは象や」、「心臓だ。ああ、シンドー」、「この忙しいのにシャレを言ってる。心臓を突いた?」、「えらいこっちゃ。『あッ』と言ったのが、この世との分かれや。死んでもたがな。この盗人、むごたらしい奴っちゃで・・・、米屋のオッサンの首をかき切って、ぬかの桶へ放(ほ)り込んで、逃げていまだに捕まらん。こんな話、お前聞いたか?」、「今、お前から聞いた」、「いや・・・、あのな・・・、聞いたらあかんわ。それは卑怯だ」、「お前が聞かせたんだ」、
「さいなら」。
 「『聞かん』と言えば、ぬかに釘や、と言ったのに・・・」。

 「ここでやったろ。ゴメン、いてるかい?」、「お~ぉ、バタバタして・・・」、「聞いたか?西の辻の米屋に昨夜(ゆんべ)盗人が入ったの知ってるか?」、「西の辻に、米屋なんかあらへんがな」、「遠くの街まで来てしまった。東の辻」、「東の辻にも米屋は無い」、「どこかこの辺に米屋が無いだろうか」、「家の真裏に『米政』と言う老舗が有る」、「その米政にゆんべ盗人が入ったの知ってるか?」、「知らんで」、「長い抜き身をぶら下げて、オッサンに『金を出せッ』と言ったんだ。ビックリせんぞ。若いとき柔道を修行して柔らの心得が有るな。それがいかんがな。『生兵法は大怪我の基』や。切り込んでくるところ、パッと体をかわして、よろめくところを肩に担いで土間にドーンと・・・」、「あのオッサンなら3年前から中風(ちゅうぶ)で寝ているわ」、「そんな事先に言えよ。そこには息子はいないのか」、「居てるがな」、「息子は腕に覚えがあって・・・」、「息子、まだ七つや」、「そこの家には若い衆はおらんのか」、「それやったら、ヨシやんいう威勢のええのがいてるがな」、「ヨシやん、切り込んできたところをパッと体をかわした。相手がよろめいたところを肩にかついで、土間にドーンと叩きつけた。相手が刀を取り落し、仰向けになったところを、四つばいになって、馬乗りで押さえつけた。ところが盗人も抜かりがないわい、懐に手ェ突っ込むと、かねて用意の匕首(あいくち)を取り出して、下からヨシやんの心臓をブスーッと突いた。『アーッ』と言うたんがこの世の別れや・・・死んでもたがな。この盗人、米屋のヨシやんの首をかき落とすと、ぬかの桶へ放(ほ)り込んで、逃げていまだに捕まらん。こんな話、お前聞いたか?」。
 「よう知らせてくれた。よう知らせてくれた。えらいこっちゃ。俺は電報打ってくる」、「チョッと電報マチィ。ヨシやんは?」、「カカの実の弟だ。電報だ」、「待った、マッタ、今のはウソや」、「言って良い事と悪い事があるぞ。ヨシやんを、なんで殺す」、「この話は、最後に、こんな話、お前聞いたか?『いや、聞かん』、聞かん(利かん)はずや、『ぬかに首(釘)』やがな。と言って、ワァ~っと笑おうと思って・・・」、「笑えるか?人の生き死にの話。『聞かん(利かん)はずや、『ぬかに首(釘)』や・・・』。おのれの知恵やあるまい。誰が行け、ちゅうたんや」、「それやったら、阿弥陀が行けと言いましたんや」。

 



ことば

和光寺(わこうじ);大阪市西区北堀江3-7にある浄土宗の仏教寺院。尼僧が住職をつとめる。山号は蓮池山。院号は智善院。摂津国八十八箇所第3番札所。 阿弥陀池(あみだいけ)の通称で知られ、大阪市の南北幹線道路のひとつである『あみだ池筋』の名称は当寺院に由来する。

摂津名所図会 「和光寺・阿弥陀池」

 阿弥陀池は信州善光寺本尊出現の池、長野県の善光寺本尊である一光三尊の阿弥陀如来は欽明天皇13年、百済国より仏教伝来とともに伝わり、日本最古の仏像とされている。仏教伝来以降、崇仏・廃仏の論争が続く中、廃仏派の物部氏により難波の堀江に棄てられた。 信濃国国司・本田善光が難波の堀江に棄てられた阿弥陀如来を池より救った。このことからこの池が阿弥陀池といわれるようになった。後に池から救い出された阿弥陀如来は長野県飯田市に祀ったが、624年(皇極天皇元年)に現在の善光寺のある長野市元善町に移した。
 落語「お血脈」に詳しい。
 右図:「浪華百景」-「あみだ池」芳瀧(石川屋)

