落語「モモリン」の舞台を行く
   

 

 立川志の輔の噺、「モモリン」より


 

 「ゆるキャラで人気投票があるんです。市長、23体のゆるキャラが舞台の袖に並ぶんです。人形に入る坂本君が遅れると言うことは未だ無かったことです。何か急用なのでしょう。彼が人形の中に入ってからモモリンの人気が急上昇しています」、「モモリンの楽屋に市長の私が来て激励も良いが、モモリンが市長室に来るのが普通じゃ無いのかぃ」、「モモリンフラッシュというバク転を見たさにお客さんが来るのです」、「君は挨拶文を直してきなさい」、「はい」。

 「はは~、以外と軽いんだな、目から外を見てるんじゃ無いんだ、口のネットから見てるんだ、ファスナーをしないと頭を固定できないんだな」。スーツの上からモモリンの頭を被ってしまった市長。
 ファスナーが噛んで脱げなくなって、困惑する市長。そこに市長を探しに来た係が、市長がいないのでがっかりするが、頭を付けた市長を坂本君と間違えて激励をして出て行った。
 「見つけて貰えば良かったんだ。誰か来ないかな。観光課の野々村君だ。野々村君ッ」、「どちらです。・・・何だよ坂本、お前か、何処の上使かと思ったよ。頑張れよ」、「君々」、「何だよ、早く着替えろよ。何だスーツなんか着て、学生だろ」、「私だ、市長の小沢だ」、「頭可笑しくなったのか。んッ、襟のバッジ、え? 市長ですか? いつもギリギリ当選の市長?、奥さんの方がいつも演説が上手い市長ですか? 座右の銘が『寄らば大樹の陰』の市長ですか?」、「後ろに回れ」、「すいません市長」、「ゆるキャラに土下座をするなッ」、「市長、何で被られたんですか?」、「分からない。気が付いたら被っていたんだ」、「業者を呼ばないと」、「電話してくれ。一刻を争うぞ」。

 「失礼します~、何でこんな時に電車が止まるんだ。担当者もいないよな。お前は何者だ、早くかぶり物を脱げヨ、誰? ん、嫌がらせ? ドンドン遅くなるよ、泥棒かぃ」、「市長、電話が通じて業者が来ます」。
 「坂本君、この頭を被っているのは市長なんだ」、「市長? いつもギリギリ当選の市長?、奥さんの方がいつも演説が上手い市長ですか? 座右の銘が『寄らば大樹の陰』の市長ですか?」、「本人の目の前で言うな」、「本人?って。市長ですか?」、「君が坂本君か、市長の小沢です。初めまして」、「ア~~何て事を」、「土下座は止めろ。ファスナーを降ろしてくれ」、どのようにしても動かないファスナー。

 業者さんが来たが、どうしても取れないかぶり物。
 「言い忘れるところでした。応接室に黒田さんがお越しになっています」、「黒田さんと会うんだった、忘れていた」、「黒田さんって誰なんですか?」、「図書館予定地の地主さんなんだが、首を縦に振ってくれないんだ。判を押してくれないと図書館は建たないし、公約が実現しないことで、次の選挙で当選できないんだ。このまま応接室へ連れて行ってくれないか」、「そんなこと出来ませんよ」、「野々村さん、黒田さんが怒って『帰るッ』と言っています」、「帰すんじゃ無い」、「スペアーも無ければ、頭を壊すしか無い。モモリンフラッシュが出来ますか。市長」、「そのモモリンフラッシュって何だ」、「バク転ですよ。お客さんはこれを楽しみに見に来てくれるんです」、「バク転が出来る市長なんていない。野々村君、応接室に行かせてくれ、3分経ったらステージに立つ」、「本当ですか。それでは黒田さんの所に・・・」、「市長を信じましょう。業者さん身体の方を着けてください」。

 「馬鹿にするなッ。わざわざ来たんだよ。判は押さないよ。先祖からの土地だ、絶対譲らないッ。俺の方から来たのに、何だこの応対は、帰るッ」、「チョット待ってください。今来ますから」、「黒田さん、市長が参りました」、「ごねなければ来ないのかい」、「お待たせしました。市長は来ています」、「お待たせしました黒田さん」、「お前、舐めてんのかぃ。これはモモリンじゃないか」、「モモリンをご存じですか?」、「大好きだ、携帯ストラップもモモリンだ。こんな近くで見られるとは思っていなかった。誰から聞いた、こうやっていれば、また、5分やそこら時間を伸ばせるんだ、馬鹿にするのもいい加減にしろッ」、「市長は来ています」、「黒田さん、市長の小沢です」、「頭可笑しいのか。声を似せれば良いと思ってるのか」、「モモリンが市長です」、「え? いつもギリギリ当選の市長?、奥さんの方がいつも演説が上手い市長か? 座右の銘が『寄らば大樹の陰』の市長か?」、「貴方の土地を図書館のために使わせてください。子供達のために、市の将来のために譲ってください」、「何時も言ってる市長の言葉だ」。

