落語「紙くず屋」の舞台を行く
   

 

 春風亭小朝の噺、「紙くず屋」(かみくずや)


 

 居候している若旦那は、昼過ぎたというのにまだ起きてこない。無理に起こして下に来てもらった。

 いつまで居てもイイが、ゴロゴロして居ちゃいけない。と、熊さんは小言の一つも言いたくなる。特に奥様からの苦言が多い。若旦那も反撃して「朝起こされて、早く食事をして下さいと、お給仕してくれるのは有り難いが、違うんだ。お鉢に水に浸したしゃもじでおまんまの上を叩いて地ならしして、上だけキュッとそぐよ。お茶碗の縁にキュ~ッとこくね。そぎ飯のこき飯だ。入っているように見えるが上だけで、お茶漬けにすると、おまんまが下に落ちてサクッで終わりだ。お替わりの茶碗を出すと『どうしたんです。水ですか、お湯ですか、お茶ですか、クロモジですか、それともおまんまですか』一膳飯は良くないというので、もう一杯というと『胃が丈夫だこと』。それもサクッで終わりだ。もう一度出すと、今までも言葉の中におまんまの言葉が無いんだ」。
 「若旦那、働いてみては如何です」、「嬉しいね。その言葉の響き」、「紙屑のよりこですが、珊瑚の五分玉やダイヤモンドも出ますが、みんな若旦那がもらってもイイのです。では、ここに紹介状がありますからこれを持って先方に行って下さい」。

 紙くず屋の親方は、熊さんの紹介だから引き受けてくれた。「読み書きが出来るのは、この商売ではマズいのです。目を通していると遅くなるのです。でも、この際構いません。ここで仕分けをやるので、この山の物を駕籠に仕分けして入れるんです。綺麗な白紙はこちら、汚れた紙はカラスで、そちらに、タバコの空き箱は線香になるわけでは無いのですが、センコウ紙といってここに、蜜柑の皮は陳皮と言って使い道があります。髪の毛はカモジや人形の髪に使いますので、別の駕籠に。やり方のリズムを伝授される『♪白紙は白紙、カラスはカラス、センコウ紙はセンコウ紙、陳皮は陳皮、毛は毛』とね」。
 早速若旦那も始めた「白紙は白紙。カラスはカラス。センコウ紙はセンコウ紙。あら、熊さんが言ってたように珊瑚の五分玉が出てきたよ、梅干しの種だ。都々逸の本が出てきたよ。都々逸は艶っぽいんだ、中を見ようかな、《一生懸命走ってはみたが やっぱり電車には適わない》女心も色気も無いな。《向のヒサシにブリがぶら下がっているよ、これがホントの久しぶり》字余りで下らないね。《向のタライに鴨が1羽居るよ、こちらのタライにも鴨が1羽居るよ、互いに見渡すカモとカモ》シャレもバカバカしいな。《破れたフンドシ宝の山よ、あちらとこちらにキンが見え》想像したくないね。《池の上からビリグソたれりゃ、下の魚は卵とじ》汚いな、臭うね。《膝枕・・・》イイね、私もやったことがあるよ。こうこなくちゃ《膝枕させて辺りを見ながらそっと 包丁突きつけ金を盗る》まともなのが無いね。出た《わたしゃお前に火事場のマトイ・・・》 振られながらも熱くなる、なんて良いねェ、ワァ~~」、「宴会の稽古していたらいけないよ」。
 「白紙は白紙、カラスはカラス、センコウ紙はセンコウ紙、ダイヤモンドが出てきた、ドアの取っ手だ。また本が出てきたよ。《歌舞伎名台詞集》イイね、また勧進帳、本朝二十不孝、与話情浮名横櫛、お富与三郎だ。ほっかぶりを取るところなんて良いな。海老蔵の口跡が悪いとこなんかイイね。(物まねで海老蔵を演じる)。白紙は白紙、カラスはカラス、めっかった、めっかった。こっちを見ていたらダメだよ。ハーモニカが出てきたよ、入れ歯だ」。

 「今度は手紙だ。見ちゃイヤだというと見たくなるね。
《ひと筆示し上げまいらせ候。 おん前さまのお姿をひと目、ミツバより、どうしてインゲン、ササギやら、(野菜づくしになっているじゃないか)
スイカお方と思いそめ、湯島なるニンジンさまにトウガンかけ、かなう月日もナガイモや、マツタケつらきものはなし。 あたしゃ、お前に、ホーレンソウ、寝てもさめてもお姿が、目につくイモやレンコンの、
なんのヘチマと思わずに、どうかナスビのシイタケまで、ウドウド、ネギあげ、参らせ候。
エンドウ豆太郎様へ
恋する タケノコより 》」 。
お馴染みの落語でした。

