落語「ママさんコーラス」の舞台を行く
   

 

 立川志の輔の噺、「ママさんコーラス」(ままさんこーらす)より


 

 「加藤君。ラーメン頼んでおいたよ。今、電話で、出演者が着替えるから楽屋早く空けて置いてあげて」、「主任おかしいですよ。朝電話があって、衣装のままで行くから早く開けなくても良いと言ってましたよ」、「今あったんだよ。心配だったら自分で調べたら。それより大晦日に公演は嫌だね。来年から止めようね」、「主任、大変です。ダブルブッキングみたいですよ。黒板を見て下さい。『みたまレディスコーラス』と電話で話していたのが『みたま町コーラスガールズ』なんですよ」、「同じじゃない?。ん、予約したときはガールズでレデースになったんじゃ無い。ママさんコーラスぐらいだからよかったよ。これが有名な劇団やオーケストラだったら大変なことになった。ママさんコーラスなんて所詮は遊び半分でやってるのだろう」、「同じ時間に二つ入れてますよ」、「大変じゃないかッ。どちらかをずらして貰うか、料金を割り引くとか。すいませんじゃ済まないよ。だれッ、ガラスに映っている二人」、「ママさんコーラスの人ですよ。『今行きます』と電話ガチャンと切って・・・」。

 「どうぞこちらへ」、「どうなっているんですかッ?」、「名前が似てたもんで・・・。『みたまレディスコーラス』さんと『みたま町コーラスガールズ』さん、でも、黒板に『みたまレディスコーラス』さんと書かれていますので、そちらさんが先に予約したことになります。出来れば、午前の部に回って貰えませんか。料金は半額にしますから・・・、いえ、無料でもイイです」、「今日の明日ではチケットも売っていますし、グループの人間も時間の都合が付きません・・・、無理です」、「では、ご一緒に出来ませんか?」、「会の名前は知っていましたが、指揮の先生や歌い方や曲目も違います」、「専門的なことは分かりませんので、相手のグループと話し合って下さいッ」、「このミスは公民館の方のミスですよね。何で私たちがやらなければいけないのですかぁ」、「はい、こちらです」、「では、あなた方で解決して下さい」、「では、帰ります」、「奥さん、奥さん・・・」。

 「悪いと思っているから、謝ったのに、あの言い方は何なの。時間をずらすか一緒にやるしかないだろう。あ~、気分悪いッ」。
 「出前、お待ちどおさま。タンメン二つ」、「お兄ちゃん、チョット待って、頼んだのはラーメンだよ」、「えッ、聞き間違ったかなぁ」、「『聞き間違えた』、まいっちゃうな。ラーメンとタンメンはメンは同じでも違うものだよ。聞き間違えたじゃ済まないよ。昼の忙しい時間だって・・・」、「作り直してきましょうか」、「もういいよ」、「ラーメンの料金でイイです」、「当たり前だろッ。もうイイから帰って。普通間違えないよな。タンメンの野菜が嫌いなんだ」、「主任、コーラスのママさんみたいでしたね。質はどちらでもさっきのママさんが思い浮かんで・・・。30分前のラーメンでこれだけ怒るんですから、半年前の予約間違いを帰ってから怒っているでしょうね。明日逢うとき気まずくなるより、今謝りに行っておきません」、「それもそうだな。これ食べたら出掛けよう」。

 「みなさん、ごめんなさい。私がもう少し早く確認していれば良かったのに・・・。明日は元気よく歌って下さい。仕事や家庭のある方はお帰りになって結構です」、「リーダー、頭にきますね。自分たちで、間違っておいて半額にするとか無料にするとか、相手と話してくれとか・・・、本当に・・・、女だと思って馬鹿にして、リーダー、ガツンと言ってやれば良かったのよ」、「でも、何を言っても分からない人達だと思って・・・」、「パートを途中で抜け出して行ったのに。だれ? ガラスにベターッと顔を着けている二人」、「公民館の人。リーダー、私に言わせて貰ってもイイ? キツいこと言わない。どうぞお入り下さい。大変なことをやった人ですね。ダブルブッキングは陽気な響きですが3分クッキングとは違うんですよ。似てますかね、『みたまレディスコーラス』と『みたま町コーラスガールズ』、ボケッと聞いていたら分かりませんが、チョット注意すれば分かることじゃないですか。『ぺ・ヨンジュン』と『ペヤング』似ているけど違うでしょ。私はひまよ、だけど皆は時間をやりくりしてコーラスしているのよ。金銭的に迷惑掛けたくないので、コーラスのためにパートしているのよ。・・・、あの二人どうした」、「半分ほどで帰ったわ」、「悔しいッ、独り言言ってたの」。