 「市長!出番です。ステージに来て下さい」、「分かった。直ぐ行くよ」、「私はステージに行かなければなりません。帰って来るまで待ってていただけないでしょうか」、「市長かぃ。モモリンの中は市長だったのかぃ。公務の他にモモリンもやっていたのか。知らなかった。帰って来るまで待つよ。観光課のよ~、後ろで見てても良いかね」、「良いですよ」。

 「さぁ~、皆さんお待ちかねのモモリンが出てくるよ。みんなで声を掛けようね、モモリン、モモリン」、「黒田さん、後ろですけれど正面ですから見やすいと思います」、「モモリン出て来たよ。うん? ヨタヨタだ、どうした、疲れてるんだよ、公務もやってるからな。若いお前達が変わってやれよ」。
 司会者が一生懸命舞台のモモリンをあおっている、「モモリン、モモリンフラッシュどうしたのかな、モモリンフラッシュ」、「出ないよ。中に入っているのが学生か私ぐらい分かりそうなのに」、「モモリン、モモリンフラッシュ、モモリンフラッシュ」、「盛り上がってきたよ。それは、でんぐり返しだ。疲れているんだ。じらしているんだ。偉いのう~市民のために。涙が出て来たよ。市民のために良くやるよ。なんか、俺一人がゴネているみたいだ。先祖の土地だって、あの頑張りを見れば譲ってやる。あれを見たら恥ずかしくなってきた。モモリンフラッシュ、モモリンフラッシュ、あ、それはでんぐり返しだ。偉いな~市長。そうだ、今決めた。あの土地譲るんじゃ無く、寄付する」。
 「ばんざ~い」、「今の言葉プラカードに書け」、「モモリンフラッシュ、モモリンフラッシュ、今日のモモリンはじらすね」、「司会者はなにをいう。やらないよ。会場の後ろで騒いでいるのは、うちの職員だな、こっちの気持ちも分からないでッ。なに? 『黒田さんの土地寄付してもらえました』、そうか、バンザ~イ」。

 「市長、大丈夫ですか?」、「野々村君ここは何処だ」、「医務室です」、「どうしてここに?」、「良くやりましたね、モモリンフラッシュ」、「やったか?」、「すごかったですね、モモリンフラッシュ、その時、ボキッって音がしたんですよ。背骨が折れたのかと思って診て貰ったらギックリ腰だといいます」、「黒田さんの土地が寄付だというのでバンザイをしたら、モモリンフラッシュになったんだ。ん?・・・何だ? かぶり物は取れたのか?」、「バク転の時、頭が飛んだんですよ。中から市長が出て来て、会場大受けですよ。今、スマホの投票1位ですよ」、「君の後ろに業者さんがいるんだ、何の用があるんだ」、「市長、残念ながら背中のファスナーが降りないんです」。

 



ことば

ももりんは、平成8年4月に誕生しました。 総数17,000通の中から、福島のくだものをイメージしながら、かわいらしい愛称の『ももりん』が選考され、名付けられました。 お仕事は、広告媒体などで福島市のPRをしています。  
福島市の西側に連なる吾妻連峰、その中にある山のひとつ吾妻小富士に積もった雪が、春が近づくにつれて現われる残雪の形がうさぎの形であることから、『種まきうさぎ』または『雪うさぎ』と呼ばれていることに由来しています。 福島市のPRに一役かっていることもあり、市民に大変親しまれています。

   

 吾妻小富士に積もった雪が『雪うさぎ』のように見える。 右、福島の『ももりん』。

 落語「モモリン」は、2014初演 2014年の「志の輔らくご in バルコ」のために書き下ろした作品。とある都市の人気ゆるキャラ「モモリン」を巡り、いばりんぼうの市長さんが大失敗を・・・! 人情味と笑いにあふれた一作です。

 

