古い言葉にはえぇ言葉がありますわなぁ、夏暑いときに重たい荷ぃを負ぉて、でまぁどっかで一服しょ~ちゅうわけで腰を下ろして一服してると涼しぃ風がサ~ッと吹いてくると、「あぁ~、極楽の余り風、極楽の余り風」 てなことを古い人が言ぅてましたんや、これもえぇ言葉ですなぁ。極楽から余分な風がこっちへ流れて来たといぅわけで「ありがたいなぁ」 といぅその気分がよぉ出てるよぉに思いますしね、おもろい言葉いっぱいありましたなぁ。
生活に苦しぃ、やっと食ていけるかどぉかといぅよぉなことを「飯米に追われる」とかな、そぉいぅ。これはまたアホみたいな古風な噺でございます。
「甚兵衛はん、こんにちわ」、「まぁ、こっち上がりぃな」、「あのなぁ、パッとこの、女ごが惚れてくるちゅな工夫おませんやろか?」、「たまに顔見せたと思たら、何やて、女ごが?」、「女ごがパッと惚れてくるちゅな工夫はおまへんやろか」、「そんな工夫は別にないが、昔からえぇことが言ぅたぁるがな。『一みえ、二おとこ、三かね、四げぇ、五せぇ、六おぼこ、七ぜりふ、八ぢから、九きも、十ひょ~ばん』ちゅう言葉がある」、「はぁ~?油虫のまじないでっか」、「これは一から十まで、このうち一つでもその身に備わってたら、女ができるっちゅうねや」、「十(とぉ)もあるねんやったら、一つぐらいおまっしゃろなぁ」。
「『一見得』、なり、形やなぁ『あぁ、いつ見ても身なりを落とさん、あの人はいつも気の利ぃた身なり、格好してるやないか』といぅだけでも、やっぱり惹かされるもんやで」、「わたいの見え、なり、形は?」、「お前、あんまりまともな格好してたことないけど、今日の着物は特におかしぃなぁ、身に合ぉたないやないか」、「こらあんた『四季の着物』ちぃまんねで。年中着られまんねや」、「なんでぇな?」、「綿入れと袷(あわせ)と単衣(ひとえ)もんが一緒になってまんねん」、「よぉそんなややこしぃ着物誂えたなぁ」、「はじめは綿入れで薄綿がこぉ入ってたん。綿が切れてみな下へ落ちてしまいまして、裾のほぉが綿入れになってまんねん。綿の抜けたとこが袷になってまっしゃろ。で、裏の破れたとこが単衣もんや」、「あかんわ、そら、女ごが出来るっちゅう着物やないでそれわ」、「あきまへんか?」、「あかんなぁ、それは」。
「ほな、二は何でんねん?」、「こらまぁ当たり前やなぁ、『二オトコ』、男前が良かったら、こら女が惚れてくるわいな」、「男前ッ!」、「これッ、顔突き出しなっちゅうねん、その顔。その顔とはあんまり心安ぅしとないねや、夜中にふっとおまはんの顔思い出して寝られなんだ晩がある、まぁ、こぉ、ブリのあらかなぁ」、「何だんねん、その『ブリのあら』ちゅうのわ?」、「骨太で、脂ぎってて、えげつのぉて、血生臭い」、 「『血生臭い』、えらい顔があるもんやなぁ、ほな三は何です?」。
「『三金』と言ぅてな、金がありゃぁえぇわいな」、「はぁ、金ねぇ」、「『惚れグスリ、何が良いかとイモリに聞けば、今じゃわしより佐渡が土』ちゅな唄があってな。佐渡島の土は金(きん)やと言ぅなぁ、まぁ惚れグスリよりもやっぱりこれが、佐渡の土や、金がえぇっちゅうねん」、「金(きん)ねぇ、金(かね)、ちょっと貯めてまんねやで」、「おまはんみたいな男がえてして金貯めたりするもんや。で、何ぼぐらい貯めてる?」、「そんなん言えるかいな、あんた」、「言ぅたらえぇやないか」、「たいした金やおまへんで。『壁に耳あり、畳に目あり』ちゅうねん、誰が聞ぃてるもんでもないがな。『あッ、あの喜ぃさんちゅう男、そんな金持ってるか?』、小耳に挟んだやつが、今晩わしとこへやって来て、それがためにわたいが殺害されるちゅなことになったらどんならんさかい、言わん」、「大層に言ぃやがったなぁ、誰も聞ぃてへんがな」、「奥でゴソゴソ音がしてまっしゃないか」、「あら、うちの家内や」、「さぁ、それが怪しぃ」、「何を言ぅんや、おい。