落語「こんにゃく問答」の舞台を行く
   

 

 古今亭志ん朝の噺、「こんにゃく問答」(こんにゃくもんどう)


 

 上州安中の在に蒟蒻屋さんで六兵衛さんという人がいた。この人は若い時分江戸で親分とか兄イとか呼ばれていて、大変面倒見が良い人だった。今は堅気の蒟蒻屋をやっているが、頼ってくる者が居れば面倒を見て帰りに小遣い銭でも持たせて帰していた。

 八公もここで厄介になっていた。八公も江戸で食いつぶして、ここに流れ着いたときは銭も食べる物も無く、村はずれで倒れているところを拾われた。「親分に助けられて一安心。変な病にかかり髪は抜けて坊主になってしまい、友達から『草津で湯治すれば良いのでは』とカンパをしてもらい、遊びながら来たもので銭も無くなり、ここで拾われた。お陰で身体も良くなりました」。「元気な者を置いておくわけにはいかないから江戸に帰るか」、「女房子供や親戚もないので、この地が気に入ったのでここに居たい」、「それでは蒟蒻屋をやるか」、「見ていましたが、朝は早く仕事もキツイのでダメですが、朝から寝ていてブラブラしていられ、酒でも飲める、のは有りませんか」、そんな贅沢はないけれど・・・、考えたら村はずれの寺で住職を探していた。八公は頭が坊主だから丁度合う。お経もイロハを並べておけばいい。最後の引導を渡す、それは都々逸が良いと聞かれた八公は、『徒名(あだな)立て膝鬢(びん)掻き上げて忘れしゃんすな今のこと』、「色っぽすぎるな」、「では『雨の降る日と暮れ方は江戸も田舎も同じ事』」、「つまらない都々逸だけれど、それで引導を渡し、最後に『喝』としめる。寺男に権助が居るから、みんな分かっているから任せれば良い。酒も飲めるし、この村にも居られる」。

 八公は寺に入って、言いたいことを権助に言っている。半年経つが弔いも法事もない、飲み食いに底をつき始めた。何か良い手立てはないかと。
 「酒のことを『般若湯』というが、それをやりたいな。肴のマグロの刺身は『赤豆腐』は面白いな。他に有るか」、「卵は『御所車』、アワビが『伏せ鐘』、サザエが『ゲンコツ』、タコが『天蓋』で、この間檀家の前で、『権助天蓋を酢蛸にしろ』と言ったが、何にもならない。カツ節は『巻紙』、カクと減るから、ドジョウは『踊っ子』です。この間もどじょう汁が食べたかったので、『白鳥に入れて持ち帰ると子供に見付かっても大丈夫。買ってきたが、子供に見付かり中の物が分からない」、「その時権助は、『当たったら、中のドジョウを上げる』と言ったら何にもならない」。本堂のドラを持ち出し、鍋替わりにしてドジョウで酒を始めた。

 玄関で人の気配がしたので出てみると、永平寺から来た鼠の衣に身を包んだ若い僧が立って問答をしたいという。問答で負けたものは唐傘を背負わされ追い出されるのがこの寺の宗旨で門に石塔が建っている。聞かれるのは宗旨や世の中のことや宇宙だとかを聞かれる。何も解らない八公住職が出て行って、「私の上に住職が居て、先程出掛けて不在」だと言ったが「お帰りになるまで、ここで待たせてもらう」、「二三日帰ってこない」、「宿に泊まって日参する」。どの様に言っても旅僧は問答にこだわった。また明日早朝も来ると言って帰って行った。
 権助は「追い出されるのであれば、私の故郷の信州丹波島の在まで、先にこちらから出て行きましょう」、「サイコロなら解るのだが、問答は・・・。路銀がなければ行くことも出来ない」。道具屋を呼んで、寺の物を売って路銀にすることにした。そこに蒟蒻屋の六兵衛さんが顔を見せた。「寺の物はお前の物では無い。村の財産だ。処分はならない」とキツいお咎め。それでは親分が問答に対峙すると言い、その夜は寺に泊まって明日の旅僧を迎えることにし、作戦を練った。六兵衛さんも問答をやったことはない。で、「何を聞かれても黙っている、『和尚はどうしたんですか』と聞かれたら、オシでツンボで目も悪いから答えられない。と言えば、相手も呆れて返答に困る。その内腹も減るだろうし、小便にも行きたくなって立ち上がったら、その角卒塔婆で向こうずねを払い、煮え湯を頭からぶっ掛ければ二度と来ない」、と、スゴイ計画が立った。蒟蒻屋から届いた肴と酒で夜明かしをした。

