落語「牛の丸薬」の舞台を行く
   

 

 桂米朝の噺、「牛の丸薬」(うしのがんやく)より


 

 暖かくなったので、清やんが大和炬燵を縁側に放り出しておいたら、夜、雨で濡れて柔らかくなってしまった。指で押すと穴が開き、指先でこねると丸い土の玉がいくつでも出来る。ひとまず丸玉が5・60出来た。
 この丸薬に見える丸い玉でひと儲けができると考えた清やんは、喜六を二円の日当と食事付きで誘った。

 あくる朝早く、風呂敷包を背負わせて、北に向かって歩き出した。馬場(ばんば)を斜めに突っ切り、片町から野辺へ、朝霧のかかる田舎道をトボトボとやって来た。「行き先も決めんと歩いているのか」、「黙って付いて来れば良いんだ」。「大きな村に出て来たな」、「あの村に行ってみようと思う」、「なんていう村だぃ」、「わしも知らん。初めての村だ」、「村の入口の茶屋が見えてきた。あすこで色々話をするが、横からゴチャゴチャ話に入るなッ」。
 「婆さん達者で変わらんな~。わしを覚えていないかぃ?」、「年取ると、目が悪くなってな」、「爺さんはどうした?」、「古いことよく知ってるな~。7年前に死んだッ」、「ちっとも知らなかった。7年も来なかったんだ。爺さんには提灯借りたり、傘を借りたりしたもんだ。ところで、白壁を巡らした大きな家は?」、「次郎兵衛さんとこかッ、子供も大きくなって孫が出来て楽隠居でな~」、「ごりょんさん元気か?」、「あんた古いことよく知ってるな~」、「ごりょんさん、亡くなって10年じゃ」、「10年も来なかったんか。早いもんだな。帰りにまた寄るからな、茶代置くからな」、「お連れさんが、菓子食っているんで・・・」、「そうか、全部食べたのか。帰りに寄るからお釣りは良いよ」。茶を飲みながら茶店の婆さんから村の様子を聞き出す。清やんは婆さんの話から村で一番金持ちそうな次郎兵衛さんの家に目をつけた。

  次郎兵衛さんの家の近くまで来ると、次郎兵衛さんが門口に立って空や周りを見ている。「今度こそ話に入るなよ。わしはあの家に干鰯(ほしか)屋のふりをして入って行く。この煙草入れには胡椒(こしょう)の粉が入れてある。わしが合図したら、おまえはそっと裏の牛小屋に行って、牛の鼻に煙管(きせる)で胡椒の粉を吹き込むのや。それが二円の日当だから、しっかりやれッ」。

 清やんは、靭(うつぼ)の干鰯屋になりすまし次郎兵衛さんに上手いこと取り入り、話をしながら頃合いを見計らって喜六に合図。
 「シェイシェイと犬みたいに言いよる。牛小屋なんて何処に有るか分からん。・・・有った、有った、ここだな。大きな牛がおる。キセルにコショウを詰めるのは難しい」、煙管に詰めた胡椒の粉をフッと牛の鼻に吹きかけたが、こたえんのでもう片方の鼻にもフッ。しばらくすると牛は地べたへ鼻をこすりつけて苦しみ出した。
 家の者の騒ぎで驚く次郎兵衛さんに清やんが付いてきて、「・・・近頃、和泉のほうでこんな牛の病気が流行っとります。急に苦しみ出して、三日もたたないうちに死んでしまう。ほかの牛にも移って、牛小屋全部、村の牛全部が死んだところもおます」、「息子が居ないときに牛が死んだら・・・」、「ちょうどこの病気に効く薬を持ってますんで・・・、誰か手桶に水を汲んでください」と、例の丸薬をおもむろに取り出し、手桶の水で牛の口へ流し仕込むように見せかけ、牛の鼻の中にザブザブ。すっかり胡椒を洗い流してしまった。後はひんやりして気持ちイイ。牛は何事もなかったように、「モォー」。

