落語「たぬき」の舞台を行く
   

 

 五代目古今亭志ん生の噺、「たぬき」より


 

 「こんばんは」、「だれだ」、「狸です。開けて下さい。相談があるんです」、「やだよ。開けないよ」、「隙間から入りますよ」、「しょうがないな。開けるよ。おッ、お前は昼間の狸だな」、「親方に助けて貰って、家に帰って親に話をすると『恩返しをしてこい』と、恩返しが出来ないと人間のようだと馬鹿にされますので、置いてください。寝るところは要りません。親は8畳敷きですが、私は子供なので4畳半です」、「一人で寝な。早いなもう寝てるよ」、「狸寝入りです」。

 「親方起きてください」、「何処の小僧さんだぃ」、「夕べの狸です。顔を洗って食事してください」、「食べ物なんか無いだろう」、「何も無いですね。火鉢の引き出しにあったハガキを1円にして米から味噌、醤油を買って具も買って用意しました」、「そうか、当分居てくれ。今日、越後から縮み屋が来るんだ。5円必要だからハガキでお金にしてくれ」、「こんな明るくなったらお金は無理です。私がお金に化けましょう。目をつむって手を叩いてください」。
 手を叩くと、「デカい札だな~。畳一畳分有る。もっと小さくなれ。そうそう、その大きさ、重さも無くなったな、難しいんだろ。裏に毛が生えているよ」、「裏毛の方が暖かい」、「ダメだ。毛は取れ。無くなったらノミが出て来たよ」、「取って下さい」。
 「グルグル回したら目が回る。折っちゃ嫌だ、背骨が痛い」。

 「こんにちは」、「着物屋さんかぃ。入りな。5円払うよ」、「ありがとうございます。新しいお札は気持ちが良い」、「グルグル回しちゃダメだ。折っちゃダメだ。あ~、持って行っちゃった」。
 「ただいま」、「早いな」、「あんな奴と一緒はヤダ。『あんな奴の所に、新しい5円札があるわけ無い』と、グルグル回して見て、四つに折ってガマグチにパチンと入れられた。苦しいのでガマグチを食い破って出て来た。その時5円札が2枚有ったので持って来た」、「ひどい事するな~。これだけ世話になったから帰っても良いと言いたいが、もう一つ仕事をして貰いたい」。

 「良いですよ」、「兄貴の所に男の子が生まれたんだが、出産祝いの鯉に化けて欲しい」、「魚の鯉ですか。この前、鯉に化けたら、水に放り込まれて死ぬところでした。だから、岡持ちに少しだけ水を入れて頭と尻尾を出してください。そのまま台所に置いてください。逃げてきます。相手は猫が持って行ったんだろうと諦めます」、「うまいな。では、手を叩くよ。良い形の鯉だ」。

 「こんちわ。男の子が生まれたんだから、出世魚を持って来た」、「良い鯉だ。鯉コクにするから、食べていきな~」、「可哀想だ、私は帰ります」。
 「辰公、鱗を取って料理してくれ」、「料理番の所にいましたので任せてください。どっこいしょ。温かいねこの鯉。出刃でこすると・・・、震えていやがら。さぁ~、痛テッ、引っ掻きやがら、鯉に引っかかれたのは初めてだ。あッ逃げていった。薪を伝わって屋根から逃げちゃったッ」、「鯉は薪を伝わるかぃ」、「鯉の薪(滝)上りでしょう」。

 



