落語「饅頭恐い」の舞台を行く
   

 

 二代目桂枝雀の噺、「饅頭恐い・上方版」(まんじゅうこわい)より


 

 「好きなものと嫌いなものを聞こうじゃないか。辰っつぁん、おまはんなんか?」、「わしの一番好きなものは、まぁ酒か」。「男らしくて良いな。お前さんは?」、「二番目に酒ですねん」、「そうか、一番はなんや?」、「一番は可愛らしい若い女御です」、「言いにくそうにしていると思った。隣は?」。「誰が何と言っても善哉。善哉に蜂蜜掛けて食う」。「竹やんは?」、「麺類ならぼた餅ですか」、「ボタ餅て、あら麺類か?」、「魚類やったか?」。「何も分かったない、こいつ。 松っちゃんは何が好きや?」、「蓮根の天麩羅。蓮根の穴が旨い」。
 「おっさんは?」、「これ位の丼鉢」、「丼鉢かじるのん?」、「丼鉢はかじれへんわいな。これぐらいの大きめの丼鉢の中に炊きたての熱いヤケドするよぉな、ご飯を放り込むねや。そこへ獲れたての鯛の切り身のえぇところをこぉ三切れほどな、パンパンパ~ンと中へ放り込んでご飯で埋(うず)めるよぉにするんや。卵五つほどポンポ~ンと割って黄身だけその上へかけるわ、上等の浅草海苔、こいつを火にあぶってパラパラパラ~ッと上からかけて、これも上等の、ワサビをちょっと摺りこんで、濃口の醤油をサ~ッとかけて、グルグル~ッとかき回して二十六杯食ぅ」、「なにもそんなに食わんでも・・・」。
 「為やん、あんたは何が好きやい?」、「おぼろ月夜かいな」、「また変わったものが・・・」、「おぼろ月夜の晩に一人でわしがブラブラ歩いてると足に触ったもんがある。ヒョッと見たら、これが風呂敷包みや。開けて見たら金が入ってんねや。で、家持って帰ってよぉ勘定してみるっちゅうとやなぁ、札やら銀貨やら取り混ぜになってやで、勘定が五十六万七千八百九十円。これをこぉ警察へ届けとくわ。こっちの忘れてる時分に警察から呼び出しや。誉めてもろぉて、この五十六万七千八百九十円もらうのんが好きや」、「そんな大それた物で無く食べ物ではなんじゃい?」、「それだったら、乳ボーロです」。
 「しかしまぁ、嫌いなもんも銘々違うやろと思うねやがなぁ、おまはん何が嫌いやい?」。

 「ヘビ、あの長いものを見ただけで足がすくんでしまう」。「隣りは?」、「百足(むかで)。足がぎょうさんある、あの足に下駄を履きだしたらどうなることやら」。「隣りは?」、「わしゃ蜘蛛が、かなんなぁ」。「おまえは?」、「蟻さん。アリはこぉ、チョコチョコ チョコッと歩いてるやろ、こっちからもチョコチョコチョコとアリが歩いて来て鉢合わせするやろ、ほな、この角みたいなもん出してきてな、こぉ合わして何や話しとぉねん。ひょっとしたら、あらぁーわしの悪口を言ぅてんねやないかと・・・。蟻さんは恐いよ」。

 「やぁ親っさん、まぁまぁこっち上がっとくなはれ。親っさんはコワイ思いをしたことがないでしょ?」、「家の婆さんが、浴衣に糊を付けすぎて、あの浴衣着た時は強(こわ)かった」、「こわさが違うがな。あんた、そんだけ長生きしてるのにいっぺんも恐いと思たことホンマにおまへんのかい?」、「いっぺんだけあったなぁ」、「よっぽど恐い話やで。そいつ聞かしてもらえまへんかい?」、「まぁ聞かしてやってもえぇが、お前ら終いまでこの話、恐がらんとよぉ聞くか?途中で『話やめてくれ』ちゅうても、わしゃやめんぞ。よし、聞くと言ぅんなら話してやる、もぉちょっとこっち集まれ」。

