落語「イモリの黒焼き」の舞台を行く
   

 

 桂米朝の噺、「イモリの黒焼き」(いもりのくろやき)より


 

 古い言葉にはえぇ言葉がありますわなぁ、夏暑いときに重たい荷ぃを負ぉて、でまぁどっかで一服しょ~ちゅうわけで腰を下ろして一服してると涼しぃ風がサ~ッと吹いてくると、「あぁ~、極楽の余り風、極楽の余り風」 てなことを古い人が言ぅてましたんや、これもえぇ言葉ですなぁ。極楽から余分な風がこっちへ流れて来たといぅわけで「ありがたいなぁ」 といぅその気分がよぉ出てるよぉに思いますしね、おもろい言葉いっぱいありましたなぁ。
  生活に苦しぃ、やっと食ていけるかどぉかといぅよぉなことを「飯米に追われる」とかな、そぉいぅ。これはまたアホみたいな古風な噺でございます。

 「甚兵衛はん、こんにちわ」、「まぁ、こっち上がりぃな」、「あのなぁ、パッとこの、女ごが惚れてくるちゅな工夫おませんやろか?」、「たまに顔見せたと思たら、何やて、女ごが?」、「女ごがパッと惚れてくるちゅな工夫はおまへんやろか」、「そんな工夫は別にないが、昔からえぇことが言ぅたぁるがな。『一みえ、二おとこ、三かね、四げぇ、五せぇ、六おぼこ、七ぜりふ、八ぢから、九きも、十ひょ~ばん』ちゅう言葉がある」、「はぁ~?油虫のまじないでっか」、「これは一から十まで、このうち一つでもその身に備わってたら、女ができるっちゅうねや」、「十(とぉ)もあるねんやったら、一つぐらいおまっしゃろなぁ」。

 「『一見得』、なり、形やなぁ『あぁ、いつ見ても身なりを落とさん、あの人はいつも気の利ぃた身なり、格好してるやないか』といぅだけでも、やっぱり惹かされるもんやで」、「わたいの見え、なり、形は?」、「お前、あんまりまともな格好してたことないけど、今日の着物は特におかしぃなぁ、身に合ぉたないやないか」、「こらあんた『四季の着物』ちぃまんねで。年中着られまんねや」、「なんでぇな?」、「綿入れと袷(あわせ)と単衣(ひとえ)もんが一緒になってまんねん」、「よぉそんなややこしぃ着物誂えたなぁ」、「はじめは綿入れで薄綿がこぉ入ってたん。綿が切れてみな下へ落ちてしまいまして、裾のほぉが綿入れになってまんねん。綿の抜けたとこが袷になってまっしゃろ。で、裏の破れたとこが単衣もんや」、「あかんわ、そら、女ごが出来るっちゅう着物やないでそれわ」、「あきまへんか?」、「あかんなぁ、それは」。

 「ほな、二は何でんねん?」、「こらまぁ当たり前やなぁ、『二オトコ』、男前が良かったら、こら女が惚れてくるわいな」、「男前ッ!」、「これッ、顔突き出しなっちゅうねん、その顔。その顔とはあんまり心安ぅしとないねや、夜中にふっとおまはんの顔思い出して寝られなんだ晩がある、まぁ、こぉ、ブリのあらかなぁ」、「何だんねん、その『ブリのあら』ちゅうのわ?」、「骨太で、脂ぎってて、えげつのぉて、血生臭い」、 「『血生臭い』、えらい顔があるもんやなぁ、ほな三は何です?」。

