落語「巻き返し」の舞台を行く
二代目三遊亭金馬の噺、「巻き返し」(まきかえし)より
時計の無い生活は不便なものです。
「貴方、今何時だろうねッ?」、「それがお前の一番悪いとこなんだ。昨日、喧嘩をしたとき2階からひとつしか無い時計を投げて、それを知ってて聞くとは・・・」、「分かっているのかぃ。時計を放ったら不自由だと分かっているんだろう」、「俺が時計を放ったら、お前はラジオを放ることは無いだろ。ラジオで時間は分かるんだ」、「隣に行って時間を聞いてきておくれ」、「隣近所喧嘩をしていたのは知っているんだ。廊下を歩くのもいやなんだ」。
「為さん(トントントン)いますか」、「どうぞ、いらっしゃい。今行こうと思っていたとこなんです」、「どうしたの」、「返す金が300円足りないので、貸して欲しいんだ」、「無いよッ」、「電報では無いので短ければいいという物では無いよ。何か装飾が無いのかぃ」、「持っているけど、お前さんに貸すために持っているんじゃ無いんだ」、「そんな冷たいこと言わないで」、「俺の勤めている会社は冷凍会社だ」。
「ひとつ同じ釜の飯を食った仲じゃないか」、「そんな覚えは無いな・・・」、「お前さんが留守の時、ちょくちょく飯をご馳走になっているんだ」、「それで米の減りようが早いんだ」、「恩に着ますからお願いだ」、「じゃ~、100円だけ」、「あと200円。そうです、300円。恩に着ます。あんたに何かあったら、奥さん引き受けますから」、「そんなこと頼まないよ。抵当よこせ」、「えっ!? 何にも無いんだ」、「じゃ、この時計」、「ダ、ダメ。時計が無かったら死んじゃう。夜中目が覚めて、あと何時間寝られると思って、又寝るんだ。それが何回もなんだ」、「300円返せ」、「分かった。持って行ってもいいや。その代わり時間を聞きに行ったら教えてくださいよ。それに柔だからしょっちゅうネジは巻いてくださいね」、「300円返すまで金輪際、時計は返さないよ」、「分かったよ」。
「300円貸してくれと言うから時計をカタに持ってきた」、「やだね~、そんなことするんじゃ無いよ」、「お前は為さんの事になると優しいな。飯も食わせてるんだって。変な物までご馳走するなッ」、「何言ってるんだい。馬鹿馬鹿しい。こんな時間かい、もう寝ようよ」。
夜中になると、お隣から「(トントントン)今何時でしょうね?」、「2時15分だ」。「(トントントン)今何時でしょうね?」、「2時50分だよ」。「(トントントン)今何時でしょうね?」、「うるさいな、3時25分だ」。「(トントントン)今何時でしょうね?」、「3時40分だよ」、「いえ、ネジを巻いてください」、「・・・巻いたよ」。「(トントントン)今何時でしょうね?」、「はいッ、今4時10分ですよ」、「奥さんありがとうございます」。「(トントントン)今何時でしょうね?」、「お前さん、死んじゃうわよ」、「じゃ~、時計返してくるよ」。
「(トントントン)」、「早いですね。お出かけですか」、「返すよ」、「金を返さず、時計もらったら抵当の役が立たなくなる」、「一晩中時間聞かれたら寝られなくなって死んじゃう。だったら預かってくれ」、「分かりました。保管料もらいましょう。いやだったらお持ちください」、「保管料はいくらだ」、「300円です」、「家に帰らなくてもここに300円あります。お貸ししましょう」、「では、・・・」、「それでは300円入りようなんです。返してくれませんか。これで貸し借りはお互いありませんよ」。
「お前さんどうしたんだい」、「返しに行ったら、返し終わるまではダメで、どうしてもだったら保管料だって言うんだ。300円あるから貸すと言うんだ。だから借りて払ったんだ。そうしたら借りた金はあるから返すと言って300円よこした。そしたら、さっき保管料を貸した300円返してくれ言い出した。いいか!お光、時計は向こうに有るんだぜ。300円は、いったいどうなっているんだッ」、「馬鹿だねッ、この人は。しっかりしておくれよ。頭のネジが緩んでいるんじゃないか」、「ネジ、冗談じゃ無い。さっきちゃんと巻いたよ」。
ことば
■「巻き返し」;長崎抜天の新作落語で、二代目三遊亭円歌や、とんち教室で長崎抜天と共演していた三代目桂三木助による口演の音源が残っています。
まるで落語「壺算」のような計算が複雑な噺です。聞く方も頭が混線してきますが、話す方もこんがらがります。
長崎 抜天(ながさき ばってん)=(1904年4月1日 - 1981年1月3日)は、日本の漫画家。戦後、ラジオの人気番組『とんち教室』(NHK)でのレギュラー出演で広く知られる。本名は繁吉(しげきち)。
「とんち教室」の長崎抜天(左端)