うちのやつが盗人したりするかいな」、「女は口が軽いがな、どっかでチョロッとしゃべってみなはれな、それを聞ぃたやつがムラムラムラッと悪心を起こして」、「難儀なやっちゃなぁ、おい風呂行っといで、今のあいだに・・・。さッ、うちのやつは風呂行たッ。言(ゆ)いんかいな」、「一銭玉で貯めたんだ」、「何でもかめへんがな、なぁ『積んで行きゃ、富士の山でも土くれから』や。どれぐらい貯まってん?」、「あんたのそばに猫がいてるやないか」、「猫みたいなもんおったかてかめへんがな」、「鍋島の猫騒動やとか、有馬猫やとか、猫のために騒動が起こってまんねんで。魔物や、わて嫌いだんねん、追ぉとくなはれ」、「チャイ、あっち行け、あっち行けッ。さぁ、猫あっち行ってしもた」。
「三年間といぅものは夜も寝んと、わしゃ一生懸命働いて貯めたんだ」、「それで?」、「その金の高が、合計でな。総計で・・・。締めて・・・」、「どつくで、早よ言わんかいッ」、「一銭玉で・・・」、「何ぼやねん?」、「アァ~ッ!もぉちょっと言ぅとこや」、「言ぅたらえぇねん、もぉ誰もいてへん」、「あんたがいてるやないかい」、「アホか。わしがおらなんだら誰に言ぅねや」、「それを忘れてた、三年間・・・」、「何ぼやっちゅうねん?」、「一銭玉で、十八枚」、「十八枚?」、「たった?」、「立ったも、座ったも、寝転んだも、ジョラ組んだも、なにもない十八枚」、「十八銭か、去(い)ねアホ。十八銭や二十銭のゼニ言ぅのに、猫追わしたり嬶(かか)風呂へやったり、『それがためにわたいが殺害される』、誰が殺すかいアホ。安い命やなぁ、お前」、「どぉです、十八銭で舞妓か何かモノにならんか?」、「ならへん、ならへん」。
「ほな、四(しぃ)は何です?」、「『四芸』と言ぅてな」、「芸事で?」、「粋(すい)な芸持ってたら女が惚れてかかるやないかいな」、「芸なら二つ持ってまんねやで」、「二つもありゃ太鼓持ちでもできるっちゅうねん。どんな芸がある?
」、「炬燵の上からトンブリ返りしまんねん」、「子供やがなそんなん」、「それやったらな、うどんを食いまんねん」、「うどんぐらい誰でも食ぅやないか」、「口で食えへん、鼻でうどんを食いまんねん。わたいのは鼻からうどんを食て、口から出すねん」、「あかんあかん、惚れてる女ごでも逃げてしまうわ」、「あきまへんかなぁ。ほな、五ぉは何ですねん?」。
「『五精』と言ぅてな、まぁ少々顔が不細工でも、人間がちょっと鈍ぅてもやで、精を出して一生懸命真面目に働いてると、またその人間を見込んで来る人があるがな。お前みたいにノラクラノラクラ遊んでたらあかんわい」、「あきまへんかなぁ、ほな六は?」。
「『六オボコ』と言ぅてな、オボコかったらまた年増が惚れるなぁ『可愛(かい)らしぃとこあるなぁ、あの人は』ちゅうて」、「年増、わて好きだ。わ、わたいは?」、「あかんあかん、お前アホのくせにコセコセッとませてるやろ。ほんで世話焼きのおっちょこちょいやさかいな、可愛げがないお前は」、「あきまへんかなぁ、七は何です?」。
「『七台詞』ちゅうてな、セリフ。人中でセリフが立つちゅうのはえらいもんやで。なんか揉め事や喧嘩が起こっても、あの人が仲へ入って口利ぃてくれたら収まる、人間に値打(ねぐち)が付くがな」、「わたいこないだあんた、酒屋と八百屋の喧嘩、仲裁したんだっせ」、「酒屋はんと八百屋はんが?」、「酒屋のアカと八百屋のクロが」、「犬はあくかいな」、「ほな八は?」。
「八力(やぢから)』と言ぅて、力やな」、「力で女ごができるかえ? 暴力?」、「暴力やあらへんがな、値打ちのある力やがな。相撲(すもん)取りは昔から女が騒ぐやないかいな。芝居で見ても濡髪長五郎やとか、放駒長吉やなんてえぇ相撲取りやで、義侠心に富んだ。濡髪なんか湯飲み茶碗を手の平へ乗して、うんッと力入れたらパチンと割れたっちゅうねん」、「湯飲み茶碗ぐらいで威張ってもろたらかなんで、そんなもん。わたいら、こないだスリ鉢割ったがな」、「スリ鉢を、掴んでかい?」、「落としたんや」、「誰かて割るわいな」、「あきまへんか、九は何です?」。
