落語「にせ金」の舞台を行く
   

 

 五街道雲助の噺、「にせ金」(にせきん)より


 

 ころは明治、江戸から東京に時代が変わった頃のこと。元は旗本らしいお殿様、朝から酒をあおっている。奥方様からも「酒ばっかり飲んでないで何処かに出かけたら」と言われるが、「今日はサンデー(日曜日)だから何もしないんだ」と、平気で酔っぱらっている。
 出入りの道具屋・金兵衛が、先日売った書画の残金・三円五十銭を掛け取りにやってきた。この殿さま、酔うと誰彼かまわずからむ癖があるやっかいな代物で、今日も朝からぐでんぐでんになった挙げ句、奥方や女中を悩ませている。
 さっそく標的になった金兵衛、おそるおそる催促するが、殿さまは聞かばこそ。 「三円五十銭ばかりの金をもらうという料簡だからきさまは大商人になれん、俺は貴様を贔屓に思えばこそ金はやれん」と、酔いに任せて言いたい放題。飲まされるうちに金さんにも酔いが回ってきて、「殿さまのためならご恩返しに首でも命でも捨てまさァ」と、言ってしまった。 「その一言に相違なければ、その方にちと頼みがある」、「だからさァ、首でも命でもあげますってのに」。
 その頼みというのが、実にとんでもないことで、「友達が今度、各々が珍しい物を持ち寄って楽しむ会を催すことになり、そこで自分も珍物を出品したいが、それについて思い出したのが貴様の金玉。貴様のが疝気でかなり大きいと聞いておるぞ。その事を知っておるによって、ぜひ切り取って譲ってもらいたい。明朝八時までに持って来れば、代金五十円やる。いやなら即刻お出入り止にする」と厳命。すっかり酔いが醒めた金兵衛、しどろもどろになったがもう遅い。泣く泣く、チン物提供を約束させられてしまった。

 翌日。飲み明かして二日酔いの殿さま。これが昨日のことはすっかり忘れてしまっている。
 そこへ、青い顔をした金兵衛がやって来て「お約束通り、金を切ってきました」。さあ、困ったのは殿さま。なにしろ、そんな約束はキレイさっぱり忘れているうえ、こんな物を持ちこまれても外聞が悪い。しかたがないので、治療代五十円に、借金分兼口止め料三円五十銭も付けてようやく帰ってもらったが、そこでつくづく自分の酒乱を反省し、酒を飲むたびに五十円の金玉を買ったのではたまらないので、すっぱりと酒を止めると、言いだす。
 それにしても気の毒なのは金兵衛。

 旦那は馬鹿なことをしたと反省しながら、気持ち悪そうに金兵衛のキンの包を開けた。すると生臭い匂いが漂い始め、猫が寄って来てジャレついている。よく見ると蛸の頭を二つ生ゆでにして毛を刺しただけの真っ赤なにせ金玉。「あやつ、こんなもんで騙しおって、五十円誤魔化された」。
 それからこの噂が広まり、三日とたたないうちに、金兵衛はお召し捕り。
 「にせ金使い」というので、お仕置きになった。  

 



ことば

■「にせ金」。もちろん読み方は「ニセガネ」ではなくて「ニセキン」。
 以前、有名コメディアンが「下ネタはどんなことを言っても誰にでも受ける。だから邪道だ」と言ったらしいけれど、逆に言えば今も昔も、受けるためには何でもやったこの噺の作者及び噺家の気持ちは同じなんだな、と思う。しかし、ウケたが勝ち、というのが噺家の世界かもしれないけれど、結局は正統派の噺が残り、こういう邪道のネタは埋もれてしまった。因みにこの噺は、瀧川鯉朝もやっています。

貨幣贋造は厳罰;江戸時代の「公事方御定書」ではもちろん死罪。それが整理緩和され、死刑の適用範囲が減ったが、明治3年の「新律綱領」、明治15年の刑法でも死刑。
 ヴィクトリア朝英国でも、アメリカでも縛り首。かっては世界中、どこでも死罪でなかった国はないくらいの重罪で、現在でも死刑を科している国が結構あります。

 通貨偽造の罪(つうかぎぞうのつみ)とは、日本国における犯罪類型のひとつであり、通貨を発行する権限の無い者が通貨、もしくはそれに類似する物体を偽造、変造などにより作成することを内容とする。刑法の第16章に定められている。通貨偽造罪(148条)、外国通貨偽造及び行使等罪(149条)・偽造通貨等収得罪(150条)および収得後知情行使等罪(152条)、通貨偽造等準備罪(153条)が含まれる。
 偽造通貨の流通はその国の信用を揺るがし、最悪の場合、国家の転覆をも生じかねない性質を持つため、どの国においても金額の多少に関わらず重罰が適用される。

