落語「しわい比べ」の舞台を行く
   

 

 六代目三遊亭円生の噺、「しわい比べ」(しわいくらべ)より。別名「しわい家」。


 

 噺家は三ぼうと言うことを良く言います。その一つにケチなひとの噺が有り、六日知らずがあります。これは1~5日と指を折っていきますが、6日となると指を開かなければいけません、握った物を離さない。それが出来なくて、六日知らずと言います。

 ある大店(おおだな)の主人は、経費が増すので10人の使用人を雇っていたが、節約のために5人にする。それでも仕事に余裕があるので、その5人から3人解雇し、2人にしたがそれでもどうにか商売が回る。奉公人全員隙を出して、夫婦だけで一生懸命働くと店は回る。主人は自分ひとりでも仕事が間に合う、というので妻を離縁し、最後には自分自身もいらない、と死んでしまった。

 しわい家の近所で火事があった。「これだけ火事見舞いのお客が来るんだから、火鉢に炭を入れておきなさい。これから炭をおこすなら、向かいの家が火事で焼け落ちたんだ、オキをすくってきなさい」、「もらいに行ったら、『ふざけるなッ』と殴られてしまった」、「しみったれな奴だ。今度こっちが火事になっても、火の粉もやらん」。火の粉なんて貰いたくもない。

 お菜がないのにどうやって昼を食べるのかというと、飯時になると、うなぎ屋から流れてくるかば焼きを焼く匂いをおかずにして飯を食べていた。それを知ったうなぎ屋が、月末に請求書を持って来た。「匂いの代金1円50銭を支払え」と言ってきた。言われた男は財布に1円50銭の硬貨を入れて、うなぎ屋の目の前でジャラジャラと音を聞かせ、「『嗅ぎ賃』だから、音だけでよかろ」。

 「この町のケチ兵衛さん、物を捨てるというと何処で聞いてくるのか、もらいに来るんだ。早桶の古いものも持って行くんだ。大きな声で『うっちゃっちゃう』と言うと、お前は『もったいないから取っておけ』と言うと貰っていくよ」。「やって来たよ」、「拾い物は無いかとキョロキョロして来たよ。さ~、やるか。うっちゃっちゃうぞッ」、「もったいないから止せよ」、「ごめん下さいまし」、「何だぃ」、「何か捨てるとおっしゃいますから・・・、ご不要でしたら私に下さいまし」、「いいけど、持って行けるかぃ」、「大きいんですか」、「持ちにくいよ。屁なんだ」、「オナラですか」、「もったいないから、もう少し取っておこうかと思ったんだが、腹が張ってしょうが無いから、うっちゃっちゃうんだ。持って行くかぃ」、「頂戴をいたします」、「え~ぇ、持って行くかぃ、手を出しな」、着物をまくって、ブーッとやった。ケチ兵衛さん両手でしっかり抱えて駆け出した。後を着けると、裏庭の菜畑に行って「ただの風より良いだろう」。

 狡猾な二人が話しています。「朝、茶を飲みながら梅干しを二つも食べたという馬鹿な奴がいた」、「私は梅干し一つでひと月は持ちます」、「どうする」、「最初の十日は梅干しを見て酸っぱい水が出たらそれで飯を食べる。中の十日で実を食べて、最後の十日で種を食べる。晦日に中の種の実を食べる」、「それは贅沢だ。月に梅干しが1個無くなる。減らしちゃ勿体ない。私は増やしているよ」、「どうやって?」、「丼に醤油を注いで割り箸にツバをたっぷり含ませて、丼に入れてその醤油で飯を食べる。自然と醤油の量が増える」、「汚いなッ」。
 「夏、扇子を使いますが、10年使えることが分かりました。半分広げて5年使い壊れたら、新しい面を広げて使えば10年持ちます」、「使い方が荒い。私だったら4~50年保つでしょう。半分なんて事はしないで全部広げる。扇子を止めて、首を振る」。

 夜分になったら訪ねて行った。「もったいないから、夜分は灯を点けない。こっちにお上がり」、「あら、貴方は裸ですね」、「暗いから着物は脱いで畳んでしまってあります」、「寒くありませんか?」、「寒くない事をしています」、「あんかですか」、「あんかでは無く、頭の上をご覧」、「石が吊り下がっていますね。寒くなったら『ヤァー』と持ち上げるんですね」、「そんな事したら腹が減る。下がっているだけで良いんだ。家が古いし、風が吹くとミチミチ言って落ちてきそうなんだ。落ちたら私は死ぬ。ハラハラして冷や汗が出る。で、暖かい」。
 「帰ります」、「そうですか。水ぐらい出したのに・・・」、「履き物を探すのに灯りを貸して下さい」、「灯りは無いが、足元に石は無いかぃ。その石で目と鼻の間を殴ってご覧、目から火が出て、その明かりで探しなッ」、「そ~言うだろうと思って裸足で来ました」、「私もそんな事が有るだろうと思って、畳を裏返しておいた」。