 朝、支度を始めたが、衣は質屋で、袈裟は前にリングが付いているが象牙で売れたので、蚊帳の吊り手を付けた。モウスは火事の時被って出たから火掛かりし、払子はトイレのハタキにしたので毛が少ない。角卒塔婆も煮え立った湯も準備が出来た。
 そこに旅僧が入ってきた。対座して旅僧が口を切った。

 「『東海に魚あり。尾も無く頭も無く、中の支骨(しこつ)を絶つ』、和尚や、この義は如何(いかん)!」。

 「法華経五字(ほけきょうごじ)の説法は八遍(はっぺん)に閉じ、松風(しょうふう)の二道(にどう)は松に声ありや、松また風を生むや 有無の二道は禅家悟道にして、いずれが理なるやいずれが非なるや。これ如何にィ!」。

 旅禅僧が何を尋ねても蒟蒻屋住職は答えません。 旅僧は出来るが故に、力負けし、それを無言の荒行だと悟り違いし、今度は無言で問いかけた。

 (無言で)旅僧両手の親指と人差し指で自分の胸の前に輪を作って前へ突き出した。すると六兵衛さんは両手で大きな輪を作って見せた。「ははっ」、旅僧大きく平伏をして問い直す。

 旅僧は、今度は十本の指を前に突き出す。六兵衛さんはそれを見ると五本の指をぐっと突き出した。またまた相手の旅僧平伏す。

 次に、旅僧は三本の指を立て前に突き出す。六兵衛さんは目の下に指を置き大きく「あかんべえ」の形で答えます。

 「狐拳みたいな事をやってたが、どうなったんだ」、「参った。お見逃しください」と言って逃げ出したのは旅僧の方で。八公は旅僧を追い、訳を尋ねた。
 「和尚には、みどもでは到底かなわぬ。大和尚の胸中(指で丸)はと聞くと、大海のごし(両手で丸)と応え、十法世界(指十本)はと問うと、五戒(指五本)で保つと答えられた。三尊の弥陀(指三本)はと聞くと、目の前を見よ(あっかんべー)と答えられた。畏れ入りましてございます。修行し直してまいります」。

 六兵衛さんはカンカンに怒っている。「何で煮え湯を掛けなかったんだ」、「親分が勝ったのです」。六兵衛さん怒りが消えず「あいつは永平寺の坊主ではない。あの乞食坊主、こっちが蒟蒻屋の親父だと見抜いていやがった。おまえの店のこんにゃくは小せえ(指で丸)って言いやがるから、でけえぞ(両手で丸)と答えてやった。こんにゃく十(指十本)丁でいくらだと聞きやがるから、高いと思ったが五百文(指五本)だと答えると、しみったれていて三百文(指三本)にまけろって言いやがる。腹が立ったから、あっかんべー」。

 

イラスト;「落語ギャラリー60」より 橋本金夢氏画 



ことば

上州安中(じょうしゅうあんなか);江戸時代、中山道の宿場町として栄えた上州安中市。現在の群馬県安中市。おおらかな風土である土地は、また、「文教のまち」としてもしられています。中山道の宿場は安中を中心に、江戸より高崎 - 板鼻 - 安中 - 松井田 - 坂本 - 軽井沢です。落語「安中草三」に詳しい。

草津(くさつ);現在・群馬県吾妻郡草津町大字草津、温泉地で有名。八公はここに来るはずであったが、路銀がなくなり安中で居候。安中よりまだ北の、群馬県の北側に草津は有ります。冬はスキーが出来るほど雪が降ります。
右写真:草津温泉の湯もみ。観光協会より

都々逸(どどいつ);『徒名(あだな)立て膝鬢(びん)掻き上げて忘れしゃんすな今のこと』、と色っぽいので人気があります。色気の無い都々逸なんて・・・。
 小粋な都々逸は、落語「紙屑屋」にあります。

山門の碑;禅宗の門に掲げられている「葷酒(くんしゅ)山門に入らず」の『葷』とは、匂いが強く精のつくニンニク、ニラ、ラッキョウなど、特に肉と魚そして酒は禁止を指します。禅宗の証ですから、問答致しますの看板です。都内ではこの看板を出しているお寺さんは少なくなりました。

喝(かつ);大声を出すこと。大声で叱ること。特に、禅宗で励まし叱るときの叫び声。また、大声でおどすこと。「喝采・喝破・恐喝」。

寺男(てらおとこ);寺で雑役をする下男。

寺の隠語(てらのいんご);酒のことを『般若湯(はんにゃとう)』という。マグロの刺身は『赤豆腐』、「卵は『御所車』、君が中におわします。アワビが『伏せ鐘』、サザエが『ゲンコツ』、タコが『天蓋』、本堂の中央に下がっている飾りに似ているから(右写真・人天蓋)。カツ節は『巻紙』、書く(カク)と減るから、ドジョウは『踊っ子』です。囲っている女性、または奥様を『大黒様』、豆腐を『寺肴』といいます。でも、現在では余り使われない言葉もあります。