■この噺「阿弥陀池」は、『新作和光寺』の題で上方の桂文屋が創作したもの。明治39年(1906)4月8日の「桂派落語矯風会」で初演。のちに初代桂春團治が現在に伝わるクスグリの多くを加味して得意ネタとしたものが、スタンダードな演じ方の『阿弥陀池』として確立した。主な演者に三代目桂米朝、二代目桂枝雀、などがいる。落語「新聞記事」は、上記の『阿弥陀池』を、昭和初期に昔々亭桃太郎(山下喜久雄=柳家金語楼の実弟)が東京へ移植した。このとき登場人物を改変し、『新聞記事』と改題。主な演者に四代目柳亭痴楽や三代目三遊亭圓歌などがいる。

(にわか);吉原での俄狂言の始まりは安永、天明の頃、仲ノ町の茶屋桐屋伊兵衛が、歌舞伎の真似事が好きで、角町の妓楼中萬字楼その他二、三と相談し、思いつきの俄狂言を作って仲ノ町を往還しました。これが大当たりに当たり、面白い、風流だと評判になり、引き続いて狂言の趣向をこらしたのが俄の始めで、毎秋の定例になったといいます。
 守貞漫稿によると、毎年八月朔日(ついたち)より晦日に至る、秋葉権現の祭礼にあわせてこれを行う也。男女芸者種々に扮し、男は芝居狂言に洒落を加へ、女は踊り所作の類を専らとし、各囃子方を備えて之をゆく。男女各舞台を別にし車ある小舞台数個を作り、仲之町両側を引き巡り、茶屋一戸毎に一狂言して次に行くと、次の台を引来たり、又これを行く。女舞台、男舞台相交へひく也。

 
 女芸者連の獅子行列。芸者は手古舞姿で行列を組んでいます。茶屋の前では車のついた舞台の上で、奴と犬が魚をつかんで見得を切っています。その横に、唄・三味線・鼓の四人の囃子方がいます。
「江戸吉原図聚」 三谷一馬画より。
 この項、落語「雨夜の傘」より孫引き

柔道・柔(じゅうどう・やわら);日本独特の武道の一。武器を使用せず、相手の攻撃力に順応して相手を投げ倒し、または抑え、もしくは当て身などの攻撃・防御の技を行い、同時に身体の鍛錬と精神修養とを目的とする術。その起源は相撲とともに極めて古く、流派の生じたのは戦国時代で、柔術・やわらと総称され、江戸時代、武士階級の武道の一として盛んになった。明治に入って嘉納治五郎により、各流派を統合して講道館柔道が大成され、第二次大戦後にはスポーツとして世界的に普及。

生兵法は大怪我の基(なまびょうほうは おおけがのもと);少しばかりその道を心得た者は、これを頼って軽々しく事を行うから、かえって大失敗をする。「生兵法は大疵(オオキズ)の基」とも。

匕首(あいくち);(合口・相口とも書く)、鍔(ツバ)がなく、柄口(ツカグチ)と鞘口(サヤグチ)とがよく合うように造った短刀。九寸五分(クスンゴブ)。鐔のない懐中用の短剣。切腹の時に使われる短刀。下図:東京国立博物館蔵

十三(じゅうそう);東京にも同じ町名の町がありますが、この噺では大阪ですから大阪市淀川区にある地名。阪急電鉄十三駅付近のエリアを指すこともある。 地名の由来は、旧摂津国西成郡の南端を一条とし、北へ順次数えると十三条の場所に当たるという条里制に基づく説や、昔ここにあった淀川の渡しが摂津国において上流から13番目であったとする説など、諸説存在する。 ウィキペディアより
 主人公は柔道と言えず、十三と言ってしまった。

戎さん(えべっさん);関西弁で言う戎。七福神の一。もと兵庫県西宮神社の祭神蛭子命(ヒルコノミコト)。海上・漁業の神、また商売繁昌の神として信仰される。風折烏帽子(カザオリエボシ)をかぶり、鯛を釣り上げる姿に描く。三歳まで足が立たなかったと伝えられ、歪んだ形や不正常なさまの形容に用い、また、福の神にあやかることを願って或る語に冠し用いたともいう。
 この噺では、聖徳太子の四天王寺建立の際に、西方の守護神として創建されたと伝えられる、大阪市浪速区恵美須西1丁目6にある、今宮戎神社(いまみやえびすじんじゃ)を指しています。
右図:エビスビール・マークより。

中風(ちゅうぶ);(チュウフウ・チュウブウとも) 半身の不随、腕または脚の麻痺する病気。脳または脊髄の出血・軟化・炎症などの器質的変化によって起るが、一般には脳出血後に残る麻痺状態をいう。古くは風気に傷つけられたものの意で、風邪の一症。中気。



                                                            2017年8月記

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