落語「つづら間男」の舞台を行く
   

 

 六代目五街道雲助の噺、「つづら間男」(つづらまおとこ)より


 

 子供が泣いて帰って来た。雑巾のような着物だと、みんなも汚れるから遊んでくれない。母親を見ると子供の着物の仕上げに入っていた。着せると喜んで飛び出して行った。「あの子の笑顔を見るのは久しぶりだ。これで良かったんだ」。

 その日の暮れ方、何処を歩いても、誰も金を貸してくれなかった。と、亭主が帰ってきた。「お前の言うとおり、博打なんかするんじゃ無かった。鬼熊の連中は取り立てがウルサいのに、この3日間顔も出さない。マムシのような連中が来ないと逆に心配になる。お前を売ってカネにすると言っていた。このままでは済まないので、成田の伯父さんの所に行ってくる。全額は貸してくれないだろうから、半金でも入れておかないと、どうなるか分からないので明日とは言わず、今から成田に行ってくる」、「それが良いよ」、「では、行ってくる」。

 長屋の門口にある荒物屋のオカミサンに呼び止められた。「チョット話しが有るんだがね~。上がって行っておくれ」、「何だい」、「お茶でも飲んで・・・。お前の亡くなったおっ母さんとは幼なじみだし、お前が生まれるときは、産婆さんと協力して私が取り上げた仲だから言うが・・・」、「どうしたんだい。改まって、母親のように思って他人だとは思わないよ」、「お前、世間に顔向けできないようなことがあるだろ。博打のことではないんだよ。だからさ~・・・。も~~、いいよ今日は・・・。お出掛けッ」、「人を上げといて、それは無いだろう」。
 「実はね~、おカネさんの事なんだがね~」、「かかぁ、あいつが何か・・・」、「おカネさんは、器量も良し、愛想も良し、仕事も出来るし長屋のことも出来るし、子供の面倒も見てくれる。お前には過ぎたる女房だよ。かえって、それがいけないことも有るんだ」、「ハッキリ言ってくんね~」、「だからさぁ~・・・。はぁ~~、もう良い。このことは忘れておくれ」、「それじゃ~ヘビの生殺しじゃないか。ハッキリ言っておくれ」、「じゃ~、言うけれどね~、間男なんだよ」、「間男?家のがぁ?そんな馬鹿なことは有りやしない」、「有るから心配してるんじゃないか」、「それは間違いがないのか?」、「その当座を見たわけじゃ無いが、ありゃ~間違いないよ」、「その相手とは・・・」、「表の質屋の旦那だよ」、「伊勢屋かッ」、「日が暮れると、いそいそとお前の家に入って行くじゃないか。お前の留守の時にだ。間違いないよ。どうするつもりだぃ」。
 「チョットここで、時間つながして貰ってもイイかぃ」、「小さい子が居るんだ。手荒なまねはしちゃいけないよ」。奥の三畳でごろりと横になり、用意して貰った酒を飲んでいる内に、夜も更けて参りました。

 伊勢屋の旦那が訪ねて来た。「成田に出掛け、明日にしか帰って来ません。お陰様で、借金も無くなりました。子供にも新しい着物を着せてやることが出来ました。旦那のお陰でございます。ありがとうございます」、「そんな事は良いんだ。チョッと一杯やれるかな」、「粗末なものですが、どうぞ」、「あ~ぁ、旨い。私は18年前に女房を亡くしまして、仕事一筋でしたが、仲間連中は茶屋遊びを勧めてくれましたが商売女が嫌いで、町で見た貴方を、こんな女性が・・・と思っていました。それがひょんな事からこんな事になり・・・。決して悪いようにはしません」、「お陰様で助かっております」。
 「こっちへお寄り」、「子供が寝ています」、「死んだように寝ているよ。こっちお寄り」。

 激しく戸を叩き、亭主が戻って来た。「成田に行ったのでは無いのか。二人で美人局(つつもたせ)をしているんじゃないか」、「いえ、そんな事は、亭主は気が短いもんですから・・・、この葛籠の中に隠れていてください。命をかけてもお守り申し上げます」。
 「そんなに叩くんじゃないよ。子供が起きちゃうょ」。「何で酒の支度がしてあるんだぁ。何で銚子が1本有るんだよ。えッ。これは誰の下駄だッ。亭主の顔に泥を塗りやがって。野郎を何処に隠しやがった。葛籠かッ」、「チョッと待っておくれ。その葛籠は開けちゃいけないよ」、「離せ」、「腹が立つなら私をブッておくれ。そんな事をしちゃったんだから。でも、その葛籠だけは開けちゃいけないよ」、「どうしていけね~」、「あの鬼熊の連中がどうして取り立てに来なくなったか分かるかぃ。お金を払ったと思わないのかぃ。二人で一生涯掛かったって返せる金ではないゃ。お前さんがどんなに頭を下げたって貸してくれる金でも無いし、私が売られてしまったら子供が可哀相だ。その様にならなかったのは葛籠のお陰だよ。子供の着物だって、日々の食事だって、みんな葛籠のお陰だよ。葛籠を開けたら恩知らずになって、美人局になっちゃうよ。私が悪いのは分かるが、その葛籠は開けちゃいけないよ。葛籠だけは開けちゃいけないよ」。
 「分かった。開けね~。葛籠の世話になるようなことをした俺が悪い。でも、腹の虫が治まらね~。開けない代わりに誰にも開けさせね~。大丈夫だ離せ。そこの奉紙を取ってくれ」。奉紙でコヨリを作りますと葛籠の口金のところを封を致します。ヒモで葛籠をグルグル巻きにして、担ぎ上げた。「何処に持って行くだい」、「大丈夫だ。離せ」。
 表通りの質屋にやって来ました。

