落語「附子」の舞台を行く
   

 

 二代目三笑亭夢丸の噺、「附子」(ぶす)より


 

 「番頭さんや、上総屋さんで婚礼があるので、一緒に行って貰えないか」、「当家には小僧の定吉や権助がおりますが?」、「定吉はよけいなことを言って先方さんに不愉快な思いをさせるし、権助は人が良いのだが礼儀作法が出来ないから・・・」、「はい、それでは、私がお供します」。
 「一つ心配事があるんだ。それは棚の上の蜜なんだが・・・」、「値は張りますが、上品な味がして口当たりが良いですね」、「で、私も番頭さんも女房も実家に帰っていないだろ。『手を出すな』と言えば場所を教えているようなものだ、何か良い方法はないかね」、「では、あすこに入っているのは猛毒の附子だと言いましょう」、「流石番頭さんだ。猛毒と言えば二人とも手は出さないだろう」。
 「定吉に権助、こちらにいらっしゃい。婚礼に出掛けて来るが、附子のことで呼んだ」、「お上さんの事ですか?」、「違う。棚の上の箱に入っているのが猛毒の附子だ。その風に当たるだけで死んでしまうのだ。絶対触るでないぞ。では、行ってくる」。

 「行っちゃったよ。権ちゃん附子って知ってる?」、「奥さんのことか」、「違う。棚の上にある箱の中身が猛毒の附子なんだって」、「おっかね~な」、「嘘くさいから箱の中身を調べてみようよ」、「旦那さんが『ダメだ』と言ったんだからダメだ」、「チョットだけ」、「チョットだけでもダメだ」、「附子なんか入ってないんだよ。見てみよう」、「そこまで言うんだったら、見てみよう」、「箱を取るから肩車して・・・。取れたから蓋取るよ」、「おっかね~。離れているよ」。
 「甘い臭いだ。美味しそうだから食べてみようか」、「やめろ。おっちんじゃうよ」、「ウソに決まってるよ。なめてみよう~。あたいはなめちゃうよ。ほ~ら、ウ~~」、「吐き出せ、吐き出せ」、「ウ~、美味しい」、「じゃ~、おらも」、「舐めないと言っただろッ」、「ずるい、おらにも・・・」、二人して綺麗に舐めてしまった。
 「大変だ。どうしよう」、「ダメだ、だめだ、それは旦那さんが大切にしている壺だ。家宝伝来の壺だぞ」、「大丈夫、裏をひっくり返したら”紀州南高梅”と書いてあった。エイッ」、「真っ二つにしちまっただな。それはダメだ。大事にしている掛け軸だ。弘法大師様直筆の掛け軸だ」、「これだって、グニャグニャと書いてあるが、”にんげんだもの”って書いてあるじゃないか。偽物だ。ビリーッ」、「なんてェー事するんだ」。

 「良い婚礼でしたね。騒がしいが、家かい。あいつらは目を離すと直ぐ喧嘩だ。定吉、権助部屋がめちゃくちゃじゃないか。どうしたんだ?」、「旦那、申し訳ありません。権チャンと剣術ごっこをしていたら、壺を割ってしまい、足がよろけて弘法大師様の掛け軸を破ってしまったんです。これは死んでお詫びしようと、猛毒の附子を舐めたのでございますが、死にきれません」、「本当だ。空っぽだ。怒るまい。悪気でやったことでは無いなッ」、「その通りです」、「お前、ウソだな」、「かくなる上は本当に死んでお詫びを申し上げます。附子のお替わりお願いします」、「こんなに部屋をめちゃくちゃにして、蜜を舐めよく涼しい顔が出来るな」、「旦那、他人の不幸は蜜の味です」。

 