 「『三金』と言ぅてな、金がありゃぁえぇわいな」、「はぁ、金ねぇ」、「『惚れグスリ、何が良いかとイモリに聞けば、今じゃわしより佐渡が土』ちゅな唄があってな。佐渡島の土は金(きん)やと言ぅなぁ、まぁ惚れグスリよりもやっぱりこれが、佐渡の土や、金がえぇっちゅうねん」、「金(きん)ねぇ、金(かね)、ちょっと貯めてまんねやで」、「おまはんみたいな男がえてして金貯めたりするもんや。で、何ぼぐらい貯めてる?」、「そんなん言えるかいな、あんた」、「言ぅたらえぇやないか」、「たいした金やおまへんで。『壁に耳あり、畳に目あり』ちゅうねん、誰が聞ぃてるもんでもないがな。『あッ、あの喜ぃさんちゅう男、そんな金持ってるか?』、小耳に挟んだやつが、今晩わしとこへやって来て、それがためにわたいが殺害されるちゅなことになったらどんならんさかい、言わん」、「大層に言ぃやがったなぁ、誰も聞ぃてへんがな」、「奥でゴソゴソ音がしてまっしゃないか」、「あら、うちの家内や」、「さぁ、それが怪しぃ」、「何を言ぅんや、おい。うちのやつが盗人したりするかいな」、「女は口が軽いがな、どっかでチョロッとしゃべってみなはれな、それを聞ぃたやつがムラムラムラッと悪心を起こして」、「難儀なやっちゃなぁ、おい風呂行っといで、今のあいだに・・・。さッ、うちのやつは風呂行たッ。言(ゆ)いんかいな」、「一銭玉で貯めたんだ」、「何でもかめへんがな、なぁ『積んで行きゃ、富士の山でも土くれから』や。どれぐらい貯まってん?」、「あんたのそばに猫がいてるやないか」、「猫みたいなもんおったかてかめへんがな」、「鍋島の猫騒動やとか、有馬猫やとか、猫のために騒動が起こってまんねんで。魔物や、わて嫌いだんねん、追ぉとくなはれ」、「チャイ、あっち行け、あっち行けッ。さぁ、猫あっち行ってしもた」。
 「三年間といぅものは夜も寝んと、わしゃ一生懸命働いて貯めたんだ」、「それで?」、「その金の高が、合計でな。総計で・・・。締めて・・・」、「どつくで、早よ言わんかいッ」、「一銭玉で・・・」、「何ぼやねん?」、「アァ~ッ!もぉちょっと言ぅとこや」、「言ぅたらえぇねん、もぉ誰もいてへん」、「あんたがいてるやないかい」、「アホか。わしがおらなんだら誰に言ぅねや」、「それを忘れてた、三年間・・・」、「何ぼやっちゅうねん?」、「一銭玉で、十八枚」、「十八枚?」、「たった?」、「立ったも、座ったも、寝転んだも、ジョラ組んだも、なにもない十八枚」、「十八銭か、去(い)ねアホ。十八銭や二十銭のゼニ言ぅのに、猫追わしたり嬶(かか)風呂へやったり、『それがためにわたいが殺害される』、誰が殺すかいアホ。安い命やなぁ、お前」、「どぉです、十八銭で舞妓か何かモノにならんか?」、「ならへん、ならへん」。

 「ほな、四(しぃ)は何です?」、「『四芸』と言ぅてな」、「芸事で?」、「粋(すい)な芸持ってたら女が惚れてかかるやないかいな」、「芸なら二つ持ってまんねやで」、「二つもありゃ太鼓持ちでもできるっちゅうねん。どんな芸がある? 」、「炬燵の上からトンブリ返りしまんねん」、「子供やがなそんなん」、「それやったらな、うどんを食いまんねん」、「うどんぐらい誰でも食ぅやないか」、「口で食えへん、鼻でうどんを食いまんねん。わたいのは鼻からうどんを食て、口から出すねん」、「あかんあかん、惚れてる女ごでも逃げてしまうわ」、「あきまへんかなぁ。ほな、五ぉは何ですねん?」。

 「『五精』と言ぅてな、まぁ少々顔が不細工でも、人間がちょっと鈍ぅてもやで、精を出して一生懸命真面目に働いてると、またその人間を見込んで来る人があるがな。お前みたいにノラクラノラクラ遊んでたらあかんわい」、「あきまへんかなぁ、ほな六は?」。

