落語「鯛」の舞台を行く
   

 

 桂三枝(現桂文枝)自作の噺、「」(たい)より


 

  最近は大きな生け簀が有る料理屋さんが有ります。生け簀の前にはカウンターがありまして、鯛などが泳いでいます。

  「危なかったな。生け簀に来たその日に、網ですくわれるなんて・・・。普通はすくわれた途端、ビシビシと跳ねるんだが、あんたは偉いな~、その時は静かにしてて板前が油断したときに、ビシビシとはねて、ここに戻ってきたんだ。見事だったな」、「海で泳いでいたとき、『一人でいると人間に捕まるよ』と言われていたんです。串に刺されたり、タレ付けられたり、細かく切り刻まれたり、ここに来て初めて恐いなっと思いました」、「あの舟盛り、エゲツナイだろ。薄身をはがされ、三枚に下ろすと言うんだが、包丁入れられたら気を無くして、骨の上に綺麗に並べられて初めて、自分がどうなったか分かるんだ。で、ピクピクって動くんだ」、「あのアベック、最初は、『恐~いッ』なんて言ってたのが、『動かなくなったわよ』と言っていたのが、目玉までしゃぶるんだぜ」。

 「貴方はここに来て何日になります?」、「そうだな~、5日目だろうな」、「5日ッ」、「そんなんで驚いていたらアカンよ。生け簀の底で静かにしているのが、ここの主で、銀治郎さんと言うんだ」、「どのぐらい?」、「この店の開店から居るんだ」、「ホントですか?」、「分からん。5日以上生きていたのはおらんから・・・」。

 「お二人さん、銀治郎さんがお呼びですよ」、「行った方が良いですよ」、「こんにちわ」、「あんた偉いな、ビシッと跳ねたところは凄かった。あんた養殖と違って、天然物のほんまもんの明石の真鯛だろう。食われるか食われるかの世界で、素晴らしかったな~。わしも明石の真鯛なのだ。よろしくな」、「いつまで一緒に居られるか分かりませんが・・・」、「そんな寂しいこと言うな。夢を持って一緒に居よう」、「すくわれたらお終いです」、「だから、知恵が要るんだ。大将の動き、板前の動き、客の動きを良く見てないとアカン」、「と言うと?」、「これだけの店が繁盛しているのは、『お客さん、新鮮で生きが良い魚ですよ』と言ってるからなんだ。弱ったようなのをすくうと客が怒る。だから、客が見ているときは、弱ったように泳ぐ」、「どのように?」、「腹を上に向けて泳ぐんだ」、「分かりました」、「客が見てないときは、ビチャビチャっと活きよいよく泳ぐ。『生きが良いから勿体ない、隣の弱ったのから』と思う。分かったな」。

 「あッ、お客が入ってきた」、「ここで力使ったらアカン。電気屋さんの尾崎さんや」、「知っていますの」、「そのぐらい覚えておかなくては・・・。あの人、細かいから食わん。大志をもたなイカン。チョッとこっち来いや。昔、ペガと言う若い天然物の鯛がいた。布団屋の山本さんや、この人食べるのでは無く、釣り好きで、何も釣れずにこの店に来た。釣ってきたように見せたかったんだろうな、水を入れたビニールの袋に入れてお土産としたんだ、帰り道、橋の上に来たとき、ここだと思って、ビチビチと跳ねた。袋ごと川に落ちたペガは杭にぶつかり、破れたビニールから外に出て泳ぎ去った」、「それは誰が見てたんです」、「海でその話をしたペガから聞いた鯛がここに来て言ったんだ」、「そうですか」、「わしにも夢があるんだ」、「太平洋を泳ぐことですか」、「そんなことでは無い。ここで老衰で死ぬことだ」、「夢が無いですね」、「人間の手に掛からないのが夢だ」。

 「あッ、いま私の代わりにすくわれた鯛が、舟盛りになって出て来た。ピクピク動いて・・・」、「お前には言っとくが、あいつは恐怖のあまりピクついているが、我々は本場もんの天然の真鯛だ、まな板に乗ったら鯉のように、バタついてはいかん」。

 「あッ、また客が来ましたで」、「あれは不動産屋の南部さんだ」、「落ち着いていますが、鯛は食べないんですか」、「食べる。今日は女房と来ているから大丈夫。いつもは会社の経理のひとみと出来てるんだが、別れさせられて天満のマンションに住まわせてんね。その時は、フグや鯛を食べるんだ。嫁さんと来たときは、釣った魚に餌はやらんちゅうやっちゃ。今日は誕生日なんだ」。
 「それでは、店からのお祝いで鯛を作りましょう」、「鯛のみんな気をつけィ」。

 言っている間もなく、銀治郎さん網ですくわれてしもうた。「あッ、銀治郎さんが・・・」、「あんたが来るまで20年も居たのに・・・」、「私を救ってくれたんです」、「えッ」、「若い板前が、私を追っかけていたのですが、銀治郎さんが横から来て、私の替わりに網に入ったんです」、「あんたを助けようとしたんだ。よっぽど好かれたんだな。銀治郎さんの最後を良く見ときなさいよ」、「銀治郎さ~ん」。