ことば

附子(ぶす);トリカブトの毒のこと。トリカブトはキンポウゲ科の多年草。高さ約1m。秋、梢上に美しい紫碧色の花を多数開く。塊根を乾したものは烏頭(ウズ)または附子(ブシ)といい、猛毒であるが生薬ともする。同属近似の種が多く、それらを総称することが多い。種によって薬効・毒性は異なる。カブトギク。カブトバナ。トリカブトの塊根または支根をとって乾した生薬。興奮・鎮痛・代謝亢進のために用いる。主成分はアコニット‐アルカロイド。猛毒がある。ぶす。右写真。
 トリカブトは葉・花・茎・根・何処を触っても皮膚から吸収され、食べても毒に感染し、食べると嘔吐・呼吸困難、臓器不全などから死に至ることもある。経皮吸収・経粘膜吸収され、経口から摂取後数十秒で死亡する即効性がある。半数致死量は0.2gから1g。トリカブトによる死因は、心室細動ないし心停止で、下痢は普通見られない。特異的療法も解毒剤もない。
 ぶしや【附子矢】:鏃(ヤジリ)に附子を塗った毒矢。ぶすやにも使われた猛毒。
 俗に不美人のことを「ブス」というが、これはトリカブトの中毒で神経に障害が起き、顔の表情がおかしくなったのを指すという説もある。

附子(ぶす);有名な狂言の演目。
  あらすじ、
 主が「附子という猛毒が入っている桶には近づくな」と言い残して外出する。留守番の太郎冠者と次郎冠者は附子のことが気になって仕方がない。太郎冠者が桶の中身を覗いてみると毒のはずの附子が大変おいしそうに見える。誘惑に負けて太郎冠者が附子を舐めてみると毒というのは全くの嘘で実は砂糖。二人は砂糖を食べてしまい、言い訳のために主人が大切にしている茶碗と掛け軸をめちゃめちゃに壊し嘘泣きを始める。帰ってきた主人が事情を聞くと、「掛け軸と茶碗を壊してしまったので死んで詫びようと毒を全て飲んだが死ぬことができない」と言う。主人は困ってしまう。

 

  これを改作して、「留守番小坊主」などの題で落語として演じられます。
 一休さんのとんち話としても使われています。日本各地にも同系統の民話が伝えられており、『日本昔話事典』ではこれらを「飴は毒」型として分類している。この場合「毒」とする食品も、言い訳に壊す貴重品にも様々な変形が見られます。また朝鮮半島でも『慵齋叢話』に干し柿を毒であるとした似た話が収録されていることから、東アジアに広く伝えられていた話であった可能性もあります。

砂糖(さとう);日本で産業的な製糖が広まったのは江戸時代である。それ以前の日本においては、砂糖は輸入に頼る貴重品であった。一方、狂言は室町時代から江戸時代初期にかけて発展してきた芸能であり、当時の価値観が反映されている。したがって『附子』の中で、主が毒だと嘘をついてまで「砂糖」という貴重品を使用人に見せたくなかったこと、太郎冠者らが争うように食べつくしたこと、どちらも当時としては合点がいくことだった。