 「『六オボコ』と言ぅてな、オボコかったらまた年増が惚れるなぁ『可愛(かい)らしぃとこあるなぁ、あの人は』ちゅうて」、「年増、わて好きだ。わ、わたいは?」、「あかんあかん、お前アホのくせにコセコセッとませてるやろ。ほんで世話焼きのおっちょこちょいやさかいな、可愛げがないお前は」、「あきまへんかなぁ、七は何です?」。

 「『七台詞』ちゅうてな、セリフ。人中でセリフが立つちゅうのはえらいもんやで。なんか揉め事や喧嘩が起こっても、あの人が仲へ入って口利ぃてくれたら収まる、人間に値打(ねぐち)が付くがな」、「わたいこないだあんた、酒屋と八百屋の喧嘩、仲裁したんだっせ」、「酒屋はんと八百屋はんが?」、「酒屋のアカと八百屋のクロが」、「犬はあくかいな」、「ほな八は?」。

 「八力(やぢから)』と言ぅて、力やな」、「力で女ごができるかえ? 暴力?」、「暴力やあらへんがな、値打ちのある力やがな。相撲(すもん)取りは昔から女が騒ぐやないかいな。芝居で見ても濡髪長五郎やとか、放駒長吉やなんてえぇ相撲取りやで、義侠心に富んだ。濡髪なんか湯飲み茶碗を手の平へ乗して、うんッと力入れたらパチンと割れたっちゅうねん」、「湯飲み茶碗ぐらいで威張ってもろたらかなんで、そんなもん。わたいら、こないだスリ鉢割ったがな」、「スリ鉢を、掴んでかい?」、「落としたんや」、「誰かて割るわいな」、「あきまへんか、九は何です?」。

 「『九肝(きゅ~きも)』と言ぅて、肝っ魂やなぁ、度胸。度胸がえぇっちゅうのは大したもんや」、「それならちょっと聞かしたい話がおまんねん。つい三日ほど前、宵からシトシトシトシトと雨が降って、なんじゃ嫌ぁ~な陰気な晩がおましたやろ。あの晩のこったんねん。宵のうちに行かんならん所があったんをコロッと忘れて寝てしもたんだ。夜中に目ぇ覚ましたらシトシトシトシトと雨が降ってまんがな『あぁ、こんな嫌な晩になるんやったら何で宵のうちに行とかなんだんやろ』と思たけれども、どぉでも行かんならんさかいしゃ~ない。その寂しぃ、陰気な晩にだっせ、誰にも付いて行ってもらわんと、たった独りで先方行て、用事を済まして、またたった独りで帰って来た、こらどんないでんねん?」、「そら偉いがな。どこ行たんや?」、「ションベンしに行たんや」、「誰でも独りで行くやないかい」、「さよか? わてこないだまでお婆んに付いててもろたんや」、「お前がそれだけアホや」、「十(とぉ)は何でんねん?」。

 「『十評判』と言ぅてな、評判が良かったら『どんな人やろぉ?』と、顔も見ずに惚れて来る。これが一番得やないかい」、「わての評判はどんなもん?」、「それが、あんまりえぇことない。妙な噂が立ってるでおまはん。風呂屋でお前、下駄履き替えたとかいぅて、人から聞ぃたが」、「これはえぇ折やさかい聞ぃてもらお。はっきりしとかないかん」、「こぉいぅことはお前、世間に噂が広まったら困る」、「問題になった下駄といぅのはな、こぉ桐台で細かぁ~い柾(まさ)の通った、それに上等の本天の鼻緒のすがった、ちょっとこれどこへ出しても恥かしぃ下駄やないッと、わたいは思いまんねん」、「そんなえぇ下駄をなんで風呂へ履いて行たりするんや?」、「いや、これわたいが履いて帰った下駄でんねん」、「ほな、お前の履いて行た下駄わい?」、「それがおまへんねん」、「そこらにあるえぇ下駄履いて帰ったら、そらお前怒られてもしゃ~ない」、「たとえわたいが悪い下駄の一足でも履いて行て、向こぉのえぇ下駄を履いて帰ったら、こら『履き替えた』と言われてもしょがおまへんねん。わしゃ、裸足で行て向こぉの下駄履いて帰ってんのに『履き替えた』てなこと言ぃやがるさかいムカついて」、「よぉそんなこと、アホかお前は」、「あきまへんか?」、「あかんわい」。