 「わしが二十か前ぐらいのときやったなぁ。その時分わしの伯父といぅのが南農人(のぉにん)町御祓 (おはらい)筋をちょっと入った所に住んでたんじゃ。仕事の帰り、夜が更けてからちょ~どオッサンの家の前を通りかかったさかい、ちょっと寄ってみよと思て『まだ起きてなはるか?』」と入ってくと、ちょ~ど伯父貴は寝酒を呑んで寝よちゅうとこや。『あぁ、相手が欲しかったんじゃ、よぉ来た。まぁ上がれ』ちゅうんで、酒の相手して世間話をしてるうちにだいぶんに夜が更けた『泊っていけ』といぅやつを、振り切るよぉにして外へ出たんが、真夜中。あの辺から本町の曲がりへかけて、そら夜は人も通らん寂しぃとこやったで。どんよりと曇って、今にも降り出しそぉな空模様じゃ。農人橋を渡ろぉとしてヒョッと見ると、橋の真ん中に若い女御が一人ズボッと立ってるやないかい。何をしてんのかなぁと見ると、石を拾ろぉてこぉ袂へ入れてる、こいつ身投げやな。お前らも心得といたほぉがえぇぞ、身投げを助けよと思たらな~、『待ったッ!』てな声掛けたらあかんぞ。どないしょ~かと迷てるやつまでが その声を合図にドボ~ンと飛び込んでしまうねや。わしゃそれを聞ぃてたさかい、黙ってそばまへ行って、ガッとこぉ、抱かまえてから『待ちんかッ、何をすんねん?』と言ぅた。『どなたかは存じませんが、死なねばならぬ事情のある身でございます。ど~ぞ助ける思ぉて、殺しとぉくなはれ』ちゅうねん。医者の診立て違いやあろまいしな、助けよと思て殺したりでけん。『さぁさぁ、いずれわけがあるんじゃろが、いっぺんその事情といぅのを話してみぃ。なるほどホンにこいつはどぉでも死なんならんなぁ思たら、死にぞこのぉたら、わしが手にかけてでも殺してやろ。万が一にも助ける手だてがあるんやったら相談に乗ったろやないか。まぁいっぺん話をせぇ」と噛んで含めるよぉに言ぅのじゃが、死神が憑いたといぅのか、ただサメザメと泣いて『死にたい、死にたい』の一点張りや。今のわしならなぁ、どついてでも引っ張って帰るで。何分にも歳が若いわい。ムカ~ッときたな~、『何かい、赤の他人がこれほど親切に言ぅたってるのに、それでもお前死のっちゅうんかい。勝手に死にさらせ、どメンタ』、パ~ンと突き飛ばすと、橋の欄干に当たってガツ~ン、『ヒ~ッ~、イ~ィ』。『ざまみされ』ちゅうやっちゃ。あとをも見ずにタッタッタッと橋を渡り切った頃に後ろの方でザブ~ンといぅ水音や『あぁ~、えらいことしたなぁ。最前までこの手で抱き止めて、まだ温もりが手に残ってるのに、その女が死んで、仏になったか・・・。あ~ちょっと親切が足らなんだなぁ。ナマンダブツ』と、腹の底から念仏が出たでぇ。嫌な晩じゃ、早よ帰って寝ましょ~と足を速めていくと、ポツリ、ポツリと雨が降ってきた。風が出てきてあの辺の柳がザワ~ッ、ザワと音を立てた。
 ドンドンドンドンわしが足を速めていくと、後ろの方から何じゃ濡れワラジででも歩くよぉな足音がジタ、ジタ、ジタ・・・、とするやないか。後ろを振り向いて見ることがでけんで、あぁいぅ時は・・・。こっちが立ち止まると、後ろの足音もピタッとやむ。歩き出すとまたジタ、ジタ、 ジタ、ジタ・・・、足を速めて、タッタッ、タッタッタッと行くと、ジタジタ、ジタジタジタ・・・。何とかこの足音から逃れる工夫はないか。こっちが歩調を緩めると、向こぉもジタ、ジタ、ジタ・・・」、「親っさん、この話ちょっと恐いで、みな逃げたらあかんでぇ。それからどないなったんや?」。
 「何とかこの足音から逃れる工夫・・・、 と思てると辻堂があってなぁ、賽銭箱が置いたぁんねん。こいつやッと思たさかい、タッタッタッ、サッと賽銭箱の陰へ。足音はそれに気付かずにジタジタ、ジタジタ、ジタジタと通りすぎた。誰が付いて来やがったんやろと覗いて見ると、前へ行くひとつの影がフラフラ、フラフラッ・・・。安堂寺町の角、往来安全と書いた灯篭のあたりまで来ると、見失のぉたなぁといぅ顔でキョロ、キョロ、ヒョイッと振り向いたやつが灯篭の灯りに照らされてまともに見た。最前の女御や・・・。全身ぬれねずみ、ベタ~ッと髪が体にへばりついたぁるわい。欄干に当たった時の傷とみえて、これからこれに惨たらしゅ~割れて血みどろじゃ。裾や袂からポタ~ッ、ポタッしずくを垂らしながら賽銭箱に目を留めると、ヒョロヒョロ、ヒョロヒョロッと戻って来て。賽銭箱の角へこぉ手を掛けてズ~ッ、『さっき、助けてやろぉとおっしゃったお方えなぁ~』」。
 「(急に大きな声で)あぁ恐わッ、あぁ恐わッ!親っさん何ちゅう声出しなはんねん。あぁ恐わ!こんな恐かったら今晩、手水よぉ行かんがな。それからどないしたんや?」。
 「そない恐かったら、聞かいでもえぇやないかアホ。そぉなるっちゅうと、わしゃかえって度胸がすわるなぁ。サッと女御の前へ飛び出したがな。さぁ、そこまでいたらかえって恐いことも何と もないよぉなるもんじゃ。パッと飛び出たったんや『いかにも、最前助けてやろぉと言ぅたんはこのわしや。助けてやろぉと思う親切があればこそ、あれぐらいに言ぅてやったんやないかい。それも聞きさらさんと、おのれ勝手に飛び込んだんじゃ。定めし死にぞこないやがったんやろ、いかにも最前の約束通り、わしが手にかけて殺してやる。さぁこっちぃ来い』。娘の髪の毛掴んでズルズルズル~っと、また橋の真ん中まで引っ張って行って「さぁ女御、よ~見ぃよ、これが音に名高い東横堀。二、三日前からの雨で少々濁ってるかは知らんが、末期の水は喰らいしだいじゃ」と言ぅなり、 女御の体を目よりも高くさし上げて、川の真ん中めがけて、ザブ~~ン・・・」。
 「わッ、放り込んだんか?」、「わいがはまった!」、「えぇ? 親っさん、あんたがはまった?」、「はまったんじゃがな・・・。拍子の悪いことに、橋の下に舟が一艘繋いだぁったもんやさかい、その舟で頭バ~ンと打ち付けたがな。目ぇからバチバチ~ッと火が出たで、その火ぃで足ヤケドして、熱いの熱ないの、『熱いわいッ!』といぅ自分の声でフッと目ぇ覚ましたんじゃが、気ぃ付けぇ、櫓(やぐら)炬燵は危ないぞ~!」。
 「親っさん、怒るデェ~。あんた夢の話をするんやったらなぁ、はじめに『これは夢や』 と断っときなはれ。みんな顔色変えて聞ぃてるがな。せやけどまた、長い夢見たんやなぁ。あれ、みんな夢だっか?」、「いやぁ、ホンマのところもちょっとあるねん」、「さぁ、そぉなるとややこしぃで、ほなどの辺が夢で、どの辺がホンマだんねん?」、「いや、川へ飛び込んでずぶぬれになったと思たら、わい寝ションベ ン垂れて・・・」、「何を言ぅんや、これやさかい年寄りは嫌いやちゅうねん」。

