落語「月に群雲」の舞台を行く
   

 

 小佐田定雄作
 七代目笑福亭松喬の噺、「月に群雲」(つきにむらくも)より


 

 盗人(ぬすっと)噺が大好きです。社会では許されない「盗み」も、芸の世界ではやりたい放題。師匠の芸を盗み、先人達の息を盗み、最後にお客様の心を盗みます。

 「兄貴、道具屋は未だですか。重い荷物背負っているんで・・・」、「我々の盗んできた物は、早く金に換えないと危ないんじゃ。一般の道具屋じゃ危ないので、盗品承知で買ってくれる道具屋なんだ」、「蛇の道は蛇でんな」、「難しいことが良く出て来たな」、「専門学校出たのは私ぐらいです」、「逆に恥ずかしいだろう。これから行くところは、黒雲の佐吉さんと言って我々の大先輩で”河内屋”と言うんだ。知らないと恥をかくぞ」。
 「ここだ、”河内屋”と書いてある」、「では入ったろう」、「まてまて、ここは素人さんも来るんだ。それで合い言葉があるんだ。馬鹿なことばっかり言っているが、本当に専門学校出たのか」、「泉州堺の出で、文字書きが出来ないのを集めて教えてくれる学校があって、そこを泉州文字特別学校と言うんですが、縮めて『専門学校』」、「ややこしい。縮めるな」。
 「その合い言葉は・・・」、「親ッさんの目を見て『月に群雲』と言う。親さんがそれを受けて『花に風』と言ったら商売開始だ」、「格好いいな~。それ、わたいに言わせて。習うより慣れろですから」、「じゃ~、行ってこい」。
 「ごめんなさい」、「はい、どうぞ」、「月に群雲」、「へぇッ、何ですか」、「月に群雲」、「何ですか?」、「兄貴、親ッさんは耳が遠いようですよ。もう一度。親ッさん、月に・む・ら・く・も」、「はい、ハイ、花に風と言って貰いたいんでは、盗人の河内屋さんはこの奥ですよ」、「すいません。兄貴、盗人の品を買ってくれるのはこの奥です」、「バカ、大きな声出すな」、「町内の標語と同じで、合い言葉知っていましたよ」。

 「ここか、河内屋の上に黒雲と書いてある」、「親ッさん、月に群雲ッ」、「アッ、フン、(煙草に火を点ける。おもむろに)。花に風」、「包みこっちによこせ。これ下寺町のずく念寺・・・」、「待ちな。我々は出どこは言わないのが・・・」、「国宝級のお宝です」、「どれが・・・」、「七面観音像」、「十一面観音像は知っているが七面観音像とは」、「最初は有ったんですが逃げるとき壁に当たって、七面観音になってしまった」、「アカン、闇の世界でも傷モンはダメだ。他に無いのか」、「これは、九百九十八手観音」、「それは、手が二本取れた千手観音かい」、「分かりますか」、「分かるわい。そろっている物を出せ」、「これどうです。舟に乗っている六福神。弁天さんが海に落ちはったんです」、「分かっているか、海の神さんが弁天さんだぞ、それが乗っていない舟は難民船だ。そんなの買ったら家が傾く」、「では、この伊万里焼はどうです」、「やっとまともな物が出て来た。伊万里だが骨壺と違うか」、「親ッさんは目が高い。中に骨が入っているんだ」、「いらん、いらん。次のお客が来たので帰りな」。

 「親ッさん、ここですか、盗人の物を高く買ってくれるのは・・・。亭主がギックリ腰になってしまい、探しながら来ました。分からないので交番で聞いてきました」、「恐いおばさんだ。仲間なら言わなければならないことが有るだろう」、「合い言葉ですね。『長崎は今日も』・・・」、「アッ、フン、(煙草に火を点ける)。『雨だった』。アワワワ。違うやろ」、「姉さん、『月に群雲』でっせ」、「余分なこと言うな」、「私な頭が悪いので、専門学校しか出てないの」、「姉さんも泉州文字特別学校ですか」、「そうです。貴方も・・・」、「オイオイ、そこで同窓会始めるな。早く合い言葉いいな」、「月に群雲」、「アッ、フン、(煙草に火を点ける)。花に風。品物何がある」、「鍋釜に木綿モンの着物じゃないか。何処に入った?」、「近くの落語家さんの家です」、「笑福亭喬介、これあかんわ。笑福亭に入ったってダメだ、米朝一門に入らないと。15銭でどうだ」、「それではあまりにも・・・」、「あと5銭足してどうだ」、「ありがとうございました」。

