落語「秋刀魚火事」の舞台を行く
   

 

 桂三木助の噺、「秋刀魚火事」(さんまかじ)


 

 長屋の連中が揃って、大家の家にやって来て、知恵を授けて欲しいという。大家と言えば親も同然だから一緒に考えようと言うことになった。裏の地主の吝い屋が余りにもやり方が汚いので、愚痴を聞いて欲しいと泣きついてきた。

 潮干狩りに行ったら、日本中の蛤が捕れたと思うほど捕れて、いろいろ料理して楽しんだが、殻まで食べられないので、路地に捨てたら番頭が怒鳴り込んで来て「踏めば危ないし、当家で始末してあげるから裏口に持って来い」と言うので、綺麗に片付けて持って行った。その年の冬にヒビ・アカギレの薬を売り出した。その容器が蛤の殻で、長屋の連中が買ってきたら、何処かで見たことがあると考えたら、集めさせた蛤の殻だった。おどしすかし持って来させた殻で儲けるとはひどい。
 それはまだ良いとして、長屋の子供達が塀に落書きをしたら、番頭が出てきて、塀に書いてはいけないから庭にある石に書きなさいと言ったが、その石は真っ白で、蝋石では絵が見えない。家に帰って炭を持ってくれば良く見えると子供をそそのかし、炭を持ってこさせた。番頭が出てきて、「御用があるから外で遊んで。炭を持っていると着物を汚すので、この箱に入れなさい」と集めた。子供は正直だから外で遊んで、飽きたから庭に戻ると炭が無い。各自家から、また炭を持ち出して遊んでいると、番頭が出てきて、「御用がある」からと炭を取り上げた。2,3日経つと長屋には炭が無くなり、吝い屋には炭が3俵ばかり蔵に入れた。
 それは良いとして、3~4日前に番頭が来て、家のお嬢さんが前の空き地に、珊瑚の五分玉のカンザシを落とした。拾ってくれた方には、莫大なお礼をしたい。その莫大なお礼を求めて長屋の連中が集まった。雑草が生い茂っているので、草刈りをしてからだと綺麗にしたが、カンザシは見付からなかった。今朝吝い屋の話を聞いてしまったら、番頭を褒めている、「空き地の草刈りをするのには人手が掛かる。その費用を考えていたら、お前の働きで、ただで草が無くなった」。クヤシイじゃないですか。

 それで、留さんが考えたのですが、唐茄子のお化けを考えた。唐茄子をくり抜いて、目鼻を付けて、中にロウソクを入れて、竿の先に吊して、吝い屋が夜中に、手水場に起きるのが分かっているからその時に、鼻先に吊して脅かそうとした。吝い屋はそれを見て、手にとって眺めていたが、ヒモを外して部屋の中に入ってしまった。翌朝番頭が来て、昨夜の礼をしていった。癪に障るから何か無いかと大家の所に来たという。

 あすこの一番怖がるのは火事だろうな。またまた留さんは「油の詰まった3番蔵に松明を付けて、投げ込んだら、驚くでしょうね」。それは驚くけれど警察沙汰になってマズい。留さんは考えない方がイイ。では夜中に「火事だ、火事だ」と怒鳴ったら。それも警察のご厄介になる。
 そこで、大家が考えたのは、長屋18軒全部が七輪を持ち出して、3匹ずつ一斉に秋刀魚を焼く。頃合いを見計らって、焼けばスゴイ煙になる。その時、声の大きな熊さんが怒鳴る「小さな声で、魚竹では間に合わない。大声で河岸だ、河岸だ」と怒鳴れば河岸が火事に聞こえる。間違えるのは先方のかって。そのどさくさに皿などを壊せば、手を叩いて喜ぶと計画が決まった。時間は大切で、暖簾を閉まって、食事の準備をしているのを狙う。長屋18軒七輪を並べて焼き始めた。

 こちらは吝い屋さん、夕食になってもおかずが無い。せめて、沢庵でも出して下さいと懇願していた。その時に黒い煙が入ってきた。合わせて「河岸だ、河岸だ」と怒鳴る声が聞こえた。油屋さんですからビックリして火事と聞き違えた。蔵の目塗りに走る者、火事に対処する者、大騒動になったが、中に賢いのがいて、裏を見ると、秋刀魚を焼いているのを見つけた。皆を押し沈めたら、旦那が半信半疑で裏を見ると長屋中が七輪を並べて、もうもうと煙を立てて秋刀魚を焼いていた。
 「思いだしたよ。石町さんでご馳走になったが、あれ以来だ。美味くて、食べたいと思っていた。サアサアぼやぼやしないで、早くご飯をついで」、「旦那、今沢庵を・・・」、「とんでもない。この匂いを嗅いで、おかずにして食べてしまおう」。 