ことば

狸の恩返しの噺は色々あって、どの噺も助けた子狸がやって来て、博打のサイコロになる「狸賽」(たぬさい)。同じく助けた狸がやって来て、ハガキをお金に換えて食事の用意をし、やって来た掛け取りを札に化けて退散させる「狸の札」(たぬきのさつ)。狸が鯉になって、兄貴分の出産祝いに祝儀として持ち込まれる、この噺の「たぬき」等が有ります。どの噺のベースも助けた小狸がやって来ていろいろな方法で恩返しをするものです。他の恩返しの題材になるのに「狸寝入り」、「狸の遊び」、「狸の茶釜」等が有ります。どの噺と組んでも良く、何処で切っても楽しい噺です。志ん生は狸の札と狸の鯉をつなげて演じています。
 「狸寝入り」=恩返しをしたい狸に、「俺は吉原に行くから身代わりになって家に帰り、すぐ寝ちまえば良いんだ」と頼む。狸は言われたとおり、直ぐにグウグウ寝てしまうが、「こんなに早く寝られるものじゃ無い。これは狸寝入りだ」と言われてびっくり。吉原に逃げていった。「もう少し寝ていてくれよ」、「狸だと知れてしまったのでダメです」、「それじゃ~、ここを頼むよ」、「ここはなおさらいけません」、「なぜ」、「ここはキツネ(遊女)ばかりですから」。
 「狸の遊び」=お礼を狸がしたので、吉原に若旦那に化かして連れて行った。寝ていると花魁が来て「起きなさいよ。お前はタヌキ(狸寝入り)だね」、と言われビックリ。「お前は若旦那では無く芸人なんだろう」、と言われまたビックリ。「尻尾を出しなよ。お前さんはタヌキ(太鼓持ち)だろ」、と言われ「そうです」と白状。「だったら、夜っぴて太鼓を叩いて下さいよ」、「太鼓はダメだが、腹づつみは出来ます」。
 「狸の茶釜」=狸に茶釜に化けて貰い、欲しがっていたお寺に風呂敷に包んで持って行った。気に入ったので半金の5円貰って早々に退散。和尚は茶釜を火に掛けたが、熱くてたまらず灰神楽を立てて逃げ出した。「追いかけたら狸でございました」、「それで半金かたられたか」、「包んだ風呂敷が八丈(畳)でございます」。

 民話風落語では「まめだ」のように悪さをするが、貝に入った薬を枯れ葉のお金で買いに来たが、使用法が解らず死んでしまう、狸の哀れを噺にしたものや、「霜夜狸」のように山里の老人と狸の心温まる交流を描いたものも有ります。また「権兵衛狸」のように悪さをして背中と頭をはさみで刈られてしまったが、懲りずにまたやって来た狸も居ます。どの狸も、どこかユーモラスで愛嬌があるのが狸の噺です。

(たぬき);イヌ科の哺乳類。頭胴長50~60cm、尾長15cm。山地・草原に穴を作って巣とし、家族で生活する。毛色は普通は茶褐色で、四肢は黒。毛皮を防寒用・鞴(フイゴ)用とし、毛は毛筆に用いる。雑食性。アナグマと混同され両者ともにムジナといわれる。化けて人をだまし、また、腹鼓を打つとされる。たのき。

 民間伝承では、タヌキの化けるという能力はキツネほどではないとされている。ただ、一説には「狐の七化け狸の八化け」といって化ける能力はキツネよりも一枚上手とされることもある。実際伝承の中でキツネは人間の女性に化けることがほとんどだが、タヌキは人間のほかにも物や建物、妖怪、他の動物等に化けることが多い。また、キツネと勝負して勝ったタヌキの話もあり、佐渡島の団三郎狸などは自身の領地にキツネを寄せ付けなかったともされている。また、犬が天敵であり人は騙せても犬は騙せないという。

 

狸汁(たぬきじる);狸の肉に大根・牛蒡(ゴボウ)などを入れて味噌で煮た汁。狸の肉の代わりに、こんにゃくと野菜を一緒にごま油でいため、味噌で煮た汁。

狸寝入り(たぬきねいり);眠っているふりをすること。そらね。たぬきね。たぬきねむり。

火鉢の引き出し(ひばちのひきだし);長火鉢に付随する引き出し。長火鉢は、火鉢部分の右横に猫板とよばれるスペースがある。猫板の下に2~3段の引出しが付き、火鉢の下にも横に2つ引出しが並ぶのが一般的。引出しは乾燥するので茶筒、煎餅や海苔など湿気を嫌うものを入れる事が多い。引き出し面の反対側に客人を座らせることから、関東火鉢は引き出し面の反対側を表側とする。表面にはその時最も良いとされる杢目の板を使うのが江戸指物師の心意気。