白鳥(しらとり);首の長い白色の磁器。ドジョウを入れるときは大変だが出すときはスルリと出せる。

永平寺(えいへいじ);福井県吉田郡永平寺町にある曹洞宗の大本山。山号は吉祥山。寛元2年(1244)道元の開山。波多野義重の創建。初め大仏寺と称したが、2年後に永平寺と改称。道元没後、その門流の内紛のために荒廃したが、寂円(1207~1299)門流によって維持され、江戸時代には大本山となった。
曹洞宗は大本山を二つもっていて、福井県にある永平寺と、横浜市鶴見にある總持寺です。

鼠の衣(ねずみのころも);薄汚れて鼠色になった衣。

問答(もんどう);問うことと答えること。質問と応答のやりとり。ここでは禅問答、禅家で修行僧が師に疑問を問い、師は即座かつ簡潔に回答する。その逆に、師が弟子の進み具合を問答によって試す。
・問答法=ソクラテスは鋭い質問によって議論の相手を自己矛盾に陥らせ、相手に自分の無知を自覚させることによって真理の探究に導いた。この方法をソクラテスの問答法という。真理探究の誕生を助ける方法として産婆術とも称した。

信州丹波島(しんしゅう_たんばじま);信州は信濃の別称。現在の長野県。丹波島は架空の地名。

角卒塔婆(かくとうば);卒塔婆は板で出来ているが、柱状の物。こんな角材でスネを叩かれたら、歩けなくなります。

袈裟(けさ);インドで僧侶の服。中国・日本では、僧侶が左肩から右腋下にかけて衣の上をおおう長方形の布を意味するようになった。色は青・黄・赤・白・黒の5正色を避け、いくつかの布をつぎあわせて作る。大小によって、5条・7条・9~25条の3種に分つ。国・宗派によりその種類を異にし、天台・真言・真宗などで用いる輪袈裟(ワゲサ)、禅宗で用いる威儀細(イギボソ)・掛絡(カラ)など略式のものもある。法衣。功徳衣。無垢衣。卓衣。けさぎぬ。落語「錦の袈裟」に詳しい。
右図:モウスという頭巾を被っています。また共布の袈裟を付けています。臨済宗の僧「一休禅師」橋本清水筆。東京国立博物館蔵

モウス;僧侶のかぶる一種の頭巾。牟子。右図の一休禅師も被っています。

払子(ほっす);(唐音) 長い獣毛を束ね、これに柄を付けた具。もとインドで蚊や蠅を追うのに用いたが、のち法具となり、日本では禅僧が煩悩・障碍を払う標識として用いる。白払。払塵。決してハタキではありません。右下写真。

■「東海に魚あり。尾も無く頭も無く、中の支骨(しこつ)を絶つ」;
 これは子供っぽい謎々です。漢字の『魚』これの頭と尾(クと下の四つの点)を取ると『田』になり、さらに支骨というから縦棒を取ると『日』になる。(縦横の棒全て取ると『口』)。

■ 「法華経五字の説法は八遍に閉じ、松風の二道は松に 声ありや、松また風を生むや。有無の二道は禅家悟道にして、いずれが理なるやいずれが 非なるや」;
 法華経五字とは妙法蓮華経(みょうほうれんげきょう)を表す。八遍とは意味不明である。『松風の二道は松に声ありや、松また風を生むや』は松の木の枝が風に吹かれて音を立てるが、それは松が鳴ったか、風が鳴ったか?禅宗ではどちらか片一方であるという答えはないとされる。似たような問いに両手を打って、右が鳴ったか左が鳴ったかというのがある。上と同じで、右でも左でも正解とされない。他の問答では『犬に仏性(ぶっしょう)はあるかないか』と聞く。答えはある時には有であり、かの時には無いとなる。この辺に禅問答らしいファジーな、他の者には理解されにくい本質がある。前に述べたように、二者が相対する関係を否定するので、どちらかひとつ、という選択は禅宗では不可なのだ。そして不立文字(ふりゅうもんじ)、字句にとらわれずに以心伝心(いしんでんしん)にて本質を探るのがたてまえなので、他から見た第三者には理解されないものにならざるを得ない。明確な存在の否定とでも言うべきか。また答えのみならず、出す問いも時により微妙に違いがあり、これも主観的なものとなり、問いも答えも同一性がなく、ファジーなのである。『いずれが理か、いずれが非か』もそれゆえに答えは存在しない。主観的なその場での思いにより答えは違う。主体となる心を持つ本人が全てを決定する存在となる。「主観」が何よりも優位に立つのである。
http://enzaemon.web.fc2.com/edodo-2.htm より

 では、お寺の鐘があります。時を知らせるのに鐘を突く、では鐘が鳴ったのか、撞木が鳴ったのか?