 喜ぶ次郎兵衛さん、「よく効く薬やなぁ、何という薬や、どこで売ってるのや」、「弟は頭が良い者で、ドイツに留学して、牛の薬を研究、発明したのがこの薬。日本の製薬会社が権利とか特許を買って造り始めたのですが、まだ数が少なく高すぎて1円とか、薬屋などでは売っておまへん。権利とかで、兄さんが使う分でしたら良いのですが、売ってはいけないと言われています」、そう言われるとなおさら欲しくなる次郎兵衛さんに清やんは、「ほんなら、一粒一円で十粒だけ」と、売りつけた。
 「わてにも20粒売ってくれないか」、「どなたさんですか?」、「真ん中の子ですがな。この家にも牛が4頭居るんだ」、「ボンのためなら、しょうが有りませんな。内緒ですよ」。「干鰯屋、こっちに30」、「ご近所の人ですから、話を聞いてしまったからしょうが無いでしょ」、「50粒お願い」、「村の人だから分けてあげて。ダメだったら、言いふらしてしまいますよ」、「干鰯買って貰えるなら、全部出しますよって分けてください」。困ったふりを装いながら、清やんは持ってきた百粒以上の偽丸薬を完売。お礼にと酒肴で引き留められたが、お得意を回る用事があると言って逃げ出した。

  帰り道を急ぎながら喜六は、「世の中にお前ほど悪いのは居ないな。干鰯屋、干鰯屋と言って、何にも効かない丸薬をいくら売ったんだ」、「俺の甲斐性だ。向こうは得心して銭出してるんだ」、「2円もろうて付いていられんがな。酒ぐらい飲ませや」、「色付けて飲ませるよ」、「おまえはえらい男やなあ。何粒売った、だいぶ懐(ふところ)がぬ(温)くなったやろ」、「ぬくなるはずや。もとは大和炬燵や」。

   



ことば

大和炬燵(やまとこたつ);四角い箱のような物で、中にある「火入れ」という器に「炭火」または「たどん」を入れ、側面には三日月型などの穴をあけて、四方に熱が広がり、底には熱が伝わりにくくなっていた。写真のような瓦焼きのものは「大和こたつ」と呼ばれた、寝るとき蒲団の足元に入れ、家族が四方から蒲団を敷いて暖をとっていた、昼間は手あぶりとして使用していた。
  今の電気炬燵が使われるようになったのは昭和32年以降のことである。それまで、関西では使われていました。

干鰯(ほしか);鰯を干して乾燥させた後に固めて作った肥料のこと。
 江戸時代も17世紀後半に入ると、商品作物の生産が盛んになった。それに伴い農村における肥料の需要が高まり、草木灰や人糞などと比較して軽くて肥料としての効果の高い干鰯が注目され、商品として生産・流通されるようになった。 干鰯の利用が急速に普及したのは、干鰯との相性が良い綿花を栽培していた上方及びその周辺地域であった。上方の中心都市・大坂や堺においては、干鰯の集積・流通を扱う干鰯問屋が成立した。1714年(正徳4年)の統計では日本各地から大坂に集められた干鰯の量は銀に換算して1万7千貫目相当に達したとされている。



 食品としての需要より、漁獲高の高さから、肥料への転用が進んだのでしょう。同じように、北海道のニシンの漁獲量が多かったため、食用から大きく余ったニシンを食用から肥料に転用したため、漁業者は成金が増え”ニシン御殿”という立派な住宅を建てたのです。
 房総(千葉県)は近代に至るまで鰯の漁獲地として知られ、かつ広大な農地を持つ関東平野に近かったことから、紀州などの上方漁民が旅網や移住などの形で房総半島や九十九里浜沿岸に進出してきた。鰯などの近海魚を江戸に供給するとともに長く干鰯の産地として知られてきた。江戸にも干鰯問屋が見られた。

  

 写真:安房の魚油を絞った粕の〆粕の干鰯。油は灯油として利用されました。館山市立博物館蔵。

1円(1えん);明治の初め頃で、1円と言えば大金で、貰った人は大喜びです。今は貨幣価値が違いますから、5円、10円と言っても喜びませんが、明治の祇園の請求書を見せてもらったことがありますが、1円80銭とか2円20銭とか、ありましたな~。芸子揚げて酒飲んで騒いで、この料金です。この時分に生まれてたらな~、と思いましたが、稼ぎも同じように有りませんでした。(米朝のマクラから)

 

 写真左、明治4年一円金貨。同年十円金貨。

ごりょんさん(御料人様);商家など中流家庭の若奥様の称。御寮人は後世の当て字。上方では御寮人を、江戸ではご新造と呼ぶ。(大阪ことば事典)