 「光っつぁん、光っつぁんそこに居てなはって、こっちに来て座わんなされ。我々がわーわぁ~バカ言っているのに、柱に寄りかかって『バカ者がおろか話を・・・』、なんてどうしようも無いで、あんたもあるだろう恐いものとか嫌いなもんが・・・」、「別に・・・」、「みんなで、アリが恐いとかヘビが恐いと言ってるんだ。言うてみなはれ」、「そらまぁ、ないことはないんで・・・」、「言うてみなはれ、言うてみなはれ」。
 「オマン」、「・・・?」、「オマンが恐い」、「お婆ん?」、「違う、お饅頭」、「饅頭のおまん? 饅頭ちゅうたらたいがい、こぉ丸ぁるい格好してて、ポカッと割ったら中に餡が・・・」、「うぅ~ッ殺生やぁ~、饅頭のまの字を聞ぃても恐いのに『丸ぁるい格好してて、ポカッと割ったら中に・・・』や、言ぃやがって、 あぁ~ッ震えが起こってきた。あッ、あぁ、こらあかん。震えが納まるまでちょっとお先ごめん」。
 「変わったやつが居るなぁ世の中には。おい。饅頭が恐いか??」、「虫が好かんちゅうのは誰しもあるもんや。天下を治めた徳川家康さんでもな、クモが恐かったんやてぇ。小さなクモが降りて来ても、もぉ体がすくんだちゅうぐらいやさかい、虫が好かん、誰しもあんねや」、「虫が好かんのは分かるが、饅頭は・・・」、「あいつの祖先が饅頭屋を殺した怨念があるんやろぉ」。
 「光っつぁん嫌いなんや。我々がわーわぁ~バカ言っているのに、柱に寄りかかって『バカ者がおろか話を・・・』、なんてどうしようも無いで、でも、学校出ているから教えて貰うこともある。だから仲間はずれにすることも出来ない。オモロイこと思い付いたで」、「どないすんねん?」、「みなで饅頭買ぉて来んねや。光っつぁんの家行くねん 『お見舞いや』言ぅて、パパパッと饅頭放り込んだったら、饅頭の”ま”の字を聞ぃても恐いやつが、こぉ目の前ホンマもんが飛び込んで来てみぃ、あすこのうちは一方口でやなぁ、裏口あれへんさかい逃げることがでけんがな。『キャ~、バタバタ、キャ~、バタバタ』言うて光っつぁんが転がり回って苦しむところを、みんなで見て楽しむっちゅうのはどないや。おい?」、「そー言うこと好きなんや」、「ほな、さっそく饅頭買ぉておいで」。