 上、落語に出てくる『モモリン』。

 落語が絵本になって表紙を飾った『ももリン』。さまざまな流派の人気落語家10人の噺を、古典新作おりまぜ1冊ずつ絵本にする企画で、落語と絵本、ふたつの文化のコラボレーションを、たっぷりと楽しんでもらえるシリーズです。高座が常に満員御礼の落語家・立川志の輔の噺を、イラストレーターのいぬんこさんがユーモア豊かに描き出しました。

 ゆるキャラ・ムズムズ君;水の精の王をイメージした射水ブランドマーク「ムズムズ」のキャラクター
 ぼくは、水の精の王様「ムズムズ」です ぼくの名前の「ムズムズ」は、何か新しいこと、楽しいことに挑戦していく射水市(いみずし)の情熱や取組のユニークさから名づけられた。志の輔の生まれ故郷は魚の旨い新湊市でしたが、5市の合併で射水市となり、そこのゆるキャラが、ムズムズ君なのです。冠は5市を表し、水の精を表す水色のコスチュームを着けています。下図。

     

立川志の輔;1954年、富山県生まれ。落語家・立川流の真打。1976年、明治大学卒業後に劇団へ所属。広告代理店勤務を経て1983年に立川談志に入門。1990年、真打昇進。劇場などで落語の独演会を行うスタイルを確立させ、日本全国各地や海外での公演を精力的に続けている。1990年文化庁芸術祭賞、2007年文化庁芸術選奨文部科学大臣賞、2015年日本放送協会放送文化賞、紫綬褒章受章など受賞多数。TV・ラジオ出演、書籍・CD・DVDの発売など各種メディアで活躍中。

ギリギリ当選;国会議員も、知事さんも、市長さんも、みんな市民の選挙によって選ばれてそのポストに就きますが、飛び抜けて当選では無く2位との差が少なくやっとギリギリで当選したのでしょう。どこかの大統領のように、負けを認めず投票結果を再集計させたり、裁判に訴えたり、ギリギリの所にいるのなら分かりますが、潔さがありませんな~。

寄らば大樹の陰;身を寄せるならば、小さい木の下よりも大きい木の下のほうが安全で、雨宿りや日差しを避けるにも良いことから。(故事ことわざ辞典)
 大きな組織や力があるもののそばにいると、小さなものも安泰でいられるということをたとえています。
 類語には、「犬になるなら大家(おおや)の犬になれ」もあります。また、「長いものには巻かれろ」も処世術として意味は同じです。

桃井市;桃井町は各地にありますが、桃井市は架空の市です。この落語の所在地も固定した場所では無く、日本中何処にあっても不思議では無い都市として描かれています。

モモリンフラッシュ;ゆるキャラ・モモリンがバク転をすること。
 後方転回(こうほうてんかい、back handspring)は体操競技の技、マット運動の技の一種。通称バック転(バックてん)またはバク転(バクてん)。正式名称は後方倒立回転跳び。 腕の振りと地面の蹴りで、後方に勢いよく跳び、ブリッジから身体の反りと手による地面の突き放しを利用して回転する運動。これに対して前方に行う技として前方倒立回転跳び(前方転回)がある。

 

 上、バク転の演技。着地時両手を地面に付くのがバク転で、手を突かないで空中で回転するのが、バク宙。

ファスナー;今は、チャックとは言わないんですね。衣類の点ファスナーは「スナップボタン」が主流である。接合する部分が、機械仕掛けになっており、伸び縮みすることによって開け嵌めできる原理である。第一次世界大戦の頃にアメリカのDOTファスナーズ社が開発したため「ドットボタン」とも呼ばれる。 日本ではアメリカのスコービル・ファスナー (Scovill Fasteners Inc.) 社が有名である。スコービル社は近年まで日本で生産していたため日本国内で広く知られているが、現在は生産を中止したため、人気が高いが入手はきわめて困難である。なお、引き手に穴が空いている理由は滑りにくく開け易くするためです。
 線ファスナー; 線上に並んだ務歯が噛み合うことで両側を固定する。1891年アメリカで発明された。 商標から、ジッパー、チャックとも呼ばれる。
 面ファスナー ; 草の実が衣類にくっついて取れにくいことにヒントを得て、1948年にスイスで発明された。 商標から、ベルクロ、マジックテープとも呼ばれる。

   

 左、通常使われるチャック。 右、面同士で接着するマジックテープ。



                                                            2021年4月記

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