 「こんばんは」、「夜分にどちら様ですかな」、「左官の吉蔵(よしぞう)でございます」、「親方で・・・、チョッとお待ち下さい。何でございましょう」、「質にとってもらいたい物が有りますので・・・。明日ではダメなんです」、「番頭さん。何にも見ずにこの葛籠、七両二分で取ってもらいたい」、「七両二分と言いますが、中身は何ですか?」、「どうと言うほどのモンでは無いが、強いて言うならクズのような物です」、「恐れ入りました。七両二分どころか百にも付けられません。主人が見たら、こんなゴミにと言うでしょう。お引き取り下さい」、「だったら、重石を付けて川に放り込んでしまうが良いかぃ」、「そちら様の物ですからご自由に・・・」、「(ドンと葛籠を叩く)静かにしろぃ」、「えッ、何ですか?」。
 「チョッと番頭さん、待っておくれ」、「オカミサンなんですか?」、「・・・」、「えッ、旦那が・・・葛籠の中に・・・」、「親方、親方、チョッとお待ちを」、「何だぃ。これからこの葛籠を堀に沈めに行くんだ」、「お見それしました。私の見立て違いです。よくよく見ればその葛籠、大した物です。私どもでもしばらく要りような物です。質物にお取りします」、「そうかぃ。それで幾らで取ってくれるね」、「世間相場なみの七両二分でお取りします。では、どうぞお改め下さい」、「確かに預けたぜ」、「二度と虫が付かないようにしっかり預かります。夜分にありがとうございました。お手数お掛けしました」、「番頭さん」、「ヘィ」、「流さないでくんなよ」、「へぃ、利(理)を入れておきます」。

 



ことば

裁縫(さいほう);江戸時代、嫁としたら常識的に反物から着物ぐらい縫えた。それが嫁入りの大事な資格で、母親に習うとか、町の縫い物や手習い所に通って習った。子供の着物をおカネさんは当たり前のように縫い上げていた。
 右図:江戸職人図聚 「針妙」 三谷一馬画
針妙は”しんみょう”と読み、プロのお針子さんです。

七両二分(7りょう2ぶ);間男の世間相場は七両二分と言われた。
 当時の不倫は命がけの行為だった、男も女も。俗に間男と女房を重ねて四つに切るなどとも言われるが、これは当時の法律に、
 「密通の男女共にその夫が殺し候はば、紛れも無きにおいては、おとがめ無し」
と、定められており、密通の現場を夫が押さえれば、二人を束にして斬り殺しても構わないことから重ねて切れば体が四つになると、間男を制する意味で使われた言葉です。
 しかし、現実には江戸中期では女性の人口が少ないので、こんな事が起これば女性が居なくなってしまう(雲助の解説)。示談金で済ませるということが行われていたようで、しかもその相場は江戸初期で五両と決まっていた。
 「その罪を許して亭主五両とり」(明和六年=1769年)
 「間男の首代昔からお定まり銀三百匁」(たとえづくし)
銀三百匁は、金に直して五両です。従って、銀が通用していた上方では古くから間男の示談金は銀で支払われ、江戸では金五両ということになった。ただし、時代が下がると、その相場も高騰し、
 「すえられて七両二分の膳を食い」(柳多留拾遺)
据え膳を食うと七両二分となる。七両二分とは大判一枚(額面は10両だが、価値が低下してこの金額。私は略したが雲助はマクラで説明している)に相当する金額で、この句は、据え膳に応じたら、なんと夫婦共謀で示談金を巻き上げる、いわゆる「美人局(つつもたせ)」だったのだ。この様に命がけの不倫も幕府にばれなければ金になると、金儲けの材料に利用する者が続出、天保期には幕府の取り締まりが強化された。
 「据え膳食わぬは男の恥」(江戸川柳)
 「密男せぬ女房は無いもの」(たとえずくし)
 「密男七人せぬ者は男のうちにあらず」(世話詞渡世雀)
などと、命がけだったにも関らず、この迷いの止め難きは、結局いつの世も替わらぬのが人間であった。

間男(まおとこ);夫のある女が他の男と密通すること。また、その男。情夫を持つこと。男女が私通すること。
昔も今も変わりませんね。

   

 旅から帰った亭主に驚き、裏から逃げ出す間男と、同じく逃げ出す間男。文藝春秋デラックス11月号より
落語「紙入れ」より孫引き。

葛籠(つずら);衣服を入れる、アオツヅラの蔓で編んだかご。後には竹やヒノキの薄板で作り、上に紙を貼った。つづらこ。吉蔵の家の葛籠には既に質物になるような着物も入っていなかったので、伊勢屋の旦那が入れる余裕が充分有った。