 「買ぉて来たか」、「これは高砂屋の薯蕷(じょ~よ)饅頭か、甘泉堂(かんせんどう)の栗饅頭。橘家のへそ、キンツバもある。ウワァ~ッぎょ~さん来たぁんなぁ」、「みな手分けして持って光っつぁんとこ行こ」。
 「静かに、静かにせぇ、光っつぁんの家の前まで来た。ちょっと様子見てみるさかいな(少し戸を開けて…)光っつぁん、布団を被って寝ているよ。お加減どぉでやす・・・、『震えはあらかた止まりました』だって。お見舞いに来ているのが、高砂屋のオマンさん、色白のポチャポチャとしたひとで、お友達沢山連れてきてます。入って貰いましょうか。(戸を開けて饅頭を放り込む)わぁ~、わぁ~、キャ~、バタバタ、キャ~、バタバタ」、「お前が言ってどうする。光っつぁん何も言ってないよ」、「え?今のは私・・・」、「お前の『キャ~バタバタ』聞きたいいぅて、みな買ぉて来たんちゃうで。わざわざ銭出して買ぉて来て、こんだけのことやってんのに、中シ~ンとしたぁるやないかい。どないしてくれんねんこれ? しかし、ちょっと静かすぎるなぁおい」。
 「(戸の隙間から中を覗く)光っつぁん死んだ」、「えぇ?死ぬか?」、「死ないでかいお前。饅頭の格好言ぅただけで震えが来るやっちゃで、パッと顔上げたとこ ろへ饅頭がパッパッパッパ~ッ飛び込んで来たんや、そんなもん「キャ~ッ」 も「バタバタ」もなんにもなし。アッと言ぅたがこの世の別かれや。ビックリ死にっちゅうやっちゃ・・・。あッ、逃げたらあかんで逃げたら、みな押さえとけ。こ~なったらみんな連帯責任ちゅうやっちゃぞ。仲間外れあかんぞ、おのれだけ助かろてなあかん」、「どぉなる?」、「もぉしゃ~ない、こぉなったら覚悟せぇ。人ひとり殺してんねやないか」。「わい知らんで」、「こぉなったらお互い様やぞこんなもん。まぁ近所の連中がやなぁ、光っつぁん死んでるちゅうて分かったら、巡査が飛んで来るわなぁ、刑事が来よるやろ、巡査部長から署長が来る」、「警察の署長まで来るか?」、「来るがなお前、『世界犯罪史上、類例のない怪事件』ちゅうやっちゃ。これが明日の新聞にド~ンと大きぃに出るぞ」、「おッ、わいら新聞に載せて」、「喜んでんねやあらへんがな。『友達共謀して、佐藤光太郎なる男を饅頭にて餡殺(暗殺)す』と」。