 「主任お茶です」、「参ったな。一言も言えなかったな」、「遊びでコーラスやってると思っていたら、途中からグループに加わったり、途中で練習止めて帰ったり、仕事着のまま来て練習終わったらそのままで急いで帰ったり、子供を負ぶってコーラスしたりで、遊んでいるんじゃないんですね」。
 「お兄ちゃん、丼ならそこに・・・」、「丼じゃないんです。昼、間違えたお詫びに餃子食べて下さいと、おかみさんが・・・」、「あの位で悪いな」、「明日よろしくと言ってました」、「お兄ちゃん、おかみさんて、ママさんコーラス?」、「そうです。公民館のことは何も言ってませんでしたが、楽譜が変わったとかプログラムが変わったとかで忙しそうにしていました。『聞き間違えることはないのに・・・』、と気落ちしていました。普段は隣で洋服のリホームをしているんですが、旦那が病気で入院してしまって、その間店閉めたらお客さんが減ってしまうと、両方の店を掛け持ちでやっているんです。何時寝るのか心配してしまいます」、「その上コーラスも行っているんだろ」、「休んだら、と言うと『忙しく、辛いのは私だけではないと分かると元気が出るの』と言うんですよ。アルバイトだから何にも出来ないんですよ。餃子食べて下さいね」、「お兄ちゃん、ありがとう。おかみさんによろしくな」。

 「主任旨いですよ。この餃子」、「ママさんが怒っているのが分かってきたぞ。俺たちには餃子がないんだ。ミスは誰にもあるよな。でも、我々には餃子が無いんだ・・・。我々の仕事にはず~っと餃子が無かったんだ」、「明日何する」、「何も考えていません」。

 「3ヶ月で音を上げると思ったら、今日までコーラス頑張って、だから家族皆で来たんです」、「壁の矢印は何?」、「会場への矢印で、私が張りました」、「これ、葬儀で使う矢印でしょ」、「そうですか。色を塗りましょう」、「主任、一人来ていない人が居るんですよ。ラーメン屋のおかみさんです。リホームのお客さんで受け渡しが今日なので行ってくると言うのですが、帰ってこないんです。迎えに行ったら、入れ違いになってしまうと、大騒ぎです」、「楽屋に行ってこう言いなさい『時間はどれだけ掛かってもイイし、明日の朝までだって構わない』と・・・」、「時間で動いている人達です、時間ずらしたら歌えない時間が出るんです。それ以上に相手のグループに申し訳ないって」、「加藤君自動車を玄関に回しておいて」。

 「困るよ、正月に着るんで、今日直して貰わないと・・・、右の袖だけ長いのは着られませんよ。ミスは誰でもあるんだが、早く直して欲しいんだ」、「そこに座ってお待ち下さい」、「大丈夫だろうね」。
 「おかみさん、おかみさん、外に車を待たしています。乗って下さい」、「直し物があるんで、待って下さい」、「始まってしまいます。車に乗って・・・。1年やって来たのにどうするの。加藤君連れて行って、ブレーキ踏むなッ。急いでな」。
 「お客様、貴方は私にどうして欲しいんですか?」、「貴方では無いんです。あの、おばさんにですよ」、「居ない人のことを言ってもしょうが無いでしょ」、「右袖が長いんですよ」、「本当だ。今日中に?」、「正月に田舎に帰るの」、「任せておきなさい。同じ長さにすれば良いんでしょ。主任ですから」、「ここの?」、「公民館の・・・。今、長いの揃えて切りました。同じ長さになりました」、「切っただけじゃダメでしょう。内側に折って縫ってよ。切っただけじゃ、ほつれてくるでしょう。纏り縫いとか」、「なにッ、その陽気な縫い方」、「私だって知りませんよ」、「分かりました。だけどお客さん、大事なこと忘れていません、切って揃えたんですよ。内に折り曲げたら、短くなりますよ。でも、左も切れば良いんですよね」、「止めて下さい」、「縫うんだから触らないで」。

 「本日は本当にありがとうございました。全て終わりましたが、別々のコンサートを事情がございまして合同でやりました。お客さんも大勢来ていただき、ありがとうございます。メンバーの一人が来れないところ公民館の人のお陰で穴を開けずに終わりました。来年もこの日に公民館でコンサートをやりたいと思っています。本日はありがとうございました。佳いお年をお迎え下さい」。
 「もしもし、加藤です。今終わりました。本当に皆良い顔をしていました。『公民館の方達ありがとう』と言ってくれました。また『来年もここで歌いたい』と言っていました。主任ッ、もしもし、聞こえていますか」、「聞こえているよ。良かったな。俺たちの餃子が届いたな」、「迎えに行きましょうか」、「そうしてくれるかぃ。加藤君、その前に聞きたいことがあるんだ」、「何ですか」、「纏り縫いって何ぃ?」。

 

 落語が終わった直後、後ろ幕が開いてひな壇に整列したママさんコーラス隊が、ベートーベン第九交響曲合唱から、第四楽章「歓喜の歌」の合唱が始まった。渋谷パルコ劇場にて。

 