 



江戸時代はリサイクルの時代でした。
 簡単に物を捨てない。日常の道具や衣類は繰り返し修理再生して使い込んだ。その例として、割れた茶碗は焼き接ぎ屋に頼んでつないでもらった。鍋やヤカンの底が穴が開いたら、鋳掛け屋に頼んでふさいでもらう。桶や樽が緩んだら、タガ屋に頼み、桶の廻りを締め付けているタガを締め直してもらうか、交換してもらった。キセルも同じ事で、前後の火皿と吸い口を外しそれをつないでいる竹、羅宇(ラオ)を交換してもらった。それの交換職人をラオ屋といった。下駄の歯が磨り減ったら、歯入れ屋さんに交換してもらったし、提灯の張り替えも出来た。ロウソクのたれ流れて溜まったのは、買いに来て再生された。かまどに溜まった灰も肥料として再利用された。
 下肥には江戸市中のトイレから糞尿を買い求めていった。集める人はお百姓さんで、オワイやさんと呼ばれていました。江戸はどの世界各地の都市よりも清潔で、野菜に変換されていった。衣類も着物に仕立てられ、使い古されると古着屋に出されたり、ほどいてオシメや雑巾になり、火付けの口火になったり、鼻緒になったりした。
 ところで紙も貴重品だったので、捨てることはしなかった。家庭内では襖の下張り等に使ったし、紙くず拾いや、紙屑屋さんが各家庭を廻って買い集めていった。今でも新聞紙や資源ごみは回収されています。

 落語にも紙屑屋さんが出てくる「子別れ・上」、「らくだ」、「井戸の茶碗」等がそうです。また、羅宇屋さんは「紫檀楼古木」に、オワイやさんは「汲みたて」、「ざこ八」に、タガ屋さんの噺は「たがや」に描かれています。古着の噺では「江島屋騒動」、「五月雨坊主」、「八百屋お七(くしゃみ講釈)」が有りますし、鋳掛け屋さんは「いかけ屋」(後日書きます)、焼き接ぎ屋は「両国八景」、などがあって、江戸庶民を描いた落語の世界には多くのリサイクル業者が生き生きと登場します。

ことば

居候(いそうろう);遊びすぎた若旦那などが、勘当されて他人の家に寄食すること。また、その人。
・「居候角な座敷を丸く掃き」 居候のすることのいいかげんなさまのたとえ。
・「居候三杯目にはそっと出し」 居候が万事遠慮がちなことをいう。この若旦那はその辺のデリカシーが無い。

クロモジ(黒文字);クスノキ科の落葉低木。高さ2m余。樹皮は緑色で黒斑があり、それを文字に見たてたのが名の由来という。雌雄異株。春、葉に先だって淡黄色の花を多数、散形につける。果実は小球形で、黒熟。材は香気をもち小楊枝や箸を製する。この木から作るので、「つまようじ」の別称。
右図;くろもじ 江戸東京博物館蔵

カラス;汚れて黒くなった紙だから”カラス”。寺子屋の生徒さんは習字のお稽古で、一枚の紙を大切に使いますから、真っ黒になるまで書き込みました。

センコウ紙;線香のように煙を出してタバコも燃えます。タバコの包装紙はそれを包んでいるので、俗に線香紙と言ったのでしょう。

陳皮(ちんぴ);ミカンの皮を乾かした生薬。去痰・鎮咳・発汗・健胃剤として薬用、また七味唐辛子の薬味料とする。香辛料としては柚子皮をも使用。

珊瑚の五分玉(さんごの5ぶだま);サンゴ虫の群体の中軸骨格。広義には珊瑚礁を構成するイシサンゴ類を含むが、一般には桃色サンゴ・赤サンゴ・白サンゴなどの真性サンゴ類の骨格をいう。装飾用などに加工。右図:珊瑚珠。広辞苑
 珊瑚珠から加工された貴石のような珠で、寸法が5分(3mmX5=15mm)ある。珊瑚にしては大玉です。

都々逸(どどいつ);流行俗謡のひとつ。雅言を用いず、主に男女相愛の情を口語をもって作り、ふつう七・七・七・五の4句を重ねる。「潮来(イタコ)節」「よしこの節」より転化したという。天保(1830~1844)年間、江戸の寄席でうたいはやらせた一人が都々逸坊扇歌。