 「表でもめ取るな~。わしゃ酒は一滴も呑めんが、饅頭が好きでなぁ~。あない言ぅたら多分こぉなるやろと思たら、きっちり掛かりやがった。アホばっかりや。ぎょ~さん饅頭放り込んでくれたなぁ、薯蕷の饅頭。橘屋のヘソ、しばらく合わなんだら小さくなったなぁ~」。
 「待てマテ、中で話し声がする」、「光っつぁん一人だけだよ」、「だって、話し声と、ムシャムシャ食べる音が聞こえる」、「(戸の隙間から中を覗くと)ア~ッ、光っつぁん饅頭食ってる、饅頭食ってる」、「(光っつぁん饅頭喉に詰まらせ、胸を叩く)あ~、恐かった、ごっつぉはん」、「(若い衆部屋に入り込んで)あぁ~、また騙されたんやあいつに」、「あんたが饅頭が恐い言ぅさかい、みんなで饅頭買ぉて来たんや。 あんたのホンマに恐いもん、何やねん?」、
「今度は、濃~いお茶が一杯恐い」。

 

イラスト:「日本の話芸」 林家木久扇画 NHK-TVより『饅頭恐い』



ことば

■この上方版の「饅頭恐い」は、東京版・「饅頭恐い」に身投げ噺が入って、その怖さを引き立てています。前作、「好きと恐い」のストーリーとそっくりで、その噺に最後、饅頭を投げ入れるところが付けば、この「上方版・饅頭恐い」になります。言い方を変えれば、「上方版・饅頭恐い」の前編と言われるところです。