 



ことば

大家(おおや)と地主(じぬし)と店子(たなこ);大家(大屋・家守・家主)は地主から依頼されて長屋を管理する差配人。その長屋などに住むのが店子であって、大家の支配の元で暮らした。そのため、大家を親と見立て店子を子と見立て「大家と言えば親も同然、店子と言えば子も同然」と言う言葉が発生した。子の悩みについては親同然の対応をしたので、長屋の連中の地主に対しての理不尽な要求にも親として助言したのがこの噺です。おさらいをすると、地主が建てた長屋に、借家人である店子が入居し、それを管理するのが大家さん。でも、この大家さん自分の主である油屋さんに反抗して、店子の肩を持っています。

吝い(しわい);金銭などを出し惜しみするさま。けち。しみったれ。吝嗇(りんしょく)。

潮干狩り(しおひがり);江戸っ子は”ひ”と”し”が言い分けられなくて、「ひおしがり」と発音しています。潮干狩りは遠浅の砂浜で、砂中の貝などを採取することで、東京湾では、シジミ、蛤、バカ貝、マテ貝などが捕れた。貝拾い、貝掘りなどとも言う。春の季語にもなっています。

 東京湾の品川沖で潮干狩りを楽しむ人達。広重画

(はまぐり);二枚貝の代表的な貝で、東京湾はハマグリの一大産地であったが、昭和後期にはほぼ全滅してしまった。食べて美味しく、ハマ鍋、焼ハマ、お吸い物、酒蒸し、等で食べられる。特に婚礼の蛤のお吸い物は欠かせません。
 貝殻も容器に使われたり、貝合わせの遊びに使われたり、碁石の白はこの貝殻から作られます。
右写真;貝合わせの蛤。源氏絵巻の絵が描かれている。
東京国立博物館蔵

珊瑚の五分玉(さんごのごぶだま);サンゴ虫の群体の中軸骨格。広義には珊瑚礁を構成するイシサンゴ類を含むが、一般には桃色サンゴ・赤サンゴ・白サンゴなどの真性サンゴ類の骨格をいう。装飾用などに加工。右図:珊瑚珠。広辞苑
 珊瑚珠から加工された貴石のような珠で、寸法が5分(3mmX5=15mm)ある。珊瑚にしては大玉です。で、非常に高価です。

唐茄子のお化け(とうなすのおばけ);唐茄子とはカボチャの別名。ふつう日本カボチャをいう。カボチャに目鼻を付けてロウソクを灯せばハロウインのカボチャ人形です。

七輪(しちりん);木炭や豆炭を燃料に使用する調理用の炉。「七厘」とも書く。関西では「かんてき」ともいわれる。右写真。
語源は、諸説あるがはっきりしない。
1.わずか7厘(金銭単位)で買える木炭で十分な火力を得ることができたことから
2.わずか7厘(重量単位)の重さの木炭で十分な火力を得ることができたことから
3.下部の炭火を受ける皿に7つの穴があったことから など。

秋刀魚(さんま);体は細長く、上下顎はくちばし状で下顎は上顎より突出した形状。体の背部は暗青色、腹部は銀白色。胃が無く短く直行する腸が肛門に繋がる。腸が短いため摂食した餌は、20分から30分程度の短時間で消化され体外に排出される。 鱗が小さい上にはがれやすく、網で漁獲されたものは水揚げされる際にほとんどの鱗がはがれ落ちてしまう。特に日本では脂が乗った秋の味覚を代表する大衆魚です。
落語「目黒の秋刀魚」もご覧下さい。

 目黒駅前の「目黒のさんま祭り」にての、火事かと思うほどの煙です。

蔵の目塗り(くらのめぬり);大店では財産を守るために蔵を建てていた。その蔵の出入り口や窓を火災時、閉め、その他の小穴やヒビの隙間に、用心土という粘土のような土を外側から塗り込んだ。

石町(こくちょう);東京都中央区の地名。江戸時代には金座が置かれており、現在は金座跡地に日本銀行が建ち、古今を通じて日本の金融を代表する町として知られている。日本橋川のある南から順に、一丁目から四丁目が並ぶ。この地はもと石町(こくちょう)と呼ばれていたが、寛文年間に神田に新石町(しんこくちょう : 現在の内神田三丁目付近)が出来たので本石町と呼ばれるようになった。
 江戸時代には三丁目に市中に時を告げる時の鐘が置かれ、またその近くにあった長崎屋は長崎から将軍謁見のために来るオランダ商館長カピタンの定宿とされた。二丁目と三丁目のあいだ近くにあった十軒店には、毎年桃の節句や端午の節句になると人形の市が立ち、年の暮れには同所で破魔矢羽子板を売るなどしてたいそう賑わったという。



                                                            2015年3月記

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