  

左、武家大名が使った葛籠。江戸東京博物館蔵。 右、極普通の葛籠。正面にカギが着いていて、反対側には背負うための肩紐が付いていた。

博打(ばくち);(バクウチの約) 。
 財物を賭け、骰子(サイ)・花札・トランプなどを用いて勝負をあらそうこと。ばくえき。かりうち。とばく。ギャンブル。
 一か八(バチ)かのまぐれ当りをねらう行為。
大概は胴元(親)が勝つようになっている。遊びでやるときは、順番で胴を回して遊ぶ。
 日常的に賭博を行う者や、賭博を特に好む者は「賭博師」や「ギャンブラー」、「博打打ち」などと呼ばれている。 賭け事の遊戯(ゲーム)を主催している者を胴元と言う。 胴元(主催者)側が、自分に有利になるように、様々な詐術を用いて表向きのゲームとは違うことが起きるように細工をして行う賭博を、いかさま賭博と言う。よくある手法は、参加者に分からないようなかたちで、なんらかのトリック(技術や道具)を用い、相手を錯誤させ、表向きの確率や期待値(見掛けの確率や期待値)とは違うように、実際の確率及び期待値を改竄して行う。

成田(なりた);千葉県北部の市。新勝寺(成田不動)の門前町として発達。新東京国際空港がある。成田山新勝寺は、真言宗智山派の大本山のひとつで、弘法大師空海が敬刻開眼した不動明王の御尊像を御本尊として開山された不動尊信仰の総府です。古来より、お不動さまの御霊験ご利益りやくは数限りなく、数多の信仰を集めてきました。今日では、毎年1000万人を超えるご参詣者をお迎えしております。全国有数の広大な敷地を誇る境内には、車の祈祷をする交通安全祈祷殿、自然豊かな公園、書道美術館や仏教図書館など多くの施設を有しています。
 新勝寺は落語「寝床」に詳しい。

荒物屋(あらものや);笊(ザル)・箒(ホウキ)・塵取り、鍋釜などの雑貨類を商う店。

ヘビの生殺し(へびのなまごろし);ひと思いに殺さず、半死半生にして苦しめること。物事の決着をつけずにおいて苦しめることのたとえ。

質屋(しちや);質物を担保として質入主に金銭を貸し付けることを業とする者。また、その店。江戸時代の重要な庶民金融機関。中世には土倉と呼んだ。質店。
 質屋(しちや)もしくは質店(しちてん)、質舗(しちほ)は、何らかの物品を質(質草、担保)に取り、流質期限までに弁済を受けないときは当該質物をもってその弁済に充てる条件で金銭を貸し付ける(融資)事業を行う事業者あるいは店舗を指す。物品を質草にして金銭を借り入れることを質入(しちいれ)という。右図、江戸の風俗画より。

美人局(つつもたせ);「筒持たせ」の意か。もと博徒(バクト)の語という。「美人局」の文字は「武林旧事」などに見えて、中国の元(げん)の頃、娼妓を妾と偽って少年などをあざむいた犯罪を言ったのに始まる。
 夫ある女が夫となれあいで他の男と姦通し、姦夫から金銭などをゆすり取ること。なれあいまおとこ。

私が売られて;吉原や歓楽街の見世に、女性を女郎の目的で見世に売り金銭を受け取る事。実際は数年契約で前金を受け取り、そのまま逃亡する。三十以上の大年増だったら、金額も少なく、追加で請求されるかも。

奉紙(ほーがみ); 「奉書紙(ほうしょがみ)」の略。コウゾで作った上質の和紙。
 和紙の一種。もともとは原料を楮(コウゾ)とする和紙である楮紙のうち、白土などを混ぜて漉きあげたもので、日本の歴史上、奉書などの古文書で使用された。現代では、パルプを原料とするものも含めた白くてしっかりした和紙の総称となっており、日本画制作における支持体や裏打ち紙、木版の版画用紙などの絵画材料に使用されている。手漉きの越前奉書は、最高級の奉書紙とされている。 白土などを混ぜないものを「美濃紙」と分類。

左官(さかん);建物の壁や床、土塀などを、こてを使って塗り仕上げる仕事、またそれを専門とする職種のこと。「しゃかん」ともいうこともある。右図:江戸職人図聚 「左官」 三谷一馬画

親方(おやかた);左官の責任者を特に親方と呼んだ。大工のことは棟梁(とうりょう。とうりゅう)、鳶(とび)は頭(かしら)と呼んだ。

(100);100文のこと。七両二分から見たら端金。

見立て(みたて);見て選び定めることで、選定。鑑定。 落語「お見立て」の墓を見立てるのとはチョッと違います。

利(理)を入れておきます; 質屋だけあって、最初から利息を入れておけば流質の期間が延びる事と、葛籠に入った旦那に真理、社会の常識を入れる事を掛けたオチ。



                                                            2016年5月記

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