馬場(ばんば);大阪市中央区にある町名。丁番を持たない単独町名である。
 大坂城(大阪城公園)に南接する地域となっている。 以前の町域は現在と全く異なり、大坂城内(外濠内)の全域および外郭のうち玉造口 - 追手口 - 京橋口間が馬場町だった。なお、外郭のうち京橋口 - 青屋口 - 玉造口間は杉山町という町名だった。1979年に大坂城内および外郭は大阪城という町名に変更され、同時に法円坂町および森之宮西之町の各一部であった本町通以南の地域が馬場町となった。本町通と上町筋の交点である馬場町交差点だけが辛うじて以前からの馬場町ということになる。

片町(かたまち);大阪市都島区にある町名。現行行政地名は片町一丁目及び片町二丁目。 大阪城の北側に接する町。大阪市都島区の南部に位置する。北は東野田町、東はJR大阪環状線を挟んで城東区新喜多、南は寝屋川を挟んで中央区大手前及び城見、西は旧淀川(大川)を挟んで北区天満とそれぞれ接する。

野辺(のべ);① 野原。 「 -の草花」 「山辺も-も花盛り」 「花散ぢらふ秋津の-に/万葉集 36」
② 埋葬場。火葬場。 「おもひまふけし死人なれば夜のうちに-へおくり申たき/浮世草子・五人女 4」
 関西に野辺と言う地名はありません。その様な寂しい辺鄙なところ、と言う名称なのでしょう。

茶屋(ちゃや);日本において中世から近代にかけて一般的であった、休憩所の一形態。休憩場所を提供するとともに、注文に応じて茶や和菓子を提供する飲食店、甘味処としても発達した。茶店(ちゃみせ)とも言う。 現代の日本社会において茶屋はノスタルジーの対象であり、日本国外にあっては日本情緒の象徴の一つである。そのため、観光を主とした演出上の目的から、これを再現した店舗および観光施設は数多く存在する。
 交通手段が徒歩に限られていた時代には、宿場および峠やその前後で見られ、これらを「水茶屋(みずぢゃや)」「掛茶屋(かけぢゃや)」「御茶屋(おちゃや)」と言い、街道筋の所定の休憩所であった。立場にあれば「立場茶屋(たてばぢゃや)」と呼ばれていた。店先では、縁台に緋毛氈や赤い布を掛け、赤い野点傘を差してある事も多い。

 木曾街道六拾九次・高崎、広重画。 町外れにある小さな茶屋が描かれています。

楽隠居(らくいんきょ);隠居して安楽に暮らすこと。また、家督を子息に譲り、気楽に世を送ること。その人。「家督を譲って楽隠居する」。

(うつぼ);大阪市西区の地域名称。現在の靱本町及び江之子島二丁目東部に概ね該当する。かつて靱の海部堀川沿いには海産物市場が形成され、荷揚場は「永代浜」と呼ばれた。また、海産物を中心とする問屋街も広がっていた。噺では靭の干鰯屋と言っています。

和泉(いずみ);旧国名の一。五畿に属し、現在の大阪府南部にあたる。泉州。大阪府南部の市。中心の府中は、もと和泉国の国府の地。綿布・ガラス工業が盛ん。
 牛の病気が流行っているという地。北部の詐欺をする地で、地名を出すには南の遠くに離れたところが良いでしょう。

ドイツに留学(ドイツにりゅうがく);ドイツはヨーロッパの北部にある、工業、化学、医薬品で世界の先端を行っていた。戦前は工業・医療・学術・経済・政治・文化等幅広い分野にわたり技術を学ぶため、多くの若者がドイツに留学した。