「『九肝(きゅ~きも)』と言ぅて、肝っ魂やなぁ、度胸。度胸がえぇっちゅうのは大したもんや」、「それならちょっと聞かしたい話がおまんねん。つい三日ほど前、宵からシトシトシトシトと雨が降って、なんじゃ嫌ぁ~な陰気な晩がおましたやろ。あの晩のこったんねん。宵のうちに行かんならん所があったんをコロッと忘れて寝てしもたんだ。夜中に目ぇ覚ましたらシトシトシトシトと雨が降ってまんがな『あぁ、こんな嫌な晩になるんやったら何で宵のうちに行とかなんだんやろ』と思たけれども、どぉでも行かんならんさかいしゃ~ない。その寂しぃ、陰気な晩にだっせ、誰にも付いて行ってもらわんと、たった独りで先方行て、用事を済まして、またたった独りで帰って来た、こらどんないでんねん?」、「そら偉いがな。どこ行たんや?」、「ションベンしに行たんや」、「誰でも独りで行くやないかい」、「さよか? わてこないだまでお婆んに付いててもろたんや」、「お前がそれだけアホや」、「十(とぉ)は何でんねん?」。
「『十評判』と言ぅてな、評判が良かったら『どんな人やろぉ?』と、顔も見ずに惚れて来る。これが一番得やないかい」、「わての評判はどんなもん?」、「それが、あんまりえぇことない。妙な噂が立ってるでおまはん。風呂屋でお前、下駄履き替えたとかいぅて、人から聞ぃたが」、「これはえぇ折やさかい聞ぃてもらお。はっきりしとかないかん」、「こぉいぅことはお前、世間に噂が広まったら困る」、「問題になった下駄といぅのはな、こぉ桐台で細かぁ~い柾(まさ)の通った、それに上等の本天の鼻緒のすがった、ちょっとこれどこへ出しても恥かしぃ下駄やないッと、わたいは思いまんねん」、「そんなえぇ下駄をなんで風呂へ履いて行たりするんや?」、「いや、これわたいが履いて帰った下駄でんねん」、「ほな、お前の履いて行た下駄わい?」、「それがおまへんねん」、「そこらにあるえぇ下駄履いて帰ったら、そらお前怒られてもしゃ~ない」、「たとえわたいが悪い下駄の一足でも履いて行て、向こぉのえぇ下駄を履いて帰ったら、こら『履き替えた』と言われてもしょがおまへんねん。わしゃ、裸足で行て向こぉの下駄履いて帰ってんのに『履き替えた』てなこと言ぃやがるさかいムカついて」、「よぉそんなこと、アホかお前は」、「あきまへんか?」、「あかんわい」。
「ほな、十一は何でんねん?」、「十一てなものはないねん」、「十二は?」、「十二も十三もないねん」、「ほな、わたいの色事はどぉなりまんねん」、「泣いたかてしょ~がないがな、あけへんねや、諦めんかい」、「ほ、ほなわたいはどぉしたら」、「ホンマに泣き出したな~、おい、何ぞあったんか?」。
「実はわてなぁ、命までもと思て惚れた女ごがいてまんねがな」、「誰にお前そんな命までもと惚れたんや?」、「隣りの町内の、ここ、米屋の娘はんだんがな」、「界隈きっての小町娘やないか、米屋小町てな噂されてるぐらいの。あかんあかん、もぉそらあかんわ、そら十(とうお)のうち一つや二つあったかて、あの娘はあけへんあけへん。そらもぉお前あかん」、「わてもぉ、死ぬぐらい」、「死にぃな」、「『さよか』て死ねるかいな」、「けど、そら死んでもあかん」、「何とかなりまへんやろかなぁ?」、「ほんならまぁひとつ『イモリの黒焼』でも使おかッ」、「イモリ?」、「『イモリよりも金のほぉがえぇ』てなこと言ぅたけどもなぁ、まぁイモリの黒焼も使い方では、あら効き目はあるわい」、「イモリの黒焼て、高津の黒焼屋(くろやっきゃ)に大きな看板上がってまっしゃないかいな。あんなもんが効くんやったら、世間で泣く男も女もおれへん」、「あれもホンマもんとごく普通のイモリの黒焼と二手あんねん」、「『ホンマもん』ちゅのがおまんのんか?」。
