落語「お化け長屋」の舞台を行く
   

 

 リレー落語
 前半・三代目三遊亭金馬 後半・古今亭志ん生の噺、「お化け長屋・全」(おばけながや)


 

<リレー落語・序 金馬>
 前の空き家を物置代わりに使っていたら、大家にこっぴどく脅かされた。長屋連中から割り前取ると言うので、生涯空き店(だな)にしようじゃないかと言うことになった。店子の古株、古狸の杢兵衛(もくべえ)が世話人の源兵衛と相談し、「借り手は多く来るので来たら、俺の所を教えろ」。

 早速来た男は気の弱そうな男、杢兵衛に「古狸の・・・」と言って、面と向かって言われたのは初めてだと叱られた。間取りは、一坪の沓脱ぎと一尺の板の間、障子を開けると四畳半、左を開けると広い台所、奥は八畳の居間で小庭が付いています。造作は付いているし、権利金、敷金も無く家賃も無い。これには当然訳があって、「三年前に三十二三の色白の後家さんが住んでいた。花嵐時分そこに泥棒が入って後家さんの寝姿を見て、胸に手を入れたが、目を覚ました後家さん『キャー、ドロボウ~』と大声を上げた。泥棒も恐くなって出刃包丁で刺し殺してしまった。翌朝長屋中で開けてみると、血みどろの後家さんの姿があった。葬儀を出して部屋を綺麗にし、貸家札を貼ると借り手は付きますが、長くは住まない。訳を聞くと、雨の降る晩、夜も更け渡り草木も眠る丑三つ時、寺の鐘が陰にこもってゴ~~ン、独りでに仏前の鉦(かね)がチ~ン、縁側の障子に髪が触れる音がサラサラサラ、相の襖が独りでにツツーと開いて」、「もう結構です。夜便所に行けなくなりますから」、「そこに立っているのは殺されたおかみさん。血みどろ姿で、髪をおどろに振り乱しゲタゲタゲタっと笑い、『よく越してきましたね』と冷たい手で顔をサッと」、ぬれ雑巾で顔を撫でると、「わぁ~」とその男は飛び上がって下駄も履かずに逃げて行った。おまけにがま口を置き忘れて行ったから、 二人は寿司でも食べようと上機嫌。

<リレー落語・下 志ん生>
 二十七八のイナセな男で威勢のいい職人やって来た。「なじみの吉原の女郎が年季が明けるので、所帯を持つので借りたい」。杢兵衛に聞くと前の男と同じように、造作は付いているし、権利金、敷金も無く家賃も無い。その訳を話し始めたが驚かない。
 「三年前に三十二三の色白の後家さんが住んでいた。花嵐時分そこに泥棒が入って後家さんの寝姿を見て、胸に手を入れたが、目を覚ました後家さん『ドロボウ~』と大声を上げた。泥棒も恐くなって出刃包丁で刺し殺してしまった」、「お前が殺しただろう。筋が出来すぎている」。「それ以来引っ越した人が出てしまう。理由を聞くと、雨の降る晩、夜も更け渡り草木も眠る丑三つ時、寺の鐘が陰にこもって」、「ゴーン、と鳴るんだろう」、「そう、縁側の障子に髪が触れる音がサラサラサラと触れる音」、「寂しくなくていいや」、「独りでに仏前の鉦がチ~ンと鳴ります」、「賑やかでいいや」、「相の襖が独りでにツツーと開いて」、「便利でいいや。その間に手水場に行けば良いんだ。そう決めちゃおう」、「そこに立っているのは殺されたおかみさん。血みどろ姿で、髪をおどろに振り乱しゲタゲタゲタっと笑います」、「泣くより笑った方がイイや」、「『よく越してきましたね』と冷たい手で顔を」、「何だい。雑巾なんか持って。おめえの顔をこうやって拭いてやらぁ~」。全く怪談話には動じなく、そこに有ったがま口を持って行ってしまった。
 明日引っ越ししてくると言うし、家賃はタダと言ってしまったから、折半にしようか。