 「ほな、十一は何でんねん?」、「十一てなものはないねん」、「十二は?」、「十二も十三もないねん」、「ほな、わたいの色事はどぉなりまんねん」、「泣いたかてしょ~がないがな、あけへんねや、諦めんかい」、「ほ、ほなわたいはどぉしたら」、「ホンマに泣き出したな~、おい、何ぞあったんか?」。

 「実はわてなぁ、命までもと思て惚れた女ごがいてまんねがな」、「誰にお前そんな命までもと惚れたんや?」、「隣りの町内の、ここ、米屋の娘はんだんがな」、「界隈きっての小町娘やないか、米屋小町てな噂されてるぐらいの。あかんあかん、もぉそらあかんわ、そら十(とうお)のうち一つや二つあったかて、あの娘はあけへんあけへん。そらもぉお前あかん」、「わてもぉ、死ぬぐらい」、「死にぃな」、「『さよか』て死ねるかいな」、「けど、そら死んでもあかん」、「何とかなりまへんやろかなぁ?」、「ほんならまぁひとつ『イモリの黒焼』でも使おかッ」、「イモリ?」、「『イモリよりも金のほぉがえぇ』てなこと言ぅたけどもなぁ、まぁイモリの黒焼も使い方では、あら効き目はあるわい」、「イモリの黒焼て、高津の黒焼屋(くろやっきゃ)に大きな看板上がってまっしゃないかいな。あんなもんが効くんやったら、世間で泣く男も女もおれへん」、「あれもホンマもんとごく普通のイモリの黒焼と二手あんねん」、「『ホンマもん』ちゅのがおまんのんか?」。
 「そや。ただイモリを捕まえてきて黒焼にしたら、そらイモリの黒焼や。それでは薬の効き目がないねや。本当に効かそぉと思たらやなぁ、交尾してるイモリを捕まえてくるねん。オスとメスとのイモリが、こぉ盛ってるところを捕まえなあかんねん。その状態のところでこぉ引き離す。イモリといぅのは淫情の強い獣や、なかなかこぉ引き離したら必死になる、そいつを無理矢理に引き離して別々に素焼の壷へ入れて、これを蒸し焼きにする。ほな、オスはメスのことを思い、メスはオスのことを思いながら、こぉ蒸し焼きにされる。パッと蓋を取った時にス~ッと立ち昇る煙が、山一つ越してでもこれが一つになるといぅぐらいや。こ~やって作ったイモリの黒焼、そのオスのほぉを自分の体に付けてやで、メスのほぉの黒焼を相手の女ごはんに粉を振り掛けたら、こら向こぉが勝手に慕い寄って来るっちゅうねや。これがホンマのイモリの黒焼」、「どこ行ったら売ってます?」、「高津の黒焼屋でも、どこの黒焼屋でも行てな、『イモリの黒焼ありますか』、『あります』それではあかん『本当のイモリの黒焼、高こぉても構わんさかい、あったら出してくれ』ちゅうて、少々高こつくとは思うけどな、それやったら効き目があんねや」、「あぁさよか、えぇこと教えてもろた。おぉきありがと」。