「そや。ただイモリを捕まえてきて黒焼にしたら、そらイモリの黒焼や。それでは薬の効き目がないねや。本当に効かそぉと思たらやなぁ、交尾してるイモリを捕まえてくるねん。オスとメスとのイモリが、こぉ盛ってるところを捕まえなあかんねん。その状態のところでこぉ引き離す。イモリといぅのは淫情の強い獣や、なかなかこぉ引き離したら必死になる、そいつを無理矢理に引き離して別々に素焼の壷へ入れて、これを蒸し焼きにする。ほな、オスはメスのことを思い、メスはオスのことを思いながら、こぉ蒸し焼きにされる。パッと蓋を取った時にス~ッと立ち昇る煙が、山一つ越してでもこれが一つになるといぅぐらいや。こ~やって作ったイモリの黒焼、そのオスのほぉを自分の体に付けてやで、メスのほぉの黒焼を相手の女ごはんに粉を振り掛けたら、こら向こぉが勝手に慕い寄って来るっちゅうねや。これがホンマのイモリの黒焼」、「どこ行ったら売ってます?」、「高津の黒焼屋でも、どこの黒焼屋でも行てな、『イモリの黒焼ありますか』、『あります』それではあかん『本当のイモリの黒焼、高こぉても構わんさかい、あったら出してくれ』ちゅうて、少々高こつくとは思うけどな、それやったら効き目があんねや」、「あぁさよか、えぇこと教えてもろた。おぉきありがと」。
この男、家(うち)ぃ帰って来ますと、金を算段いたしましてな、高津の黒焼屋へ行て、本物のイモリの黒焼といぅのを買ぉて来る。片一方を体に付けてもぉ一つの粉を持って、米屋の前へ立ってますけど、そぉうまいこと娘はんは出て来ぇしまへんわなぁ。うろうろぉ、うろうろぉ、こぉ覗きこんできょろきょろぉ、きょろきょろぉしてますと。
「なんや最前から、あのけったいなやつがウロウロしてるやないか、うちの前。眼付きがおかしぃがなあれ、下駄気ぃ付けや盗まれるや分からんさかいな。しかしオモロイ顔してる」、「ホンに、あらオモロイ顔してる、目が吊り上がったぁるやないかあれ。うち覗き込んで、ちょっと嬢(とぉ)さん嬢さん、ちょっと来てみなはれ。オモロイ顔した男がうちの前におりまっせ」、「えぇ、どないおもしろいのん?」、「来た、ありがたい」。
そばへ行てパ~ッとイモリの黒焼を振り掛けた。拍子の悪いことに風がサ~ッと吹いてきて、娘はんに掛からんと横に積んであった米俵へフワァッとそれが掛かった。
娘はんのほぉは口押さえてゲラゲラ笑いながら奥へ逃げ込んでしまう。と、薬の掛かった米俵がゴトゴト、ゴトゴトゴト、ゴトン。その男のほぉへヒョッコ、ヒョッコ、ヒョッコ、ヒョッコ。
「わ~~っ。米俵ッ、米俵に掛かった、えらいこっちゃ、ホンによぉ効く薬や。なんで娘はんに掛からなんだんやろ、あぁビックリした。イモリの黒焼っちゅたら、あない効き目があるとは知らなんだ。もぉちょっとやってんけどな。米俵に掛かったら、米俵がわしを追いかけて来やがんねん。やっと家まで(ドン! ベリバリバリ)あッ、家入って来たッ。裏口から飛んで逃げよ。あぁ~ッ、どこへ逃げよ、米俵、まだ付いて来るがな、あぁ~ッ、この路地へ入ろ、この路地やったら細い路地やさかい、米俵、よぉ入って来ぇへんやろ。入り口でつかえてまえ、入り口で(ドンッ、バリバリバリ)あッ、家壊してまいよった。あぁ~ッ、どこへ逃げたらえぇんやろ、えらいこっちゃな~。甚兵衛はぁ~ん、甚兵衛はぁ~ん!」。
「なんや?」、「イモリの黒焼ッ」、「効き目あったか?」、「効き過ぎた」、「何やその『効き過ぎた』ちゅうのは?」、「娘はんに掛からんと米俵に掛かった。米俵、わて追いかけて来てまんねん」、「米俵に追いかけられてるんかいな?」、「家帰ったら表の戸ォ破って入って来た」、「出てッ、家出てくれ。おい、お前おったら、うち米俵入って来る。あぁ~ッ、うち潰されてしまうッ」、「そんな殺生な。あッ、付けて来やがったがな。歩き方が変わったがな、えらい勢(いっきょ)いで追いかけて来る。どこへ逃げたらえぇんやろな~、ん~ん、く、苦しぃ~っ」、「おいッ、喜ぃ公、どないしてん? 何息切って走ってんねん?」、「あぁ~、苦しぃ」、「何がそんなに苦しぃねん?
」、「飯米に追われてまんねや」。