  • 通貨偽造・通貨変造罪(刑法第148条第1項)
     → 無期又は3年以上の懲役

  • 偽造通貨・変造通貨の行使罪(刑法第148条第2項)
     → 無期又は3年以上の懲役

  • 輸入してはならない貨物を輸入する罪(関税法第109条第1項)
     → 10年以下の懲役若しくは3千万円以下の罰金、又はこれらの併科

禁演落語五十三種;この噺はキン演中のキン演落語。戦時中、「はなし塚」に葬られた53話の禁演落語の一つです。戦時中の昭和16年10月30日、時局柄にふさわしくないと見なされて、浅草寿町(現台東区寿)にある長瀧山本法寺境内のはなし塚に葬られて自粛対象となった、廓噺や間男の噺などを中心とした53演目のこと。戦後の昭和21年9月30日、「禁演落語復活祭」によって解除。建立60年目の2001年には落語芸術協会による同塚の法要が行われ、2002年からは、はなし塚まつりも毎年開催されています。

右写真:本法寺「はなし塚」

五人回し お茶汲み お見立て 宮戸川 引越しの夢 磯の鮑
品川心中 よかちょろ 付き馬 悋気の独楽 にせ金 文違い
三枚起請 廓大学 山崎屋 権助提灯 氏子中 紺屋高尾
突き落とし 明烏 三人片輪 一つ穴 白木屋 錦の袈裟
ひねりや 搗屋無間 とんちき 星野屋 疝気の虫
辰巳の辻占 坊主の遊び 三助の遊び 片棒 蛙茶番 親子茶屋
子別れ 白銅 万歳の遊び 紙入れ 駒長 不動坊
居残り佐平次 あわもち 六尺棒 つづら間男 おはらい つるつる
木乃伊取り 二階ぞめき 首ったけ 庖丁 後生うなぎ  

江戸から明治に;明治時代初期の日本が行った大々的な一連の維新をいう。江戸幕府に対する倒幕運動から明治政府による天皇親政体制への転換と、それに伴う一連の改革を指す。その範囲は、中央官制・法制・宮廷・身分制・地方行政・金融・流通・産業・経済・文化・教育・外交・宗教・思想政策など多岐に及んでいる。
 当時の人々からは主に大政奉還と廃藩置県を指して御一新と呼ばれていた。
 江戸幕府下の武士・百姓・町人(いわゆる士農工商)の別を廃止し、「四民平等」を謳った。しかし、明治4年に制定された戸籍法に基づき翌年に編纂された壬申戸籍では、旧武士階級を士族、それ以外を平民とし、旧公家・大名や一部僧侶などを新たに華族として特権的階級とすると同時に、宮内省の支配の下に置くことになった。 華族と士族には政府から家禄が与えられ、明治9年の秩禄処分まで支給された。同年、廃刀令が出され、これにより士族の特権はなくなる。

 東京名所常盤橋内紙幣寮新建之図(三代歌川広重) 天童・広重美術館所蔵

三円五十銭;明治維新の金融制度でも旧幕府時代の貨幣制度を改めて、通貨単位として「両」から「円」を導入、明治4年(1871年)。また国立銀行条例による国立銀行(ナショナルバンク)を経て、通貨発行権を独占する中央銀行としての日本銀行設立(明治15年、1882年)など、資本主義的金融制度の整備も行われた。
 明治4年、貨幣の基準単位を「両」から「圓(円)」に切り替え(旧1両を新1円とする)る。旧貨幣は漸次廃止する。補助単位として「銭」「厘」を導入。100銭=1円、10厘=1銭とし、10進法とする。本位貨幣を金貨とし、1円金貨を原貨とする(金本位制)。 1円金貨の含有金を純金23.15ゲレイン=1.5gとする(1アメリカドルに相当する)。これにより、旧1両が新1円に等価となり、さらに1米ドルとも連動する分かりやすい体系となった。

 

 

左上、十円金貨(明治4年)。右、五円金貨(明治3年)。左下、一円金貨(明治4年)。右、50銭銀貨(明治3年)。

疝気(せんき);漢方用語。下腹部の痛み、睾丸(こうがん)がはれて痛む病気の総称。胃炎、胆嚢炎あるいは胆石、腸炎、腰痛などが原因となることが多い。当時は野菜や食器・手などを十分に洗浄するような衛生観念もなく、また漬物を多食していたことも災いした。 江戸時代には寄生虫病は〈あだはら〉とも呼ばれ、疝気(せんき)という内科疾患には寄生虫病が多かった。
 落語「疝気の虫」に詳しい。『悋気は女の苦しむところ、疝気は男の苦しむところ』と言われた。

二日酔い(ふつかよい);酒などのアルコール飲料(エタノール)を、自身の代謝能力以上に摂取することにより引き起こされる、不快な身体的状態。エタノールがアルコール脱水素酵素によってアセトアルデヒドに代謝され、体内にまだ残ったそれが二日酔いの症状を引き起こす。基本的には、夜間に酒を飲み、翌朝の起床後、顕著に現れる現象を指す。また、宿酔(しゅくすい)とも云われる。急性アルコール中毒とは異なり、生命に直接の危険はないが、しばしば頭痛や吐き気などの著しい不快感を伴う。なお飲酒後、短時間に現れるものは悪酔い(わるよい)という。一般的に二日酔いは悪酔いが翌日になって現れる状態を指す。
 写真家ロバート・キャパが「神はこの世を六日間で創り給うた。そして七日目には二日酔いを与え給うた」との言葉を残した。

金兵衛はお召し捕り、「にせ金使い」というので、お仕置きになった;可哀想なのは殿様なのか金兵衛さんなのか。



                                                            2018年9月記

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