 この男、家(うち)ぃ帰って来ますと、金を算段いたしましてな、高津の黒焼屋へ行て、本物のイモリの黒焼といぅのを買ぉて来る。片一方を体に付けてもぉ一つの粉を持って、米屋の前へ立ってますけど、そぉうまいこと娘はんは出て来ぇしまへんわなぁ。うろうろぉ、うろうろぉ、こぉ覗きこんできょろきょろぉ、きょろきょろぉしてますと。
 「なんや最前から、あのけったいなやつがウロウロしてるやないか、うちの前。眼付きがおかしぃがなあれ、下駄気ぃ付けや盗まれるや分からんさかいな。しかしオモロイ顔してる」、「ホンに、あらオモロイ顔してる、目が吊り上がったぁるやないかあれ。うち覗き込んで、ちょっと嬢(とぉ)さん嬢さん、ちょっと来てみなはれ。オモロイ顔した男がうちの前におりまっせ」、「えぇ、どないおもしろいのん?」、「来た、ありがたい」。
 そばへ行てパ~ッとイモリの黒焼を振り掛けた。拍子の悪いことに風がサ~ッと吹いてきて、娘はんに掛からんと横に積んであった米俵へフワァッとそれが掛かった。
  娘はんのほぉは口押さえてゲラゲラ笑いながら奥へ逃げ込んでしまう。と、薬の掛かった米俵がゴトゴト、ゴトゴトゴト、ゴトン。その男のほぉへヒョッコ、ヒョッコ、ヒョッコ、ヒョッコ。
 「わ~~っ。米俵ッ、米俵に掛かった、えらいこっちゃ、ホンによぉ効く薬や。なんで娘はんに掛からなんだんやろ、あぁビックリした。イモリの黒焼っちゅたら、あない効き目があるとは知らなんだ。もぉちょっとやってんけどな。米俵に掛かったら、米俵がわしを追いかけて来やがんねん。やっと家まで(ドン! ベリバリバリ)あッ、家入って来たッ。裏口から飛んで逃げよ。あぁ~ッ、どこへ逃げよ、米俵、まだ付いて来るがな、あぁ~ッ、この路地へ入ろ、この路地やったら細い路地やさかい、米俵、よぉ入って来ぇへんやろ。入り口でつかえてまえ、入り口で(ドンッ、バリバリバリ)あッ、家壊してまいよった。あぁ~ッ、どこへ逃げたらえぇんやろ、えらいこっちゃな~。甚兵衛はぁ~ん、甚兵衛はぁ~ん!」。

 「なんや?」、「イモリの黒焼ッ」、「効き目あったか?」、「効き過ぎた」、「何やその『効き過ぎた』ちゅうのは?」、「娘はんに掛からんと米俵に掛かった。米俵、わて追いかけて来てまんねん」、「米俵に追いかけられてるんかいな?」、「家帰ったら表の戸ォ破って入って来た」、「出てッ、家出てくれ。おい、お前おったら、うち米俵入って来る。あぁ~ッ、うち潰されてしまうッ」、「そんな殺生な。あッ、付けて来やがったがな。歩き方が変わったがな、えらい勢(いっきょ)いで追いかけて来る。どこへ逃げたらえぇんやろな~、ん~ん、く、苦しぃ~っ」、「おいッ、喜ぃ公、どないしてん? 何息切って走ってんねん?」、「あぁ~、苦しぃ」、「何がそんなに苦しぃねん? 」、「飯米に追われてまんねや」。

 



ことば

色事根問い(いろごとねどい);恋根問い。この噺の前半部分です。江戸落語でも同じ事を言います。
 『一みえ、二おとこ、三かね、四げぇ、五せぇ、六おぼこ、七ぜりふ、八ぢから、九きも、十ひょ~ばん』
これは一から十まで、このうち一つでもその身に備わってたら、女ができるっちゅうねや。
 落語「色事根問」が有ります。

一 見得 小粋な着物を着ていること
二 男 男っぷり、男前であること
三 金 金をもっていること。 『惚れグスリ、何が良いかとイモリに聞けば、今じゃわしより佐渡が土』。
四 芸 芸事ができること
五 精 真面目にコツコツと働くこと
六 おぼこ おぼこい(幼くてかわいい)こと。年増が惚れてくれる。
七 科白 人前で威勢のよい啖呵が切れてもめ事などでも収めるこができること
八 力 力持ちであること
九 肝 肝っ魂や度胸のあること
十 評判 世間の評判が高いこと