 「早く片づけて帰りな」、「ごめんやす。月に群雲ッ」、「アッ、フン、(煙草に火を点ける)。花に風。お越し」、「ここなら高く買ってくれると・・・」、「物は何です?」、「これは、千手観音の折れた手が2本」、「それ、1円で貰うわ」、「親ッさん、それは無いよ」、「次は、船から落ちた弁天さん」、「それは1円で貰う」、「親ッさん、それは無いよ」、「最後は袱紗(ふくさ)に入れてきたね」、「これどうです。4面観音像」、「それは貰いません」、「ニカワで着けたら良い物になります」、「闇の世界でも、それはダメです」、「どうです。国宝ですよ」、「昔から言うでしょ。仏の顔も3度までと」。

 



ことば

小佐田定雄(おさださだお);(1952年2月26日 - )この噺の原作者。日本の演芸研究家、演芸作家、落語作家、狂言作家。関西演芸作家協会会員。本名、中平定雄。大阪府大阪市生まれ。1974年に関西学院大学法学部卒業。妻は、弟子のくまざわあかね。
  1977年に桂枝雀に宛てて新作落語「幽霊の辻」を郵送したことで認められ、落語作家デビュー。1987年退社し本格的に落語作家に転進。以後上方の新作や滅びた古典落語などの復活、改作や江戸落語の上方化などを手掛ける。 現在は狂言などの研究や大学での講師としても活躍している。 1988年に上方お笑い大賞秋田実賞、1989年度咲くやこの花賞文芸その他部門受賞。1995年に第1回大阪舞台芸術賞奨励賞受賞。
 作品は多く、「幽霊の辻」、「雨乞い源兵衛」、「貧乏神」、「産湯狐」(稲荷車)、この噺「茶漬け閻魔」等々多数。

七代目 笑福亭 松喬(しちだいめ しょうふくてい しょきょう);(1961年3月4日 - )は、上方の落語家。所属事務所は松竹芸能。本名は井田 達夫(いだ たつお)。六代目笑福亭松喬一門。
 小枝のアドバイスもあり、文珍の母校である大阪産業大学交通機械工学科へ進学した。大学在学中は週に2回は落語会に足を運んだという。大学卒業後の1983年4月に笑福亭鶴三(のちの六代目笑福亭松喬)に弟子入り。当初は笑福亭笑三(しょうざ)を名乗った。 1987年、師匠の鶴三が六代目笑福亭松喬を襲名したのを機に三喬に改名。2008年からは母校の大阪産業大学の客員講師を務めている。
 2016年8月25日、師匠の名跡である笑福亭松喬を七代目として襲名することを発表した。 2017年10月8日、大阪松竹座(大阪市)に於いて開催した襲名披露公演にて正式に七代目松喬を襲名した。
 1988年「第9回ABC漫才落語新人コンクール」落語部門最優秀新人賞。 2005年「第34回上方お笑い大賞」最優秀技能賞。 2005年「第60回文化庁芸術祭」優秀賞。 2007年「繁昌亭大賞」受賞。

蛇の道は蛇(じゃのみちはへび);同類の者のすることは、同じ仲間なら容易に推測ができるということのたとえ。また、その道の専門家は、その道をよく知っているということのたとえ。
  似た意味のことわざに「餅は餅屋」というのがあります。 専門技術や業界情報は、その道の人がよく知っているという意味です。 しかし、その道というのが「極道」や悪徳商売、窃盗技術の場合には、「蛇の道は蛇」といいます。

素人(しろうと);ある物事に経験のない人。その事を職業としない人。専門でない人。しらひと。

泉州堺(せんしゅう さかい);大阪府南西部の泉州地域(和泉国)を指し、その地の堺市をいう。
 堺市(さかいし)は、大阪府泉北地域に位置する日本の政令指定都市。 大阪府による地域区分では泉北地域とされるが、市制施行時の堺市域や南河内郡の旧郡域など歴史的に泉北郡ではなかった地域が多く含まれており、他の泉北地域3市1町とは区別されることもある。大阪府内で人口・面積ともに第2の都市。一方、居住人口に比べて昼間人口の割合が低く、大阪市の衛星都市としての特徴も併せ持っている。
 ここに、専門学校があると言いますが、泥棒の言うこと、何処を探してもありません。

合い言葉(あいことば);お互いが仲間であることを確認するため、前もって問と答とを打ち合せておく合図の言葉。「山」と言えば「川」と答えるなど。この噺では、『月に群雲』と問えば『花に風』。

月に群雲(叢雲)花に風(つきにむらくも はなにかぜ);世の中の好事には、とかく障害の多いことのたとえ。よいことには邪魔がはいりやすく、長続きしないものだというたとえ。
 「叢雲」は「群雲」とも書き、群がり集まった雲のことをいう。

下寺町のずく念寺(したでらまちの ずくねんじ);大阪市天王寺区の下寺町にあるという架空の寺。
 米朝師は「米朝ばなし」(講談社文庫)のなかで「どんな字を書いてええものやら。ありそうで、しかも抵触せんような名を選んだのでしょう」と書いています。

