落語「月並み丁稚」の舞台を行く
三代目桂春団治の噺、「月並み丁稚」(つきなみでっち)より
「定吉、これから十一屋さんに使いに行てきておくれ。『こんにちは、結構なお天気さんでござります。ご家内お揃いあそばして、ご機嫌よろしゅうございますか。わたくしは本町の佐兵衛とっから参りました。当月二十八日には、月並の釜を掛けまするによって、旦さんによろしく』と、これだけ言うてきておくれ」。
「その口上ほんで、どこ行て言いまんねん?」
「今、言うたとこやないか。十一屋さんじゃ」。
「ああ十一屋さんでっか。で、十一屋さん行て、どない言お?」
「そう尻から尻忘れたらどんならん。よろしいか『こんにちは、結構なお天気さんでござります。ご家内お揃いあそばして、ご機嫌よろしゅうございますか。私は本町の佐兵衛とっから参りました。当月二十八日には、月並の釜を掛けまするによって、旦さんによろしく』と、言ってきなはれ」。
「へーい・・・、あっここや。こんちわぁ。あの、結構なお天気さんでござります。わて、本町の佐兵衛とこの子供衆(こどもし)さんでんねん」。
「主人呼び捨てにして、自分にさん付けする人があるかいな」。
「あのな、何でんねん、え~~、ご家内お揃いあそばしてなぁ、極道や言うてまんねん。ほんで豆腐が二十八文に負かってねん、取りに来い言うて」。
「変わった口上やなぁ・・・」。
「ちょっと待っとくなはれ。実はわたい口上忘れたんで」。
「口上忘れたらな、いっぺん帰って旦那に聞いといなはれ」。
「帰ったら旦那にどない言うて怒られるや分かりまへん。わてなぁ、口上忘れましたら、うちにな、お竹どん言う力の強い女中さんがいてまんのんで、お尻キューッとひねってもろうてな『痛い』と思たらすぐに思い出しまんので、すんまへんけど、あんたわたいのお尻ひねって」。
「変わった子供衆やで。これ番頭どん、子供衆さん口上忘れて『お尻ひねったら思い出す』言うでな、ちょっとひねってあげとくれ」。
「アホラシもない、ほな子供衆さん、私がひねったげよ。痛かったら痛いと言えよ・・・さぁどや?」
「イッヒッヒッ、もうちょっと力入れて」。
「あの、旦さん。わてもうやめさしてもらいま。いえ、もう、堅いの堅とないの、せっかくでっけど、わたいもうやめさしてもらいま」。
そこに関取がやってきた、「えー旦さん、お早ようごんす」。
「関取やないか、ええとこ来てくれた。今、子供衆が来てな『口上忘れた、お尻ひねったら思い出す』うちの番頭がひねったけど、難儀してるとこじゃ。この子供衆の尻をひとつ、ひねってやってもらえんやろかな」。
「こんな尻ひねったら、いっぺんに潰れてしまいますで」。
「そこ加減見て、ひとつ手軽うにひねってやっとくれ」。
「よろしぃ、おい、素丁稚、ひねってやるで、痛かったら痛いと言え、えぇか・・・。さぁ、どうじゃい?」
「いや、こそばい」。
「『こ、こそばい?』旦さん、こんな尻ひねってたら、明日から相撲の稽古できやせんで、こら遠慮しときまひょ」。
「関取がひねってもこたえんか。また堅い尻持って来やがったなぁ」。
「旦さん、お早よぉございま」。
「おぉ棟梁か、こっち入っとぉくれ。今、子供衆が『口上忘れた、尻ひねったら思い出す』今、うちの番頭、それから関取にもひねってもぉたけどこたえん。難儀してるとこじゃ」。
「子供衆さん、わたいがひねったげよか?そのかわり言うとくぞ、こっち見たらあかんねん、そっち見とれ。えぇか、さぁ、これでどうや?」
「ヒャッ、ちょっと待った、年寄りだけにちょっと手が冷たいなぁ」。
「冷たいか熱いか、今にみてけつかれ。いくぞ、そうら、いよっとッ」。
「痛っ、痛ぁーっ!えらい力やなぁ。わぁ、痛いはずや釘抜きでやってけつかんねん。ちょっと緩めて・・・。あっ、あんまり緩めたらまたわたい忘れまっさかい・・・え、こんにちは結構なお天気さんでござります。あの、ご家内お揃いあそばして、ご機嫌よろしゅうございますか。わたくし本町の佐兵衛とっから参りましたんで。とぉ、当、・・・もうちょっときつひねっとくなはれ。当月二十八日には『月夜に釜抜きます』で、旦さんによろしゅう」。
「ハッハッハッ、面白い子供っさんじゃ。見てみなはれ、お尻ひねったら一生懸命思い出してる。結構結構、何を?『当月二十八日には月夜に釜抜く』これ、当月二十八日は闇も闇も、まことの闇じゃ」。
「あッ、ほな、うちの旦さんの言うたんは『鉄砲』か知らん」。
ことば
■オチの鉄砲;東京では「粗忽の使者」で武士の噺です。その元噺です。それにしても、落ちの「鉄砲」は、上方いろはがるたの「闇に鉄砲」で、無駄な行い、向こう見ずな行動のたとえですが、今ひとつ分かりにくいオチです。