1904年(明治37年)4月1日、東京市芝区新橋(現在の東京都港区新橋)に長崎繁吉として生まれる。「日本近代漫画の祖」と呼ばれる北澤楽天に師事した。
1924年(大正13年)、20歳のころ、日刊新聞「時事新報」(福澤諭吉創刊)に「漫画記者」として入社し、子ども向けの漫画『ピー坊物語』や『ソコヌケドンチャン』を連載した。
1949年(昭和24年)1月、NHKラジオで『とんち教室』が放送開始、1969年(昭和44年)の放送終了まで20年間、「長崎生徒」としてレギュラー出演をした。また1954年(昭和29年)に同番組に取材したコメディ映画『爆笑天国とんち教室』(監督渡辺邦男)を東映東京撮影所が製作、柔道家の石黒敬七らレギュラー陣とともに出演した。
1954年12月14日、「ゆうもあくらぶ」の設立に参加、賛同者は徳川夢声(弁士・マルチタレント)、石黒敬七(柔道家)、石田博英(衆議院議員)、江崎真澄(衆議院議員)、水谷八重子(俳優)、春風亭柳橋(六代目柳橋)、高橋掬太郎(作詞家)、宮田重雄(医学博士・画家)、田河水泡(漫画家)、田村泰次郎(小説家)、昔々亭桃太郎(金語楼の弟、落語家)、榎本健一(喜劇役者エノケン)、松田トシ(うたのおばさん)、並木一路(漫談家)、松内則三(スポーツアナウンサー)、古賀政男(作曲家)、内海突破(漫才師)ら47人。同日日比谷公会堂で発会式を行った。長崎はのちに同クラブの理事長を歴任した。
1966年(昭和41年)、永年の『とんち教室』出演の功労とラジオ番組『喫煙室』の台本等で、第17回「NHK放送文化賞」(昭和40年度)を受賞した。
1981年(昭和56年)1月3日に死去。満76歳没。
■時計(とけい);時計には、柱時計(クロック)、置き時計(クロック)、腕時計(ウオッチ)が有ります。
現代のウオッチには先端科学の次のような時計があります。
・電波修正時計=標準電波を受信し、自動的に時刻及びカレンダー修正を行なう機能をもつ時計を、電波修正時計(又は電波時計)といいます。電波修正時計の仕組みは、その誤差、数10万年間に1秒のセシウム原子時計から生成される「日本標準時」をのせた正確な時刻情報やカレンダー情報などを含む標準電波を、時計のケースやバンドに内蔵されたアンテナで一定時間ごとに自動受信し、誤差を修正して正確な時刻を表示します。
送信所からの標準電波は、アンテナを通して時計の受信機に伝わります。ここで増幅を行い、受信パルスをマイクロプロセッサーに送ります。マイクロプロセッサーでは時刻信号の解析を行い、正しい時刻に自動修正し表示させます。
受信後の時計は通常の水晶時計の精度で動いております。 日本の標準電波は、独立行政法人情報通信研究機構(http://jjy.nict.go.jp)が運用しており、福島局(おおたかどや山)と九州局(はがね山)の送信所から標準電波が送信されています。
・太陽電池時計=太陽電池(ソーラーセル)を用い、光エネルギーを動力源とする時計。
太陽電池は光が当たると電気を起こすという半導体の光起電力効果を利用したものです。太陽電池はこの性質を持つp型半導体とn型半導体という種類の半導体を使ったパネル状の光発電装置です。英語ではSolar CellあるいはSolar Batteryなどとよばれています。
太陽電池に使われる半導体材料にはシリコン系と化合物系があります。現在、主流はシリコン系ですが、同じシリコンでも製造方法により、単結晶、多結晶、アモルファスがあります。アモルファスは、太陽光だけでなく蛍光灯のような人工光のもとでも比較的よく発電できる性質をもっています。
・自動巻発電ウオッチ=
ウオッチが動かされるたびに、自動的に発電及び充電を行なう機能を自動巻発電といい、その機能をもつウオッチを、自動巻発電ウオッチといいます。
クオーツ時計が発売される以前のウオッチは自動巻の機械式時計が主流でしたから、自動巻の回転錘を使って発電し、その電気でクオーツ時計を動かそうと言う自動巻発電のアイデアはクオーツ時計開発当初からありました。
ただしそのような機構で生み出される電気は極微量で、当時のクオーツ時計を動かすには全く不十分でした。また発電した電気を溜めておく仕組みも未発達で当時は実現性に乏しいアイデアでした。 その後のクオーツ時計の省電力化と蓄電技術の発達により、実用化が可能になったのです。
・熱発電ウオッチ=熱発電は宇宙開発の分野では早くから利用されております。1977年に打ち上げられた「ボイジャー1号」にもこの原理を応用した熱発電装置が搭載されています。