極楽の余り風(ごくらくの あまりかぜ);気持ちのよい涼風。極楽からの西風。
 「どんな暴風も、徳風、微風へと転じていく」と親鸞は説きました。人生にはさまざまな風が吹きます。時には暴風、熱風、逆風に立ち向かわねばならない時もあります。また、どうしようもない隙間風が心の中に吹く時もあります。ただ、どんな強い風もいつかは凪いでくるものです。夏の暑い中、一瞬で生気を取り戻す爽やかな風が通り抜ける時があります。これを「極楽の余り風」と言います。極楽浄土から余った風がすこしだけ地上に吹いて、心を和ませた瞬間を表したものです。

四季の着物(しきのきもの);喜さんが着ている着物。綿入れと袷(あわせ)と単衣(ひとえ)もんが一緒になってまんねん。はじめは綿入れで薄綿がこぉ入ってたん。綿が切れてみな下へ落ちてしまいまして、裾のほぉが綿入れになってまんねん。綿の抜けたとこが袷になってまっしゃろ。で、裏の破れたとこが単衣もんや。

ブリのあら(ぶりのあら);骨太で、脂ぎってて、えげつのぉて、血生臭い。可哀想な喜さん。ブリはあらの部分に美味しさが詰まってます。アラ煮は旨いのに・・・。でも、油抜きをしてからの料理です。

壁に耳あり、畳に目あり;「壁に耳あり障子に目あり」の地方ことわざ。鎌倉時代辺りから使われてきたことわざです。日本の住宅は、壁は土で出来ており、耳を付ければ隣室の様子を聞くことが出来ます。また障子は、紙一枚ですから、指で穴を開ければ部屋中見渡せます。そこから、どこで誰が聞いているか、誰が見ているか分からない、という意味で、密談や秘事がもれやすい事を例えたことわざ。

鍋島の猫騒動(なべしまの ねこそうどう);江戸時代、肥前藩にまつわる伝説。領主龍造寺氏は隆信の死後、政家の代の天正18年(1590)に、領地を家臣鍋島直茂に譲り、子高房を託して隠退した。のち高房は22歳で自殺、高房の子季明は龍造寺氏を再興しようとして果せなかった。この過程が伝説となり、さらに脚色されて「鍋島の化け猫騒動」となったもの。講談《佐賀の夜桜》、歌舞伎狂言《花埜嵯峨猫魔稿(はなのさがねこまたぞうし)》などに脚色され化猫騒動として有名。
 肥前国佐賀藩の二代藩主・鍋島光茂の時代。光茂の碁の相手を務めていた臣下の龍造寺又七郎が、光茂の機嫌を損ねたために斬殺され、又七郎の母も飼っていたネコに悲しみの胸中を語って自害。母の血を嘗めたネコが化け猫となり、城内に入り込んで毎晩のように光茂を苦しめるが、光茂の忠臣・小森半左衛門がネコを退治し、鍋島家を救うという伝説。

有馬猫騒動(ありま ねこそうどう);当時の久留米藩は財政難に悩まされていた。ところが頼貴は相撲を好んで多くの力士を招いては相撲を行ない、さらに犬をも好んで日本全国はもちろん、オランダからも犬の輸入を積極的に行い財政難に拍車をかけた。このため、家臣の上米を増徴し、さらに減俸したり家臣の数を減らしたりして対処している。しかし幕府からの手伝い普請や公役などによる支出もあって、財政難は解消されることはなかった。寛政8年(1796)に藩校・明善堂を創設し、藩士教育に尽力している。文化元年(1804)に左少将に遷任された。文化9年(1812)2月3日に死去した。享年67。
 河竹阿弥の「有馬染相撲浴衣」で、初演は江戸期ではなく維新後の明治13年猿若座と新しく、その筋は藩主有馬頼貴が寵愛した側室「お巻の方」が他の側室の嫉妬で冤罪を被せられそれを苦に自害してしまう。すると「お巻の方」の飼い猫が主人の仇を報いようと奥女中のお仲に乗り移り側室たちを食い殺して火の見櫓にいるのを、有馬家のお抱え力士小野川喜三郎が退治する。舞台は赤羽橋脇の久留米藩上屋敷(現・港区三田一丁目)です。
 また怪異とは狐のたたりであると岸根肥前守(寛政10年の町奉行)「耳袋」にもあります。