「粗忽の使者」では、使者の地武太治部衛門が釘抜きで尻をひねられ、やっと思い出し、「口上を聞かずに参った」と落とします。こちらの方が分かりやすくすぐに笑えます。
上図、いろはかるたで遊ぶ娘達。
「いろはがるた」の一部を紹介しましょう。地方、土地によって歴史・文化がずいぶん違っています。上方 江戸の違いを感じて下さい。
い 一寸先は闇(上方) 犬も歩けば棒に当たる(江戸)
ろ 論語読みの論語知らず(上方) 論より証拠
は 針の穴から天を覗く(上方) 花より団子
つ 月夜に釜を抜かれる(上方) 月とすっぽん
や 闇に鉄砲(上方) 安物買いの銭失い
落語「桃太郎」で子供が寝床で聞かされた話に対して父親に反論しています。
「お父はんこそ、何も知れへんやろ。 これはなぁ、昔々あるところ、と云うて、時代やら場所をはっきりさしてないやろ。わざとそないしてあるんやで。子供に難しいこと云うてもわからへんけど、借りにこれを大阪の話しにしたらやな、大阪の子供には馴染みがあってええやろうけど、東京の子供はどないする。ほたら東京の話しにしたら、東京の子供にはええやろうけど、田舎の子供はどないしたらええ? 日本国中どこへ持って行って、どこの子供に聞かしてもあてはまるように、『あるところ』としてある。話しがそれだけ大きくなるわけやな」。
いろはがるたは地方によって様々な言い回しが有ります。それを上方だけでしか分からない言葉を使ったら、それ以外の地方の人は分かりません。噺が小さくなった例です。
■三代目桂春団治(かつら はるだんじ);昭和5年の生まれ2016年1月9日没(86歳)。本名、河合 一。春団治の高座は導入部の「枕」を入れず、すぐ落語の本筋に入ります。端正な容姿で山村流の舞の名手でもあるそうで、静かで淡々とした語り口は、上方落語界で貴重な存在です。戦後滅びかけていた上方落語の復興に尽力し四天王と称された(六代目笑福亭松鶴、三代目桂米朝、三代目桂春團治、五代目桂文枝)の最後の一人、「猫の災難」「阿弥陀池」「打ち飼い盗人」「寄合酒」等を演じた。
上方独特のもっちゃりとした語り口調だが、噺の構成はしっかりしていて聞きやすい。
浪華商業卒、昭和22年4月1日、父・二代目桂春団治に入門して小春、25年に二代目桂福団治、34年に三代目桂春団治を襲名
昭和56年大阪名誉市民表彰、平成10年紫綬褒章、平成16年旭日小綬章。
■本町(ほんちょう);大阪府大阪市中央区の町名。現行行政地名は本町一丁目から本町四丁目。
船場のほぼ中央を東西方向に貫く本町通沿いの両側町。北は備後町・安土町、南は南本町、東は東横堀川本町橋を挟んで本町橋(町名)、西は西横堀川跡の阪神高速1号環状線北行きを挟んで西区靱本町・西本町とそれぞれ接する。
大坂城下の中心として繁栄し、現在も大阪市を代表するオフィス街。
東端を流れる東横堀川は本町橋から農人橋にかけて折れ曲がっており、これを俗に「本町の曲がり」と言い、落語「まんじゅう恐い」にも登場する。
■月並みの釜(つきなみのかま);毎月のお茶会のこと。
右図:「小笠原諸礼大全」 都立中央図書館蔵。
■丁稚(でっち);(デシ(弟子)の転。一説に、双六の重一(デツチ)からともいう)
職人または商人の家に年季奉公をする年少者。雑役に従事した。江戸では小僧と言い関西で丁稚と言った。この噺は上方落語なので、当然丁稚と言っています。
■素丁稚(すでっち);丁稚を卑しめていう称。
■月夜に釜抜く(つきよに かまをぬく);「月夜に釜を抜かれる」=明るい月夜に釜を盗まれる意から、ひどく油断することのたとえ。月夜に釜。
釜を抜く=釜はお尻のことを指して、自動車事故の追突のことを、”お釜を掘る”と言ったりします。
月夜に釜抜くの深読みでは、月は女性の月のもので、夜お尻で御用を済ますと言うことらしいです。
■二十八日は、まことの闇;旧暦は月齢で暦が出来ていましたから、月が光り始めて最初の日が新月で1日(朔日=ついたち)と言いました。月が満ちて満月の時が十五夜、そして欠けていって晦日になったときが月末で30日です。28日は細い月が出ますが直ぐに沈んでしまいます、そして真の闇になります。
三十日に月が出る=あり得ないことのたとえ。俗謡「女郎の誠と玉子の四角、あれば晦日に月も出る」と。
■釘抜き(くぎぬき);えんま。落語「粗忽の使者」に写真が有ります。
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