 



ことば

しわい;吝嗇(りんしょく=ケチ)な人物による、度を越した「始末(=ケチ)」の方法が多く登場する噺。 登場する節約法は、『片棒』、『位牌屋』、『味噌蔵』といった演目のマクラに小咄として差し挟まれることが多い。
 上方落語では、「始末の極意」と言う噺が有ります。そこにも吝嗇な人が出て来ます。
 原話は安永5年版「夕涼新話集」に掲載の「金もち」。五代目三升家小勝が得意とした。円生も時間が無いときや早く終わりたいときは、この噺をよく演じていました。何処で切っても一つの噺になります。

しわい家にもいろいろ。この噺に出てくる人物を除いても居ます、いますねぇ~。、
 ★ケチな人は、ソデから腕を出すのもいやがり、息も吐き出すのもいやがったが、出さないと苦しくなるからそっと少しだけ出します。トゲが刺さっても抜きません。何月何日トゲ入りと帳面に書き込んで大事にしています。
 ★ケチの親子が散歩をしていると、父親が誤って川に落ちてしまった。泳げない息子は通行人に助けを求めるが、ケチの通行人は「助けはお代次第」という。値段交渉になり、2千円、3千円、4千円と値が釣り上がっていく。沈みかけている父親が叫んでいわく「もう出すなッ、それ以上出すなら、俺は死んでしまうぞ」。
 ★店の壁に釘を打つことになり、主人は丁稚の定吉に、隣家からカナヅチを借りてくるよう言い付けるが、定吉は手ぶらで帰ってきた。隣家の主人に「打つのは竹の釘か、金釘か」と聞かれ、定吉が金釘だ、と答えると、「金と金がぶつかるとカナヅチが擦り減る」と言って貸してくれなかったという。主人は隣人のケチぶりにあきれ果てて、「あんな奴からもう借りるな。家のカナヅチを使へ」。
 ★酒は勿体ないがやめられない。そこで器に入れた酒に、割り箸を突っ込んで着いてきた酒をなめていた。息子が割り箸で2回なめたら、親父が「こら。大酒飲むなッ」。
 ★ある男が、眼が2つもあるのはもったいない、と考えて、片方のまぶたを縫い合わせてしまった。十数年後、開いている方の眼が眼病で見えなくなってしまった。ここぞとばかりに片目の縫い合わせを解くと、世間は見知らぬ人ばかりだった。
 ★吝嗇家が男に「最近の食事はどうしているのか」と訊くと、男は「おかずは無駄なので、三度三度の飯は、玄米に塩をかけて食べていたが、近頃はその塩が減るのがもったいないと、1個の梅干しの皮を朝に食べ、果肉を昼に食べ、種は夜にしゃぶり、味がなくなったら種を割り、中の天神を食べて、1日もたせている」と答えた。それを聞いた吝嗇家は、「梅干し1日1個など大名並みの贅沢」と評する。吝嗇家によれば、そもそも梅干しは食べるものではなく、眺めていると自然に出てくるつばをおかずにして飯を食べるためのものであって、梅干しに飽きたらザクロや夏みかんでつばを出すのだ、という。
 ★吝嗇家によって数々の節約術(鰹節を買わずにだしをとる方法、賽銭を節約する方法など)が語られる。
鰹節の噺と賽銭の噺=以下始末の極意」を参照。他にもエゲツナイ方法が有りますよ。

梅の種を割ると薄皮に包まれた核(さね)が出てきます。これを「仁」といいます。梅の「仁」は別名「天神」といいますが、「梅は食うとも核(さね)食うな、中に天神寝てござる」と言われ、青梅の種には毒(青酸)があるので食さないようにという誡めになっています。落語「しわい比べ」では、一方が梅干しの種を割って中の天神を食するというくだりがありますが、完熟した梅干しには毒は有りません。

三ボウ;寄席においては、言ってもいい噺は三種類有ります。それぞれの語尾から「三ボウ」と呼ばれた。
 ★つんぼう(つんぼ)=落語が聞こえないので、寄席に聴きに来ない。しかし、ご家族にいらっしゃいましたらお許し願います。
 ★泥棒=どんなに悪く言っても、自ら泥棒だと名乗り出たり、怒鳴り込んで来る泥棒はいない。しかし、ご家族にいらっしゃいましたらお許し願います。
 ★けちん坊=ケチはわざわざ金を出してまで噺を聴きに来ない。