■「好きと恐い」にある狸に騙されて、馬の尻の穴を覗く噺は、今回は時間の都合で枝雀はカットしていますが、米朝はしっかりと演じています。その、米朝の噺の狐は・・・、

 親類のオバハンが大和に住んでんねん。そこへ行った時に、だいぶ前のこっちゃがな。『兄ぃ、日が暮れこの辺あんまりウロウロせん方がえぇで。このごろ狐が出て来て、よぉ人が騙されるんや』。あるんやて『山の麓には罠が仕掛けてあるさかい、そっちの方には行かんよぉに・・・』、行くなと言われたら行きとなるのが人情やがな。あぁこれが狐の罠やなと思て覗いたら太ぉい尾が見えたぁんねん。罠に狐がかかっとぉんねや。えぇ値に売れるでと思てな、この狐をとりあえず殺したらなどんならんさかいと思て、大きな石を持って来てこぉやると、中で狐が『どぉぞ命ばかりはお助けを。その代わり命を助けてもろたら、生涯あんたが見ることのでけんもんを見せたげる』ちゅうさかい『何を見せてくれるねん?』ちゅうたら『狐や狸は、人を化かすところは決して見せんもんやけど、あんたには特別に見せたげる』ちゅうねん。『手拍子三つ打ってくれ』ちゅうさかい、よいよいポンッと打ったってん。歳の頃なら二十三四、色の抜けるほど白いえぇ女御やで、鼻筋がツ~ッと通ってな、口元がしまって、髪は艶々とカラスの濡れ羽色や、目ぇだけはちょっと吊ったぁるけどな、えぇ女御に化けよったがな。思わず見とれて『まぁ、おきっつぁん、えぇ女御に化けたなぁ。ちょっと後ろ姿見してぇな』ちゅうたら、狐、『まぁ、兄さんのお口のうまいこと。わたしらが何でそないえぇ女御になりますかいな、後ろ姿見て笑おや思て』ちゅうて、ス~ッと後ろを向きよった、その色気のあること。後ろ姿もえぇねやけど、帯のあいだから太い尾がダラ~ッと下がってんねや『おきっつぁん、後ろ姿もえぇけど尾ぉが見えてるがな』ちゅうたら、狐が手ぇでその尾をス~ッと隠して『お~、恥ずかし』」、「嘘つけ、お前。狐がそんなことシャレ言ぅたりするかいな」。
 「『向こぉの方から若い男が歩いて来る、あの男を騙します。陰から見てとくなはれや』。わしゃこぉ隠れて見てたらな、女御がその男のそば行て、何か言ぅてるかと思うと『うんうんうん』と、男嬉っそぉな顔して二人肩並べて歩き出したがな。わしゃ付けて行くとやな、納屋みたいなもんがあるねん。そこへその二人がスッと入りよったんや。で、わしもこぉ入ったろと思てそばまで行くと、目の前で戸がピシャッと閉まんねん。これから中でどぉいぅことになるか・・・、それが見たいのに・・・。こんな節穴が開いてて、そこへ目をあてごぉて中の様子をジ~ッと覗き込んだ。真っ暗や、窓も何もないさかいこない暗いんかいなぁと思てこぉ見てると、頭の上から何や妙なもんがファ~ッとかかってくるさかい、それをこぉ払いのけといてこぉ覗くのじゃが、ただモヤモヤモヤモヤしててプ~ンと臭い。覗くんじゃが真っ暗。また妙なもんがファ~ッとかかってくるさかい、それを払いのけといてジ~ッと覗いてると後ろから・・・。
 『これ、何するねん危ないがなッ』、ポ~ンと背中どつかれて、フッと気が付いたら、わしゃ馬の尻の穴覗いてたんや」、「そら、お前が騙されてんねや」、「それから狐が恐ぉ~て・・・」。
 右絵画:深川江戸資料館「深川お化け今昔」より、狸?狐?のお化け(部分) 北葛飾狸狐画

 以下解説が続きますが、東京版・「饅頭恐い」に詳しく有りますから、そちらもご覧になって下さい。

ボタ餅(ぼたもち);もち米とうるち米を混ぜたものを(または単にもち米を)蒸すあるいは炊き、米粒が残る程度に軽く搗いて丸めたものに餡をまぶした食べ物。米を半分潰すことから「はんごろし」と呼ばれることもある。同様の食べ物に「おはぎ」(御萩)あるいは「はぎのもち」(萩の餅)と呼ばれる食べ物がある。
 食材事典などでは食品としては同じものであり「ぼたもち」と「おはぎ」は名前が異なるだけで同じものを指すものとして扱われている場合も多く、ぼたもちとおはぎとの区別は次第に薄れている。