ことば

創作落語;2004年初演としては異例の、ほぼ一時間の大ネタで笑いあり涙ありの人情噺です。 2008年2月には小林薫主演、松岡錠司監督で「歓喜の歌」として映画化され、また同年9月には大泉洋主演、北海道テレビ放送製作でテレビドラマ化されています。
 「志の輔らくご in パルコ」では、この噺のあと後ろ幕が開いてママさんコーラスグループが「歓喜の歌」を歌う演出が加えられました。 志の輔はタキシード姿で指揮者のまねごとをして楽しいステージになりました。

ダブルブッキング;英語で書くと「Double booking」となります。「Double」の意味は二重、「Booking」の意味は予約ですので、ダブルブッキングの意味は直訳すると二重予約です。ホテルや飛行機などで、二重に予約を受けること。また、一般に約束などを二重にしてしまうこと。→オーバーブッキング。

 ホテルなどでは多めに予約を取っています。同質の部屋なら先に帰った空き室を次に回すのです。同じ名前で二つ以上の部屋が予約されることもありますが、これは、片方を削除することは出来ません。片方は自分用、片方は友人用で自分の名で予約しています。催し物会場や会などでは席数より多めにチケットを発行します。こられない人の分を見越していますが、飛行機や列車の指定券では同じ席をダブルで発行することは出来ません。
 この噺のように、一つしか無い会場を、二組の会に貸し出すことは論外です。通常は、電話だけでは無く、書類に責任者名や住所、電話番号を書き込み、細かいところでは前金を取ったりして事故を防いでいます。それでもキャンセルが出たりして大変で、有名な落語会場でもキャンセルの穴埋めに走り回ることがあります。

コーラス(chorus); ① 多人数が声を合わせて歌曲を歌うこと。合唱。また、その歌曲。合唱曲。女声・男声・混声の区別がある。
 ② ① の合唱団体。合唱団。
 ③ ジャズなどの楽曲で主題を提示している部分。序奏部分とは区別され、繰り返し演奏される。

 

パート;パートタイム労働者の略。パートタイム労働法では1週間の所定労働時間が同一事業所の通常の労働者より短い労働者」と定義している。当てはまればアルバイト、契約社員などの呼称に関係なく同法の対象になる。
 同法では(1)正社員と仕事が同じ(2)転勤や異動が正社員と同じ(3)無期雇用の3条件を満たしたパートの待遇などを正社員と差別することを禁じている。

 コーラスのパートとは違うと噺の中で語られます。音楽で、一つの声部。また、楽器別の受け持ち部分。アルトとかソプラノとかの音声の持ち分。

リホーム;建物の内外装を新しくすることですが、着るものに対して自分の体型、流行、好みに合わせて補正すること。また、その商売。

湯麺(タンメン);茹でた中華麺に炒めたモヤシ、ニラ、ニンジン、キャベツ、キクラゲ、タマネギ、豚肉などを加え、鶏がらを主とする塩味のスープをかけた麺料理である。具材にトマトを用いたもの、味噌味のもの、ラー油や酢を加えたものなどのバリエーションが存在する。 中華料理店やラーメン店で提供されることが多いが、野菜が入った塩ラーメンとは製法が異なる。単なる野菜ラーメンとも同義ではなく、一般にこれらとは異なる料理に分類される。
 主に関東地方で食されている日本の麺料理である。 発祥、元祖は関東圏のタンメンです。麺の上に野菜たっぷりの麺です。店によって、塩味の他、味噌味や醤油味も扱っています。野菜が嫌いな人は野菜だらけでつらいかも知れませんが、旨いのに・・・。 下写真、塩味のタンメン。

纏り縫い(まつりぬい);纏り絎(まつり‐ぐけ)。布端の始末のひとつ。三つ折りにした布の折り山の裏から針を出し、少し進んで表布を小さくすくい、また折り山の裏から針を出して進む技法。表には小さく針目が出て、裏には斜めに糸が渡る。下図。

   

ベートーベン第九交響曲合唱から、第四楽章「歓喜の歌」;『歓喜の歌』(かんきのうた、喜びの歌、歓びの歌とも。独: An die Freude / アン・ディー・フロイデ、英: Ode to Joy)は、ベートーヴェンの交響曲第9番の第4楽章で歌われ、演奏される第一主題のこと。

 ベートーベン 第9交響曲合唱から 第4楽章「歓喜の歌」の演奏

 歌詞は、シラーの詩作品「自由賛歌」(独: Ode An die Freiheit、仏: Hymne à la liberté 1785年)がフランス革命の直後ラ・マルセイエーズのメロディーでドイツの学生に歌われていた。そこで詩を書き直した「歓喜に寄せて」(An die Freude 1785年初稿、1803年一部改稿)にしたところ、これをベートーヴェンが歌詞として1822年 - 1824年に引用書き直したもの。ベートーヴェンは1792年にこの詩の初稿に出会い、感動して曲を付けようとしているが、実際に第9交響曲として1824年に完成した時には、1803年改稿版の詩を用いている。

 第4楽章、初めのところ。



                                                            2020年2月記

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