隙を出す(ひまをだす);隙をやる。解雇する。奉公人などを解雇する。また、妻を離縁する。

オキ(燠・熾);赤くおこった炭火。おきび。薪(マキ)が燃えて炭のようになったもの。噺では、火事で焼けてしまった家屋材が炭のように赤く火が付いている物。

お菜(おさい);副食物。おかず。「惣菜・前菜」。

嗅ぎ賃(かぎちん);興行でも見物料として眼から入る見料は取ります。化け物屋敷やカッパや大イタチは落語の夜店の題材になっていますが、歌舞伎や映画や演劇等が有ります。また、耳からの情報としては音楽会や講演会、義太夫、落語、講談などが有ります。で、鼻からの臭いだけの料金は何かありますかね~。そうそう、香水などは料金は取りますが、それを付けた人の隣で「良い臭い」だと感じ入っても料金は取られません。嗅ぎ賃だけは別物なんですね。

 写真、鰻の蒲焼き。この臭いが何とも強烈で旨そう。

何でも貰っていく人;数十年前までは屑屋さんという人が回ってきて、買い取っていきました。紙くずや鉄くずや銅線、等は売れました。また空ビンなどは酒屋さんに持って行けばお金になりました。最近では不要品は「メルカリ」等で売れますし、フリーマーケットで売る事も出来ます。プロでは質屋さんが買い取ってくれます。個人的に不要品なんて無いと、全部ため込んでゴミ屋敷になっている家も有ります。

ただの風より良いだろう;菜畑に撒く肥料は人糞と決まっていました。戦後まで東京近郊のお百姓さんが人糞を回収しに来ていました。その返礼として、自分の畑で取れた野菜を持って来たものです。葉物野菜には人糞の窒素肥料が有効だったので、江戸時代には高額な金額を払って人糞を集めていました。で、肥料の基の臭いだけでも、無いよりは良いのだろうと風として流したのでしょうが、効果の程は・・・。

早桶(はやおけ);棺桶の粗末なもの。死人のあった時に急速に作るからという。江戸時代、棺桶は文字通り桶で、死体の大きさに合わせて受注生産されたオーダーメイド桶。

梅干(うめぼし);梅の実を塩漬にし、取り出して日光にさらした食品。6月ころに、赤紫蘇の葉を加えて漬けることが多い。
 ウメの果実を塩漬けした後に日干しにしたもの。日本ではおにぎりや弁当に使われる食品であり、健康食品としても知られる。なお、塩漬けのみで日干しを行っていないものは梅漬けと呼ばれる。 伝統的な梅干しは非常に酸味が強い。梅干しのこの酸味はレモンなどの柑橘類に多く含まれるクエン酸、調味梅干の場合はそれに加えて漬け原材料の酸味料に由来する。
梅干と調味梅干; JAS法は、伝統的製法によって製造された梅干しを「梅干」、調味されたものを「調味梅干」と表示するよう義務付けている。
★伝統的製法= 伝統的製法による梅干しの土用干し 梅干しの製造には、6月頃に収穫する熟したウメを用いる(梅酒では熟していない青梅を用いる)。ウメを塩漬けにした後3日ほど日干しにする。これを「土用干し」という。この状態のものを「白干し」と呼び、これは保存性に優れており、塩分が20%前後となる。土用干しののち本漬けしたものが伝統的な梅干し。梅干しがシソで赤く着色されるようになったのは江戸時代になってからとされる。また三年間熟成させ塩を馴染ませ、まろやかにした三年梅(あるいは三年漬け)も存在する。
★調味梅干= 市販されている梅干しは、減塩調味を施したものが多く、これらは商品のラベルに「調味梅干」と記載されている。調味梅干は、白干しの梅干を水につけて塩抜きした上で、味付けをしたもの。調味梅干の種類としては、シソ(赤じそ)の葉とともに漬けて赤く染め風味をつけた「しそ梅」、蜂蜜を加えて甘くした「はちみつ梅」、昆布とともに漬けて味をつけた「昆布梅」、鰹節を加えて調味した「鰹梅」、黒糖と黒酢を使って漬け込んだ「黒糖黒酢仕込み」などがある。調味梅干の漬け原材料は商品名に明示されたもの以外に、還元水飴、発酵調味料、たんぱく加水分解物、調味料(アミノ酸等)、野菜色素、ビタミンB1、酸味料、甘味料(ステビア、スクラロース)などが使用される。減塩梅干や調味梅干は、塩分が少なくなることで保存性が下がるため、賞味期間が短く設定されることが多い。また、冷蔵庫保存が必須です。

  

 梅干し。左、塩分濃度20%。 右、塩分濃度8%。見た目だけでは解りません。

食べ物をけちると;しわい連中が、食事に蒲焼きの臭いだけとか、塩を掛けるとか、梅干しを見るだけで飯を食べるとか言っていますが、そんな事をしたら栄養失調になって早死にしてしまうでしょう。目先の金と寿命を交換しているようなものです。ヤダやだ、そんな生活考えられない。と思っていたら、ダイエットだと言って、似たような事をしている人が居るんですね、高い金出して・・・。

目から火が出る;顔や頭を強く打った時の感じの形容。決してその明かりで物が照らされて見えるわけでは無い。



                                                            2019年10月記

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