腕時計においては、それほど大きな起電力は必要としないものの、腕時計として成立するサイズに封じ込めなければならず、熱発電素子として大幅な小型化と高度な微細加工技術が必要とされます。また、宇宙で生じるような温度差に比べ体温と外気という極微量の温度差をできるだけ活用するための断熱構造等が必要となります。人間の身体が発生している熱エネルギーを100%電気エネルギーに変換できたとするならば、60Wの電球を点灯するほどと言われています。
・無接点式充電時計=
充電器を用いて、充電を行う時計を充電時計といいます。
腕時計の場合は防水性等を考慮し接触式充電は採用できませんので、接点無しで充電器に載せるだけで充電ができる無接点式充電方式が採用されています。充電器に時計を載せることで、充電器から発生する交流磁場で時計内部のコイルに誘起電圧を発生させ、この電圧を整流し充電ユニットに充電しクオーツ時計を動かします。
・ぜんまい駆動式電子調速時計=
ぜんまいを動力源として、ぜんまいで針を動かすと同時に発電機により水晶振動子を駆動、自らの回転を調速する時計をぜんまい駆動式電子調速時計といいます。
この時計は、調速系以外の部分が機械式時計と同じ構造であり、クオーツウオッチが開発され機械式時計と水晶式時計が並存した1970年代に機械式時計の高精度化の1方式として考え出されました。
開発当初はぜんまいエネルギーに対して回路部の消費電力が大きく、自動巻発電ウオッチ以上にエネルギー収支が成立していませんでした。
その後、回路部の省電力化と発電機部の高効率化などの技術開発により実用化されました。
・衛星電波時計(GPS衛星電波時計)=
GPSをはじめとするGNSS(全地球航法衛星システム)等から発信される衛星電波を受信し、時刻や日付等を修正する時計です。
一般的にカーナビゲーション等広く使用されているGPSが有名なため、GNSS=GPSと理解されていますが、GPS以外にもいくつかのしくみが存在しています。また、地域によっては準天頂衛星システムがあり、これらの衛星電波も利用されはじめています。これらの衛星には、誤差10 万年に1 秒という高精度の原子時計が搭載されております。
・機械式時計=
ぜんまいを動力源として伝達輪列を通じて針を動かします。ぜんまいが解ける速さは、ひげぜんまいを備えたてんぷによって調整されます。このような機構を備えた時計を機械式時計といいます。
電気制御を一切用いず、機械のみによって時刻を表示する機能を実現している点が特徴です。中世のクロックに端を発し、近世の懐中時計を経てウオッチへと進化を続けながら現代に至っています。そして機械式時計は今なお進化を続けています。
機械式時計はキーやりゅうずを介して 動力ぜんまいを巻き上げます。これを手巻き機構と呼びます。また、ウオッチには腕の動きによって動力ぜんまいを巻き上げるものもあります。これを自動巻き機構と呼びます。
・水晶式時計(クオーツ時計)=
水晶式時計は、時間源として水晶(クオーツ;Quartz)振動子を使用していることから、クオーツ時計とも呼ばれています。水晶振動子がつくり得る時間精度は、機械式時計に比べ飛躍的に良いことから、精度がいいという特長をもっています。
電池等から得られる電気エネルギーを使い、水晶振動子を発振させます。
高精度で高い周波数(例:32,768Hz)の振動をICが分周して、1秒間隔等の周波数に変換します。アナログ時計の場合は、その信号を使用してステップモーターを駆動して時計を動かします。定期的な電池交換の必要がない水晶式時計として、太陽電池(ソーラーパネル)からエネルギーを得る「太陽電池時計」、回転錘の動きから発電する「自動巻発電ウオッチ」、また温度差を利用した「熱発電ウオッチ」等がありますが、これらは発電で得られた電気エネルギーを二次電池等に貯めて水晶式時計を駆動しています。
この項、日本時計協会のホームページから引用。
これらは精度が高いウオッチのことですが、それほどでも無いクロックはここまでの精度を追求していません。価格を見てもケース代の方が高いのではないかと思います。日本では精度を追求してここまで発展しましたが、スイスでは精度より、手作りの人間的な暖かみを追求して、それが売れるのですから求める人たちは多様です。
■ラジオ;
真空管式ポータブルラジオ ・ ラジオ受信機 Zenith Trans-Oceanic
B600 Zenith(1940年代)
Trans-Oceanicは1942年から1981年にかけてZenith社が製造した
高品位の短波ポータブルラジオの名前で、真空管を使った型は1962年まで
造られ、1957年には9石のトランジスターラジオが造られた。600型は1954年