(みつ);草花や樹木が分泌する甘い汁のこと。また、それを蜜蜂が多くの植物から集めた蜂蜜、あるいは人間によって精製された糖蜜のこと。甘い汁。「蜂蜜・糖蜜・蜜蝋」。 
 蜜蜂(みつばち)、 ミツバチ科ミツバチ属のハチの総称。一匹の女王バチ、数百匹の雄バチ、数万匹の働きバチから成る高度な社会生活を営む。働きバチの体長は約13mmで、女王バチや雄バチは大きい。いずれも体は黒褐色で、黄褐色の短毛が密生する。女王バチは産卵に専念し、雄バチは交配のみ行う。生殖能力のないメスの働きバチは、花の蜜や花粉の採集・貯蔵、幼虫・女王バチ・雄バチへの給餌きゆうじにあたり、腹から分泌する蠟ろうで巣をつくる。働きバチは花の位置などの情報を仲間に伝えるために独特のダンスを踊る。世界に五種が知られ、西洋ミツバチは世界各地で飼育されており、蜂蜜・蜜蠟・ローヤルゼリーなどを利用するほか、果樹や農作物の花粉を媒介させる。
 蜂蜜(はちみつ honey)、 ミツバチが草木の花の蜜腺から吸い、体内で変化をさせ、越冬用食料として巣の中で濃縮し、たくわえた蜜。香り、味、色、品質は、蜂群、花により異なるが、一般的には水分17%、比重1.41である。固型分の大部分 (83%) はほぼ等量の果糖およびぶどう糖から成り、ショ糖は約2%である。ほかに少量の有機酸、芳香類、灰分を含む。蜜源となる植物は、作物ではナタネ、ソバ、牧草ではレンゲ、シロツメクサ類、果樹ではウメ、ミカン、カキ、クリなど、高木ではサクラ、ニセアカシア、トチノキ、草ではタンポポなどがある。
 甘味料として種々の食品に使われるほか、皮膚のあれ止めや緩下剤、灌腸(かんちょう)用など薬用にもされる。
スペイン北部のアルタミラ洞窟の壁面に描かれているはちみつの採取風景などから、前1万8000~前1万5000年ころよりはちみつは人々によく利用されてきた最も古い食物の一つであるといわれる。
 なかには加熱加工しない生(なま)のものもあり、気温が上昇すると発酵することがある。蜂蜜を薄めて発酵させると簡単にアルコール飲料ができるところから、酒類は初め蜂蜜からつくられたのではないかといわれることもある。ゲルマン民族の風習として、結婚後、一定期間蜂蜜でつくった酒を飲んだところから、ハネムーンということばが生まれたといわれている。

二代目三笑亭夢丸(さんしょうてい ゆめまる);落語芸術協会所属。本名 前田 就 (まえだ しゅう) 昭和58年(1983)5月19日生まれ。 出身地新潟県新発田市。平成14年 1月 三笑亭夢丸に入門、前座名「春夢」。 平成18年10月 二ツ目昇進、夢吉と改名。 平成27年 5月 真打昇進、「二代目三笑亭夢丸」襲名。
 平成18年5月 第11回岡本マキ賞受賞。 平成29年3月 平成28年度花形演芸大賞 銀賞受賞。平成31年3月 平成30年度花形演芸大賞 金賞受賞。

南高梅(なんこううめ);梅の品種のひとつ。主たる生産地が紀州和歌山県の白梅で、その果実は最高級品とされる。2006年10月27日には地域団体商標制度の認定第一弾として、南高梅は地域ブランドとして認定されるに至った。読みは正式に「なんこううめ」であるが、生産地以外の人やマスメディアでは「なんこうばい」と呼ばれる事がある。右、贈答用の南高梅の梅干し。
 梅生産量日本一を誇る和歌山県を代表する品種であり、日本国内で生産される国産梅の6割は和歌山県産。果樹王国紀州和歌山のブランド梅であるだけでなく、梅のトップブランドとしてその名は知られている。果実は非常に大きく、種は果実のわりに小さめであり、果肉が厚くて柔らかいのが特徴。おもに梅干しや梅酒に加工される。和歌山県のみなべ町が発祥の地であり、かつ生産量も多い。贈答用に広く使われている。

