現在、家に有る物でも無くなった物が多く有ります。おひつ、ほうろく、台所の水壺、ひしゃく等です。
引っ越して来た家にへっついが有り横に水壺があったが、棚から布袋さんが落ちて、水壺が割れてしまった。この際だから2かいりの壺に買い換えることになったが、兄貴分は買い物が上手いので、一緒に行ってもらうことに、おうこを持って出掛けた。
瀬戸物町にやって来た。店に入る前に足元を見られないように注意した。壺はここにも裏にも並んでいるからご自由にどうぞと言われたが、相棒は着物の裾を引きずっている。「どうした」、「足元見られないように」。
「買い物というのは帰ってから、あっちの方が良かったというものだから、今よく見ておけ」、「この水壺どう見ても気に入らない」、「何処が気に入らないんだ」、「壺というのは、口が開いていて、底が有るから水が溜まるんで、この水瓶は口が塞がっていて、底が開いている」、「それは壺が逆さまに置いてあるからだ」。「もしもし、お客さん店先で喧嘩なさらないように」、「頼りない男だから、嫁さんに頼まれてきた。あっさりと値段はいくらだ」、「軒並み同業者で、朝商いのこって、あんさん達のこって、せいぜい勉強して、オマケ申して、ドンと張り込んだところが、3円50銭が1文もまかりません」、「途中まで負けるのかと思った。それでは『軒並み同業者で無く、朝商いで無くて、あんさん達の事でなく、せいぜい勉強しないで、オマケせんで、ドンと張り込まなかったら』、これはいくらなんだ」、「3円50銭です」、「同じじゃないか。50銭は負けなさい」、「それは手荒い」、「おうこまで持ってきているんだ。外に頼んで運んでもらったら余計に金が掛かるだろ。そこを考えてみなさい。その上、長屋に帰ったら長屋中にここで水壺は買いなさいと宣伝するよ」、「あんさんは買い物が上手い。3円で良いです」。連れに3円出させて、差し担いにして担ぎ出したが、相棒は2かいりの壺を買わなければ嫁さんに怒られるという。「グルッと回れば2かいりの壺になる」と言い、先程の店に戻ってきた。
「覚えていてくれたな。2かいりの壺が欲しかったんだ。良いかい。では、2かいりの壺を持って帰れるように縄を掛けておいてくれ。ところでいくらだ」、「1かいりの壺が3円50銭で倍の7円に・・・、あんさんは買い物が上手いな。6円でようございます」、「分かりやすくてイイ。ところでさっき3円渡したな」、「ここにまだ置いたままになっています」、「で、この1かいりの壺下取りしてくれるな。いくらで下取りしてくれるな」、番頭一瞬聞き間違えたのかと思って聞き直した。「だから、この壺をいくらで下取りしてくれるな」、「・・・3円です」、「そこの現金とこの下取りした3円で、持って帰って良いな」、「・・・もう一度言ってもらえますか」、「ちゃんと聞いてろよ。そこに置いてある3円と、下取りした壺3円で6円だ。2かいりの壺が6円だから持って帰っても良いな。分からんか」、「分かりました。どうぞお持ち帰り下さい」。相棒は分かったので可笑しくてしょうがない。荷を担いでも笑っている。「逃げるように早く行け」。
番頭気が付いたのか呼び戻した。「どうも、3円しか無いんですが」、「お前、この1かいりの壺を下取りしてくれるんじゃ無かったのか」、現金と壺を見比べて「1かいりの壺を入れるのを忘れていました。どうぞお持ち帰り下さい」。
担ぎ出すと番頭、また戻ってくれと呼び戻した。「どう考えても勘定が足りません」、「おい、店を出ると、勘定が足らん、金が無いと言うのでは、我々が盗んでいるようなもんだ」、「どうしても勘定が合わないんです」、「それだったらソロバンを持って来い」、「持ってきましがどの様に・・・」、「まず3円支払ったな、それを入れろ。その次に1かいりの壺の3円を入れてみろ。6円になるだろう」、「あとの3円を入れて良いものかどうか」、「引き取るんだろう。だったら入れんかい。見ろ6円になるだろう」、何回やっても6円になるが、銭が足らない。
丁稚に大きいソロバンを持って来させた。大きいソロバンでも答えは同じ。「6円だろう」、「あんさんがゴチャゴチャ言うから分からなくなるんです」、店先で別のお客さんが値段の交渉を始めたが、ゴチャゴチャ言うんだったら売らないと客を追い返した。「3円と3円で6円のことぐらい分からんのか」、「忠助さんはいないのか。出掛けているのか。一番大変なときに。忠助さんが一番ソロバンが上手いのに」、まだ大きなソロバンで3+3=6の計算をしている。「私も長い間商いをしていますけれど、こんなややっこしい壺は初めてです」、「そうじゃろう。そこがこちらの思う壺だ」。