  

 久留米藩上屋敷跡(現・港区三田一丁目)にある、赤羽小学校内にある『猫塚』。

ジョラ組む(じょらくむ);胡坐(あぐら)をかく。安座する。(関西方面の方言。大阪ことば事典)

舞妓(まいこ);舞を舞って酒宴の興を添える少女。おしゃく。はんぎょく。芸者になる前の半人前の娘芸子。

履き替えてきた下駄(はきかえてきたげた);桐台で細かぁ~い柾(まさ)の通った、それに上等の本天の鼻緒のすがった、ちょっとこれどこへ出しても恥かしぃ下駄。軽い桐下駄で、柾目が通っている上等な下駄の台に本天の鼻緒がすがっている。
 本天(ほんてん)=「天」はビロードの当て字「天鵞絨」の略。「本ビロード」に同じ。

小町娘(こまちむすめ);(小野小町が美人だったということから) 評判の美しい娘。小町。各町内に一人ぐらいは居る町内一の美人娘で、若い男達の注目の美女です。

噺に出てくる高津の黒焼屋は高津神社の西坂を降りた絵馬堂の下にあり、高津神社、黒焼屋ともにさまざまな落語の中で登場します。摂津名所図会(下図)の説明文に「高津宮の下、黒焼屋の店には虎の皮、豹(ひょう)の皮、熊の皮、狐・狸までも軒に吊り・・・、黒焼きに使う鉄鍋も飾り立てて商っている」とある。これでは評判になるのも無理はない。驚くことに、豹の毛皮が飾られていたという。虎は朝鮮にも生息していたのだから、その毛皮が日本に伝わっていても不思議ではないが、アフリカにしか生息していない豹の毛皮となると・・・。

  

 いもりの黒焼がなぜに惚れ薬となったのか、それには以下のような伝説がある。
 もともと守宮(イモリ)の交尾は激しいものと知られていた。交尾しているイモリを無理に引き離し、竹筒の両端に入れておくと、イモリは双方向から相手を求めて、節を食い破って再び合体するという。夜中の丑三つ時に、交わっているイモリを捕らえて引き離し、山を隔てて蒸し焼きにする。イモリの執念はすさまじいもので、そのときの煙が山を越えて、中空で再び合体するという。このようにして作った黒焼きを、片方は自分が持っておいて、その片方を思い焦がれる相手にそっとふりかける。上記を厳密に守って造られたものしか効用はなく、したがって本物はすこぶる高価であった。
 薬事法の改正により漢方薬の販売も薬剤師免許が必要になり、二百年の伝統を保ってきた最後の一軒も、昭和30年代前半についに暖簾をおろした。

 イモリの黒焼き
  縁切り榎木の樹皮と逆なのがこのイモリの黒焼きです。イモリの黒焼は惚れ薬として江戸時代から売られていた。この粉末を相手の頭の上から掛けると、自分に好意を寄せてくれるようになるとか、湯に溶かして飲ませると良いとか言われた媚薬です。ほかには、イモリ酒(イモリを酒につけたもの)があります。これも、相手に飲ませると、相手を引き付ける効き目があると考えられていました。
  落語に”イモリの黒焼”の噺があります。
  ある若者に好きな娘が出来た。片想いなので、どうしても自分の方に心を向けたいと願っていたが叶わなかった。先輩に聞くと、それに効く良い薬があるという。それはイモリの黒焼。早速捕まえてきて黒焼きにして試したが一向に効き目が現れなかった。先輩の所に行って、効かないと言って、その黒焼きを見せると、
「これでは効かないよ。これはヤモリだ!」。