 明くる朝、少しの荷物を持ってやって来て、掃除をして夕方湯屋に出掛けた。その留守に職人仲間五人が引越祝いだと駆けつけたが、留守番になってしまった。「タダみたいな所に住むと火の玉が出るぞと言ったら『捕まえてタドン代わりに火鉢に埋め込む』と言うんだ。アイツは度胸が有るのでは無く、タダに魅せられただけなんだ」。本当に度胸があるかどうか試してやろうと、一人が仏壇に隠れて、折りを見て鉦をチーンと鳴らし、二人が細引きで襖を引っ張ってスッーと開け、天井裏に上がった一人がほうきで顔をサッー。仕上げは金槌で額をゴーンというひどいもの。
 作戦はまんまと成功し、口ほどにもなく男は親方の家に逃げ込んで、「ありゃあ、化け物屋敷だ。湯に行って帰って、そしたら灯りが消えてるんだよ。おやッと思ったらチ~~ンて鳴って、襖が勝手に開いて、度胸をきめて見に行ったら、幽霊が顔をなぜやがった。しょうがなくって逃げようと思ったら、幽霊が追いかけて来やんだよ。それであっしの額をゴツッンとなぐりやがった。そのゲンコの堅えこと・・・」。

 長屋では、今に友達か誰かを連れて戻ってくるだろうから、 もう一つ脅かしてやろうと、表を通った按摩(あんま)に、家の中で寝ていてくれと頼み、蒲団の裾に潜って足だけ出して大入道に見せかける。
 ところが男が親方を連れて引き返してきたので、これはまずいと五人は隠れてしまった。背丈1丈も有る大男が寝ている。按摩だけが残され「何でこんな所で寝ている」、「私も良く分かりません」。
 「みろ。てめえがあんまり強がりを言やがるから、仲間に一杯食わされたんだ」、笑っている奴がいる。「前へ出ろ。どうしてこんなことをする」、「つい、出来心です」。「幽霊を出そうと言ったのは誰だ」、「金公です」、「金公出て来い。どうしてこんな事を」、「あっしは幽霊が好きで似ていますから」、「幽霊って言う面はもっと怖い顔だ。外道みたいな面をして。どこが似ているんだぃ」、
「始終オアシが有りませんから」。

 



 滝亭鯉丈(りゅうてい りじょう)[?~1841]江戸後期の戯作者。この噺も「初精進・お化け長屋」として書かれたものです。為永春水の兄というが明確はない。旗本池田氏の入婿となるが、禄を失い浅草辺りで櫛屋もしくは乗物師あるいは縫箔屋を生業としたと伝えられる。寄席芸人であったことは確実であり、その縁でか末期の滑稽本作者の代表的存在となる。文政3(1820)~天保5(1834)年刊の『八笑人』や、文政6~天保12年刊の『和合人』を代表作とし、江戸末期の町人世界を写実的にえがいて、茶番や悪ふざけの滑稽を中心に、極めて低俗ではあるが活き活きとした庶民生活を展開し得ている。

ことば

リレー落語;長い噺では、上下に分け、二人の落語家がそれぞれ分担して演じる「リレー落語」という趣向が、よくレコード用や特別の会でありますが、この噺はその代表格です。

長屋(ながや);この噺に登場する長屋は、落語によく出る九尺二間、土間と四畳半一間の貧乏長屋ではなく、それより一ランクも二ランクも上で、四畳半と八畳と台所に玄関が付いて小庭があるうえ上、畳、流し、建具の造作も完備した、けっこう洒落た物件という設定です。当然、それだけ家賃は高いはずです。志ん生は本題に入る前、入居者が減ると、家主が店賃値上げをしにくくなるなど、大家と店子の力関係をさらりと説明しています。

造作は付いている;江戸時代の借家は、家具一式はもちろん、畳や建具を付けずに貸すのが一般的だった。畳、家具、障子・襖などの建具は自分で揃えなければならなかった。それでも引越しが大変になることはなかった。道具屋や損料屋があって、引越す前に近所の道具屋に道具を売り、引越した先の道具屋から必要な道具を買えば、荷物は少なくて済む。また、損料屋に必要なものを必要な期間だけ借りるというスタイルが定着していたので、自分の持ち物は少なく、収納場所もあまり必要ではなかった。自分の物でも、季節によって使わない物は質屋に預ければ収納スペースも最低限で済みます。

写真上;居職の家。長屋でも床はあるが畳は自前で作業が終わるまで、隅に積んである。江戸東京博物館蔵。

権利金、敷金も無く家賃も無い
・権利金
=不動産の賃貸借に際し、賃借権設定の対価として、賃借人から賃貸人に支払われる金銭。
・敷金=不動産貸借の際、借主が貸主に対して借賃滞納・損害賠償の担保として預けておく保証金。
・家賃
=家の借り賃。貸家の料金。店賃(たなちん)。