に始まり小さな変更をしながら1962年まで続いた。B600は5球
スーパーヘテロダイン受信機で、使用真空管は、 1U4(RF
AMP.)-1L6(Conv.)-1U4(IF
AMP.)-1U5(DET./AVC/AMP)-3V4(AUDIO OUT)。
・ ラジオ受信機Empino V-22
4球式スーパーヘテロダイン中波ポータブルラジオ。受信周波数範囲:535-1605kHz。使用真空管:1R5(conv.)、1T4(IF)、1U5(det/af)、3S4(output)。電源:電池
(A)1.5V、(B)67.5V。
・ ラジオ受信機 Marilin
4球式スーパーヘテロダイン中波ポータブルラジオ。受信周波数範囲:535-1605kHz。使用真空管:1R5(conv.)、1T4(IF)、1U5(det/af)、3S4(output)。電源:電池
(A)1.5V、(B)67.5V。
・ Toptone ATR-210(1950年ころ)
4球式スーパーヘテロダイン中波小型ラジオ。受信周波数範囲:535-1605kHz、中間周波数:455kHz。使用真空管:1R5(conv.)、1T4(IF)、1U5(det/af)、3S4(output)。電源:(A)
1.5V、(B) 67.5Vまたは 45V。
トランジスターラジオ
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SONYトランジスターラジオEFM-117J SONY
(1964)
噺の亭主は時計を2階から投げ捨て、奥様は同じくラジオを投げ捨てたと言います。コードにつながれたラジオでは窓に引っかかるか、投げられないでしょうから、ポータブル型の電池駆動のラジオだと思われるので、真空管式およびトランジスターラジオを取り上げました。さてどれでしたでしょうか。■電報(でんぽう);電信を用いた文書(「電文」という情報)の配達サービスである。郵便による信書より高速に通報できる。
一般に電話が普及するまでは、肉親の危篤などの緊急連絡手段に用いられていたが、1960年代の電話・1980年代後半のファクシミリ・1990年代後半より携帯電話やインターネットの電子メール(Eメール)の普及により、緊急連絡に用いられることは少なくなった。現在、電報の多くは冠婚葬祭での祝電や弔電用に使われている。
また、電文の伝達手法も、モールス信号で多くの電報局を人手による解読で中継する方式から、テレタイプ端末と交換機による電報局間自動中継を経て、ISDNパケット通信による配達委託先への直接伝送・印刷が使用されるようになり、人員の合理化も進んだ。
2006年1月末には、米国のウエスタンユニオンが電報サービスを廃止した。
電報文体=内国電報の字種は永らくカタカナと一部の記号等に限られ、かつ電報料は濁点・半濁点・空白・句読点を含めた字数で課金されるため、通常の敬語は一般には用いられず、丁寧ながらも簡潔な文語体の文章をカナ化し、かつ濁点・半濁点を省略するのが一般的であった(例としてお出でくださいを「オイデコウ」、電話してくださいは「テレコウ」など)。また、単語そのものを略語化した電報略号や符丁も多用された。KDDによる外国電報では英数字のみが使え、電報料は字数課金であったため、内国電報と同様に電略や符丁も多用された。電報により送達される文章、又はその文体を電文といった。
■抵当(ていとう);借金のかた。担保。ひきあて。借金の際、借り主が自分の財産や権利を貸し主への保証に当てること。また、その保証に当てられた物など。抵償。
■ネジは巻いてくださいね;置き時計(目覚まし時計)などは、現在電池が入っていてその動力で動いていますが、その前は、ゼンマイを動力源としていましたので、1日1回はネジを巻かないと、止まってしまいます。ネジ巻きを忘れると、時計が時計で無くなってしまいます。
■保管料(ほかんりょう);営業倉庫が貨物を保管する報酬として受け取る一定の料金。正式には倉庫保管料といい、また倉敷料(くらしきりょう)ともいう。料率の基準としては、
〔1〕個数・重量・容積によるもの(従量率)、
〔2〕寄託貨物の申告価格または保険金額によるもの(従価率)、
〔3〕日時によるもの(時間率)、
〔4〕危険品・嵩高(かさたか)品など特別貨物にかけるもの(特殊料率)がある。
従量・従価の併用が一般的であるが、冷蔵倉庫だけは従量率によっている。
日本大百科全書(ニッポニカ) より
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