落語「嘘つき村」の舞台を行く
   

 

 二代目三遊亭金馬の噺、「嘘つき村」(うそつきむら)より


 

 『ウソは世情の宝』と言います。何にでも有るものです。『講釈師見てきたようなウソを付き』、『商人(あきんど)は損と元値で蔵を建て』、元が切れます、損をします、で、蔵を建ててしまいます。花魁に、手練手管というウソが有ります。軍隊にも知謀計略というのが有ります。お寺のお坊さんも妄語戒と言って、五戒で戒めています。「良いことをすると極楽に、悪い事をすると地獄に落ちる」と言われますが、そこから手紙をもらった人は居ない。紺屋の明後日や、乳母さんの子供が可愛い。また、年寄りが死にたいと言うウソ。「一日でも早く死にたい」と言いますが、向こうから自動車が来ると、慌てて避けてしまいます。
 昔、随分ウソを付いた人が、今わの際で「私が死んだら根太板を剥がして壺の中の銭で弔いをして欲しい」と言い残したが、開けて見ると紙が一枚、「これがウソのつき仕舞い」としてあった。

 ウソを承知でウソつきを呼びにやった。
 「どうしたウソつき、しばらくぶりだったな」、「頭から『ウソつき』と言われるとウソはつけませんよ」、「何処行ってた」、「南極に行ってた」、「何で行っていた」、「汽車や飛行機では行けないので、船で・・・」、「宗谷か?」、「そうや、そうや」。「南極は寒いそうだな」、「一番驚くのは、言葉が凍ってしまう。『おはよう』と言うと、ガチャガチャと言葉が凍って、おはよう玉が出来る。これを内地に持って来て、商店の店員を起こすのに使います。フライパンの上に乗せて温めると、溶け始めると『おはよう。おはよう』の声で、小僧さん達ビックリして目を覚まします」。
 「水鳥が安いそうだな・・・」、「え~、鴨なんかは手づかまえです。鴨刈りです」、「鴨刈りって何だ?」、「南風が吹くと、いっぺんにガチャガチャと湖面が凍ります。エサをついばんで逃げる間もなく、足が氷の中で逃げられない。大きな鎌を持って鴨刈りに行きます。鴨の足を刈って捕ってきます」、「水の中に足だけ残るんだ?」、「温かくなると、そこから芽が出ます」、「芽が・・・?」、「カモメです」。
 「一番驚いたのは火事が凍るんです」、「火だよ?」、「観測小屋が燃えたことがあるんです。回りから水を掛けると、回りが凍って、中が燃えている。綺麗ですよオーロラ」、「オーロラ?」、「そう。煙などが混ざっているから、珊瑚樹のようです。綺麗ですからもらいました」、「もらってどうした?」、「牛の背中に乗せて来たら、気温が違うので牛の背中が丸焼け。大きなビフテキになった」、「水を掛けたら良いだろう」、「ダメです。焼け牛に水です。牛が『モウ~こりごりだ』」、「いい加減にしろよ。それからどうした」、「ウシまい」。
 「お前さんぐらいウソをつく人は居ないな」、「日本一のウソつきでしょ」、「それはいけない。自慢、高慢、バカの内と言うだろう。お前さんは千三つと言って、まだ本当のことが三つ有る。千住の先のウソつき村に行くと鉄砲の弥八さんがいて、万フィと言われて、万のウソの中に一つも本当のことが無い。そこに行ってウソつき問答をしてごらん、お前が勝てば日本選手権が取れるぞ」、「行ってきます。どこですか?」、「千住に着いたら、ウソつき村と聞けば直ぐに分かる。勝ったら一杯飲ませるよ」。

