落語「風邪の神送り」の舞台を行く 三代目桂米朝の噺、「風邪の神送り」(かぜのかみおくり)より
■三代目桂 米朝(かつら べいちょう;(1925年(大正14年)11月6日 - 2015年(平成27年)3月19日)、満州・大連市生まれ、兵庫県姫路市出身の落語家。本名、中川 清(なかがわ きよし)。出囃子は『三下り鞨鼓』、『都囃子』。俳号は「八十八」(やそはち)。
現代の落語界を代表する落語家の一人で、第二次世界大戦後滅びかけていた上方落語の継承、復興への功績から『上方落語中興の祖』と言われた。1996年(平成8年)に落語界から2人目の重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定され、2009年(平成21年)には演芸界初の文化勲章受章者となった。
■風邪の神送り;むかしは風邪でも、この頃の言葉で言ぅたらインフルエンザなんと言うよ~な、あ~言うちょっと寝て休んだぐらいでは治らんよ~な風邪が流行りますと大変ですわな~、大阪の町じゅ~大騒ぎになります。そ~言う時にこの、風邪の神送りてなことをやったんやそ~で、ま~何んでも送るんですな~、虫送りやとか、疱瘡(ほぉそ)の神さん送ろとか、すぐ送りまんねん。風邪の神送りなんか言うのも風邪の神の人形こしらえましてな、お供え物をして「ど~ぞ風邪の神さん、ご退散を願います」と言って、それからそれをみなで川へ運んで行て、バァ~ンと放り込んであとも見ずに帰って来る。と言うよ~なことをやった。あっちの町内でやる、こっちの町内でやる、大阪の川も風邪の神さんが充満
してたやろと思いますが、それがみな大阪湾へ流れ込んだ。こ~言うよ~な風習がよ~あったんですなぁ。米朝マクラより
■風邪の神;風邪をはやらせる疫病神です。江戸のころ、悪性のインフルエンザによる死亡率は、特に幼児や老人等の抵抗力の弱い者にとって、コレラ・赤痢・ジフテリアに劣らぬ高さだったので、個人による祈禱や魔除けのまじない、落語「勉強(清書無筆)」のほかに、この噺のような町内単位の行事が行われたのは、無理もないところでした。「武江年表」の「風邪」を見れば、幕末の嘉永3、4年、安政元年、4年、万延元年、慶応3年と、立て続けに流行の記事が見えます。この際、幕府から「お助け米」が出ていますが、明治には廃れてしまった行事です。
耳袋では、江戸時代、非人や人形に風邪の神の扮装をさせて送る儀礼を紹介している。同書によれば、風邪が大流行したある初夏、大阪で、風邪の神送りをしていたところ、ある「風邪の神(の扮装をした非人)」が送る者によって空堀に投げ入れられたので、そのままの格好で帰り、家々の戸を叩きながら「風邪の神、帰りました」と言って回ったという。地方によって、咳気の神送り、オイヤレ、ヤウカオクリ、コトノカミオクリ、と言い、咳気神、カゼノカミは病気全般をつかさどるとされた。
■風邪(かぜ);感冒ともいう。鼻、のど、気管支などの粘膜に起る炎症性の病気の総称。風邪症候群と呼ぶほうが正しい。ウイルスの上気道感染によるものが多いが、一般にインフルエンザとは区別されている。多くは、疲労、寒冷などのストレス刺激が関係しており、頭痛、微熱、不快感、上気道炎、鼻炎、各種のアレルギー症状、ときには胃腸障害などの症状もあるが、二次感染がなければ安静だけで軽快する。
■ヤブ医者;風に騒ぐちゅうところでヤブと言うよ~な名前が付いたらしぃんです。米朝のマクラ。
■疱瘡(ほうそう);天然痘の俗称。また、種痘やそのあとについてもいう。
■覚え帳(おぼえちょう);奉加帳。勧進に応じて奉加する財物の目録や寄進者の氏名を記入する帳面。寄進帳。転じて、一般の寄付の場合にもいう。
■志(こころざし);好意・謝意などの気持ちを表す贈り物。
■初筆(しょふで);初めに書きしるすこと。最初の一筆。しょひつ。最初の人の寄付金が多いと、それにつられて多くなることが多い。落語「五貫裁き」(別名「一文惜しみ」)にも登場の初筆。