・犬に仏性(ぶっしょう)はあるか;解、無門関で趙州(じょうしゅう)和尚は答えた、「無」。その粗、仏陀は言っている「一切衆生、悉有(しつう)仏性」、すなわち「有」。ん?どっち! そんな事答えられない、饅頭を割って右が美味いか、左が美味いかを言うのと似ている。いえいえ、人を見て言い分けています。

・八遍(はっぺん);私も複数のプロ(?)の禅師に伺いましたが解らないとの返事。上記の説明でも「八遍とは意味不明である。」と言っているように、彼が解らないのでは無く、仏教用語の中にこの言葉は無いのです。この噺を作った作者が間違っていたのか、落語は口伝ですから後世伝わって行くうちに間違ってしまったのか、その辺は解りません。また、置き換えるべき的確な言葉もありません。お陰で、禅の話を紐解いてバラバラにすることが出来ました。

・問答を申し込んだ僧を『旅僧』と志ん朝は言っていますが、落語家によっては名前を『沙弥托善』と名乗っています。
 托善は勉学の上では秀逸な僧だったのでしょうが、勉学だけで人情や世情に疎かった。その点、親分は世情に通じ、負けるものが無い強みがあった。仏道だけでは無く、人間として裏表が解ってくると、この様な失敗は無かったのでしょう。初めから勝敗は付いていた。やはり10年早かった。

狐拳(きつねけん);ジャンケンと同じ拳の一種。二人相対し、両手を開いて両耳のあたりに挙げるのを狐、膝の上に両手を置くのを庄屋、左手の拳を握って前に出すのを鉄砲(狩人)といい、狐は庄屋に勝ち、庄屋は鉄砲に勝ち、鉄砲は狐に勝つとする。藤八拳(トウハチケン)。庄屋拳。

十法世界(じっぽうせかい);迷いと悟りの全世界を10種に分けたもの。すなわち地獄界・餓鬼界・畜生界・修羅界・人間界・天上界(以上迷界)と声聞(シヨウモン)界・縁覚界・菩薩界・仏界(以上悟界)。天上界までの六界は迷いの世界でこれを六凡と称し、声聞界からは悟りの世界でこれを四聖という。十法界。

十方世界(じっぽうせかい);十方に無量にあるという諸仏の浄土をいう。またあらゆる世界の意。十方は、東・西・南・北と四維(維は一方と一方を維ぐ意。東北・東南・西南・西北)、それに上・下とをいい、四維を除いたのを六方という。十方はすべての方向を指すことから、時間軸を含めて十方世界で全ての世界。

五戒(ごかい);在家の守るべき5種の戒律。不殺生(生き物を殺してはいけない)・不偸盗(他人のものを盗んではいけない)・不邪淫(不道徳な性行為を行ってはならない)・不妄語(嘘をついてはいけない)・不飲酒(酒を飲んではいけない)。どうしても守れない戒律が私にはあります。

三尊の弥陀(さんぞんのあみだ);三尊仏。中央の中尊および左右に侍立する脇侍(キヨウジ)の総称。阿弥陀三尊は阿弥陀・観音・勢至。釈迦三尊は釈迦・文殊・普賢。薬師三尊は薬師・日光・月光。


出展
「ばくちうち長老になる事」
 博打に夢中になって、とうとう親父から勘当された男、仕方が無いので田舎へ行き、ある浄土宗で禅問答をした。ところが、その男が勝ったので、髪を落として坊主に収まった。そこで、今度は禅宗の寺へ出掛け、法問をしかけ「仏大のかしやのけひは如何に」とやった。これには悟りを開いた禅僧も、さっぱり解らず、男はとうとうこの禅寺に入り込んだ。そして田舎の者たちには、口にまかせて安易な談義をするので「これはいい長老さまじゃ」と言って、信仰されるようになった。
 ところが、ある時、昔の博打友達が、商いにやって来て、その談義を聞きに来た。が、ふと禅僧におさまっている男の顔を見ると、長老様というのは、むかし銭を300文貸した事のある友達だったので、「これは良いところで見つけたぞ」と思って、「過去にて、これはいかに」といって、指を三本上げると、長老はうなずいて、「これにてはいかに」と指を二本差し出した。200文に値切ったというわけ。 (当世はなしの本)より
 この話が下敷きになっているでしょうが、「こんにゃく問答」は二代目林家正蔵の作とされ、落語中の秀作とされています。



                                                                    2015年3月記

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