 「ウソつき村ってこの辺ですか?」、「もう一里ほど行くと、お稲荷様が有って、直ぐ分かります」。「名代の村だけあって直ぐ分かるんだな。ここかな?スイマセン、この辺にウソつき村が有りますか?」、「あと一里ほど行くと六地蔵があって、手前の地蔵は鼻欠け地蔵です。そこからがウソつき村です」。「この辺がウソつき村でしょうか?」、「あと一里程先に海辺に出ます。そこの漁師町で聞きなさい」。「スイマセン、ウソつき村は・・・」、「一里ほど後だよ」。
 「あ~、ウソ、もうやっているよ」、「この辺だな。坊やに聞こう」、「何だい?」、「ウソつき村ってどこだか分かる?」、「ここだぃ」、「子供に聞いて良かった。ところで、鉄砲の弥八さんって知っているかぃ」、「家のお父つあんだ」、「良いとこで聞いた」、「お前、鉄砲の子か?」、「ピストルだぃ」。
 「親父居るかぃ。東京からウソの問答しに来たんだよ」、「お父つあんいないよ」、「どうしたんだぃ」、「富士山が倒れそうになったので、線香持ってつっかい棒しに行った。選挙が始まるので遊説を頼まれて行っちゃった」、「おっ母さんは?」、「昼のおかずに近江の湖水に蜆(しじみ)貝捕りに行った」、「へ~、やりやがるな。お前は何してた」、「お腹が空いたので、薪が五輪有ったので三輪食べたので、残り二輪食べない?」、「大変なウソをつく奴だな。東京から問答しに来たんで、改めて来ると伝えてくれ」、「や~ぃ。負けやがったろう。そっちに行くとヘビが出るぞ、オオカミが出るぞ、食われてしまうぞ~」。
 「おいおい、また、イタズラか」、「お父つあんお帰り」、「何を騒いでいるんだ。言っただろう。いないときは居ると言い、居るときは居ないと言うんだ。で、どうしたんだ?」、「嘘ついたら、逃げて帰ったんだ。その時お札がイッパイ入った財布を落として言ったんだ」、「良かったな。子供が持っていてはいけない、こっちよこせ」、「それはウソだぃ」、「親にまでウソをついて~」。

 



 
この噺は落語「弥次郎」の前半分はそのままで、猪の部分だけ削除して、嘘つき村の話につなげています。

ことば

■ウソ(嘘);真実でないこと。また、そのことば。いつわり。

知謀(ちぼう);智謀。ちえのあるはかりごと。巧みなはかりごと。

五戒(ごかい);〔仏〕在家(ザイケ)の守るべき5種の禁戒(キンカイ)。
 ・不殺生(フセツシヨウ=生き物を故意に殺してはならない)
 ・不偸盗(フチユウトウ=他人のものを故意に盗んではいけない)
 ・不邪淫(フジヤイン=不道徳な性行為を行ってはならない)
 ・不妄語(フモウゴ=嘘をついてはいけない)
 ・不飲酒(フオンジユ=酒などを飲んではいけない)

紺屋の明後日(こんやのあさって);紺屋に行って未だ染が出来ていないときは「いつできますか?」と聞きますが、決まって「あさって・・・」と言うところから出ています。本当の納期ではなく、その時逃れの言葉でしか有りません。また、蕎麦屋さんに出前を注文したのになかなか来ない。「あとどの位かかりますか?」、「今出ました」。それと同じです。

宗谷(そうや);北海道の北端、宗谷海峡に臨む宗谷岬で、そこから名付けられた船名。第1次南極観測隊(1956年11月8日〜1957年4月24日)を乗せて南極の昭和基地に行った砕氷船で、第6次観測(1961年10月30日〜1962年4月17日)まで使用された。現在は東京・船の博物館に(1979年(昭和54年)5月1日から)展示保存されています。(展示模型より宗谷)

 

南風が吹くと;北半球では北から吹く風は冷たいものですが、南半球の南極では逆で南風が冷たい風です。

オーロラ;(ローマ神話の曙の女神アウロラから) 地球の南北極に近い地方でしばしば100km以上の高さの空中に現れる美しい薄光。不定形状・幕状など数種あり、普通、白色または赤緑色を呈する。主として太陽から来る帯電微粒子に起因し、磁気嵐に付随することが多い。極光。
右写真:オーロラ。広辞苑から

珊瑚樹(さんごじゅ);樹枝のように見えるところから、珊瑚の別称。

千三つ(せんみつ);(真実なのは千のうちわずかに三つだけという意) うそつき。ほらふき。

千住(せんじゅ);東京都足立区南部から荒川区東部にかけての地区。江戸時代日光街道第一宿として繁栄した。現在北千住駅を中心に商業地区として発展している。その先の「嘘つき村」は未だ行ったことが無いので分かりません。

万フィ;万に一つも無い。

一里(いちり);地上の距離を計る単位。36町(3.9273km)に相当する。昔は3百歩、すなわち今の6町の定めであった。

六地蔵(ろくじぞう);六道において衆生の苦患(クゲン)を救うという6種の地蔵。地獄道を教化する檀陀(ダンダ)、餓鬼道を教化する宝珠、畜生道を教化する宝印、阿修羅道を教化する持地、人間道を教化する除蓋障、天道を教化する日光の総称。異説もある。
写真:足立区・易行院の六地蔵。

近江の湖水(おおみのこすい);琵琶湖。千住の先の嘘つき村から、昼のおかずに琵琶湖に出掛けたなんて、これはスゴイおっ母さんです。



                                                            2017年9月記

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