婚礼(こんれい);結婚の儀式。広義には、婚約儀礼・披露宴など婚姻に関する儀礼の総称。結婚式。婚儀。

家宝伝来(かほうでんらい);家の宝。家に伝わる宝物。その家宝が現在まで引き継がれている物。

弘法大師様直筆(こうぼうだいしさまじきひつ);空海(クウカイ)の諡号。空海は、平安初期の僧。わが国真言宗の開祖。讃岐の人。灌頂号は遍照金剛。初め大学で学び、のち仏門に入り四国で修行、804年(延暦23)入唐して恵果(ケイカ)に学び、806年(大同1)帰朝。京都の東寺・高野山金剛峯寺の経営に努めたほか、宮中真言院や後七日御修法の設営によって真言密教を国家仏教として定着させた。また、身分を問わない学校として綜芸種智院(シユゲイシユチイン)を設立。詩文に長じ、また三筆(平安初期の嵯峨天皇・空海・橘逸勢(タチバナノハヤナリ))の一。著「三教指帰」「性霊集」「文鏡秘府論」「十住心論」「篆隷万象名義」など。
 ☆『弘法にも筆の誤り』=その道に長じた者にも、時には誤りや失敗があるというたとえ。「猿も木から落ちる」「河童の川流れ」も同じ意。
 ☆『弘法筆を択(エラ)ばず』=文字を書くのが上手な人は筆のよしあしを問わない。本当の名人は道具のよしあしにかかわらず立派な仕事をする。能書筆を択ばず。
 国宝級の空海直筆の書がここにあるなんて信じられません。定吉の推理が当たっています。

弘法大師「空海」の書は4種しか現存してません。
 ●聾瞽指帰(ろうこしいき) = 金剛峯寺蔵。国宝。
『三教指帰』の初稿本に当るもので、2巻存し、入唐前、延暦16年24歳頃の書といわれる。書はやや硬いが筆力があり、後の『風信帖』に見られる書風とは異なる。下図。


 
灌頂歴名(かんじょうれきめい) = 神護寺蔵。国宝
弘仁3年から弘仁4年にかけて、空海が高雄山寺で金剛・胎蔵両界の灌頂を授けた時の人名を記録した手記。処々書き直しているが、筆力、結構ともに流露している。
 ●風信帖(ふうしんじょう) = 東寺蔵 
国宝指定名称は『弘法大師筆尺牘(せきとく)』。空海が最澄に送った書状3通を1巻にまとめたもので、1通目の書き出しの句に因んで『風信帖』と呼ばれる。もとは5通あったが、1通は盗まれ、1通は豊臣秀次の所望により、天正20年献上したことが巻末の奥書きに記されている。現存の3通は、いずれも行草体の率意の書で、空海の書として『灌頂歴名』とともに絶品とされる。年号は不詳であるが、弘仁3年頃とされている。1通目は、9月11日付で「風信雲書」の書き出し。書風は謹厳である。2通目は、9月13日付で「忽披枉書」の書き出し。書風は精気があり、また情緒もある。3通目は、9月5日付で「忽恵書礼」の書き出し。流麗な草書体である。全体は王羲之の体である。下図。



崔子玉座右銘(さいしぎょく ざゆうのめい) 後漢の崔瑗の『座右銘』100字を草書で2、3字ずつ、数十行に書いたもの。もとは白麻紙の横巻で高野山宝亀院の蔵にあったが、今は同院に冒頭10字が残るだけで、ほかは諸家に分蔵され、100字中42字が現存する。字径が12cm - 16cmもあるので古筆家は『大字切』(だいじぎれ)と称している。

掛け軸(かけじく);掛物。書画を床の間や壁などにかけるように表装し、飾りまたは鑑賞用にするもの。書のを掛字、画のを掛絵、また、書画ともに掛字という。掛軸。掛幅

にんげんだもの;相田 みつを(あいだ みつを、本名:相田 光男、雅号:貪不安(ドンフアン)、1924年5月20日 - 1991年12月17日)の著作物の書名。日本の詩人・書家。平易な詩を独特の書体で書いた作品で知られる。書の詩人、いのちの詩人とも称される。 以下4枚の書は相田みつを書、文化出版局「にんげんだもの」より。

 

 

他人の不幸は蜜の味;嫌いな人や自分と関係無い他人の不幸は、自分にとってはむしろ喜びになるということ。同名のドラマが94年にあるがそれが由来なのだろうか?もっと最近の言葉だといわゆる「メシウマ」。春秋左氏伝に「幸災楽禍」という言葉もある。広辞苑にも載っていない最近の言葉。



                                                            2019年9月記

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