・諦(あきらめ)ましたよ どう諦めた 諦めきれぬと 諦めた (伝:都々一坊扇歌作)
・雨の降るほど噂はあれど ただの一度も濡れはせぬ
・梅もきらいよ 桜もいやよ ももとももとの間(あい)が良い
・お酒飲む人しんから可愛い 飲んでくだまきゃなお可愛い
・わたしゃお前に火事場のまとい 振られながらも熱くなる
・枕出せとは つれない言葉 そばにあるヒザ 知りながら
・小唄どどいつなんでもできて お約束だけ出来ぬ人

(まとい);馬じるしの一種で、竿の頭に種々の飾りをつけ、多くはその下にばれんを垂れた。これを模して、江戸時代以降、火消組のシンボルとしたもの。
右図;纏 江戸東京博物館蔵。 右は、い組の纏で上からケシの実と枡で、”消します”のシャレ。

勧進帳(かんじんちょう);歌舞伎十八番のひとつ。三世並木五瓶作。天保11年(1840)河原崎座の中幕に七代市川団十郎が初演。弁慶らが山伏姿となり、義経に従って奥州に向かう途中、安宅関で関守富樫左衛門の厳しい詮議に遇い、南都東大寺の勧進と称し、勧進帳を読み上げ、怪しまれた主を折檻して、ようやく通過した苦衷を仕組んだもの。能「安宅」の改作。

本朝二十不孝(ほんちょうにじゅうふこう);浮世草子。井原西鶴作。5巻5冊。貞享3年(1686)刊。二十四孝をもじって、不孝者が天罰を受ける話を集めた短編小説集。

・与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし);歌舞伎脚本のひとつ。9幕。3世瀬川如皐作の世話物。通称「切られ与三」。嘉永6年(1853)初演。複雑なお家騒動の筋であるが、伊豆屋与三郎と木更津の博徒の妾お富との見初め、露見、再会が中心で、特に再会の「源氏店(玄冶店ゲンヤダナ)」が強請場(ユスリバ)として有名。

お富与三郎 与話情浮名横櫛(源氏店の場) 落語「お富与三郎」を参照
与三「そりやアな。サ、たつた二百でも帰(ケエ)る場もあり、百両もらつても、帰(ケエ)られねえ場所もあらア。マア、
   おれが掛け合ふのを、そつちの方で見て居ねえ。モシおとみ、イヤサおとみさん、コレおとみ、久し振りだ
   なア。」
とみ「エヽ、さうしてお前は。」
与三「与三郎だよ。お主(ヌシ)やアおれを見忘れたか。」
とみ「エヽヽ。」
与三「しがねえ恋の情(ナサケ)が仇(アダ)、命の綱の切れたのを、どう取り留めてか木更津から、めぐる月日も三年
   (ミトセ)越し、江戸の親には勘当受け、拠所(ヨンドコロ)なく鎌倉の、谷七郷(ヤツシチゴウ)は喰ひ詰めても、面(ツラ)へ
   受けたる看板の、疵(キズ)が勿怪(モツケ)の幸ひに、切られ与三(ヨソウ)と異名(イミョウ)を取り、押し借り強請(ユスリ)
   も習はうより、慣れた時代の源氏店(ゲンジダナ)、そのしらばけか黒塀に、格子造りの囲ひもの、死んだと思つ
   たおとみとは、お釈迦さまでも気がつくめえ。よくもお主(ヌシ)ア達者で居たなア。安(蝙蝠安)やい、これじやア
   一分(ブ)じやア帰(ケエ)られめえじやねえか。」 

恋文は、
ひと筆示し上げまいらせ候。おん前さまのお姿をひと目、三つ葉(見てから)より、
どうしたインゲン(因果か)、ササギ(定め)やら、スイカ(好いた)お方と 思いそめ、
湯島なる人参(天神)さまに冬瓜(願を)かけ、かなう月日も 長芋(長いもの)や、
マツタケ(待つだけは)つらきものはなし。 あたしゃ、お前に、ホーレン草(惚れてるわ)、
寝てもさめてもお姿が、目につくイモ(イイもの)やレンコン(恋心)の、なんのヘチマ(平気)と思わずに
どうかナスビ(なす身)のシイタケ(そいとげる)まで。ウドウド(クドクドと)、ネギ(念じ)あげ参らせ候。
エンドウ豆太郎様へ
恋する タケノコ(タケノ子)より



                                                            2015年2月記

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