浅草海苔(あさくさのり);徳川家康が江戸入りした頃の浅草寺門前で獲れたアサクサノリを和紙の技法で板海苔としたものを『浅草海苔』と呼ぶようになった。当時は焼かずにいたが、その後に焼き海苔として使用するようになった。浅草は紙の産地としても知られ、享保年間には紙抄きの技術を取り入れた抄き海苔が生産されるようになった。

濃口の醤油(こいくち しょうゆ); 全国的には「こいくち醤油」が圧倒的に多いが、「うすくち醤油」は関西でよく使われている。 こいくち醤油は国内生産量のうちおよそ8割を占める、最も一般的なしょうゆ。こいくち醤油の用途は、つけ、かけ用としての卓上調味料をはじめ、煮物、焼物、だし、たれなど調理用しょうゆとしてもほぼオールマイティ。料理番組などで醤油大さじ1杯というのは、すべてこいくち醤油のこと。薄口しょうゆは濃口より色が薄いので塩分が少なそうに見えますが、実際は逆で多い。

おぼろ月夜;はっきりしないさま。ほのかなさま。薄く曇るさま。ぼんやり。ほんのり。
おぼろ月=おぼろ月の出た夜。おぼろづくよ。おぼろよ。

乳ボーロ大阪前田 乳ボーロ。原材料、ばれいしょでん粉、砂糖、鶏卵、ぶどう糖、麦芽糖水飴、寒梅粉、脱脂粉乳、卵殻カルシウム、等で作られた一口菓子。
 一般的にはカリッとした軽い歯ざわりと口中でさらりと溶ける食感が特徴であるが、形としては丸めてから平たくしたものや、小粒のものなど様々であり、販売される商品名も「乳ボーロ」「丸ぼうろ」「たまごボーロ」「ミルクボーロ」「ベビーボーロ」「そばぼうろ」「松葉ボーロ」(島根県津和野町など。「松葉」と呼ばれることも)「堅ボーロ」(滋賀県長浜市)など様々な名称で広く市販されている。「丸ぼうろ」は佐賀市の銘菓であり、佐賀をはじめとする九州の土産菓子として有名である。 なお小粒のボーロは離乳食として用いられることもあり、「衛生ボーロ」という商品名もつけられている。
右写真:乳ボーロ。

百足(むかで);ムカデ綱の節足動物の総称。体は扁平で細長く、体長5~150mm。多数の環節から成る。各節に1対ずつの歩脚があり、数は種により異なる。頭部に1対の触角と大顎とを持ち、顎肢の毒爪から毒液を注射して小昆虫を捕えて食う。ジムカデ・トビズムカデ・オオムカデ・イシムカデなど、日本に百種以上。地表・土中にすみ、人に有害なものもあるが、客足がつく、おあしが入るなどといって縁起がよい動物とされる。古来、神の使い、また怪異なものとされ、藤原秀郷(俵藤太)の伝説は有名。

南農人町御祓筋(みなみのぉにんちょう おはらいすじ);大阪市中央区にある東横堀川に架かる中央大通平面道路の橋の東詰付近の町名。もとは農人橋詰町・両替町1~2丁目・農人橋1~2丁目・南農人町1~2丁目という町名だったが、平成元年(1989)に農人橋1~3丁目に改編された。
 大阪市中央区農人橋1丁目、2丁目を分ける南北の通りが御祓筋、旧熊野街道にあたる。
 ザッと農人橋まで農人橋2丁目から300m位の距離で、歩いて4分位の距離です。