国宝級(こくほうきゅう);重要文化財のうち、特に学術的価値が高いもの、美術的に優秀なもの、文化史的意義の深いものとして、文部大臣が指定した建造物・彫刻・工芸品・古文書など。それと同等品。

十一面観音像(じゅういめん かんのんぞう);梵名エーカダシャムカ。仏教の信仰対象である菩薩の一尊。観音菩薩の変化身(へんげしん)の1つであり、六観音の1つでもある。頭部に11の顔を持つ菩薩。梵名は「11の顔」、「11の顔を持つもの」の意。
 密教系の尊格であるが、雑密の伝来とともに奈良時代から信仰を集め、病気治癒などの現世利益を祈願して十一面観音像が多く祀られた。観音菩薩の中では聖観音に次いで造像は多く、救済の観点からも千手観音と並んで観世音菩薩の変化身の中では人気が高かった。 伝承では、奈良時代の修験道僧である泰澄は、幼少より十一面観音を念じて苦修練行に励み、霊場として名高い白山を開山、十一面観音を本地とする妙理権現を感得した。平安時代以降、真言宗・天台宗の両教を修めた宗叡は、この妙理権現を比叡山延暦寺に遷座し、客人権現として山王七社の1つに数えられている。

   

 写真:左、木造十一面観音立像 奈良県奈良市法華寺町にある仏教寺院。法華寺(平安時代作、国宝)
 右、滋賀県長浜市高月町渡岸寺にある真宗大谷派の寺院、 向源寺(渡岸寺)(平安時代、国宝)

千手観音(せんじゅかんのん);仏教における信仰対象である菩薩の一尊。千本の手は、どのような衆生をも漏らさず救済しようとする、観音の慈悲と力の広大さを表している。この経の中に置かれた『大悲心陀羅尼』は現在でも中国や日本の天台宗、禅宗寺院で読誦されている。六観音の一尊としては、六道のうち餓鬼道を摂化するという。また地獄の苦悩を済度するともいい、一切衆生を済度するに、無礙の大用あることを表して諸願成就・産生平穏を司るという。
写真:木造千手観音坐像 妙法院蔵(三十三間堂安置)国宝 鎌倉時代 湛慶作

笑福亭 喬介(しょうふくてい きょうすけ);(1981年7月22日 - )松喬の弟子。大阪府堺市出身の落語家。本名は川崎 直介(かわさき なおゆき)。所属事務所は松竹芸能。上方落語協会会員。近畿大学文芸学部卒業。落語研究会の先輩である旭堂南龍(前名・南青)が講談師になったことからプロの芸人を志すようになり、南青(当時)に相談したところ笑福亭三喬(現・松喬)を勧められ、2005年6月1日に三喬の2番弟子として入門。
  平成28年なにわ芸術祭新人賞。 平成29年繁昌亭大賞奨励賞。 平成30年咲くやこの花賞大衆芸能部門。各受賞。

七福神(しちふくじん);七柱の福徳の神。大黒天・蛭子(エビス)・毘沙門天・弁財天・福禄寿・寿老人・布袋(ホテイ)。「七福神」として宝船に乗り、縁起物にもなっている。落語「一目上がり」、「七福神」に詳しく載っています。
写真:鳥山石燕『百器徒然袋』より「宝船」

弁天さん(べんてんさん);弁才天(弁財天) 七福神の中の紅一点で元はインドのヒンドゥー教の女神であるサラスヴァティー神。仏教に取り入れられ、音楽・弁才・財福・知恵の徳のある天女となり選ばれた。七福神の一柱としては「弁財天」と表記されることが多い。水の女神であるが、次第に芸術・学問などの知を司る女神と見做されるようになった。ヒンドゥー教の創造の神ブラフマーの妻である(元々はヴィシュヌの妻であったという説もある)。
写真:弁才天坐像(妙音天) 岩手県盛岡市・松園寺

難民船(なんみんせん);母国を脱出する難民を乗せた船。特に、密航を斡旋 (あっせん) する業者が不法に航行させる船舶をいう。

伊万里焼(いまりやき);有田(佐賀県有田町)を中心とする肥前国(現代の佐賀県および長崎県)で生産された磁器の総称。製品の主な積み出し港が伊万里であったことから、消費地では「伊万里焼」と呼ばれた。有田の製品のほか、三川内焼、波佐見焼、鍋島焼なども含む。
 1670年代には、素地や釉薬が改良され、白磁の地にほとんど青味のない「濁手」(にごしで)と呼ばれる乳白色の素地が作られるようになった。この濁手の素地に色絵で絵画的な文様を表すようになってきた。
 落語の中では、彩色されていない白色無地の蓋付き壺を、遺骨を入れる骨壺としていた。



                                                            2019年6月記

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