詐欺(さぎ);清やんのやったことは、詐欺に相当します。詐欺にもいろいろな策術があります。

 単純な思い込みや思い違い(錯誤)がきっかけで術中にはまっていく詐欺。(詐欺師と面識や社会的信頼関係がないため)瞞す側が身分を偽る、あるいは瞞される側の誤解や不明を利用するというのは、古典的部類の詐欺です。以下はほんの一例。(民事に抵触するもの)
かたり詐欺(成り済まし詐欺)=販売員が騙ったり暗示させる職業は、自治体の職員(消防職員、水道職員など)などが多い。公的機関や知人の誰か、あるいはその代理に成り済まして被害者を騙し、金品を巻き上げたり、物品を売りつけたりする。振り込め詐欺などもこの一種。
 かたり詐欺は、詐欺では古典的な手法の一つで、身分を詐称し、成り済まして相手を信用させて騙す技術で、舌先三寸で丸め込むことを基本とするが、様々な小道具を用いて、徐々に信用させるなどの手段を講じる場合もある。
振り込め詐欺(オレオレ詐欺、架空請求詐欺、融資保証金詐欺、還付金詐欺)=電話やはがきなどの文書などで相手をだまし、金銭の振り込みを要求する犯罪行為。詐欺事件の総称として2004年に警察庁が命名した。面識のない不特定多数の者に対し、電話その他の通信手段を用いて、対面することなく被害者をだまし、被害者に現金などを交付させたりする特殊詐欺の一種。
ワンクリック契約詐欺=ウェブページ上の特定のアダルトサイトや出会い系サイト、勝手に送られた電子メールに記載されているURLなどをクリックすると、「ご入会ありがとうございました。」等の文字やウェブページが契約したことにされて多額の料金の支払を求める詐欺のことをいう。 インターネット上の詐欺被害のうちワンクリック詐欺は特に日本を中心に発生し問題となっている詐欺形態である。
マイナンバー詐欺 = マイナンバー制度をかたって、金品を騙し取る詐欺。
偽装サポート詐欺 = ウイルス駆除などをかたって、金品を騙し取る詐欺。
指紋認証詐欺 = スマートフォンのヘルスアプリ等を装って、心拍数測定のため指紋認証装置に指を置かせ、意図せずお金を決済させる詐欺。

■刑法で言う詐欺罪(さぎざい);人を欺いて財物を交付させたり、財産上不法の利益を得たりする行為(例えば無銭飲食や無銭宿泊を行う、無賃乗車するなど、本来有償で受けるべき待遇やサービスを不法に受けること。また債務を不法に免れたりすること)、または他人にこれを得させる行為を内容とする犯罪のこと。刑法第246条に規定されている。未遂も罰せられる(250条)が、予備行為は処罰されない。
 詐欺罪の保護法益は個人の財産であり、単に「騙した」だけの場合や財産以外の利益が侵害された場合は成立しない。そのため、社会一般でいう詐欺の概念とはやや乖離している。 広義には、詐欺罪や詐欺利得罪のほか、準詐欺罪(刑法第248条)や電子計算機使用詐欺罪(刑法第246条の2)を含む。
 犯罪をおこなったものは10年以下の懲役に処され、犯罪によって得たものは没収(19条)または追徴(20条)される。組織的に行った場合は組織的犯罪処罰法により1年以上の有期懲役と罪が重くなる(同法3条第1項第13号)。

では、どいうものか、以下に示しましょう。

  1 売りつけ詐欺= 物品等の販売を口実として金品を騙し取る。
 2 買い受け詐欺= 物品等の買い受けを口実として金品を騙し取る。
 3 借用詐欺(俗称・借り逃げ)= 借用を口実として金品を騙し取る。寸借詐欺。
 4 不動産利用詐欺= 不動産の運用利用を口実として金品を騙し取る。
 5 有価証券等利用詐欺= 真正な有価証券等を利用して金品を騙し取る。
 6 無銭詐欺= 人を欺いて宿泊、飲食(いわゆる食い逃げ)、乗車等をし、財産上不法の利益を得る。
 7 募集詐欺= 募集を口実に金品を騙し取る。
 8 職権詐欺= 身分を詐称し、検査や捜査などを装い、押収や没収、内済などを口実に金品を騙し取る。
 9 両替・釣銭詐欺= 両替を依頼、あるいは商品等の代金を支払うように装い、両替金や釣銭を騙し取る。
 10 留守宅詐欺= 留守宅を訪問し、口実を設けて当該家の家人から金品を騙し取る。
 11 保険金詐欺 保険金を受け取る資格を偽り、保険金を騙し取る。
 12 横取り詐欺= 金品を受け取る権利のある者を装い、金品を騙し取る。
 13 受託詐欺= 口実を設けて受託し、金品を騙し取る。
 14 その他=詐欺罪構成要件に該当する詐欺。 霊能力や超能力など称しての献金勧誘や販売(壺を売りつけ
        る)。振り込め詐欺、結婚詐欺など。



                                                            2020年7月記

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