落語「酢豆腐」の舞台を行く
   

 

 八代目桂文楽の噺、「酢豆腐」(すどうふ)


 

 若い者が夏の昼下がり集まっていた。酒は何とかなるが肴は金が無くて算段が出来ない。
 「安くって数があって誰の口にも合って、腹にたまんなくって、見てくれが良くって、しかも衛生に好いと言うのは無いか」、「それは刺身だね。暖かいときに良く、寒いときにもイイ。ご飯にも良いし、酒の肴にもイイ」、「それは銭のある奴の台詞だ」、「私は銭が無くても食う」。
 「俺はクロモジを200ばかり買うね。それをくわえていると、ハタから見ても体裁がイイ。歯の掃除も出来て衛生的」。そんな物肴にならないと叱られる。「私は違う。ヌカズケの樽をかき回すと、底の方に古漬けが隠れているもんだ。それを細かく刻んで水にくぐらせると、覚弥(カクヤ)の香香と言ってツマミになる」、「出て来いクロモジ野郎。お前と違って古漬けとは粋なことを言うね」、でも、臭くなるとか、匂いが抜けないとか、爪の間にヌカが挟まるとか、誰も出す者が居ない。

 そこに、半公が通りかかった。呼び止めたら、急ぎがあるからと言うのを引き留めて「横町の小間物屋のミー坊、べた惚れだぞ。声かけてやれ。色男、色魔、罪作り、女殺し」、へへへと寄ってきた。「ミー坊、何か言ってたかい」、「この間、ミー坊に合ったから、『半公に岡惚れしているな』と言ったら赤い顔をすると思ったら『岡惚れしたらどうするの』とドンときたね」、半公グズグズになってきた。「この町内に他にも男がいるよ。『女なんて、お金が有るからとか、顔がイイからとかではなく、男らしい所に惚れ込んだ』と言ったんだ。その上、『江戸っ子で、人の嫌がることを進んでやるし、立て引きが強い所に惹かれたんだ』と言う」、「俺は神田っ子だ。人に頼まれたことはイヤだとは言ったことは無いんだ」、「そこで、みんなが頼むんだが、『糠味噌出してくれないか』」、「う、う~、さようなら」、「半ちゃん、あんたは立て引きが強い」、「話がうますぎた。香香は出せないが、それを買う分銭を出すよ。2貫でどうだ」。それで手打ちになった。

 与太郎に預けた豆腐が有ったのを思い出した。暑い盛り、湯を沸かした釜の中にしまって置いたので、黄色くなって毛が生えてしまった。これを世間では腐ったと言う。そこに横町の変物、伊勢屋の若旦那が通りかかった。男だか女だか分からない格好して、知ったかぶりのやな奴と仲間内では評判が悪い。シャクだからこの腐った豆腐を食わせてしまおうと一計を案じる。
 若旦那を呼び止めて、素通りしてはいけないと部屋に上げた。町内の女湯では、バカな人気だとおだて上げた。「眼が赤いとこ見ると、昨夜は『夏の夜は短いね』なんてモテたんでしょう」、「その通りで、初会ぼでベタぼで寝かしてくれない」。ノロケが終わると本題に入った。
 「貴方は御通家だ。昨今はどんな物を召し上がりますか」、「割烹物は食べ飽きてしまったから、人の食べない物が食べたい」、「ここに到来物の珍味なんだが、何だかわからねえ。若旦那ならご存知でしょう」と見せると、若旦那は知らないともいえないから器を顔の前にすると、眼がピリピリとし、ツーンと酸っぱい匂いがする。「これは食べ物ですか」、「モチリンです。拙(せつ)も一回やったことが有ります」、「これは皆さんの前では食べられない」、「他で恥をかくといけないから、どうぞ食べ方を見せてください。皆も頼め。箸じゃなくてスプーンで如何です」。若旦那の周りを囲んで食べ方を拝見。間違った能書きはいっぱい出てくるが、顔の前にはなかなか器が上がらない。「目はピリピリ、鼻にはツンと来るのが値打ちだね。う~ん、眼ピリなるものが・・・」、目をつむって、息を殺して一口、急いで口に入れたがたまらず扇子で扇ぎだした。目を白黒させながら吐き出しそうになるのを無理に飲み込んで、「いや~、オツだね」、「若旦那食べたね。これは何という食べ物ですか」、「酢豆腐でしょう」、「酢豆腐とは上手いな。若旦那たんとお食べなさい」、「いや、酢豆腐は一口に限りやす」。

 

 もう一つ、上方に移植された、「ちりとてちん」を、
 旦那の誕生日に、近所に住む男が訪ねて来る。 白菊、鯛の刺身、茶碗蒸し、白飯に至るまで、出された食事に嬉しがり、「初めて食べる」、「初物を食べると寿命が75日延びる」とべんちゃら(お世辞)を言い、旦那を喜ばせる男。 そのうち、裏に住む竹やんの話になる。件の男、何でも知ったかぶりをするため、誕生日の趣向として、竹やんに一泡吹かせる相談を始める。 そこへ、水屋で腐った豆腐が見つかり、これを「元祖 長崎名産 ちりとてちん」(または「長崎名物 ちりとてちん」)として竹やんに食わせるという相談がまとまる。 そうとは知らずに訪れた竹やんが、案の定「ちりとてちん」を知っていると言うので食わせると、一口で悶え苦しむ。 旦那が「どんな味や?」と聞くと、竹やんいわく「ちょうど豆腐の腐ったような味や・・・」。
 ちりとてちんはウイキペディアより  