本町の曲がり(ほんちょうのまがり);東横堀は農人橋の北側でクランク状に曲がって流れている。戦略上見通しを悪くするためとも、浄国寺というお寺があったのをよけるためにカーブさせたのだとも言われる。複雑な水流と人通りの少なさから、身投げが多かったという。現在は中央大通の高架道路および阪神高速13号東大阪線を挟んで二つの橋が架かっている。下流側(南側)の橋がもとからあった農人橋にあたり、橋の真上には阪神高速1号環状線が交差する東船場JCTがあります。

農人橋(のうにんばし);落語「雨夜の傘」に出てくるお絹さんが三次に殺され、ここに捨てられます。
 大阪市中央区にある東横堀川に架かる中央大通平面道路の橋、または、同橋東詰付近の町名。1600年(慶長5年)の記録に久太郎町橋と記されている橋が最初の農人橋といわれている。江戸時代後期に刊行された『摂津名所図会』に「いにしへ川西船場に田圃多くして、上町より農民かよひて耕作をなす」と記載され、豊臣期に市街化していた上町側(東側)から市街化する以前の船場側(西側)の農地へ渡るために架橋された。 江戸時代には谷町筋以東に大坂城代下屋敷・京橋口定番与力屋敷・大坂町奉行御金蔵などが立地し、公儀橋の一つだったが、日常の維持管理は橋周辺の町々に課せられ、東は谷町筋から西は御堂筋あたりの橋筋が橋掛かり町の範囲だった。
 落語「雨夜の傘」から、孫引き。

安堂寺町(あんどうじまち);農人橋、及びその南側の農人橋(町)のさらに南に松屋町筋を進むと、松屋町交差点が有ります。その手前に安堂寺町が現れます。
 農人橋からここまで約700m、歩いて10分弱になります。10分近く、ジタ、ジタ、ジタ・・・、と付いて来られたらそれは恐い。
 ここで一つ疑問が有ります。親っさんが農人橋を渡るのに南側から橋の中央で娘御に会い、渡らずに、また南側に戻ってきて、安堂寺町の手前で隠れています。いったい、農人橋を渡りたかったのか、渡りたくなかったのか、身投げに会に行きたかったのか、筋が一貫していません。ま、夢の世界ですから・・・。

末期の水(まつごのみず);人の死のうとする時、その口中にふくませる水。
 横堀川の増水して濁った水を末期に水だと思って飲め、と言っています。

薯蕷饅頭(じょうよまんじゅう);すりおろした薯蕷(ナガイモ)の粘りを利用して米粉(薯蕷粉、上新粉)を練り上げ、その生地で餡等を包んでしっとりと蒸し上げた饅頭。上用饅頭とも言い、紅白饅頭や織部まんじゅうなどがこれにあたる。使われる薯蕷にはつくね芋(京都地方)、大和芋(関東)、伊勢芋(中部地方)などがある。茶席で使われる主菓子(おもがし)のひとつ。奈良の林浄因(りんじょういん)が作ったという言い伝えから、その子孫のお店の名前をとって「塩瀬饅頭」とも呼ばれる。落語東京版・「饅頭恐い」より、写真も有ります。

栗饅頭(くりまんじゅう);栗餡を包んだ小判形の饅頭。皮の上に卵黄を塗って艶よく焼いたもの。また、その両方を兼ね備えた饅頭。くりまん。
右写真:栗饅頭。

ヘソ饅頭;中心部を凹ませ、クルミなどを入れて焼き上げた饅頭。日本各地に有ります。
右写真:ヘソ饅頭。

キンツバ;現在よく見られるのは、寒天を用いて粒餡を四角く固めたものの各面に、小麦粉を水でゆるく溶いた生地を付けながら、熱した銅板上で一面ずつ焼いてつくる「角きんつば」であるが、本来のきんつばは、小麦粉を水でこねて薄く伸ばした生地で餡を包み、その名の通り日本刀のつばのように円く平らな円型に形を整え、油を引いた平鍋で両面と側面を焼いたもの。
右写真:セブンイレブンのきんつば。

大和(やまと);現・奈良県。

 

 



                                                            2017年12月記

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