 そこに舟盛りがでんと出て来た。「お待ちどおさん」、「大将、こんな大きな鯛・・・、この鯛ピクともしないな。調理場で変えてない?」、「変えていません。今すくった鯛です」、「ピクリともしないな」、「分かりました。それではもう一匹すくいましょう」、「大将まった。もう一匹と言ったら、この鯛ピクピクと暴れ出したで」。

 



ことば

六代 桂 文枝(かつら ぶんし);前名、桂三枝(1943年7月16日 - )は、日本の落語家、タレント、司会者。上方落語の名跡『桂文枝』の当代。本名∶河村(かわむら) 静也(しずや)。 吉本興業所属。社団法人上方落語協会第六代会長で、会長退任後は平会員だったが2020年6月に特別顧問に就任。 師匠は三代目桂小文枝→五代目桂文枝。一般的に上方落語の世界では、単に「六代目」と言えば専ら六代目笑福亭松鶴を指すため、「六代 桂 文枝」としている。 現在、同一司会者によるトーク番組の最長放送世界記録保持者(「新婚さんいらっしゃい!」についてギネス世界記録認定)として、記録更新中。
 創作落語を自作自演する作家活動も長く続けており、作品数は2020年(令和2年)で300本になった。他の落語家によって演じられるようになった演目も多い。

生け簀(いけす);養殖に用いられる生け簀は、海水域では水深の浅い沿岸(海面生け簀、海上生け簀)、淡水域では湖沼・ため池等に設けられる。また、陸上に設ける生け簀(陸上生け簀)もある。
  生け簀で一時的に飼育されるのは、一般に高級魚介類で、例えば、マダイ、ブリ(ハマチ)、カンパチ、スズキ、トラフグ、ヒラメ、コイ等の魚類や、クルマエビ、イセエビ、アワビ、サザエ、マダコ等である。 近年では、網生け簀を用いて、魚類の養殖や、まき餌用のイワシの蓄養等も行われている。



 また、飲食店においても、店内に生け簀を設けているものもある。

真鯛(まだい);亜熱帯域をのぞく日本列島全域に生息する。釣り(延縄も)、定置網、底曳き網とマダイをとる漁法も多彩。 タイの中のタイで古くから高級魚。タイは「目出度い」として祝儀にも使われる。 高級魚の代名詞ともいえそうなもので、「エビでタイを釣る」は卑小な物で高価なものを得るということわざ。刺身、塩焼き、煮つけなどにして非常に美味。 兵庫県明石の「明石鯛」、徳島県の「鳴門鯛」、神奈川県の「佐島鯛」などが有名。 近年養殖が盛んとなり、これが天然マダイの値段をも引き下げている。また南半球のニュージーランド、オーストラリアから近縁種を輸入している。

  

 全長120cmに達する比較的大型の魚。釣りの対象としては大型の個体が好まれるが、食用として多く流通するのは30-70 cm程度である。体は側扁した楕円形で、顎が前方にわずかに突き出る。胸鰭は細長く、全長の半分近くに達する。背鰭は前に棘条12・後に軟条10、尻鰭も同様に棘条3・軟条8からなる。尾鰭は大きく二叉する。口の中には上顎に2対、下顎に3対の鋭い犬歯があり、その奥に2列の臼歯がある。
 体色は紫褐色を帯びた光沢のある淡紅色で、青い小斑点が散在する。若魚では体側に5本の不明瞭な横縞が出るが、成魚ではこの横縞がなくなる。また、尾鰭の後縁が黒い点でチダイやキダイと区別できる。 太平洋の日本各地の沿岸と北海道以南の日本海、台湾や朝鮮半島沿岸、東シナ海、南シナ海に分布する。奄美大島や沖縄諸島海域では少ない。漁獲量は東シナ海、瀬戸内海、日本海の順に多く、太平洋側では南ほど多い。 成魚は水深30 - 200mの岩礁や砂礫底の底付近に生息し、群れを作らず単独で行動する。肉食性で、小魚、甲殻類、頭足類、貝類など小動物を幅広く捕食する。頑丈な顎と歯で、エビやカニの硬い殻も噛み砕いて食べてしまう。
 ダイの産卵期は2 - 8月で、温暖な地域ほど早い。成魚はこの時期になると沖合いの深みから浅い沿岸域に移動する。 卵は直径0.8 - 1.2mmの分離浮性卵で、海中を漂いながら発生する。産卵数は体重1.1kgのメスで30万 - 40万粒、体重4kgのメスで100万粒、体重6.2kgのメスで700万粒というデータがある。ただしマダイは卵や稚魚を保護しないため、卵や稚魚のほとんどが他の動物に捕食されてしまう。 稚魚は浅い海の砂礫底、岩場、藻場などで生活し、小動物を捕食しながら成長する。生後1年で全長約15cmに成長し、2 - 3年で浅場を離れて深みに移る。寿命は20 - 40年程度とみられる。