五代目柳家小さんで「ちりとてちん」をアップしていますから、そちらも覗いて下さい。

 



 原話は、宝暦13年(1763)に発行された『軽口太平楽』の一遍である「酢豆腐」。これを、初代柳家小せんが落語として完成させた。八代目桂文楽が十八番にした。さらに、三代目柳家小さんの門下生だった初代柳家小はんが改作した物が、前述した「ちりとてちん」で、これは後に大阪へ「輸入」され、初代桂春団治が得意とした。この「ちりとてちん」は後にもう一度東京へ「逆輸入」され、桂文朝等が使っていたのをはじめ、現在では、柳家さん喬や柳家花緑らも演じており、東京の寄席でもなじみのある噺となっている。 ウイキペディアより

 軽口太平楽・巻の三から「酢豆腐」をひろうと、
 どの様なものでも食する人有り。あるとき悪しき豆腐を買うて振る舞いしに、その男は「これは悪い」という。「いやいや悪いのでは無い、酢豆腐と言う物ででござる。貴方のためにご馳走をこしらえた」といえば、また、四・五杯も食うて、「これは素人の食わぬ物」。

ことば

覚弥の香香(かくやのこうこう);古漬けを塩出しして、細かく刻んだで、醤油を掛けた物。徳川家康の料理人・岩下覚弥が始めたと言われる。また、高野山の隔夜堂の歯の弱い老僧のために作られたからともいう。

くろもじ(黒文字);クスノキ科の落葉低木。高さ2m余。樹皮は緑色で黒斑があり、それを文字に見たてたのが名の由来という。雌雄異株。春、葉に先だって淡黄色の花を多数、散形につける。果実は小球形で、黒熟。材は香気をもち小楊枝や箸を製する。この木から作るので、「つまようじ」の別称。
右写真;くろもじ 江戸東京博物館蔵「房楊枝」

小間物屋(こまものや);芝の「若狭屋」と「かねやす」が、江戸では指折りの高級小間物店であった。
 
本郷三丁目の「かねやす」(右写真)は、江戸時代からの小間物屋で、目貫(めぬき)、小刀や化粧品、口紅、白粉、かんざし等、こまごました物を売っている。それが小間物で、小間物を売る店が小間物屋、小間物店。 
 「かねやす」は、兼康祐悦という歯科医が乳香散なる歯磨き粉を売り出したところ、これが当たり、店を大きくした。芝神明前の「兼康」と本家争いがあり、芝は漢字で、本郷は「かねやす」と仮名に改めた。85話落語「ねぎまの殿様」、140話落語「小間物屋政談」、278話落語「松田加賀」で訪れたところです。 
 享保十五年の大火で、大岡越前は防災上、江戸城から江戸市内、今の本郷三丁目にかけて、塗屋、土蔵造りを命じた。大きな土蔵のあった「かねやす」は目立ち、川柳が出来た。
 「本郷もかねやすまでは江戸の内」 
店の前に説明版があります。

初会ぼでベタぼ(しょかぼでべたぼ);遊びに行って、初めての見世で、初会惚れ(女郎が初めての客なのに惚れられること)で、べた惚れされたこと。
 遊廓では、初めてのお客を「初会」、二回目の客を「裏を返す」、三回目になって初めて「馴染み」となる。
 格式のある大見世では馴染みにならないと、帯を解いてくれなかった。小見世ではこのような事も有ったのでしょう。

岡惚れ(おかぼれ);人の恋人やつきあいもない者にわきからひそかに恋すること。おかっぽれ。

立て引きが強い(たてひきがつよい);義理や意地を通すこと。

2貫(2かん);通貨の単位。1両=4分=4貫文=4000文。その半分で2貫文は2分で2000文。約4万円。ものすごく高い香々代です。
右写真;1本が100文ずつ束にしたサシ。このサシが20本で2貫。
江戸東京博物館蔵

御通家(ごつうか);通人、粋人。

(せつ);私。自分のことをへりくだっていう語。近世、幇間などが好んで用いたキザ語。

食べてみたら;実際に腐った豆腐を食べた事のある噺家に(なる前の話だが)瀧川鯉昇がいる。三日間、40度の熱でうなされ、タオルのような軽いものまでも持ち上げられないほどに衰弱した鯉昇は、その後約2ヶ月の間、温泉で療養することになってしまった。

誤った辞書;かつて日本の多くの国語辞典には、「酢豆腐」は「生豆腐に酢をかけた食品」というまったく誤った語釈を与えていた。これは、他の辞書編纂者が無検証のまま転載したためで、『広辞苑』の初版(1955年刊行)あたりで指摘されるまでいくつかの辞書に同様の記述が見られた。本来の酢豆腐は落語ネタ酢豆腐の若旦那に由来し、半可通を意味する言葉であり酢豆腐という食べ物も実在しない。なお『広辞苑』では第二版(1969年)から正しい内容に修正されているが、現在でも『角川国語辞典 新版』(1969年)など、語釈が誤ったままの辞書もある。



                                                            2015年3月記

 前の落語の舞台へ    落語のホームページへ戻る    次の落語の舞台へ

 

 

inserted by FC2 system