  総元祖黒焼
 「とにかく古い黒門町であって、以前は黒焼屋が軒を並べていた。今の人はイモリの黒焼きというものを知らないだろうが、催春剤よりもっと高尚な作用を及ぼす薬である。つまり想う相手に、その薬を使うと、先方もこっちを恋愛してくれることになっている。それも相手に黒焼きを服用させる必要もなく、相手の気付かぬうちに、その頭上にふりかけさえすればいいそうである。この頃流行のフリカケの一種らしいが、恋愛という精神的食欲を誘うのだろう。そんな黒焼を、大きな看板を出して黒門町で売ってたのである。少なくとも、十軒ぐらい黒焼屋があって、どこも元祖を名乗っていたが、今度、電車の窓から覗いて見ると、たった一軒、総元祖という黒焼屋が残ってるだけだった。
 『獅子文六「ちんちん電車」』より  *電車とは、今は無き路面電車の都電の事です。

  伊藤黒焼総本舗;千代田区外神田6丁目16-7にある、東京でただ一軒残った黒焼き屋。上野広小路中央通りから神田に向かう右手は旧黒門町で、ここに老舗の黒焼屋があります。黒焼の種類は、「蝸牛(カタツムリ)」 、「馬歯(バシ)」、「地龍(ミミズ)」、「意守(イモリ)」、「寒鮒(カンブナ)」、「林檎」、「蝮(まむし)」等々50種類程販売。イモリの黒焼き見せて貰いました。グレー色をした粉末で無味無臭で、一日3回ティースプンすり切れ1杯を飲むと精力、体力増強剤として有効だそうです。ただし、振りかけて使う事はないそうです。
落語「縁切り榎木」より、孫引き。

飯米に追われる(はんまいにおわれる);生活が苦しい。生活に苦しぃ、やっと食ていけるかどぉかといぅよぉなこと。(米朝)

濡髪長五郎・放駒長吉(ぬれがみちょうごろう はなれごまちょうきち);「双蝶々曲輪日記」(ふたつちょうちょうくるわにっき)に登場する力士。若旦那山崎屋与五郎は遊女吾妻と恋仲である。また八幡の住民南与兵衛は吾妻の姉女郎都とこれまた恋仲である。だが、二人の女郎には平岡と云う侍と悪番頭権九郎とがそれぞれ横恋慕して、諍いが起こっている。そして与五郎には父与次兵衛から絶えず意見されるありさま。そんな二組のカップルに、力士の濡髪長五郎、素人相撲の放駒長吉がからんでいる。

 四段目『米屋』 三代目中村歌右衛門の放駒長吉(右)と初代市川鰕十郎の濡髪長五郎。北洋画

双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき);人形浄瑠璃および歌舞伎の演目。1749年(寛延2年)7月に大坂竹本座で初演され、翌8月に京都嵐三右衛門座で歌舞伎として初演された。作者は二代目竹田出雲、三好松洛、初代並木千柳。全九段。
 長五郎は恩ある与五郎のため、わざと平岡が贔屓する放駒との相撲に負け、代わりに平岡に吾妻から手を引いてもらおうと画策していたのだ。放駒はそんな頼みを一蹴する。怒った長五郎「あの、ここな素丁稚めが」と叫んで二人はにらみ合いとなる。「互いに悪口にらみ合い、思わず持ったる茶碗と茶碗」の浄瑠璃の詞通りに長五郎は「物事がこの茶碗のように丸く行けばよし、こうしてしまえば元の土くれ」と握りつぶす。長吉は握りつぶせず、刀の鍔で打ち砕き、双方再会を期して別れる。

 二段目『角力場(すもうば)』 三代目坂東三津五郎の濡髪長五郎と七代目市川團十郎の放駒長吉 (歌川国貞画)。濡髪なんか湯飲み茶碗を手の平へ乗して、うんッと力入れたらパチンと割れた。

とうさん(嬢さん);(「いとさん」の転) 関西で、良家の娘を敬愛して呼ぶ語。お嬢さん。
 いとさん(愛様) 娘さんの総称です。姉妹の場合、いとさんが姉で、こいさん(こいとさん)が妹、なかんちゃんが間の娘ということになります。



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