貸家札(かしやふだ);貸家であることを表示する札。斜めに貼る風習がある。
<子供、悪ぼたえに、貸家札をめくりくれば、家主、これを見て「さてさて悪い餓鬼らかな。とかく、貸家札めくりおる。どふぞ、めくらぬようにしたがよい」と、手代どもに言い付ければ、厚板に書き付けて、柱に釘で打ち付ければ、「これで十四五年は持つ」と言われしとなり。>
 軽口恵方の若水より「手代の一作」。
 悪ぼたえ:度の過ぎたイタズラ。張り紙では剥がされるが、十四五年も持つ木札にすれば、持つけれど、その間空き家と言うこと。

大家(おおや);そのよび名から長屋の持ち主のように思われがちですが、じつは土地・家屋の所有者である地主から、長屋の管理を任されている使用人で、家守(やもり)、家主(いえぬし)ともよばれていました。現代で言う管理人です。豊かな地主は多くの長屋を持ち、それぞれに大家を置いた。
 その仕事は、貸借の手続き・家賃の徴収・家の修理といった長屋の管理だけでなく、店子と奉行所のあいだに立って、出産・死亡・婚姻の届け出・隠居・勘当・離婚など民事関係の処理、奉行所への訴状、関所手形(旅行証明書)の交付申請といった、行政の末端の種々雑多な業務を担当していました。
 それだけに店子に対しては大いににらみをきかせ、不適切な住人に対しては、一存で店立て(強制退去)を命じることもできました。
 大家の住まいは、たいてい自分が管理する長屋の木戸の脇にあり、日常、店子の生活と接していましたから、互いに情がうつり、店子からはうるさがられながらも頼りにされる人情大家が多かったようです。

(「大江戸万華鏡」 農山漁村文化協会発行より)

店子(たなこ);家主(大家)に対して、その貸家に住む人。借家人。 

殺人現場だったなら、事故物件として家賃が安い;現在ではその家が殺人現場だったなら、「事故物件」となる。例えば、殺人や自殺、火災などによる死亡事故、孤独死などにより居住者が住宅内で亡くなった場合が該当する。このような居住者が心理的に嫌悪するような要因がある場合、不動産会社は契約しようとしている人に、重要事項説明書で告知をしなければならないと定められている。
 ただし、詳しいルールは明確化されていないので、一定期間経った場合や入居者が入れ替わった場合などには告知されないケースもあるようだ。気になるようであれば、直前もしくは過去に、こうした事故がなかったか、事前に不動産会社に確認するとよいだろう。事故物件の地図がここに有ります(大島てる)。
 一方、事故があってもきれいにリフォームされ、家賃も安くなるなら構わないという人もいるでしょう。民間の賃貸で事故物件だと広告に明記しているケースは少ないが、UR都市機構では「特別募集住宅」として、1年から2年程度(住宅によって異なる)家賃を半額にして募集している。
 大所の大家さんなら良いが、一般の大家にすれば、リホームによる出費と空室の損害、家賃の値引で大変な損害を被ります。その上、隣ではイヤだという住人も出てきます。

花嵐時分(はなあらしじぶん);桜が咲く頃、花どきに吹く嵐。

丑三つ時(うしみつどき);丑の時を4刻に分ちその第3に当る時。およそ今の午前2時から2時半。「草木も眠る時」。幽霊の出る最適な時刻。

相の襖(あいのふすま);主な二つの部屋または建物の間にある間仕切りの襖。

外道(げどう);他人をののしっていう語。「外道畜生」。正論者から見て異論邪説を唱える人たちのことを貶めてこう呼ぶ。これが転じて日常用語となり、人の中でも特に卑劣な者、人の道や道徳から外れた者などを罵るために使う言葉になった。

御家(ごけ);夫に先立たれ一人で暮らしている未亡人。御家は色気もあって男達の羨望の的であった。ただし若い後家だけで、七十を越えた婆さんでは何処からもお呼びがない。
ある男が、「そんなに御家はイイのであれば、家のカミさんを早く御家にしたい」。

1丈(1じょう);長さの単位。約3m。これは大入道です。



                                                            2015年4月記

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