 「長火鉢」 深川江戸資料館。 長火鉢は右側に猫板という小さな台が付いていて、その下に小引き出しが付いています。その中にハガキが入っていたのでしょう。

越後から縮み屋(えちごから ちじみや);越後縮と言って、越後国(新潟県)小千谷地方から出す縮。苧(カラムシ)で織った夏着尺。おぢやちぢみ。越後布。
 からむし【苧】 =(「むし」は朝鮮語 mosi(苧)の転か、あるいはアイヌ語 mose(蕁麻)の転か) イラクサ科の多年草。茎は多少木質で、高さ約1.5m。葉は下面白色、細毛が密生。夏秋の頃、葉腋に淡緑色の小花を穂状につける。雌雄同株。茎の皮から繊維(青苧アオソ)を採り、糸を製して越後縮などの布を織る。木綿以前の代表的繊維で、現在も栽培される。苧麻(マオ・チヨマ)。草真麻(クサマオ)。

出産祝いに鯉(しゅっさんいわいに こい);日本では古くから女性が健康(体力作り)のために鯉を食したと言う伝説や伝承があり、妊婦が鯉を食べて健康になり、無事、安産できたと言う伝説もある。また、お産の後に鯉を食べると母乳がよく出ると言う伝承も見られる。こうした話は東西を問わず内陸地には多い伝承です。
 鯉は出世魚で、子供の出世を願い出産や誕生日、こどもの日に贈り物として送り、また、鯉のぼりなどを上げて、あやかるようにと祝う。

岡持ち(おかもち);食物を戸外へ持ち運ぶのに用いる桶(おけ)の一種。手桶のように桶の2か所の取っ手に横木を渡し、手で持ち歩けるようにしているが、岡持ちは普通、手桶よりも広く浅くつくり、その上に蓋(ふた)をつけたもの。江戸時代、物見遊山などには、塗り物のものが用いられたが、多くのものは白木づくりで、また、形には円形、楕円(だえん)形、角形などがある。一般には、さかな屋、すし屋、うなぎ屋などの出前に使用されてきたが、現在はステンレスでけんどん式の岡持ちが使われ、あまりみられなくなった。

出世魚(しゅっせうお);稚魚から成魚までの成長段階において異なる名称を持つ魚。江戸時代までは武士や学者には元服および出世などに際し改名する慣習があった。その慣習になぞらえ「成長に伴って出世するように名称が変わる魚」を出世魚(しゅっせうお)と呼ぶ。「縁起が良い魚」と解釈されて門出を祝う席など祝宴の料理に好んで使われる。ブリ・スズキ・ボラなどが代表的。
 コイは登竜門の伝説から出世魚と呼ばれることもあるが名前が変わるわけではない。

鯉コク(こいこく);輪切り(筒切り)にした鯉を、味噌汁で煮た味噌煮込み料理。鯉こくのこくとは、濃漿(こくしょう)という、味噌を用いた汁物のことであり、鯉こくはこの濃漿の一種。江戸時代には、「鯉汁」、「胃入り汁」、「わた煎鯉」とも呼ばれていた。江戸時代以降は濃漿はほぼ廃れてしまい、鯉を材料とした鯉こくのみが生き永らえて現在に至っている。 鯉こくは、出産後の母乳の出を良くすると言われている。この噺でも、出産祝いに持ち込まれ、亭主は母乳の出が良くなると喜んでいます。

温かい鯉(あたかいこい);鯉だけで無く、川魚は水温と同じ体温なので、ほ乳類のように温かくはありません。

出刃でこすると(でばでこすると);鯉は往生際の良い魚で、「俎板の鯉」と言われるように静かになってしまいます。震えるような事はありません。でも、実際にはバタバタ暴れますが、横腹の縦に一本走る側線は非常に敏感な器官で、出刃包丁でこすると、失神して動かなくなるのです。

鯉の薪(滝)上り(こいのたきのぼり);中国の伝説では黄河上流にある竜門の滝を上れた鯉は化して龍になるという言い伝えがあるところから「鯉の滝登り」のたとえになった。
 滝を登るということがよく言われるがこれは中国の神話伝説の類に由来する言い伝えであって、普通程度の大きさのコイが滝を登ることは通常は無い。コイはジャンプが下手であり、『モジリ』という水面下まで上がって反転する行動が一般にはジャンプと誤認されていることも多い。ただし小型のコイはまれに2m程度の高さまでジャンプすることがあり、この場合は滝を登ることがありうるものの、鮎や鮭と違って、格別に「滝を登る」という習性がコイにあるわけではないのです。



                                                            2019年10月記

 前の落語の舞台へ    落語のホームページへ戻る    次の落語の舞台へ

 

 

inserted by FC2 system