■天保銭(てんぽうせん);天保通宝(右写真)と呼ばれ、天保6年(1835)に創鋳された。楕円形をした大型の穴あき銅銭。表面に「天保通宝」裏面に「當(当)百」という文字と花押が刻印してあり銭百文と等価とされたが、一文銭4~5枚を使い密鋳されたものが多く出回ったことから、実際には80文で取引された。それで、少し足らない人間を「天保銭」とからかったという。いずれにしても質量的に額面(寛永通宝100枚分)の価値は全くない貨幣。
1両=4分=4千文=4貫文(江戸初期)、1両が8万円として1分は2万円、1文=20円。
■波銭(なみせん);形状は、円形で中心部に正方形の穴が開けられ、表面には「寛永通寳」の文字が上下右左の順に刻印されている。材質は、銅製の他、鉄、精鉄、真鍮製のものがあった。貨幣価値は、裏面に波形が刻まれているものが4文(右写真)、刻まれていないものが1文として通用した。当時1文銭96文を銭サシに通してまとめると100文として通用し、通し100文と呼ばれていた。小判や丁銀は日常生活には大変高額であり財布に入れて使用される様なことはまず無かったが、銭は庶民の日常生活に愛用されて広く流通した。一分判や小玉銀(豆板銀)でさえ、両替屋で銭に両替して使われた。
■代物(しろもん);遊女のこと。年頃の美しい女性(売り物になるものの意から)。
■箱寿司(はこずし);大阪寿司のひとつ、木箱で押す押し寿司。現在の箱寿司のスタイルが完成したのは明治の中ごろという。
左、一箱と言われた千両箱。頑張れば子供でも持てる重さです。 右、押し寿司の箱。
■生え下がり;もみあげ。「鬢」(びん)といい、
「耳ぎわの髪の毛」を示している。子供などは耳の前に髪の毛を垂らし、リボンなどで飾り付けました。
■灰吹き(はいふき);灰吹(はいふき=右図)は、煙草盆の中に組み込み、煙草を煙管で吸い終えたとき火皿に残った灰を落とすための器です。
灰吹は、茶席では通常竹が用いられ、正式には径一寸五六分の青竹を高さ四寸から四寸五分に切り、一回ごとに新しいものと取り替えますが、油抜きした白竹を用いることもあります。
また、一度使った青竹をそのまま保存して名残の席に使うこともします。
灰吹は、使うときに水洗いをしてから、中に少量の水を入れます。
灰吹は、「煙壷」、「吐月峰」ともいいます。
吐月峰(とげっぽう)は、静岡市にある山の名で、連歌師 宗長(そうちょう:1448~1532)がここに吐月峰柴屋軒を開き自ら移植した竹を使い竹細工をし、灰吹に吐月峰の焼印をして売られたため、吐月峰と書いて灰吹と読むほどになったといいます。
■身代(しんだい);1 一身に属する財産。資産。身上 (しんしょう) 。「身代を築く」「身代を持ち崩す」。
■十一屋(じゅういちや);十日で一割の利子を取る高利貸を「といち」と言います。日本中に多くの十一屋さんが有って、飲食店、不動産屋、クリーニング店、等多くの業界がありますが、噺では、「といち」に掛けてじゅういち屋、と言ったのでしょう。
■シワイ;吝い:ケチ。吝嗇家。
■ベタ銭(べたせん);ベベタ、ベベチャ、ベタクソ、ベッタは一番しまい、最終、順番の一番あとの意。貨幣単位の一番最後の意か、鐚銭(びたせん)の転訛か? 鐚銭は粗悪な銭。特に室町時代の永楽銭以外の私鋳銭(贋造銭)。江戸時代は寛永通宝鋳造後の鉄銭をいった。鐚一文の成句で「鐚一文たりとも」の意。
■顔が立つ;名誉が保たれる。面が立つ。面目が立つ。
■四つ手網(よつであみ);敷網の一種。正方形の網の四隅を十文字に渡した竹などで張り、その交点に、ひも、または差し出し棒をつけたもの。水底に沈めておき、引き上げて魚をすくい取る。四つ手。
歌麿の「屋根船四手網」。東京国立博物館蔵
■ゴモク;くず。ごみ。塵芥。ゴミ置くの約まった語との説もあるが。五目、種々の物の意。
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