落語「粟餅」の舞台を行く
   

 

 五街道雲助の噺、「粟餅」(あわもち)より。別名『粟餅の女郎買い』


 

 町内の若い者が4、5人集まって、吉原に遊びに行くことになった。ただ行くだけではつまらない、向こうを脅かしてやろうじゃないか、と言うことで、粟餅と灰色がかった砂糖を買った。

 吉原に上がると、与太郎が腹が痛くなったというので、別の部屋に布団を敷いて寝かせる。皆が遊んでいるうちに、寝ていた与太郎は布団の上に粟餅を砂糖でこねながら、人糞の形に作り上げ、たばこ盆の灰を捨てて、かわりに灰色がかった砂糖を入れて、便所に行った。

 「あいつはどうした」、「今便所に行ったようですよ」、「それはいけね~、あいつは尻癖が悪くて、便所に行った時は決まって、寝ぐそをたれているんだ」。
 行ってみると、布団の上にしてある。「しょうがねえな~、俺はあいつの、友達なんだから、俺が始末しよう」、「いや、俺がやろう」、「いや、俺が・・・」、と、喧嘩になり、「くそくらえッ」、「くそ、食ってやら~」と、たばこの灰をまぶして、皆で食い始める。女が「毒だからよしなよ」。

 見世では大騒ぎ。

 と、言っているところに、便所から帰ってきた与太郎、「あれッ、みんな食っちゃって俺の分が無い。そんなことだろうと思って、あの神棚に上げておいたのだ」、「あれッ、神棚に上げるなんてもったいない、バチが当たるよ」、「な~に、もったいないことはねぇ、食べる前にお初に上げたんだ」。 

 



ことば

■上方落語「けんげしゃ茶屋」の江戸版です。上方落語の主人公も茶屋で粟餅を股の間から転がして大騒ぎ。それ以後、”ババの旦那”と言われて、新町には行けなくなって、ミナミで遊ぶようになった。東西どちらも粟餅を見立てています。そんなに似ているのでしょうか。
 噺が粋を通り越して汚すぎ、寄席や放送ではあまり演じません。

粟餅(あわもち);
     

 「粟餅屋」 江戸商売絵図 三谷一馬画。
 神社、寺の開帳場、花見遊山の場に来て、粟餅の曲投げをして売りました。曲取り曲投げが主。皆揃いの半纏に紅のタスキをかけ、なかなか身綺麗です。台の上には餡、黄な粉、胡麻の三色木鉢を置いて、投げる者は左手に粟餅を掴み、右手でちぎって、一丈余も離れた三つの小鉢へ投げ入れます。投げ入れられた粟餅に餡、黄な粉、胡麻をまぶします。まぶすのが早いか、投げるのが早いか、という妙技が暫く続きます。終わり近くになると三つ同時にちぎって投げ、三つの木鉢それぞれに入れます。最後に左手に持った粟餅を一握りに握り、五指の間から粟餅を飛び出させました。これがそれぞれ大小が無かったと言います。 

 与太郎さんたちは、この粟餅屋さんから売り台の上に乗った経木または竹の皮に包まれた粟餅を買ってきたのでしょう。競って食べるなんて、女郎は驚くこと請け合いです。

吉原(よしわら);廓と言えば江戸では吉原を指します。新吉原(浅草裏に移った後の吉原)は、江戸の北にあったところから北州、北里とも呼ばれました。俗にお歯黒ドブに囲まれた土地で、総坪数二万七百六十坪有りました。ドブには跳ね橋が九カ所有りましたが、通常は上げられていて大門(おおもん)が唯一の出入り口でした。大門から水戸尻まで一直線の道路を仲の町と言い、その両側には引き手茶屋が並んでいました。
  仲の町の右側には、江戸町一丁目、揚屋町、京町一丁目が、左側には伏見町、江戸町二丁目、角町、京町二丁目が並んでいました。なかでも、江戸町一,二丁目、京町一、二丁目、角町を五丁町と呼んでいました。揚屋町には元吉原当時の揚屋が並んでいました。また、酒屋、寿司屋、湯屋が有り、裏には芸者達が住んでいました。
  この五丁町の入り口には、それぞれ屋根付き冠木門の木戸がありました。また、各町の路の中央には、用水桶と誰(た)そや行灯が並んでいました。
  江戸町一丁目の西河岸を情念河岸と呼ばれました。また、江戸丁二丁目の河岸を別名羅生門河岸とも呼ばれました。志ん生の落語「お直し」の舞台です。
  廓の四隅にはそれぞれ稲荷神社が祀ってあります。大門を入って右側に『榎本稲荷社』、奥に『開運稲荷社』、羅生門河岸奥に『九郎助稲荷社』、戻って『明石稲荷社』があって、その中でも九郎助稲荷社が名が通っていました。明治29年頃、この四稲荷と衣紋坂にあった吉徳稲荷が併合され、吉原神社となりました。現在はお歯黒ドブが無くなって、水戸尻を越えた右側に社殿を構えています。
  吉原遊女3千人と言われていたが、安永、天明の頃は三千人を切っていたが、寛政になると三千を越えて四千人台に突入します。
  『江戸吉原図聚』 三谷一馬画より吉原略図。 落語「乙女饅頭」より孫引き

灰色がかった砂糖;精製糖は、大きくザラメ糖・車糖・加工糖・液糖の4つに分類される。ザラメ糖はハードシュガーとも呼ばれ、結晶が大きく乾いてさらさらした砂糖であり、白双糖・中双糖・グラニュー糖などがこれに属する。なお、一般的には白双糖と中双糖を指してザラメという。白双糖を白ザラメ、中双糖を黄ザラメともいう。一方、車糖はソフトシュガーとも呼ばれ、結晶が小さくしっとりとした手触りのある砂糖で、上白糖・三温糖などがこれに属する。液糖はその名の通り、液体の砂糖です。また、ザラメ糖を原料として、角砂糖・氷砂糖・粉砂糖・顆粒状糖などの加工糖が製造される。

たばこ盆;煙草を吸うための火入れと灰落とし(灰吹き)がセットになった道具。

 

 一般家庭に有るたばこ盆(左)と、遊廓などで使われた高級品。左、壺状の中に灰を入れて火種を入れ、煙草に火を点けます。灰落としの竹筒の中に吸い終わった煙草カスを叩いて入れます。

くそくらえッ;忌々しい出来事や人をののしるときに用いる罵倒語。糞便の「くそ」に、軽侮を強意する接尾辞「たれ」(用例;「ばかたれ」「あほたれ」)を付したもの。

 落語「汲みたて」の中にも出て来ます。江戸っ子は直ぐにこんな汚い言葉を投げつけるんですね。
 船遊びで、師匠と半公の船と、振られ連の有象無象の船とで喧嘩になって、口汚くののしって、「クソでも食らえ!」、「クソを食らうから持って来い!」。
 喧嘩をしている2艘の船の間に、肥船がスッ~と入ってきて「汲みたて、一杯上がるかえ」。

お初に上げた;もらい物や珍しいもの、高級品などはまず神棚に上げて、そのお下がりを食べるものです。
 与太郎さん、自分の分はどこかに隠したかったのでしょうが、隠す場所が神棚とは女郎も驚くが、与太郎さんの反論が粋です。



                                                            2020年3月記

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