 桜ダイ(春の鯛) 春に水揚げされるタイは"桜ダイ"と呼ばれ親しまれています。メスはピンク色で鮮やか、オスは養殖鯛のような黒っぽい色をしています。 春のタイは、オスとメスの色の違いがはっきりとしています。 春は産卵期にあたるのでお腹にメスは卵、オスは白子を持っています。
 紅葉ダイ(秋の鯛) 一方、秋に水揚げされるタイは"紅葉ダイ"と呼ばれ親しまれています。 赤みが増し紅葉のようになるからだそうです。オスメスの色の違いはあまりありません。 夏に活発にエサを食べ、丸々と肥えて秋にはピークに達します。 紅葉鯛、それは旬の鯛ということです。

舟盛り(ふなもり);魚介類を和船をかたどった器に盛りつけたもの。福井県の嶺北に位置する「三国(旧雄島村)」では、舟盛り発祥の地と語り継がれている地域もある。舟盛りは、生の魚介を使用する為、北前船が寄港する港町など新鮮な魚を獲ることができる沿岸地域でのみ食べられていたが、北前船の主導権を握っていた近江商人により内陸に広まったとも言われている。主に刺身類を盛り付けたものが一般的だが、現在では、蕎麦や天ぷら等の盛り付けにも使われるほか、居酒屋等では唐揚げなどを盛り付ける場合もある。

 

三枚に下ろす(さんまいに おろす);魚を右身・左身・中骨の3枚に切り分けること。 魚の頭・内臓を除いてから、包丁を中骨にそって入れ、右身・左身を切り離します。 骨のない料理や、刺身にする場合などに三枚にします。片側に中骨が付いた状態を、二枚下ろしと言います。この中骨を取った状態を、三枚に下ろしたと言います。

養殖(ようしょく);主に温暖な西日本の、波静かなリアス式海岸となった地域において、マダイの養殖が盛んに行われる。宇和海に面した愛媛県宇和島市とその周辺で盛んに営まれ、全国シェアの50%程度を占めている。他の産地は熊本県、三重県、長崎県、高知県、和歌山県などである。全国で6300トンが出荷されている。

天然物(てんねんもの);天然物のマダイは養殖物にない鮮やかな体色と癖の少ない食味で重宝され、高値で取引きされる。一本釣り、延縄、定置網などで年間1万3000-1万6000トンほどが漁獲されている。

明石の真鯛(あかしのまだい);鳴門骨 尻鰭の近くにある血管棘がラッキョウ形に膨らんだもの。急流の鳴門海峡を泳ぐために変形するのだとされる。徳島県瀬戸内海鳴門海峡や明石海峡付近などのマダイでしばしば見られる。そのぐらい渦が巻くような急流を泳ぐから、尾鰭の近くに膨らみが出来るし、肉質もしまって美味しくなる。

 

  上が天然明石鯛、下が養殖鯛。                          明石鯛に多く見られる中骨のコブ

 なぜ明石ダイは美味いのか! まずは、激しい潮流に揉まれているから。 過保護?に育てられた養殖物と違い、こちらはまさに体育会系。自然の厳しい環境の中で育っているので、身が引き締まっています。 そして食べ物、カニやエビという人間が食べても美味しいものをエサにしてるので、美味いはず。さらに見逃せないのは魚の"扱い" 漁師をはじめ魚屋、料理屋とそれぞれにこだわりがあります。 例えば我々魚屋は"活越"といって水揚げされたばかりの鯛を直ちに絞めるのではなく、24時間以上生け簀の中で泳がせ、ストレスを解消させることによってさらに旨味を引き出します。

 生け簀から生きた鯛をあげその場で料理をしてくれるお店があります。養殖鯛であるなら理にかなっているのかもしれません。 しかし、天然鯛であれば、絞めたてよりも一定の時間、約10時間がたった物の方が美味いということが実験で実証できました。 
 この項、明石魚の棚 松庄さんのホームページより http://www.matsusyo.co.jp/hiruami/tai1.htm 

大将(たいしょう);軍の最高階級の大将をもじって、その店の一番偉い人を敬って呼ぶ称。

板前(いたまえ);板前とは、料亭・割烹・小料理屋・各種和食専門店といった日本料理の店で調理作業に従事する職人を指す。和食の調理師・料理人と同義である。西洋料理のコックまたはフランス料理のシェフに相当する。まな板の前に立つ事がその語源とされる。 板前が働く調理場・厨房・カウンターは板場と呼ばれる。

腹を上に向けて泳ぐ;体力が弱まって魚の腹の中に有る空気袋の調節力が無くなり、空気が多くなって、逆さまに泳ぐことになります。死んだ魚は腹が膨れて、水に入れても腹を上にして漂っています。

釣った魚に餌はやらん;親しい間柄になったあとは、相手の機嫌をとる必要はないということ。 多く男女の仲についていう。



                                                            2021年5月記

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